第92話 ミサトとの関係進展
# 第92話 ミサトとの関係進展
## 呼び出し
学園祭が終わってからの数日間、セラの生活は大きく変化していた。
朝、廊下を歩けば視線を感じる。食堂に行けば話題の中心になる。授業中でも、時折他の生徒たちがこちらを気にしているのに気づく。
「あの人だ」という目線。好奇とも尊敬とも取れる視線。これは完全に予想外の展開だ。
「おはよう、セラ」
教室に入ると、アリアが微笑んで手を振る。
「おはよう、アリア」
「今日も朝から人気者だね」
アリアが少し楽しそうに言う。視線を向けると、周囲の女子生徒たちが話していたことを中断して、顔を赤らめている。
「朝から人気者って、どういう意味だよ」
「学園新聞の特集版が出たらしいよ。『金髪の騎士様の優勝、その裏側にあった真実』とか書かれてて」
「裏側なんてないんだけど」
(ただ、幼馴染に押しつけられて出ることになっただけです)
机に置かれた新聞を手に取る。確かに特集号が大きく取り上げられていた。優勝の瞬間の写真、準備風景。そして「美しさは性別じゃない」という言葉が大きく引用されている。
「……恥ずかしいな」
新聞を伏せた。でも内心では、完全に嫌な気分ではない。
「アリア、この前のこと、ありがとう。アリアがそばにいてくれたから、頑張れた」
「いいのよ。セラが頑張りたかったから、私はただ応援しただけ」
アリアが満足そうに微笑む。
授業が始まるまで少し時間がある。セラがノートを開くと、教室の前方から生徒会役員の男子生徒が歩いてくるのが見えた。
「セラ・ウィスパーウィンド君」
その声に、教室中が静まり返る。
「はい」
「生徒会長が呼んでいる。昼休み、生徒会室に来てほしい」
生徒会長。ミサトのことだ。
(ミサトに呼び出された。呼び出しって、大抵ろくなことがない印象なんだが。……でも今回は違うかも。ミサトは確かに怖い時もあるが、学園祭では「合格点」と言ってくれた。完全な悪意があるとは思えない。たぶん。おそらく)
「わかりました。昼休みですね」
「そう。一時までに来てくれ」
生徒会役員は去っていった。
「なんだと思う?」
「さあね。でも大丈夫だよ。ミサトさん、そこまで怖くないよ」
アリアが励ますように手を握る。
「うん、そうだね。悪いことではないはずだよ」
「でも、心配だね。何か用事だろうか」
「わからないけど、まあ会ってみればわかるでしょ。私、昼休みも待ってるから」
アリアが微笑む。指先の冷たさが、少し和らいだ。
授業が始まっても、セラの思考は昼休みのことへと向いていた。
## 生徒会室へ
昼休みのチャイムが鳴ると、セラは教室を後にした。
「行ってらっしゃい、セラ」
「……行ってきます」
廊下は多くの生徒たちで賑わっていた。昼休みになると、食堂へ向かう生徒、教室に残る生徒、部活に向かう生徒。それぞれの目的を持って行き交う中で、セラの存在はやはり目を引くようだった。
「あ、見て! あの人だ!」
「女装コンテストの優勝者さんだ!」
「すごいね、生で見たらもっと綺麗」
女子生徒たちの声が聞こえる。男子生徒たちは少し悔しそうな顔をしているが、敵対的な態度は見せない。学園祭を経て、自分の立ち位置が変わった。そういうことだ。
「こんにちは、セラくん!」
「あ、こんにちは」
知らない女子生徒たちが挨拶をしてくれる。
「学園祭、楽しかったです」
「ありがとうございます」
廊下の窓から差し込む午後の日差しが、床に長い影を落としている。秋の光は柔らかく、どこか懐かしさを感じさせる。
「生徒会室は、この先だな」
階段を上ると、廊下の雰囲気が少し変わった。ここは普段、あまり生徒たちが来ない場所だ。静寂が支配していて、足音が響くほどだ。
「……どきどきするな」
上司に呼ばれる感覚に似ているといえば似ている。でも違う。あっちはスーツを着た中年男性で、こっちは剣を持った美人女騎士だ。どちらが怖いかと問われると答えられない。
生徒会室のドアの前に立った。立派な木製のドアには、生徒会の紋章が描かれている。セラはノックした。
「どうぞ」
中からミサトの声が聞こえた。いつもの強気な声だけれど、どこか柔らかさが混じっているような気もした。
## 対面
生徒会室は、想像していたよりも広く、立派だった。
窓からは柔らかな日差しが差し込み、壁一面には本棚が並ぶ。多くの書物が収められている。中央には大きな机が置かれ、部屋の奥には書類の山が積まれたデスクがある。
そのデスクにミサトが座っていた。
「入っていいわよ」
いつもの強気な表情だけれど、今日はどこかリラックスしているように見えた。
「失礼します」
セラは部屋に入り、ドアを閉めた。
「座りなさい。そっちのソファでいいわ」
ミサトが顎でしゃくるように指し示した。窓際のソファは柔らかく、座り心地が良かった。
二人きりの部屋。静かだ。
「……で、何か用事でしたか?」
「あんた、本当にこういう所が苦手なのね」
ミサトが少し呆れたように言う。そして、自分のデスクから立ち上がり、セラの前にある椅子に座った。
「用事? 別に、深刻な用事があるわけじゃないわよ」
「じゃあ、なんで僕を……」
「学園祭、お疲れ様」
「……え?」
驚いてしまった。ミサトから感謝の言葉を聞くとは、あまり予想していなかった。
「一年生にして優勝するなんて、正直驚いたわ。審査員をしていても、あんたのステージは目を見張るものがあった」
ミサトの目には、真剣な光が宿っていた。
「ありがとうございます。でも、審査の時は『合格点』って言ってましたよね」
「それはそれ、これはこれ。審査としての評価と、個人的な感想は別よ」
ミサトは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「個人的な感想?」
「そうよ。個人的に。あんたのステージ、見ていて悪くなかったわよ」
「悪くない、って……」
セラは何か言い淀んでしまった。ミサトから褒められるなんて、想像もしていなかった。
## 女装コンテストの話
「まあ、あんたのあの不機嫌キャラ、侮れないわね。観客の人気を集めていたのは事実だし」
「不機嫌キャラじゃないよ。ただ、緊張してたから」
「ははは、そう言い張るあんたも可愛いところがあるわね」
「可愛い、とか言わないでほしいな」
「いいのよ、可愛いって。男の子だって、可愛いところはあるわよ」
ミサトはソファに身を預け、セラを見つめた。
「ねえ、セラ。あんた、転生者だったわね」
「……!」
セラは息を飲んだ。それは二人の間の秘密だったはずだ。以前、ミサトから転生者であることを見抜かれ、互いに転生者であることを秘密として共有していた。
「安心しなさい。誰にも言ってないわよ。あんたとの約束、守ってるつもりよ」
「ありがとう、ミサト」
セラは安堵の息を吐いた。
「でも、やっぱり転生者なのね。あの発想も、あの態度も、転生者ならではのものだったわよ」
「発想って、どういう意味?」
「美しさは性別じゃない、とかね。あの発想、この世界じゃなかなか出てこないわよ。転生前の世界の価値観が反映されてると思うわ」
ミサトの分析には、確かに一理あった。
「……確かに、そうかも」
「それに、あの不機嫌キャラの演技力も、転生者ならではね。この世界で育った男の子なら、あそこまで素でやるのは難しいわ」
「素でやってるつもりだけど」
「それがまた良いのよ。自然で、だからこそ魅力的だったわ」
ミサトは少し満足そうに頷いた。
「セラ、あんた、これからどうするつもり?」
「どうする、って?」
「学園での生活よ。女装コンテストで優勝したんだから、これからはもっと目立つ存在になるわよ。それに、転生者としての秘密も抱えてる。どうやって生きていくつもり?」
ミサトの質問は、核心を突いていた。セラは少し考え込んだ。
「……正直、わからない。ただ、普通の学園生活を送りたいなと思ってる。友達と楽しく過ごして、勉強もして、魔法も習得して」
「普通、ね。あんたの場合、普通って難しいわよ」
ミサトは少し笑った。
「でも、まあ悪くない考えね。あんたなら、できるかも」
「ミサトは? ミサトはどうするの?」
「私? 私は生徒会長として、学園を守るわ。それに、騎士団の任務もこなさなきゃいけないし」
ミサトは少し疲れたような顔をした。目の下にうっすら影がある。
「大変だね」
「でも、悪くないわ。やりがいがあるし」
「騎士団の任務って、具体的にどんなことをするの?」
「学園の周辺の魔物の監視、王都への報告書の作成、生徒会業務との兼任。……正直、寝る暇もないくらいよ」
「それは……月に休みは何日あるの?」
「……月に二日よ」
「月二日!?」
思わず声が出た。ミサトが眉をひそめる。
「大きな声を出さないで」
「ごめん。でも、その状態で生徒会長と騎士団を両立してるの?」
「当然よ」
全然当然じゃない。顔に出ていたらしく、ミサトは少し笑った。
「呆れてるわね」
「呆れてるというか……心配してるよ」
「心配?」
「うん。ミサトが倒れたら学園が困る。合理的に考えても、休みは必要だ」
ミサトは黙った。それから、わずかに目を細めた。
「……まあ、考えておくわ」
「セラ」
「ん?」
「あんた、意外と良いやつじゃない」
「……え?」
突然の言葉に、セラは言葉を失った。
「以前はあんたのこと、どうも思わなかったわ。エルフへの偏見もあったし、何よりあの態度が癇に障るわね」
ミサトは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「でも、学園祭を見て少し考えが変わったわ。あんた、クラスのみんなのことを考えてるし、友達も大事にしてる。そして何より、自分の信念を貫く強さがある」
「信念、って……」
「美しさは性別じゃない、だなんて。言葉にするのは簡単だけど、実行するのは難しいわよ。あんたはそれをやり遂げた」
「……フン、そうか」
「フンって、あんたの口癖じゃないでしょ」
「うっ、それはミサトの」
「そうよ。使わないで」
ミサトがわずかに口元を緩めた。その表情は、普段のツンとした顔と全然違って見えた。
「尊敬するわよ」
「尊敬、って……」
「まあ、あくまで個人的な感想だけどね」
「ありがとう、ミサト。その言葉、素直に受け取るよ」
「別に。事実を言っただけよ」
## 距離が縮まる
ミサトはデスクに戻り、何かを探し始めた。
「それから、これ」
小さな箱を差し出した。
「これは?」
「開けてみなさい」
セラが箱を開けると、中には銀色のペンダントが入っていた。精巧な作りで、中央には小さな宝石が埋め込まれている。
「これ、僕に?」
「そうよ。優勝記念の品よ」
「でも、優勝賞品はもう受け取ってるよ。学費免除と食堂パス」
「あれは公式の賞品。これは個人的な贈り物よ」
ミサトは少し照れくさそうに言った。
「気に入らないなら捨てればいいわ」
「そんなことない! 大切にするよ」
セラはペンダントを取り出した。銀色の鎖の先に、小さな銀色の飾りがぶら下がっている。そこにはエルフ文字で何かが刻まれている。
「『自由』って書いてあるわ」
「自由……」
「あんたが表現したかったこと、それよ。美しさは性別じゃない。誰もが自分らしく生きられる自由。それを表してるわ」
ペンダントを手のひらに載せた。細かい細工の感触が伝わってくる。
「ありがとう、ミサト。本当に、大事にするよ」
「別に。気に入ったなら良かったわ」
ミサトは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「それと、もう一つ」
「もう一つ?」
「あんた、私の騎士団に入らない?」
「えええ!?」
セラは絶句した。
「騎士団、って。近衛騎士団?」
「そうよ。私の近衛騎士団。あんたの魔力と才能、活かせる場所だと思うわ」
「でも、僕はまだ学生だし。冒険者もやってるし」
「両立できるわ。騎士団の任務は、学園生活と両立できるように調整するわ」
ミサトは真剣な目でセラを見つめていた。
「考えておいて。いつでも歓迎するわ」
セラは深く頷いた。
「……わかった。考えてみるよ」
「そうよ。良い返事を待ってるわ」
ミサトは満足そうに微笑んだ。
「それじゃあ、今日はこれでいいわ。また、いつでも声をかけて」
「ありがとう、ミサト。呼び出してくれて、良かったよ」
「こっちこそ。あんたと話せて、悪くなかったわ」
セラは立ち上がり、生徒会室を出た。廊下には夕方の光が差し込んでいた。
「ミサト、いいやつだな」
セラはそう呟いて、歩き出した。
首にかけたペンダントを指先で撫でる。銀色の飾りが夕日に輝いている。
「自由、か」
誰もが自分らしく生きられる自由。転生前の世界でも、転生後の世界でも、それは大切なものだ。
「お待たせ、アリア」
生徒会室の前に戻ると、アリアが待っていた。
「うん、待ってた。どうだった?」
「……良い話だったよ。ミサト、優勝を祝ってくれた」
「そうなんだ! よかったね、セラ」
アリアが安堵の息を吐いた。
「それに、これをもらった」
セラが首からペンダントを見せると、アリアの目が輝いた。
「わあ、綺麗! 銀のペンダントだね。エルフ文字で何か書いてある」
「『自由』って書いてあるんだって」
「自由、ね。素敵な言葉だね」
アリアが微笑む。
「ミサトさん、セラのこと認めてくれたんだね」
「そうみたい。以前は犬猿の仲だったけど、少しずつ距離が縮まってるみたいだ」
「ねえ、セラ」
「ん?」
「ミサトさんのこと、どう思う?」
セラは少し考えてから答えた。
「……強くて、厳しくて、でも優しいんだと思う。以前は偏見持ちで性格が悪いと思ってたけど、実は良いやつなのかも」
「ふふ、そうだね。ミサトさん、セラのこと気にしてるみたいだよ」
「気にしてる、って……」
「だって、個人的に贈り物をしてくれたんでしょ? それはセラが特別ってことだよ」
セラは少し顔が熱くなるのを感じた。
「まさかね……」
「ふふ、セラにはわからないのかな」
アリアは少し楽しそうに笑った。
「とにかく、良かったね。ミサトさんと仲良くなれて」
「うん、そうだね。良かったよ」
「ねえ、セラ。夕飯、何食べる?」
「食堂のパンがいいかな。最近、食堂のパンが美味しくて」
「賛成! セラと一緒に食べるパン、もっと美味しくなりそうだね」
「食堂パスあるから、たくさん食べれるね」
「そうだね!」
「いやいや、自分で払えよ」
「えー、でもシルヴアんって奢り派じゃないの?」
「どこからそのイメージが……」
二人は笑いながら、食堂へと向かう。
夕暮れの学園は、穏やかな時間に包まれていた。
夜、寮の部屋でベッドに横になると、今日一日の出来事が頭をよぎった。
ミサトとの会話、アリアとの時間、クラスメイトたちとの笑顔。全部が良い思い出として残っている。毎日が何かある。毎日、誰かと向き合って、何かが動いている。
「ペンダント……」
首から外したペンダントを手に取った。銀色の飾りが、月光を浴びて静かに輝いている。
「自由」
それはミサトがくれた言葉であり、自分が表現した言葉でもあった。
セラはペンダントを握りしめた。
目を閉じると、深い眠りが訪れる。
ミサトとの関係も、少しずつ進めていければいいな。
(……でも騎士団への入団は、しばらく保留にしよう。なんかこう、色々と複雑になりそうな予感がする)
セラは夢の世界へと落ちていった。




