第96話 冒険者ギルドとの再会
# 第96話 冒険者ギルドとの再会
## 久しぶりのギルド
週末の朝。
石畳の上を歩きながら、セラは深呼吸した。
魔法学園の定期試験というのは、精神的にきつい。落ちると魔法暴走の実技で失敗した場合、洒落にならない事態になる——そういう意味で、終わった時の解放感が別格だ。
空は青い。鳥は歌っている。足取りが軽い。
「ねえ、セラ! 久しぶりのギルド、楽しみだね!」
隣で、アリアが金色の髪をひらひらさせながら言った。朝日を受けて輝く瞳が、もう全速力で前を向いている。
(この子、試験直後にこのテンションか……)
「うん。気づいたらずっと学園生活に夢中になってたけど——冒険者の俺、ちょっと忘れてたかも」
「忘れてたの?!」
「いや、忘れてたというか、思い出す余裕が……」
「セラらしくない! ちゃんとギルドカード持ってる?」
セラは胸元をぽんと叩いた。Fランクのカード。転生してすぐに手に入れた、この世界での最初の「社会人証明書」とでも言うべきもの。
二人は大通りを抜け、冒険者ギルドへ近づいていく。石造りの大きな建物。剣と魔法の杖を模した紋章が、入り口の上に掲げられている。
変わってない。半年ぶりに見ても、びくともしない重厚感。百年単位でこの場所に立っている石壁は、今日も頼もしく冒険者たちを受け入れていた。
「変わってないね、ギルドも」
「うん。あの時も緊張して入ったよね」
アリアがしみじみと言う。
「そうだっけ。魔力測定で異常な数値が出て、周囲がざわついたのを覚えてる」
「セラは平均の五倍以上の魔力だったもんね。みんな口あんぐりしてた」
「俺が一番びっくりしたわ」
二人で笑いながら、ギルドの入り口へと足を踏み入れた。
中は——朝からすでに活気に満ちていた。冒険者たちが行き来し、クエスト掲示板の前では人だかりができている。酒場の隅では、早くも何組ものパーティが作戦会議をしている。朝食の煮込み料理の香りと、パンが焼ける香ばしい匂い——この場所の空気は、相変わらず独特だ。
視線が掲示板の方に吸い寄せられた。前回来た時と同じく、様々な依頼書が貼られている。依頼の数は増えていた。掲示板の前が混んでいる。
「お、セラじゃないか!」
受付カウンターの中から、見覚えのある女性の声がかかった。受付嬢のミサキだ。栗色の髪を後ろで束ね、整った制服を着た彼女が、顔を輝かせて手を振っている。
「ミサキさん、お久しぶりです」
セラはカウンターに近づき、挨拶をした。
「本当にお久しぶり! 学園生活が忙しくて、あまり来られなかったんでしょ? でも元気そうで良かった」
「はい。勉強や実技の授業で手一杯で、なかなか来られなくて」
「でも、よく頑張ってますね。学園新聞で見ましたよ。成績優秀者になったんだって!」
セラは少し照れくさくなった。
「あ、それを見てたんですか」
「もちろん! 私、気になってたんです。ギルド登録してくれた冒険者さんのことは、みんな気にかけてますから。特にセラさんは、魔力量が最初から突出してましたし」
「それは……なんか恥ずかしいですね」
「恥ずかしくない! 自慢してください。せっかくの才能なんだから」
ミサキの笑顔は温かい。彼女はカウンターから身を乗り出すようにして、アリアにも挨拶をした。
「アリアさんもお久しぶりです。学園生活はどうですか?」
「はい、とても楽しいです! セラと一緒に勉強したり、実技の練習をしたりして。あ、試験も終わったところで」
「それは嬉しそう。二人で協力して頑張るんですね」
ミサキの視線が、セラとアリアの間を行き来する。二人の距離感の近さに、彼女は何かを感じ取ったのか、愛想笑いを浮かべた。
「ところで、ギルドの様子はどうですか? 最近、新しいクエストとか増えてますか?」
セラが話題を変えると、ミサキは真剣な表情に戻った。
「そうですね。最近は少し傾向が変わってきてます。学業や本職を持つ冒険者向けの、週末限定のクエストが増えてますね」
「週末限定のクエスト?」
「はい。平日は学業や仕事がある人たちが、週末だけ参加できるようなクエストです。所要時間が短く、報酬もほどほどのものが多いですね。王都に学生冒険者が増えてきた影響もあります」
セラとアリアは顔を見合わせた。二人にとって、まさにうってつけの内容だ。
「それは助かります。学業との両立を考えてたので」
「そうですか。それじゃあ、この辺のクエストをご覧になってみてはいかがですか」
ミサキはクエスト掲示板の方を指差した。
## ランクアップの話
セラとアリアは掲示板の前へと移動した。木製の掲示板には、様々な依頼書が留められている。
「うわ、いっぱいあるね」
アリアが呟いた。
「でも、探せばありそうだよ」
セラは掲示板の上から下まで、目を走らせた。
薬草採取。地下水路のネズミ退治。古道具屋の手伝い。古井戸の調査。王都郊外の見回り——様々な依頼書が貼られている。
「これ、どうかな?」
セラが指差したのは、『古井戸の調査』という依頼書だった。
「古井戸の調査……王都北部のとのこと」
「うん。所要時間が一日とあるから、日帰りで行けると思うんだ。報酬も銀貨十枚と悪くない」
「でも、古井戸って何かあるの? 危なくない?」
アリアが不安そうな顔をする。セラはその表情を見て、少し考えてから答えた。
「詳しいことはミサキさんに聞いてみよう。冒険者の古井戸調査ってのは、未知の場所を調査して危険度や資源価値を報告する仕事だ。基礎的だけど重要な依頼だよ」
「そういうものなんだ」
「それに、週末一日で完結するから学業の邪魔にもならない。条件は合ってると思う」
セラの説明に、アリアは納得したように頷いた。
「それじゃあ、詳しく聞いてみよう」
二人は再びカウンターへ戻った。ミサキは他の冒険者との対応を終えたところで、すぐに二人を受け入れてくれた。
「どうでしたか。何か気になるクエストは?」
「これなんですが」
セラが古井戸の調査の依頼書を差し出すと、ミサキは目を細めて確認した。
「ああ、これですね。王都北部の古井戸調査。近年発見された井戸で、地下水脈への繋がりを調査してほしいという依頼です」
「地下水脈?」
「はい。王都の水道整備のために、新しい水源を探している学者さんの依頼です。井戸の底を調査して、地下水脈に繋がっているか、また水質や水量を確認してほしいとのこと」
「危険性は?」
「そこまで高くはないと思います——」
そう言いかけてミサキが少し表情を引き締める。
「ただ、閉鎖空間での調査になるので、酸素欠乏や崩落には注意が必要です。あと、井戸の内部には小動物がいる可能性もゼロではありません」
「小動物、というと?」
「コウモリや水棲の虫が多いですね。大きな魔物の生息報告はありませんが、狭い空間で魔法を使う場合は慎重に」
セラは頷いた。閉所での魔法行使——風魔法は空間を選ぶ。「風よ、刃となれ——ウィンドカッター」を狭い空間で無計画に放てば自分も巻き込む。反射的にそこまで計算が走る自分を、セラは少し意外に思った。
「所要時間は一日ですが、準備を含めて丸一日かかると考えてください。深さは約二十メートル。ロープでの降下が必要です」
「ロープ降下、経験はあります」
「それなら大丈夫ですね。あと、暗所での作業になるので、照明魔法具か松明が必要です。防水性の高いものがいいですね」
「照明魔法具は持ってます」
「それなら安心ですね。報酬は銀貨十枚。それに加えて、地下水脈が確認された場合、追加報酬として銀貨五枚が出ます」
「銀貨十五枚か。悪くないね」
アリアがセラに向かって言った。
「うん。週末一日でそれだけ稼げるなら、学業との両立を考えても悪くない報酬だと思う」
「セラさん、アリアさん、学業との両立を考えてるんですか?」
ミサキが興味深そうに尋ねた。
「はい。魔法学園に通ってるので、平日は授業があります。週末だけならクエストに出られるかな、と思って」
「それは素晴らしいですね。実は最近、学業や本職を持つ冒険者のためのシステムを整備しているんです」
ミサキはカウンターの下から何かを取り出した。小さなパンフレットだった。
「これ、新しい制度のパンフレットです。『学冒両立支援プログラム』という名称がついてます」
「学冒両立支援プログラム……?」
セラがパンフレットを受け取り、開いてみた。中身は丁寧な文字と説明が続いていた。
「内容は……週末限定クエストの優先受託権、学業スケジュールに合わせたクエスト調整、試験期間中の活動猶予、成績優秀者へのランクアップ特例——」
セラが読み上げると、ミサキが頷いた。
「はい。冒険者ギルドとしても、優秀な人材が学業を理由に辞めてしまうのは惜しいと考えています。このプログラムに登録すると、学業と冒険者の両立がしやすくなります」
「ランクアップ特例、というのは?」
「成績優秀者の場合、通常より短い実績でランクアップ試験の受験資格が得られます。セラさんの魔力量と、ここ半年の学園での成績を合わせると、Eランクの受験資格がすでにあります」
「……本当ですか?」
思わず二度聞きした。半年ほとんどギルドに来ていなかったのに、Eランクへの昇格——それが現実らしい。
「はい。登録している成績情報と、最初の魔力測定の結果を合わせて評価しました。次のランクアップ試験は、冬休み期間中に実施されます。申し込みはいつでも受け付けています」
セラとアリアは顔を見合わせた。
「アリアさんも同様です。魔力量と学業成績を考慮すると、受験資格は十分にあります」
「私も!?」
「はい。二人一緒に受験されてもいいですし、それぞれ別々でも構いません」
## 新しいクエスト
「プログラムの登録、しますか?」
ミサキが確認の書類を取り出した。
セラはアリアを見た。アリアはセラを見た。
「する」
「私も!」
二人同時に答えた。
書類への記入を済ませながら、ミサキが古井戸クエストの詳細も改めて説明してくれた。
「古井戸のクエストは来週末に設定されています。準備の時間は十分あります。持ち物リストと地図を渡しますので、確認しておいてください」
「わかりました」
「ランクアップ試験の申し込みは、今すぐでなくても大丈夫です。冬休みが始まってから、試験の一週間前までに申し込めばOKです」
「了解です。試験の内容はどんなものですか?」
「筆記と実技の二部構成です。筆記は魔物の知識、クエストの安全規則、応急処置の基本。実技はEランク相当の模擬戦、もしくは難度Eのクエストを一人でクリアするか、どちらか選択です」
「詳しい説明を改めて聞きたいです。また来ますね」
「いつでもどうぞ! 私がいない時は他のスタッフにも申し伝えておきますので」
ミサキが温かく送り出してくれた。
掲示板に戻り、古井戸の調査の依頼書を正式に受け取る手続きを済ませた。クエストカードと地図、持ち物チェックリストが手渡された。
「来週、行けそうだね」
「うん。準備しよう。ロープと照明魔法具は確認したし、あとは防水の装備を揃えれば大丈夫だ」
「装備どこで買うの?」
「ギルドの隣に冒険者向けの装備屋があるよ。そこで相談しよう」
## 受託手続き
装備屋で必要なものを揃え、ギルドへ戻って最終確認を済ませた。
クエストの受託が完了した時、ミサキが嬉しそうに言った。
「プログラム登録も、クエスト受託も、全部完了しました。来週末、頑張ってください」
「ありがとうございます。ミサキさんがいろいろ案内してくれて助かりました」
「私の仕事ですから。でも……セラさん、また来てくれて良かった。最初に登録してくれた時から、この人は面白い冒険者になるだろうなと思ってたんですよ」
「そんなことを思ってたんですか」
「あの魔力量を見て、思わないわけがないですよ。ギルドカードに記録しながら、思わず二度見しました」
カウンターを離れ、ギルドの出口に向かいながら、セラは来週への準備を頭の中で組み立てた。
ロープ降下の確認。照明魔法具の充填。地図の把握。アリアとの役割分担の確認。
やることがある。それがなんとなく心地いい。
(「やることがある=生きてる証拠」——そんな感覚になってきた。この世界では、やった分だけ強くなれる。その実感がある)
## 両立の決意
ギルドを出た時、日は少し傾きかけていた。
夕方の王都の大通り。屋台の煙が漂い、石畳の上に長い影が伸びている。人々が行き交い、馬車が走り、この街は相変わらず元気だ。
「なんか、久しぶりに来た感じがした」
アリアが言った。
「半年か……長いような短いような」
「セラ、ランクアップ試験、受けるつもり?」
「受ける。冬休みに向けて準備するよ」
「私も! 一緒に試験受けよう!」
「アリアはもう十分強いけどな」
「セラだって! 二人で一緒の方が絶対楽しいでしょ?」
「そうだな。二人で頑張ろう」
並んで歩く。夕日が二人の影を長く伸ばしている。
「学園の勉強と、ランクアップ試験の準備と、クエストも——詰め込みすぎじゃない?」
アリアが少し心配そうに言った。
「そうかもしれないけど、やってみないとわからないし。昔から、やりすぎるくらいの方が性に合ってるんだよ、俺」
「セラらしいね」
アリアがにっこりと笑う。
「……アリアも無理するなよ。俺に付き合って体壊したら困る」
「当たり前でしょ? 私、丈夫だから。エルフって丈夫なの。それより、セラが無理しすぎたら私が止めるからね。絶対止める」
「どうやって止める?」
「ごはん作って無理やり食べさせる」
「……効きそうだ」
「でしょ? 私の料理、美味しいから。セラ絶対止まるよ」
「頼りになるな」
「当たり前だよ。セラの幼馴染だもん」
夕暮れの王都を、二人は並んで歩いていた。
冒険者ギルドとの再会。ランクアップの可能性。新しいクエスト。支援プログラムへの登録。
一日でこんなに話が進むとは思っていなかった。
学業と冒険の両立——そんな大げさなことを言わなくても、やることは決まっている。ただ、全部やる。それだけだ。
石畳が夕日で橙色に染まっていた。
学園への帰り道。足取りは軽い。試験終了の解放感だけじゃなく、この街での自分の居場所が、少しずつ広がっていく感覚があった。
「ねえ、セラ」
「うん」
「今日、来て良かったね」
「そうだな。来て良かった。次も来よう」
「当たり前でしょ!」
アリアが笑った。セラも笑った。
二人の笑い声が、夕暮れの石畳に溶けていった。
学園の門が見えてきた頃、セラはふと立ち止まった。
「どうしたの?」
「いや、なんか……冒険者として動くのが久しぶりすぎて、体が喜んでる気がした」
「体が喜んでる?」
「ずっと机の前だったから。こうやって実際に動いて、計画を立てて、次の目標を見つけて——これが本来の俺に合ってることなんだな、と」
アリアが少し考えるような顔をした。それからニコっと笑った。
「セラって、動いてる時の方が生き生きしてるよね。学園も楽しそうだけど、こっちの方がなんか、目がキラキラしてる」
「そうか?」
「うん。ギルドに来た瞬間から、ずっとそうだった。最初に入った時の顔、懐かしいな」
「アリアも、こういうの好き?」
「好き! セラと一緒に冒険するの、大好き」
断言。一切の迷いなし。
「じゃあ来週のクエスト、二人で頑張ろう」
「うん! 絶対頑張る!」
正門をくぐる。学園の中へ。
試験が終わり、新しいクエストが決まり、ランクアップ試験への道筋も見えた。
第2章の物語はまだ続いている。でも今日という一日は、間違いなく良い一日だった。




