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この世に一人だけの錬金術師~物作り好きのゲーマーが家族のためにアイテム革命起こします!~  作者: 鳥助
第二章

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56.風邪薬に加える素材

 扉を開いた瞬間、視界いっぱいに本棚が広がった。壁という壁が、床から天井までぎっしりと埋め尽くされている。


 ここは薬師協会の資料室。いや、資料室という言葉では、とても足りない。薬師たちの積み重ねた思考と試行錯誤、そのすべてが息づく場所だ。


 私はここに風邪薬に加える新しい素材を探しにやってきた。ここならば、知らない素材に出会える。そう確信していた。


「さてと……どれから読んでいこうかな?」


 本棚に並ぶ無数の背表紙を眺めながら、私は小さく腕を組んだ。薬草の基礎書、症例集、地方薬方、最近の研究記録……選択肢が多すぎる。


 手近なものを適当に抜き出して、片っ端から読んでいく。それも一つのやり方ではある。知識の幅を広げるには悪くない。


 ――けど。


「……それだと、目的からズレるか」


 口に出して、首を横に振る。


 今やっているのは、ただの勉強じゃない。私は錬金術を認めてもらうための風邪薬の改良をしている。


 なら、必要なのは網羅じゃない。選択だ。


「素材の厳選は、基本中の基本だよね」


 適当に本を選べば、適当な素材に目がいく。そうなれば、出来上がる薬も「既存の延長線」にしかならない。それじゃ、意味がない。


「普通の薬師が作れる薬を、錬金術師が作っても……評価されにくい」


 たとえ性能が少し良くなったとしても、手間の割に差が分からないと思われて終わりだ。それは、避けたい。


 私は本棚から一歩下がり、視界全体を見渡す。


「錬金術を認めてもらうなら……錬金術で何が出来るのかを、はっきり見せないと」


 ただの調合じゃない。ただの改良でもない。


「……新しく使う素材も、錬金術でしか扱えないものを使うべき、か」


 ぽつりと呟き、頷く。


 普通の薬師には扱えない。扱おうとしても、性質が不安定で失敗する。精製も、安定化も、配合も――錬金術前提。


 そういう素材を、あえて選ぶ。


「それなら、錬金術の有用性を一目で示せる」


 素材選定の段階で差が出る。工程でも差が出る。そして、完成した薬そのものが、証明になる。


「うん。方向性は決まった」


 私はゆっくりと、本棚の奥――『特殊素材』『危険物指定』と書かれた区画へと足を向けた。


「ここからが、本番だね」


 錬金術師としての価値を示すための、錬金術でしか扱えない素材を探す。


 ◇


 本棚の一角に腰を下ろし、分厚い本を膝に載せる。紙の擦れる音だけが、静かな資料室に響いた。


「……これは違う」


 ぱらり、とページをめくっては首を横に振る。薬草の効能一覧。どれも基礎的で、既存の風邪薬と大差がない。


「これでもない……」


 次の本。鉱石由来の触媒、抽出補助用の粉末素材。確かに珍しいが、調合自体は錬金術でなくても可能だ。


「うーん……決め手に欠けるな」


 本を閉じ、また別の一冊に手を伸ばす。けれど、結果は同じだった。


「効くけど地味」「面白いけど代替可能」「錬金術じゃなくても作れる」そんな評価ばかりが頭の中に積み重なっていく。


 気づけば、周囲には読み終えた本が小さな山を作っていた。


「行き詰った!」


 思わず頭を抱え、長く息を吐く。素材は確かに多い。選択肢も山ほどある。なのに、これだという感触がない。


「何か……何か決定的な素材は……」


 そう呟きながら、無意識に視線を巡らせた時だった。少し離れた棚、分類札に書かれた文字が目に入る。


「――魔物素材」


 一瞬、動きが止まる。


「……そうか」


 魔物の素材。毒腺、体液、鱗、角、内臓。扱いが難しく、一般的な調合では危険が伴うものばかりだ。


「だからこそ……錬金術、か」


 それに、魔物素材は効果が強い。上手く扱えれば、既存の風邪薬とは一線を画すものになる。


「うん。これなら……錬金術だから出来たって、はっきり示せる」


 頭を抱えていた手を離し、立ち上がる。今度は迷いなく、魔物素材の棚へと向かった。


「さて……どの魔物が、風邪薬に使えそうかな?」


 背表紙を一つ一つ確認しながら、今度は真剣な目で探し始める。その中で、目についた本を取り出して読み始める。


「えーっと、風邪薬になりそうな効果はっと……」


 一ページごと丁寧に読み進める。すると、目に留まった効果があった。


「免疫機能の向上……」


 思わず、その一文をもう一度目でなぞる。効能の説明を読み進めるうちに、頭の中で点と点が繋がっていった。


「待って。これって……」


 既存の風邪薬は、発熱や咳、鼻水といった症状を抑えるものだ。体を楽にはしてくれるけれど、原因そのもの――体に入り込んだ菌やウイルスを直接どうこうするわけじゃない。


「でも、ここに免疫機能の向上を組み合わせたら……」


 風邪薬で症状を抑えつつ、同時に体そのものの抵抗力を底上げする。


「菌を追い出す力を、内側から強くする……」


 それは、治るまで耐える薬じゃない。早く治すための薬だ。


「すごい……これ、理にかなってる」


 思わず声が弾む。熱は下がり、咳は収まり、体は楽になる。その間に、強化された免疫が菌を捕まえて、叩き潰す。


「これなら……治りが段違いになる」


 ページをめくる手が、少し早くなる。


「免疫系への刺激が強すぎるから危険?……でも、錬金術で調整すれば問題ない」


 そう、ここが一番の肝だ。この素材は、そのまま使えば危険性が高い。だからこそ、錬金術でしか扱えない。


「うん……間違いない」


 本を胸に抱え、ぎゅっと握りしめる。


「症状を抑えるだけの風邪薬じゃない。体が勝つための風邪薬」


 自然と、口元が緩んだ。


「これなら、既存の風邪薬を越えられる」


 嬉しさが込み上げ、思わず小さく笑ってしまう。


「やった……やっと見つけた」


 錬金術の有用性を示せる素材。理屈も効果も、はっきりしている改良案。


「これで……錬金術が、必要だって証明出来る」


 胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。さっきまであった不安や迷いは、もうどこにも見当たらなかった。


「……あとは、魔物を探して、倒して、効能のある部位を確保して……」


 そこまで考えて、ふと気づく。


「って、あれ?」


 思考が、ぴたりと止まった。


 魔物素材。それを手に入れるには、当然だけど――魔物を倒さなきゃいけない。


「…………」


 脳裏に浮かんだのは、いつも頼りにしている存在。


「アマリアお姉様が……いない?」


 きょろきょろと、資料室を見回す。いるはずもないのに、思わず探してしまった。


「そ、そうだよね……ここ、薬師協会だもん……」


 背中を冷たいものが伝った。


「私一人で……魔物と戦う?」


 無理。どう考えても無理だ。


「だって、戦闘なんてほとんど出来ないし……」


 剣も振れない。魔法だって、実戦経験は乏しい。


「ど、どうするの……?」


 さっきまでの高揚感が、一気にしぼんでいく。頭を抱え、うずくまるようにして呟いた。


「素材は見つかったのに……ここで詰むの?」


 希望の糸口が見えたと思った、その直後に立ちはだかる現実。


「あぁ、どうすればいいの!」


 そう叫んだ声は、静かな資料室にかすかに溶けていった。

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