第90話 女装コンテスト優勝
# 第90話 女装コンテスト優勝
## 最終審査
特設ステージの控室は、昨日より静かだった。
昨日の賑やかさが嘘のように、みんな少し引き締まった顔をしていた。それが逆に緊張を増幅させた。
「……最終審査か」
セラはミラーの前に座りながらつぶやいた。メイクが完成した自分の顔を見る。銀髪の少女が、真剣な顔でこちらを見ていた。
(鏡の中の俺、今日の方が表情が違う。昨日より気合が入ってる。これは俺だ。セラ・ウィスパーウィンド。女装してるが、確かに俺だ)
「セラ、大丈夫?」
アリアが隣から声をかけてきた。今日は応援席から控室まで許可をもらって来てくれている。
「大丈夫」
「緊張してる?」
「してる。でも昨日より落ち着いてる」
「えへへ、それよかった! セラが落ち着いてると、私も安心する」
「アリアに安心させてもらってる側なのに」
「そうでもないよ。セラが頑張ってると、私も元気になるんだよ」
「それは良かった」
カトレアが腕を組んで頷いた。
「セラ。昨日の仮集計でトップだったことを忘れるな。それは事実だ」
「プレッシャーをかけないでください」
「事実の確認だ。商人は数字から目を離さない。昨日のトップという数字は、今日も有効な根拠になる」
「根拠として使いすぎると転ぶから……」
「万全の準備の上に根拠がある。大丈夫だ。ギャハハ!」
(カトレアなりの応援の言い方か。数字で語るやつ。でも悪意はないのが伝わってくる)
ミナが両手を胸の前で組んで言った。「セラくん、最後まで全力で! 昨日の会場の反応、本当にすごかったから! 私、舞台袖で見てて泣きそうになったよ!」
「ミナ、泣かないでよ」
「でも感動したんだもん! 今日も感動させてくれるって信じてる!」
「……ありがとう」
「参加者の方、ステージにお集まりください」
生徒会役員の声が響いた。
セラは立ち上がった。ドレスの裾がふわりと揺れる。
「行ってくる」
「頑張って!」
「絶対勝ってきなさいよ!」
「クラスの顔がかかってる!」
「みんなが応援してるよ!」
複数の声が背中を押した。
ステージ裏に集合した六人の参加者が、昨日より少し落ち着いた表情をしていた。緊張はあるが、昨日の本番を一度経験した分、気持ちが整っている感じだ。
「さあ、最終審査だ」
アズマが静かに言った。「楽しんでいこう」
「楽しもう」
セラは答えた。
(緊張と楽しさは両立する。締め切り前の追い込みが一番集中できたし、一番充実していた。ここも同じだ。緊張していい。その中で全力を出す)
最終審査は二部構成だった。まずウォーキング審査、次に質疑応答だ。
今日の観客は昨日より多かった。立ち見席まで埋まっている。
「……セラのことが広まったんじゃないか」
カイトが小声で言った。
「え、俺の?」
「昨日の反応、すごかったから。それが噂になったんだと思う」
「それはプレッシャーになる情報です」
「善意で言ったんだが……すまない」
(カイトは善意で言っているのが伝わるので笑顔で受け取ろう。でも確かにプレッシャーだ。昨日以上を出さなければならないのか、という……いや、昨日と同じように、自然体で歩けばいい)
ゴウタが「セラ、行くぞ」と言った。
「はい」
今日のウォーキングが始まった。
ゴウタは昨日より堂々としていた。慣れてきたのか、筋肉の誇りをさらに前面に出して歩いていた。会場も昨日より反応が良く、歓声と笑いのバランスが絶妙だった。
アズマは昨日と変わらず、静かで完璧な美しさだった。
イズミは今日も笑顔で、花びらが舞った。
カイトの風魔法は今日は少し大きかった。ドレスが美しく靡いた。
ライルは昨日より笑顔で、穏やかに歩いた。
そして——セラの番だった。
幕を抜ける。
昨日と同じ光景。しかし今日はすでに経験がある分、意識が広がった。
(昨日は自分の足音しか聞こえていなかったけど、今日は会場全体が見えている。観客の顔が見える。みんなが前のめりになって見ている。それが、怖いというより——頼もしい感じがする)
背筋を伸ばす。視線は前に。
そして今日は一つ加えた。
——笑顔で。
ステージの中央で止まり、観客席を見渡した。
その笑顔に対して、会場がまた大きく沸いた。昨日の沸き方とは少し違う、温かみのある歓声だった。
「昨日より綺麗になってる!」
「笑顔が最高!」
「優勝確定じゃん!」
(……こういうの、全部聞こえてる。照れる。でも嬉しい。素直に嬉しい)
審査員席のミサトが目で頷いた。
## 結果発表
ウォーキングが終わり、審査員の協議が始まった。
参加者たちはステージ裏で息をひそめて待った。
「緊張するな……」
ゴウタがこっそりつぶやいた。あの体格でこっそり言っても、音量がそこそこある。
「先輩でも緊張するんですか」
「当たり前だろ。コンテストなんてそういうもんだ。緊張するのは本気でやってる証拠だ」
「……そうですね」
「セラ、今日のウォーキング、良かった。昨日より笑顔があって、それが良かった」
「ありがとうございます」
「俺は絶対に一位取れないが、まあそれはしょうがない。でも悔しくはない。一位はセラの方がふさわしい」
(……ゴウタ先輩、本当にいい人だ。見た目が強烈すぎてそれ以外が霞んでいたが、中身は誠実で温かい人だ)
審査員の協議が終わった。
ミサトが壇上に上がった。
書類を手に持ち、会場全体を見渡してから口を開いた。
「ただいまより、第百八回ル・グラン学園祭エレガンス・コンテストの結果を発表します」
会場が静まり返った。
(……この静寂。発表を待つ静寂というのは、どんな音楽よりも緊張を高める。結果の方向はもう変えられない。あとは聞くだけだ)
「第三位、アズマ・レンさん」
大きな拍手。アズマが静かにお辞儀をした。
「第二位、ゴウタ・マグナスさん」
ゴウタが「おっ!」と声を上げ、照れくさそうに前に出た。会場が笑いと拍手で包まれる。
「そして」
ミサトが一拍おいた。
全員が息をのんだ。
「優勝——セラ・ウィスパーウィンドさん」
会場が爆発した。
歓声と拍手が混ざって、もはや音の洪水だ。
セラはしばらく動けなかった。
(……優勝? 俺が? 一年生で? 女装コンテストで? これは現実か。——でもトップを取ったのは事実だ!)
「おめでとう! セラ!」
ゴウタが背中を思い切り叩いた。
「いっつ……ありがとうございます」
「一年生に持っていかれたが、セラならしょうがない。本当に綺麗だったよ」
アズマが静かに近づいた。「おめでとう、セラ。実力通りだよ」
「ありがとうございます、アズマ先輩」
カイト、イズミ、ライルも口々に祝福してくれた。
セラはふわふわとした気持ちでステージの中央に歩いていった。
(夢みたいだ、という比喩があるが。でもこれは夢じゃない。足が床についている感覚がちゃんとある。ドレスが体に触れている感覚がある。これは現実だ)
## 優勝賞品
壇上に上がると、理事長が優勝トロフィーを手渡してくれた。
輝く銀色のトロフィー。「第百八回エレガンス・コンテスト 優勝」と刻まれている。
持った瞬間、ずしっと重みが来た。
(……物理的に重い。これが優勝の感触か。重さがある。初めて持つ重さだ)
「おめでとうございます、セラさん」
理事長が穏やかに言った。「一年生にして優勝、本当に見事でした」
「ありがとうございます」
「一年生から出場者が出たのも久しぶりでしたが、それが優勝するとは。この学園の歴史に残る一ページになりますよ」
(……歴史に残るか。この世界で、俺は何か残せた気がする)
「では、優勝賞品の授与を行います」
司会者の声が響く。
「学費半年分の免除証書です!」
理事長から証書が手渡された。
(それは……えっ、本当に? でも今ここで手に入れた。ありがたい)
「食堂無料パス、一年間です!」
リナ先生が特別なカードを手渡した。
「……食堂の無料パス」
「そうです。一年間、何でも無料です。食堂のすべてのメニューが」
(カトレアがこれを見たら目の色が変わるやつだ。でもまずはクラスのみんなで使おう。一人で抱え込むより、みんなで使った方が価値がある)
「セラ、ちょっと」
ミサトが近づいてきた。周囲の視線が集まる中、ミサトは気にした様子もなく、小さな箱を差し出した。
「個人的な賞品」
「え?」
「開けて」
箱の中には銀のペンダントが入っていた。エルフの文字で「自由」と刻まれていた。
「これは……」
「護身用のお守りよ。魔法の結界が張れる。近衛騎士団の道場で手に入れたやつ。私がずっと持ってたけど、あんたに渡すことにした」
「ミサトさん、こんなものを……」
「別に。あんたが自分らしく生きるのを、応援したかっただけよ」
そっぽを向いた。
(……「自分らしく生きるのを応援したかった」——その言葉が、今まで言われた中で一番刺さった。そういう言葉を、誰かから言ってもらったことが——あっただろうか。それが今ここで、こんなにはっきりと届いた)
「ありがとうございます、ミサトさん。本当に大事にします」
「はいはい、大げさな。行くわよ」
ミサトが照れを隠すように書類を持ち直し、しかしその口元には小さな笑みがあった。
記念撮影が行われた。出場者全員で一枚。カシャッ。
その瞬間、舞台袖からアリアとミナが飛び込んできた。
「セラ! 優勝おめでとう!!」
アリアに抱きしめられた。力強い。回復魔法使いのくせに腕力がある。
「すごいよ! 一年生で優勝なんて! 私、見てて本当に泣きそうだったよ!」
「ありがとう、アリア」
「えへへ、当たり前でしょ。セラならできるって、ずっと思ってたんだから!」
「ミナも涙が……」
「だって感動したんだもん!! セラくん最高!!」
舞台袖に人が集まってきた。クラスメイトたちが次々と入ってきて、セラを取り囲んだ。
## クラスの祝福
クラスの教室に戻ったとき、ドアを開けた瞬間に爆発が起きた。
「「「優勝おめでとう!!!」」」
クラスメイット全員の声が揃っていた。
(……事前に揃えて待ち構えてたんだろうな。こういうサプライズをやってもらったことが——ちょっと泣きそうだが、グッと堪える。ドレスを着ながら泣くのはさらに恥ずかしい)
「クラスの顔が立った!」
「一年A組、最強!」
「セラ、そのドレス似合いすぎだよ! 惚れそうだった!」
口々に声がかかる。セラは頭を下げるのが精一杯だった。
ゴウタが教室に来ていた。同じコンテストの参加者なのに祝福しに来てくれている。
「セラ、俺の分まで頑張ってくれたな」
「ゴウタ先輩は第二位でした。すごいですよ」
「二位と一位は違う。でも、セラが一位で俺は満足だ」
「……ありがとうございます」
「また鍛冶屋に来い。剣を特別に作ってやる」
「ありがとうございます!!」
アズマが静かに近づいてきた。
「セラ」
「はい」
「剣術の練習、今度付き合うよ。あなたの身体能力は高い。磨けばさらに伸びる」
「ぜひお願いします!」
イズミが華やかに笑った。「セラちゃん、お茶でもしましょ。茶道部に遊びに来て。あなたみたいに自然体の人と話したいの」
「ありがとうございます! 楽しみにしてます」
カイトが優しく言った。「魔法の練習、一緒にやろう。セラの魔法の使い方って自由で、僕も参考にしたいんだ」
「私こそお願いしたいです」
ライルが「ドワーフの洞窟にも行こう」と誘ってくれた。「きっと気に入ると思う」
(……友人が増えていく。コンテストを通じて、いろんな人とつながった。こんなに自然に、いろんな人と関われる。この世界の良さだ)
リナ先生が教室に入ってきた。
「みなさん、よく頑張りました。セラ、素晴らしいパフォーマンスでした」
「ありがとうございます」
「クラスの結束力が見事に表れていましたよ。一年A組を誇りに思います」
クラス中が拍手をした。
「では! 夕食の時間に、食堂で祝賀会を行いましょう!」
「やった!!」
クラス全体が一斉に沸いた。
## 祝賀会
食堂には特別メニューが用意されていた。
豪華なディナー。肉料理、魚料理、デザートが並んでいる。晴れ舞台のための豪華な食事だ。
「わあ! すごい!!」
ミナが目を輝かせた。
「これ全部食べていいの!? 全部!?」
「食べていい食べていい」
「セラ、食堂パスを使えばもっと頼める!?」
「それは明日以降のやつで——」
「乾杯!!」
ゴウタが大声で割り込んだ。
クラス全員がグラスを掲げる。
「セラの優勝を祝って! そして一年A組の全員の頑張りを讃えて! 乾杯!!」
「乾杯!!」
笑い声と歓声が食堂に響き渡った。
(……この空間。同じ場所に、同じ仲間が集まって、純粋に喜んでいる。こういう瞬間のために生きているんだ、という感覚がある)
ミサトから渡されたペンダントを、セラはそっと握った。「自由」という刻印の感触が指先に残っている。
(……ミサトがこれを選んだのは偶然じゃないと思う。あの人は何でもお見通しなんだ。なんなんだあの人は)
「自由か」
小さく呟いた。誰にも聞こえないように。
自分が一番欲しかったもの。それがここにある。ペンダントになって、首にかかっている。
「セラ! ご飯どこに座る?」
ミナの声で引き戻された。
「そこ座るよ。そこ以外はない」
「え? なんで断言してるの?」
「カトレアの隣じゃないから」
「聞こえてるよ!」
カトレアが大声で割り込んだ。
「聞こえててもいいよ」
「ひどい! ギャハハ!」
カトレアが隣に来た。
「セラ」
「何?」
「食堂無料パス、来週から上手く使えばクラス全体の食費が浮く。一人一日あたり——」
「カトレア、今日くらいは計算をやめてくれない?」
「……分かった。今日は計算をやめる。でも一つだけ言わせてくれ」
「うん」
「セラ、ありがとう。クラスのために出てくれて。あんたのお陰でクラスが盛り上がった。それは数字じゃなく、俺が感じてることだ」
「……カトレアが数字じゃなく感情を言うのは珍しい」
「たまにはある。ギャハハ!」
アリアがセラの隣に腰を下ろした。
「セラ」
「何?」
「今日、本当に素敵だったよ」
「えへへ……ありがとう」
思わずアリアの言い方が移った。
「そーそー、えへへってなってるじゃん!」
アリアが嬉しそうに笑う。
「影響を受けた」
「可愛い!」
「可愛くない」
「可愛いよ! セラ、今日ステージで笑顔だったじゃん。あれ最高だったよ。会場がどよめいてた」
「……気づいてなかった」
「あの笑顔、ずるいよ。みんな惚れるよあれは」
「惚れないで」
「私はもう惚れてるから関係ない!」
「アリアは本当にそういうことを平然と言うね」
「だって本当のことだもん」
「本当のことでもTPOってもんがある」
「ティーポー?」
「時と場所と場合を考えろってこと。以前いた世界の言葉だよ」
「でも食堂でのご飯の席って、素直な気持ちを言っていい場所じゃないの?」
「……否定できない」
アリアが笑いながら言った。
(……アリア、本当にこういうことをさらっと言う。でも嘘じゃないのが伝わってくるから、どうリアクションしていいか分からなくなる。対処法を知らない。どうしよう)
「……ありがとう、アリア」
「えへへ、どういたまして!」
窓の外に夕日が差し込んでいた。食堂の中の笑い声と、窓から入ってくる夕風と、アリアの隣の温度。
(……転生して、エルフになって、女装コンテストで優勝して。普通じゃない展開だ。でも今ここにある生活が、俺にとっての「最高」だと思える。それで十分だ)
「さあ、もっと食べよう!」
セラが立ち上がって声を上げた。
「おう!!」
ゴウタが腕を振り上げた。
「乾杯、もう一回!」
「乾杯!!」
「一年A組、最高!!!」
「セラ、優勝おめでとう!!!」
グラスが重なり、笑いが溢れ、夕日の中で食堂がいつまでも賑やかだった。
セラはそれを見渡して、小さく笑った。
——良い一日だった。
良い一日が、当たり前になりつつある。
それが、一番嬉しいことだった。
夜、寮の自室に戻ってから、セラはミサトのペンダントをもう一度手に取った。
「自由」
刻まれた文字を指でなぞる。
(……女装コンテスト。出る前は絶対嫌だと思ってた。なんで俺がそんなことを、って。でもやり切った。優勝した。クラス全員が祝ってくれた。ゴウタ先輩が剣を作ると言ってくれた。アズマが剣術を教えると言ってくれた。ミサトが特別の賞品をくれた。全部、女装コンテストに出たから起きたことだ)
嫌なことにも、意味がある。
嫌なことはただの嫌なことで、早く終わればいいと思っていた。でも今は違う。
「次も、怖くても飛び込んでみるか」
ペンダントを胸元にかけて、セラは目を閉じた。
良い夢を見られそうだった。




