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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第97話 週末のクエスト

# 第97話 週末のクエスト


## 週末の出発


 早朝。


 起きた。


 暗い。


 起きてから五秒で、セラは今日が何の日かを確認した。週末。クエストの日。古井戸の調査。


(この世界に来て、休日を待ち遠しいと感じるようになった。昔の俺なら「休日だ、寝よう」でそのまま二度寝していた。今は半覚醒のまま荷物リストを頭の中で確認している——エルフの体の仕様か、あるいは単に楽しみがあるからか)


(まだ夜明け前じゃないか。こんな時間に自然と目が覚めた。充実してる証拠だと思うことにしよう)


 寮の部屋で目をこする。窓の外はまだ藍色。鳥の声もほとんどない。この世界の早朝というのは、コンビニもない、電灯もない、ただひたすら静かな早朝だ。


 それが悪いわけじゃない。むしろ、この静けさが好きになってきている。


 着替えて荷物を確認した。照明魔法具、ロープ、防水布、薬草と包帯、食料、そしてクエストカード。先週ギルドで受け取った古井戸調査の依頼書と地図も忘れずに。チェックリストを一項目ずつ確認していく。抜けがあれば現場で後悔する。それは確定している。


 廊下に出ると、すでにアリアが待っていた。


「おはよー! セラ、遅い!」


 元気。まぶしい。なぜかオレンジのスカーフを巻いている。


「……アリア、今何時だと思ってる?」


「早起きは三文の得って言うじゃん!」


「その格言、この世界にあるの?」


「セラが今言った」


(今俺が言っただけで格言じゃない。でも否定する気力が早朝の眠気に負けている)


「……俺が遅いんじゃなくてアリアが早すぎるんだよ」


「クエストの日は早起きって決めてるの。張り切り過ぎだって言わないで」


「言おうとしてた」


「えへへ」


 荷物を確認し合い、二人は学園の当直係に外出届を提出した。当直の教師は眠そうな顔で書類を受け取り、「気をつけて」とだけ言った。


(当直係。どこの世界でも夜勤の人間は眠そうだ。普遍的な真理だと思う)


 正門を抜けると、まだ薄暗い王都の石畳が広がっていた。朝霧が薄く漂っている。商人たちの姿は少なく、街がまだ眠っているような空気感。石畳を踏む二人の足音だけが規則正しく響く。


「久しぶりのクエストだね。緊張する?」


「少し。感覚が鈍ってたらどうしよう」


「セラがそんなこと言うの、珍しい」


「しばらくやってないことを再開する時は不安になるんだよ。昔からそうだった」


 魔法の場合は「制御できなかったら危ない」という正当な懸念がある。緊張は妥当だ。根拠のない不安ではない。


「大丈夫だよ。セラの魔力制御、最近安定してるじゃん。授業でも先生に褒められてたし」


「褒められてたか?」


「されてた。セラは謙虚なの、良いけど、もう少し自信持っていいと思う」


 アリアの言葉は正確だ。褒め言葉でもなく、ただ観察したことを述べている。そのまっすぐさが、時々まぶしく感じる。


 冒険者ギルドに立ち寄り、クエストカードにスタンプを押してもらい、出発の記録をつける。ミサキはもういたが、昨晩から夜勤だったらしく少し疲れた顔をしていた。それでも笑顔で迎えてくれる。ギルドの受付というのは体力のいる仕事だと思う。


「頑張ってきてください。古井戸の調査、報告楽しみにしてます」


「はい。行ってきます」


 ミサキに手を振って、ギルドを出た。王都の東門へ向かう。


 東門を抜けると、街道が一直線に延びている。朝霧が晴れ始め、空が橙色から青へと変わっていく。街道脇の草が朝露で光っている。一時間の徒歩。体が少しずつ起きていく感覚。足元の感触、風の温度、空気の匂いで今日の天気がわかる。雨の心配はなさそうだ。


## クエスト現場


 街道を一時間ほど歩いた先に、目的の場所はあった。


 王都北部の集落の外れ。草地の中に、古い石造りの井戸が一つ。周囲に木が数本。地図の通りだ。思ったよりも小さく見えた。


(見た目は普通の農村の井戸だ。でも半年以上使われていないらしく、周囲に人の気配がない。草が膝の高さまで伸び、石の縁に苔がついている。静かで、でも何かがある気配——現場特有の緊張感)


「これが古井戸か」


「うん。思ったより普通の見た目ね」


「中が問題だからな」


 セラは先に周囲を確認した。草の踏み荒らし方、動物の痕跡、土の状態。ギルドで習った基礎的な探索の知識だ。どんな小さな痕跡も見落とさないように、一周する。


「魔物の痕跡は……少し。小さいもの。うさぎか何かかな」


「大きなのは?」


「見当たらない。ギルドの情報通りだな」


「じゃあ、安全?」


「井戸に入る前に周囲をもう少し確認してから。焦らず行こう」


 アリアがうんと頷いた。


 二人で手分けして周囲を確認する。片方が内側、もう片方が外側の草むらを担当する。特に決めたわけじゃないが、自然と役割が分かれた。


 十分かけて周囲を確認し、異常なしと判断した。次に井戸の口を覗き込む。暗い。深い。底まで見えない。口径は大人一人が通れる程度。かなり古い造りだが、石組みはしっかりしている。


「二十メートルか……」


「見えない」


「照明を落としてみよう」


 セラは照明魔法具を起動し、ロープに縛って井戸に下ろした。光が沈んでいく。下に伸びていく光の軌跡を二人で追いながら——


「底が見えた」


「水はある?」


「ある。かなり深いところに。反射が見える」


「じゃあ、水脈があるってこと?」


「十分ある。実際に降りて確認しないといけないけど」


 装備を準備する。ハーネスをつけ、ロープを井戸の縁の石に固定し、確認。確認。もう一度確認。「安全確認は三回」——それはいつだったか誰かに教わった鉄則だ。この世界でも変わらない。


「アリア、上で確認しててくれるか。異変があったらすぐ教えて」


「了解。気をつけてね」


「了解ッ……って、ミサトみたいな返事だな」


「え、セラ今何て?」


「なんでもない。行ってくる」


## コウモリとの遭遇


 井戸の壁を背にしながら、ゆっくりと降下する。


 壁面は濡れていて冷たい。照明魔法具の光が周囲を照らすが、視界は狭い。上を見上げると円形の青空が小さく見える。それが徐々に遠くなっていく。


(閉所での魔法行使は慎重に——その言葉が頭をよぎる。狭い筒状の空間では魔法の反響がある。「風よ、刃となれ——ウィンドカッター!」を全力で放てば、刃は壁に当たって跳ね返り、自分に戻ってくる。ここでの魔法は最小出力が絶対条件だ。出力と方向の両方を計算しながら動く必要がある)


 五メートル。十メートル。


 冷気が増してくる。地下の空気。湿った石の匂い。


 十五メートルを過ぎたあたりで——


 動く。


 何かが動いた。


 壁の隙間から、黒い何かが飛び出した。


(っ!)


 セラは咄嗟に壁を蹴り、体を横に振った。黒いものが顔のすぐ横を通過する。


(大蛇か? いや——コウモリだ。でかいコウモリ!)


 一匹じゃない。壁の隙間から次々と飛び出してくる。群れだ。十匹、いや二十匹近い。翼が空気を切る音が狭い空間に反響し、不快な音圧になる。


「セラ!!」


 上からアリアの声。


「大丈夫! コウモリだ!」


「コウモリ?!」


「魔物ではないと思うが——!」


 一匹が顔に突っ込んできた。首を横に倒してかわす。間一髪。もう一匹。肩に翼が掠める。三匹目が右腕をかすめた。ロープを握る手に衝撃。


(まずい——群れが本気で騒ぎ始めた。この閉所で全力魔法は使えない。だが何もしなければロープを噛まれる。ロープが切れたら——二十メートル落下だ)


 咄嗟の判断。最小出力。壁への反響角度を素早く計算して。


(狭い円筒の中。魔法の刃は、角度を間違えれば壁に当たって跳ね返る。でも角度が合えば——上昇気流を作れる)


「——風よ、刃となれ——」


 呪文の前半だけ。全詠唱ではなく一節分の魔力だけを圧縮して込め——


「ウィンドカッター!」


 制御された細い刃が前方へ抜けた。コウモリたちの間を縫うように通り抜け、上昇気流を作り出す。壁に当たる前に散逸するよう、出力は最小に調整してある。魔法学園で学んだ「出力調整」——実戦で使えることを証明した瞬間だった。


 群れが乱れた。上昇気流に押されて、上へ上へと逃げていく。


「アリア! コウモリが上に行く!」


「わかった!」


 上からもう一声。それから水音のような何かの音がして、それっきりになった。音の反響から判断して——アクア系の魔法だ。アリアが対処した。


(アリアが何かした。たぶん制御できてる。信頼しよう)


 コウモリが去った井戸の中は、静かになった。


 息を整える。手が少し震えている。壁のロープを確認した——噛まれていない。損傷なし。ハーネスも問題なし。


 改めて照明を確認し、降下を再開する。


 残り五メートル。底が見えてきた。


(水だ。黒い水面。底は本当に水でいっぱいだ)


 足がそっと水面に触れた。冷たい。想像より冷たい。深さを確認すると、底の土まで膝ぐらいの深さがある。水質は透明で澄んでいる。沈殿物も少ない。


(これは地下水脈に繋がっている。水量もある。報告書に書く内容は十分だ。むしろ、これは追加報酬が確定するレベルかもしれない)


 水のサンプルを採取用の瓶に入れ、底の土の状態を確認し、水深を測定する。一連の作業を丁寧に、でもできるだけ早く。


 現場で手を動かす仕事。机の前より正直な成果が出る。測定値は嘘をつかない。


「セラ! 大丈夫?!」


「大丈夫! 調査完了! 引き上げる!」


 上り始めた。


 今度はコウモリは来なかった。アリアが上で追い払ってくれたらしい。


 井戸の口から抜け出し、陽の光を浴びた瞬間——


「良かった!」


 アリアがセラに飛びついた。


「ちょ……」


「心配したよ! コウモリがわーって上に来て——」


「上はどう対処した?」


「アクア・ブラストで壁に水を叩きつけた。コウモリが嫌がって逃げてった。うまくできたよ」


「水系は正解だ。この状況で雷は——」


「使えないってわかってた。狭い場所で放電したら私も死ぬし、井戸の中のセラも——」


「……よく考えてた」


「えへへ。セラが閉所魔法の話してたの、覚えてたから」


 調査はできた。水脈がある。水量も十分だと思う。追加報酬が出そうだ。


## 戦利品の回収


 コウモリ対処とサンプル採取が終わり、周囲の状態を記録する。


 井戸の外径、深さ、水深、水質サンプル、コウモリの生息を確認——クエストカードの記録欄に書き込んでいく。一項目ずつ丁寧に。記録というのは、現場を離れた後でも語り続ける証言だ。


「セラ、コウモリのこと報告書に書いた方がいい?」


「書く。依頼者は水脈の確認が目的だけど、コウモリが住み着いてることも情報として価値がある。使う前に知っておいた方がいいから」


「なるほど」


「こういう付加情報を丁寧に書くかどうか、昔からちゃんとやろうと思ってたんだよ。やっつけで報告すると後でトラブルになることがある」


 現場で確認したことを漏れなく記録する。面倒だが大事な作業だ。必要なことを省略した報告書は、後になって必ず問題を起こす。余白に気になることを書き込んでいくセラを、アリアは横でじっと見ていた。


「セラって、細かいね」


「細かいというか——後悔したくない」


「それ、格好いい」


「普通のことだよ」


「普通にできる人、意外と少ないんだよ。学園でも、報告書の授業でみんな面倒そうにしてたじゃん」


(確かに、そういうことかもしれない。必要なことをちゃんとやる——それは訓練と習慣の問題だ)


 記録を終えて、持ち物をまとめた。サンプルの瓶が一本追加で増えたが、荷物の重さは問題ない。


 それからもう一つ確認。井戸の縁の状態、石の老朽化の程度、亀裂の有無——依頼者の学者に役立ちそうな追加情報は全部書いた。亀裂は三箇所。風化の程度から推測すると、補修が必要になるまであと数年というところか。そこまでは書かなかったが、補修の可能性に言及する一文は入れた。


「お昼にしよう。持ってきたやつ」


「いい! お腹すいた」


 井戸から少し離れたところに木陰を見つけ、二人で座った。アリアが用意してきた食料を広げる——パン、チーズ、干し肉。シンプルだが、野外で食べると格別に美味しい。草のにおい。風の音。木陰の涼しさ。五感で感じる昼食だ。


「セラ、また強くなった気がする」


「え、急に」


「コウモリが来た時の対応、すごく早かった。前のセラなら一瞬固まってたと思う」


「そうかな」


「そうだよ。学園での訓練、ちゃんと染みてる。わかるんだ、一緒に動いてると」


(アリアのこういう観察は鋭い。自分では気づきにくいことを、ちゃんと見てくれている。井戸の中で確かに、反射が早かった。自分でも感じた。でも「強くなった」と言われると、素直に受け取れない部分がある——謙虚ではなく、まだ自分の実力を測りきれていないだけかもしれない)


「アリアも、アクア・ブラストの判断が良かったよ。あの状況で雷系を使わなかったのは正解だ」


「本当に?」


「コウモリが来た瞬間に、最適な選択ができてた。それは訓練の成果だ」


「えへへ。練習してたから」


「何の練習?」


「動く的への射撃魔法。こっそり中庭でやってた」


「中庭で? 先生に見つかったら怒られなかった?」


「ちょっと怒られた」


「……怒られてるじゃないか」


「ちょっとだけだよ!」


「次はちゃんと許可取ってからやれ」


「了解ッ!」


 またミサトみたいな返事をした。セラは苦笑いしながら荷物を持ち上げた。


「帰ろうか」


「うん。疲れたけど、楽しかった!」


 草地の上を歩きながら、セラは今日の収穫を頭の中で整理した。コウモリの対処、魔法の制御、アリアとの連携、記録の丁寧さ。全部、次に活かせることだ。成長しているかどうかは自分ではわかりにくい。でも今日の自分は三ヶ月前より確実に動けていた。学園での授業が実戦に繋がっている——その感覚がある。


(ウィンドカッターを閉所で使う時の出力計算。あれは授業で「閉空間における魔法エネルギーの減衰係数」として習ったことが直接役に立った。理論が現場で動く瞬間の、あの感覚。言葉では説明しにくいが、とても気持ちいい)


 王都への街道を歩きながら、アリアがまたパンを取り出した。


「まだ残ってたの?」


「食べる?」


「……食べる」


「えへへ。セラ、甘いものすき?」


「普通かな。なんで」


「次は甘いお菓子も持ってくるね。頑張った後は甘いものがいい」


(疲れた後は甘いものが嬉しい。それはたぶん、どんな時代でも、どんな世界でも変わらない感覚だ)


## ギルドへの報告


 夕方。


 冒険者ギルドに戻ってきた。


 夕方の賑わい。クエストから戻ってきた冒険者たちが思い思いに報告を済ませ、食事を頼んだり仲間と話したりしている。昼間と夕方では雰囲気がまったく違う。昼は出発前の緊張感、夕方は完了後の解放感。今の二人はその後者の空気の中にいる。


「お帰りなさい! どうでしたか?」


 ミサキが迎えた。昼間の眠そうな顔が少し回復している。


「完了です。古井戸の調査、水脈の確認ができました。水量も十分あります。サンプルも採取してきました」


「それは素晴らしい! 確認しますね」


 ミサキはサンプルの瓶を受け取り、記録を照合した。


「水質も良好そうですね。依頼者の学者さんに喜んでもらえると思います。あと——報告書に、コウモリの生息も記録してありますね」


「はい。調査中に群れが出ました。水源として活用する前に、一度対処した方がいいと思ったので」


「これは助かります。こういう付加情報を丁寧に書いてくれる冒険者さん、貴重なんですよ」


(この世界でも、必要なことを全部書く人間は珍しいらしい。どこでも同じだな)


「報酬は基本の銀貨十枚に、水脈確認の追加報酬が銀貨五枚。合計銀貨十五枚です」


「ありがとうございます」


「それから——コウモリの付加情報を詳細に書いてくださったことで、依頼者から特別報酬の申請が可能です。もし依頼者が承認すれば、あと銀貨三枚追加になりますが……申請しますか?」


(そんな制度があるのか。超過達成への報奨。これは申請一択だ)


「お願いします」


「承りました。返答は後日になりますが、登録しておきますね」


 ミサキが銀貨を数えて差し出した。十五枚。橙色の光に輝く銀貨がカウンターに並ぶ。整列した銀貨の輝き。


「やった!」


 アリアが目を輝かせた。銀貨を見た時のこの顔——毎回新鮮だ。屈託なく喜んでいる。その喜び方が本物で、見ているこちらまで嬉しくなる。


「また来週も来られますか? 週末限定クエストを優先でご案内できますよ」


「はい。来週も来ます。ランクアップ試験の準備もしていかないといけないので」


「頑張ってください。今日の動き方を見てて、Eランク試験は問題ないと思いますよ」


「本当ですか?」


「はい。対処の冷静さ、記録の丁寧さ、どちらも評価基準に合ってます。自信を持ってください」


 ミサキが笑顔で手を振った。


 ギルドを出ると、夜の王都が広がっていた。街灯の魔法具が柔らかく光り、人々が行き交っている。王都の夜は明るい——魔法具の光のせいで、昔の世界の夜と趣きが違う。幻想的と言えば幻想的だ。


「疲れた?」


 アリアが横に並んで聞いた。


「少しね。でも良い疲れだ」


「コウモリびっくりしたけど、楽しかった。次はどんなクエストにする?」


「来週また探しに行こう。難度Eのクエストにも挑戦できそうな気がする」


「ランクアップ試験への練習にもなるね」


「そうそう。実戦形式で慣れておいた方がいい」


「セラと一緒なら、何でも大丈夫そう」


(またアリアが簡単に言う。「何でも大丈夫」は言い過ぎだが——アリアがそう思えているなら、それはそれで良かった)


「学業との両立、最初の一歩はまずまずだったな」


「そう! 最初にしては上出来だよ!」


「アリアはいつも評価が甘い」


「そんなことないよ。ちゃんと見て言ってる」


 学園への帰り道。並んで歩く二人の足取りは軽い。


 久しぶりのクエスト。コウモリのハプニング。水脈の発見。銀貨十五枚の報酬。


 学業と冒険の両立、最初の一歩——思ったより悪くない滑り出しだった。


(週末が楽しみになってきた。仕事が、やりたいことだと、こんなにも違うのか)


 学園の門が見えてきた。


「来週また来よう」


「うん! 次は何にする?」


「難度Eのクエストを探してみよう。ランクアップ試験の実技で、実戦クリアを選ぶ予定だから、実績を積んでおきたい」


「了解。私もそっちで受けたい。模擬戦より実戦の方が、動き方が自然になるから」


「同じ考えだな」


「ね! セラと私、考え方似てるんだよ」


(似てるかどうかはわからないが——アリアと組んでいると、意思の疎通が楽だ。言わなくてもわかる部分がある。阿吽の呼吸、とでも言うのか。こういう連携は、一朝一夕では作れない)


「そういえば、今日コウモリが来た時、アリアは上でどう対処したんだ?」


「アクア・ブラストを放った。コウモリが嫌がって逃げていく角度を計算して、壁際に向かって」


「角度まで計算したのか……それ、難しくなかった?」


「難しかったよ! でもできた。セラに「来る!」って言われた瞬間に動いた」


「瞬時に計算したのか」


「セラが窮地になりそうだったから、考える時間なかった。体が動いた」


 セラは少し黙った。


(アリアが体を動かした——「セラが窮地になりそうだったから」。本物の信頼だ。言葉ではなく行動で示される信頼。そういう相手が隣にいる。それがどれほどのことか、今の俺はちゃんとわかっている)


「ありがとう、アリア」


「え、突然」


「今日一日。コウモリの対処も、一緒に来てくれたことも」


「な、なんか照れるんだけど! 急に言わないで」


「本当のことだから言う」


「……でも、ありがとうって言われると嬉しい。ちゃんと役に立てたってことだから」


 正門をくぐった。夜の学園が静かに二人を迎えた。


「おやすみ、セラ」


「おやすみ。今日はありがとう」


「こちらこそ。また来週ね!」


 アリアが寮の廊下を駆けていく。軽い足音。そしてすぐに静かになった。


 セラは自分の部屋に入り、荷物を下ろして窓から外を見た。王都の夜。遠くに街灯の光。石畳の向こうに、夜の城壁が黒く浮かび上がっている。


 今日、自分は確実に何かが変わった気がした。魔法の制御が上がったのか、連携の感覚が掴めたのか、あるいはただの充実感なのか——正確にはわからない。でも、何かが変わった。


 それだけで十分だ。


(ランクアップ試験まで、あと少し。今の俺の「軸」は、確実にこの世界にある)


 ベッドに横になった。天井を見上げた。


 来週のことを考えた。難度Eのクエストを探す。アリアと一緒に動く。


 眠りに落ちる前に、今日の戦闘を頭の中で反芻した。コウモリの群れ、閉所での最小出力ウィンドカッター、アリアのアクア・ブラスト。失敗した点とうまくいった点。どちらも次への糧だ。


(一番の収穫は技術の向上じゃないかもしれない。アリアとの連携が、確実に一段上がった。言葉で指示しなくても動けた。それが今日の本当の成果だ。連携というのは、お互いを信頼した上でしか成り立たない。その土台がある)


 この世界での日常が、少しずつ積み重なっていく。全部が今の自分を構成している。


 想像したら、少し笑えた。


 それを最後に、セラは眠った。


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