第93話 定期試験の準備
# 第93話 定期試験の準備
## 定期試験の発表
翌朝の教室は、いつもの賑やかな雰囲気とは少し違っていた。
チャイムと共に担任のリナ先生が教室に入ってくると、クラス中の空気が一変した。リナ先生の表情が真剣そのものだったからだ。
「皆さん、朝から緊張感を持って聞いてください」
リナ先生が教卓の前に立ち、教室を見渡す。
「ええ、なんだろ? まるで重大発表みたいだね」
隣の席のアリアが小声で呟く。
「何かあったのかな」
「皆さん、来週から定期試験を実施することになります」
教室中がどよめいた。
「試験!?」
「定期試験って、まさか!」
「うそ、来週!?」
「静かに!」
リナ先生が手を叩くと、教室は再び静寂に包まれた。
「試験期間は三日間です。一日目が魔法理論と魔法史、二日目が魔法陣基礎と実技、三日目が一般教養になります」
白いチョークが黒板を走る音が、静かな教室に響いていた。
「魔法理論と魔法史が一日目か……」
アリアが少し顔を曇らせる。
「大丈夫だよ。魔法理論、得意だしな」
「セラは得意だけど、私は……」
「大丈夫。僕が教えるから」
セラが微笑むと、アリアも少し安心したように頷いた。
「試験範囲は、第一学期の最初から現在までです。教科書の第一章から第十章、そして授業で扱ったすべての内容が範囲となります」
「第十章まで!?」
「範囲広すぎない!?」
「無理無理!」
再び教室がどよめく。
「静かに! パニックになっても解決しません!」
リナ先生の声で、再び静寂が戻ってくる。
「定期試験は、魔法学園で学ぶ皆さんの実力を測る重要な機会です。成績によっては、進級や進路に影響しますので、しっかりと準備してください」
「試験形式は筆記と実技です。筆記試験は五十点満点、実技試験も五十点満点。合計百点満点で、六十点以上が合格点です」
「六十点以上か……」
ゴウタが隣の席で少し落ち込んだように呟く。
「無理だよなあ、俺には……」
「諦めるなよ、ゴウタ。まだ一週間あるんだ」
「いやいや、セラはエルフだし、魔法理論得意だし、無詠唱もできるし。俺なんて初級魔法やっとだよ」
「でも、基礎をしっかりやれば大丈夫だよ」
「……本当に?」
「本当だよ。僕が教えるから」
「え、セラが教えてくれるの?」
ゴウタの目が少し輝いた。
「うん、勉強会でもやろうかと思って」
「勉強会!? いいね! 参加したい!」
「私も! 魔法理論苦手だから!」
「実技も不安だし!」
「セラ、教えてよ!」
次々と手が挙がっていく。
「……皆さん、やる気ですね」
リナ先生が少し微笑む。
「学内での勉強会は推奨します。ただし、内容には責任を持ってください」
「はい!」
「それでは、試験範囲の詳細を配布します」
試験範囲の資料を受け取り、目を通した。
「魔法理論、魔力の基本原理から始まって……感情と魔力のリンク、無詠唱魔法の理論、融合魔法の原理……確かに、範囲広いな」
でも、自分が知っている内容も多い。授業で学んだこと、実戦で経験したこと。すべてが役に立ちそうだ。
「アリア、大丈夫?」
「うん、なんとかなると思う。セラが教えてくれるなら」
「もちろん。心配しないで」
「ふふ、セラ、頼もしいね」
「さあ、頑張るぞ!」
## 勉強会の提案
昼休み、教室は試験の話題で持ちきりだった。
「来週の試験、どうする?」
「勉強しないと、赤点とかありそうだし」
「誰か教えてくれる人いないかな?」
「セラ、さっき言ってた勉強会、本気でやるの?」
ミナが猫耳をピコピコさせながら尋ねてきた。
「うん、やるつもり。僕も勉強が必要だし」
「じゃあ、私も参加したいにゃ!」
「私も! セラくんに教えてもらえるなら」
「私も入れて!」
「うーん、人数が多いと教えきれないかも」
セラが少し困ったように頭をかく。
「だったら、セラが教える役、みんなが受ける役、って形でどう?」
アリアが提案した。
「教える役、受ける役?」
「そう。セラが先生になって、みんなが生徒になる。教室予約して、みんなで勉強会する感じ」
「それいいかも!」
ゴウタが賛成する。
「俺、セラ先生に教えてもらいたい!」
「先生、とか呼ばれるの恥ずかしいな」
セラが少し照れくさそうに言うと、クラスメイトたちが笑った。
「ふふ、セラ先生、素敵だね」
「別に先生とかじゃなくて、ただ教える立場ってだけだよ」
「でも、セラは魔法理論得意だし、無詠唱もできるし、教えるのに適してると思うよ」
「そうそう、セラの説明はいつも分かりやすいし」
(いつも分かりやすいってどういう基準だろう。こっちはただ知ってる順番に話してるだけなのに。……まあ、伝わるならそれでいい)
「とにかく、勉強会やろうって話でいいよね?」
「うん、賛成!」
「賛成!」
クラス全員の一致で、勉強会を行うことが決まった。
「じゃあ、いつにする?」
「放課後、図書館どう?」
「じゃあ、今日の放課後から始めよう!」
全員が賛成した。
その時、教室のドアが開き、カトレアが顔を出した。
「なんか活気あってるね?」
「定期試験の話してたんだよ。勉強会やることになった」
「勉強会? いいね! 私も入れて!」
「もちろん。カトレアも来て」
「やった! ドワーフとしても、魔法理論は借金返済に関係するから重要よ!」
カトレアの借金返済動機は、何にでも連結してくる。頭が下がる。
「じゃあ、図書館集合、三時!」
「おお!」
全員が声を上げた。
## 勉強会開始
午後三時、図書館には一年A組の生徒たちが集まっていた。
大きな円形のテーブルを囲んで、十数名の生徒たちが座っている。
「じゃあ、勉強会始めようか」
「よし!」
「今日は魔法理論の基礎からやるね。まずは魔力の基本原理から」
セラが黒板に向かうと、チョークで図を描き始めた。
「魔力というのは、体内のマナ回路を流れるエネルギーのこと。これは誰でも持っているんだけど、使い方次第で強さが変わる」
全員が集中して聞いている。
「で、魔法を使うときは、このマナを意識的に制御する必要がある。詠唱魔法の場合、言葉のリズムでマナの流れを整えてるんだ」
「言葉のリズム、ね」
ゴウタが納得したように頷く。
「そう。だから、詠唱をちゃんと覚える必要がある。でも、熟練すると無詠唱でも魔法が使えるようになる。これは、マナの流れを体が覚えているからなんだ」
「無詠唱、すごいね」
「セラ、無詠唱できるんだよね?」
「うん、できる。でも、最初からできたわけじゃない。練習と理解が必要だった」
(昔、なんでもショートカットキーを使わず一つひとつメニューを開いていた。体が覚えると、手が自然に動くようになる。マナも同じだ)
「マナ回路は、体の中を巡る道のようなもの。これを効率的に使えば、少ない魔力で強い魔法が使える」
「効率的、ってどういうこと?」
カトレアが手を挙げて質問する。
「いい質問だね。例えば、水魔法の『アクア』を使うとき。非効率な人は、体内のマナを全部使おうとする。でも、効率的な人は、必要な分だけのマナを集めて、凝縮して使う」
「凝縮!」
「そう。凝縮することで、水の圧力が上がる。だから、少ない魔力でも強い水魔法が使える」
「なるほどね! 俺、今まで全部使おうとしてたかも!」
「それじゃあ、すぐに魔力が尽きちゃうね」
アリアが少し笑う。
「だから、練習が必要なんだ。まずは、自分の体の中のマナの流れを感じるところから始めよう」
セラが全員を見渡す。
「目を閉じて、体の中を意識して。おへその下あたりに、温かいエネルギーが溜まっているのを感じて」
全員が目を閉じる。静かな図書館に、規則正しい呼吸の音だけが響く。
「そのエネルギーが、体の中を巡っているのを感じて。腕の先、足の先、指先まで」
「感じた人は、手を挙げて」
一人、また一人と手が挙がっていく。ゴウタも、少し自信なさげに手を挙げた。
「すごいね、みんな。初めての人も多いはずなのに、よくできてる」
「次は、そのマナを少しだけ手のひらに集めてみよう。全部じゃない、ちょっとだけでいいから」
「うーん、難しい……」
ゴウタが少し苦戦している。
「焦らないでね。マナは気まぐれだから、焦ると逃げちゃう」
「リラックスして、深呼吸。マナは友達だから、怖がらないで」
ゴウタが深呼吸をすると、少しずつリラックスしてきた。
「そう、その調子。マナを手のひらに誘う感じで」
やがて、ゴウタの手のひらに、小さな光が灯った。
「おお! 見て! 光った!」
「すごい、ゴウタ!」
「これ、魔力ってこと?」
「そう。初めて魔力を感じたんだね」
セラが微笑む。
「やった! 俺、やったぞ!」
ゴウタがガッツポーズをする。その姿に、クラス中が笑顔になった。
## 個別指導
午後遅く、勉強会も終盤に差し掛かっていた。
「うーん、やっぱり無詠唱、難しいかな……」
ゴウタが少し落ち込んだように呟く。
「マナの流れは感じられるようになったけど、詠唱なしで魔法を出すの、まだ無理かも」
「そうだね。無詠唱は時間がかかるから、焦らなくていいよ」
「でも、試験で無詠唱も出るんだよね?」
「出るけど、配点は高くない。詠唱魔法がちゃんとできれば、大丈夫」
「ねえ、ゴウタ。詠唱魔法、得意なやつある?」
「得意……うーん、フレイムはそこそこできるかな」
「じゃあ、フレイムを極めるのはどう? 一つの魔法を極める方が、全部の魔法を中途半端にやるよりいいよ」
「一つの魔法を極める……」
ゴウタが少し考え込んだ。
「フレイムなら、詠唱も短いし、魔力の流れも単純だし。これを完璧にすれば、試験でも高い点数が取れるよ」
「なるほどね! 俺、フレイムを極めるぞ!」
ゴウタがやる気を取り戻した。
「うん、頑張ってね。僕も手伝うから」
「ありがとう、セラ。助かるよ」
一方で、サクラさんが魔法陣の図を見て首を傾げていた。
「セラさん、魔法陣の構造、どうやって覚えたらいい?」
「いい質問だね。魔法陣は、ただの絵じゃないんだ。それぞれの線に意味がある」
セラが黒板に魔法陣を描く。
「外円は結界、内円は魔力の制御、三角形は三属性の調和。こうやって、意味を理解しながら覚えると、忘れにくいよ」
「意味、ね。ただ丸暗記してたかも」
「だから、忘れちゃうんだよ。意味を理解すると、自然と頭に入ってくる」
「なるほどね!」
サクラさんが納得したように頷く。
「次は、感情と魔力のリンクについてやるね。魔法を使うとき、感情が大事だって聞いたことあるかな?」
「リナ先生の授業でやったよ!」
「そうだね。古代エルフは、感情を込めることで魔法を強くしてたって聞いたことあるよ」
「感情を込めるだけで魔法が強くなるの?」
「そう。例えば、楽しいことを思い出しながら風魔法を使うと、風が優しくなる。一方、何かに熱中しているときに火魔法を使うと、炎の温度と形が変わる。喜怒哀楽が魔法に影響するんだ」
「じゃあ、練習してみよう。まずは、楽しいことを思い出しながら、風魔法を少し使ってみる」
「楽しいこと……」
「食事のことはどうかな?」
「食堂のパン、美味しいよね」
「パン、いいね!」
ゴウタが目を輝かせる。
「じゃあ、美味しいパンを思い出しながら、手のひらで風を感じてみよう」
生徒たちが目を閉じ、想像し始める。
「美味しいパン……」
「バター塗ってるパン……」
やがて、全員の手のひらから、小さな風が吹き始めた。
「わあ! 風が出た!」
「優しい風だね!」
「いいね、みんなの風。優しくて、気持ちいい。これが、喜びの風魔法だ」
「セラ、すごい!」
「教えるの上手だね!」
クラスメイトたちから称賛の声が上がる。
「ありがとう。でも、みんなが頑張ってるからだと思う」
「次は、別の感情でやってみよう。熱意を持ちながらフレイムをやってみて。試験に合格するぞ!って気持ちで」
「よし!」
「絶対合格するぞ!」
ゴウタたちが本気で気合を入れ始めると、手のひらから炎が上がり始めた。
「おお! 熱い!」
「本気モードの炎だ!」
「ちょっと待って、火力高すぎ!」
セラが慌てて止める。
「感情を込めすぎると、魔力が暴走するから気をつけて!」
「あ、ごめん!」
「感情と魔力のリンク、本当に強いんだね」
「だからこそ、感情のコントロールも必要なんだ。熱意は大事、でも冷静さも保つ。それが魔法使いの大切なスキル」
セラの言葉に、全員が真剣に頷いた。
「セラ先生、天才だね」
「先生、とか言わないで」
「ふふ、セラ先生、素敵だよ」
「うっ、また先生って……」
## 試験への自信
夜、寮の部屋でセラはベッドに座っていた。
今日一日の出来事が、頭を巡っていた。朝の定期試験の発表、昼の勉強会の提案、午後の勉強会。すべてが新しい経験だった。
「お疲れ様、セラ」
ライルが部屋に入ってくると、大きく伸びをした。
「お疲れ様、ライル。今日はどうだった?」
「うーん、まあまあかな。定期試験あるから、クラスみんな不安だったけど」
「セラは? 勉強会やったんだって?」
「うん、やったよ。結構楽しかった」
「楽しい、ね。セラは教えるのが得意そうだもんね」
「得意だと思わなかったけど、やってみたら意外と楽しかった」
「でも、試験大丈夫だよね? セラも受けるんでしょ?」
「うん、受けるよ。でも、勉強会で教えてるうちに、自分の勉強にもなった気がする」
「教えることは学ぶこと、とか言うしね。ふふ、セラらしいな」
「ライルって、意外と良いことを言うよな」
「意外とは失礼だろ!」
ライルが拗ねたように言うと、セラは思わず笑った。こんな軽口を叩ける仲間がいる。それだけで、今の自分はずいぶん恵まれていると思う。
「でも、本当にありがとう。クラスのみんな、セラのおかげで元気出たみたいだよ」
「そうだといいな。みんなが合格するといいな」
純粋にそう思えるのが、この学園生活の良いところだ。誰かが成功しても、自分が負けた気はしない。
「カトレアも参加してたし、明日また来てくれるかな」
「カトレアは来るよ。ギャハハって言いながら、絶対来る」
「ドワーフの格言みたいなの言い出したりして」
「『石の中に答えはない、石の上で考えろ』とか?」
「それどういう意味?」
「わからない。でも言いそうでしょ」
二人で笑った。良い夜だった。
「うん、きっと大丈夫だよ。セラが教えてたんだから」
「アリアは?」
「アリアは元気だったよ。魔法理論、少し自信がついたみたい」
「ミナは?」
「ミナはね、すごく楽しそうだったよ。猫耳がずっとピコピコしてた」
「ふふ、ミナらしいね」
「セラも頑張ってね。試験、大事だよ」
「うん、頑張るよ」
「応援してるから」
ライルが微笑む。
「ありがとう」
セラも微笑み返した。
「明日も勉強会やるんだよね?」
「うん、毎日やるつもり」
「頑張れよ、セラ先生」
「先生って言うなよ」
ライルが笑うと、セラも苦笑いした。
「でも、まあ悪くないね」
「何が?」
「教える役。やりがいあるし」
セラが少し真剣な表情で言う。
「みんなが理解してくれたとき、ここが熱くなるんだ」
胸のあたりを軽く叩いた。
「それが教師の醍醐味だね」
ライルが頷く。
「とにかく、明日も頑張ろう」
「うん、頑張る」
セラは自分に言い聞かせるように頷いた。
「おやすみ、セラ」
「おやすみ、ライル」
ライルが自分のベッドに向かうと、セラも自分のベッドに横になった。
一日の疲れが、ゆっくりと体から抜けていく。
明日も勉強会。そして、来週には試験。
「頑張ろう」
心の中でそう宣言した。
仲間と一緒に。自分らしく。
静かな夜が、寮を包んでいく。
窓の外で、風が吹いた。木の葉が揺れる音が、かすかに聞こえる。
今、この穏やかな気持ちで風魔法を使ったら、どんな風が吹くだろう。きっと柔らかい風だ。
セラは静かに目を閉じた。
定期試験、仲間、笑顔——それが今の自分の世界だ。
深い眠りの中へ、ゆっくりと沈んでいった。




