第88話 学園祭初日
# 第88話 学園祭初日
## 開会式
朝。学園の中庭に全校生徒が集まっていた。
何百人。いや、もっとかもしれない。全員が一箇所に集まっているというのは壮観だった。エルフ、人間、ドワーフ、獣人、いろんな種族が一列に並んで、同じ方向を向いている。
セラはクラスメイトたちと共に後ろの方に立ち、その光景をぼんやり眺めていた。
(……なんというか、圧巻だな。この学園、施設の規模が本格的すぎる。予算はどこから来てるんだろう)
中庭の中央に特設の演台が組み立てられていて、生徒会の旗が風に揺れていた。花が飾られ、生徒会のメンバーが整列している。
「いよいよだね!」
隣のアリアが目を輝かせた。
「そうだね」
「セラ、今日のコンテストのこと考えてる?」
「……今は開会式のことを考えてる」
「そっか。えへへ」
なんで笑ってるんだろう。分からないが、アリアがいると不思議と気が楽になる。
演台に学園長が登った。白髪の初老のエルフで、威厳があるが目が笑っている。
「さあ皆さん、今年の学園祭が始まります」
静かに語りかけるような声なのに、広い中庭のどこまでも届いた。魔法か、あるいは純粋な威厳か。どちらもありそうだ。
「この三日間、皆さんが積み上げてきた努力の成果を存分に披露してください。失敗を恐れず、自分たちが楽しむことを忘れずに。楽しんだ先にこそ、本当の成果がある」
(いい言葉だな。数字じゃなく、こういう言葉の方がよっぽど心に入る)
「では、生徒会長のミサトさんに、開会宣言をお願いします」
ミサトが前に出た。
昨日、中庭で書類を抱えて走り回っていた人と同一人物とは思えないほど、背筋が伸びていた。視線が鋭く、会場全体を見渡す目には揺るぎない自信があった。
「第百八回ル・グラン学園祭、開会します」
静かで、しかし力強い声だった。
次の瞬間、中庭のあちこちで一斉に拍手が湧いた。上級生たちが歓声を上げ、教師たちが頷き、一年生たちも引きずられるように手を叩く。
(かっこいい。あのオーラは本物だ。経験を積み重ねた人の姿だ)
拍手が続く中、ミサトはまっすぐ前を向いたまま演台を降りた。その立ち居振る舞いには一切のよどみがなかった。
「あんな姿になれるのかな、俺も。将来」
思わず呟いた。
「え、セラ何か言った?」
「いや、なんでもない」
(でも本気でそう思った。目標として、あのくらいの存在感が持てたら——学園生活、ちゃんとやった甲斐があると言えるかもしれない)
「セラ、ミサトちゃんかっこいいね!」
アリアがセラの袖を引いて言う。
「そうだね」
「セラも今日のコンテスト、かっこよく出てほしいな! 女の子として!」
「……男として出て、女の子として見られる。それが女装コンテストです」
「そーそー! それ! 素敵じゃん!」
何が素敵なのかよく分からないが、アリアが楽しそうなのでよしとした。
開会式が終わり、会場に一斉に動きが起きた。各クラスの装飾が一気に解放され、扉が開き、来場者の流れが始まる。
「行こう!」
アリアに引っ張られて、セラは歩き出した。
## 学園の賑わい
学園内は一気に別世界になっていた。
廊下を歩いても、どこを向いても何かがある。
「何あれ! 二年B組、お化け屋敷やってる!」
アリアが廊下の先を指さす。確かに、教室のドアが黒く塗られて「入るなら覚悟せよ」という看板がかかっていた。
「行く?」
「行く!」
「俺は……まあ付き合う」
(お化け屋敷は苦手だ。エルフに転生しても苦手かどうかを今まさに確認することになろうとは)
暗くて狭い通路を進んでいくと、突然スタッフが飛び出してきた。
「うわっ!」
アリアが叫んでセラの腕にしがみついた。
「こわい! セラ、こわい!!」
「アリア、さっきまで一番乗り気だったのに」
「だって実際に見たら怖いじゃん!! 知ってたけど怖いの!!」
(腕をしっかり掴まれているが、それよりアリアの握力が予想以上に強くて少し痛い。回復魔法使いって腕力もあるのか。それとも本当に怖いのか。どっちだ)
お化け屋敷を出て、アリアがしばらく腕を放さなかった。
「アリア、もう出たよ」
「わかってる。でもまだドキドキしてる!」
「ドキドキしながら入ったじゃないか」
「わかってても怖いの! ドキドキしながら行くのが楽しいんだよ!」
(怖さと楽しさが同居するやつだ。アリアはそのタイプらしい。でも俺はどっちかといえば「怖いなら乗らない」派だった)
「また行きたい?」
「うーん、もう一回は……いいかな。一回で十分!」
「正直だな」
「えへへ。セラはどうだった? 怖かった?」
「……少し。最初のやつがタイミングを読んでてうまかった」
「プロ仕様だよね! スタッフが演技を研究してたんだって聞いた。本物の劇団の演技を参考にしたらしいよ」
「学園の文化祭のクオリティじゃないな」
(魔法まで使ってたし、本物に近い怖さがあった。学生のやることのレベルが段違いだ)
お化け屋敷を出て、続いて三年生の廊下へ。
ギャラリーのように絵画が並んでいた。一点一点が丁寧に描かれていて、セラは思わず足を止めた。
「これ、全部生徒が描いたの?」
「そうみたいだよ。三年生のアートクラスって有名なんだって」
「すごいな……」
風景画、人物画、抽象的な作品。どれもレベルが高い。一枚の前で足が止まった。光と影の対比が美しい、森の中の絵だった。
(才能がある人が真剣に作ったものって、技術的な背景を知らなくても引きつけられる。それは変わらない)
「この絵、描いた人は誰なんだろう。見てみたいな」
「「三年 ロア・グリーンウッド」って書いてあるよ。エルフかな、名前からして」
「エルフが森を描いたのか。その人の生きてきた記憶が反映されてるのかもな」
「それは……素敵な見方だね」
アリアがセラを見た。少し驚いたような目で。
「セラって、ちゃんとものを見てるんだね。普通に歩いてたら気にも止めないようなこと」
「ここにしかない時間がある。だから今は、できる限り見ようと思ってる」
「「ここにしかない時間」って、なんかいい言葉だね」
(アリアに褒められた。照れる。でも本気で思ってることだ)
「セラ、行くよ! まだ見てないとこいっぱいあるよ!」
アリアに引っ張られた。
魔法科のコーナーでは、小さな光の粒が宙を漂っていた。近づくと形が変わり、触れると色が変わる仕組みらしい。来場者が次々と手を伸ばして歓声を上げていた。
「セラもやってみなよ!」
アリアに背中を押されて手を伸ばす。光の粒がセラの指に集まり、ふわっと大きくなった。周囲の三倍くらいに。
「おっ!」
「すごい! この人、魔力量多い!」
「エルフだ!」
注目を浴びた。
(恥ずかしいので戻そう。目立ちたくない。というか今日は出し物の手伝いがあって、体力を温存したい)
食べ物の屋台も出ていた。揚げたパン、甘い果実の飲み物、それと何かの香辛料が強烈に漂う屋台が一軒。
「セラ、お腹空いてない? 揚げパン美味しそう!」
「少し空いてる」
「買おう!」
「……あとで。コンテスト前に食べすぎると動きが悪くなりそうだし」
「うーん、正しいけど惜しい」
アリアが揚げパンの屋台を名残惜しそうに眺めた。その目が熱心すぎて、セラは少し笑った。
(この学園祭、全部が本格的だ。魔法があるせいで演出の幅が段違いで、来場者の熱量も高い。素直に圧倒される)
## クラスの出し物
午後になると、一年A組の展示コーナーにも人が集まってきた。
「いらっしゃい! 魔法工芸品コーナーへようこそ! 実際に触れますよ!」
ミナが元気よく呼び込みをしていた。天性の接客センスがある。
展示台に並んでいるのはクラスメイトたちが作った魔法小物だ。発光する魔法石、風を起こす小さな羽根飾り、触れると温かくなるお守り、冷たい空気を出す小石。どれも実用的で、触った人の反応が良かった。
「これ、どうやって使うんですか?」
来場者の一人が聞いてきた。子どもを連れた保護者らしき人だ。
「この石は魔力を少し込めると光ります。こうやって——」
セラが軽く魔力を流すと、石がオレンジ色に輝いた。
「わあ!」
子どもが歓声を上げる。保護者も目を細めた。
「一年生でここまで作れるんですね」
「クラスのみんなが得意な魔法でそれぞれ作ったので、いろんな種類があります」
「素晴らしい。学園祭、来た甲斐がありました」
来場者が去っていく背中を見て、セラはちょっと照れた。
(展示物を説明して感謝されるって、こんな気持ちになるものなのか。悪くない)
「セラ、さっきの子供すごく喜んでたね!」
ミナが興奮気味に走ってきた。
「うん。光る石に感動してくれた」
「当たり前でしょ! この石、私が一番時間かけて作ったんだから! 光の加減、百回くらい調整したんだよ!」
「百回!?」
「そう! 最初は赤っぽくて、次は黄色すぎて、青みが強くなって、最終的にあのオレンジに落ち着いた。セラが触ったら特に綺麗だったね! 魔力量が多いから輝きが強くなったんだよ」
「それは意図してた?」
「してなかった! でも結果的によかった!」
(偶然の産物が一番いい効果を出すことがある。試行錯誤の末に思いがけない解決策が生まれる——ミナのこの「百回調整」の精神、見習いたい)
「ミナ、本当に頑張ったんだな」
「うん! でも頑張った分、見てもらえて嬉しかった! こういうのって、作ることより見てもらえる方が嬉しいかも」
「ミナ、卒業したら魔法工芸師になるの?」
「考えてる! 実用的なものを作って、みんなに使ってもらいたい。この石みたいに、ちょっとした光で人を喜ばせられるものがいい」
「いい夢だな」
「夢じゃなくて計画! セラも夢あるの?」
「俺は……まだはっきりしてないけど、古代エルフのことを調べたい。なんで自分がここにいるのかを知りたい。それが今の俺の目標かな」
「それも立派な目標だよ!」
ミナが力強く頷いた。
「セラ! 向こうにも人が来てるよ!」
ライルが呼ぶ。
「了解!」
クラス全体が動いていた。ゴウタが大声で呼び込みをして、アリアが来場者の質問に答えて、カトレアが一角に値段表を貼って「購入希望はこちらで承ります」と言い出していた。
「カトレア」
「何だ」
「売り物じゃないはずなんだけど」
「展示品の販売許可を昨日の夕方に学園長から取った。問題ない」
「え、交渉したの!? いつの間に!?」
「昨日の準備の後に十分ほどいただいた。学費の一部になる収益は学園にも還元する条件でOKをもらった。双方に利がある交渉だ」
「カトレア……すごい」
「商売人として当然だよ。ギャハハ!」
(この人、借金返済への執念で動いているのに、結果的に学園にも利益を出している。WIN-WIN交渉とはまさにこれだ。素直にすごい)
## ミサトの視察
「失礼します。生徒会の視察です」
午後遅くになって、ミサトが二名の役員を連れてやってきた。
クラスメイトたちの動きが一瞬固まった。生徒会長の視察——緊張するのも当然だ。
ミサトは展示台をひと通り見て回った。来場者の反応を観察し、クラスメイトたちの説明を聞き、カトレアの販売コーナーで一瞬目が止まった。
「……売ってるの」
「許可はいただいています」
「そっか」
ミサトは何も言わずに次へ進んだ。しばらく全体を見てから、腕を組んで頷いた。
「良い出来ね。来場者の反応も悪くない。クラスの連携も見えてる」
「ありがとうございます!」
クラスメイトが揃って声を上げた。ミサトの口元がわずかに緩んだ。
それから視線をセラに向けた。
「セラ」
「はい」
「コンテスト、明日の午後三時から。控室への集合は二時。もう把握してるわよね?」
「把握してます」
「今日の展示の仕事も頑張ってたわね。疲れすぎないようにしなさい。明日の本番に体力を残して」
「……はい」
「あと」
ミサトが、周囲の声が届かないよう一歩近づいた。
「昨日言ったこと、覚えてる?」
「緊張したまま全力でやった人の方が印象に残る、でしたっけ」
「そう。明日はそれで行きなさい」
「はい」
「期待してる」
それだけ言って、ミサトは次の視察先へ向かっていった。
カトレアが小声で言った。「ミサトって、ちゃんとセラのこと気にかけてるな」
「そうだね」
「ツンデレっていうやつか」
「……それを本人の前で言わないように」
「分かってる。ギャハハ! でも商売人から見ると、ミサトって人心掌握が上手い。期待を言葉にすることで、相手のパフォーマンスを上げる。すごい技術だよ」
「分析しないでくれる?」
(でも、カトレアの分析は正しかった。ミサトに「期待してる」と言われた瞬間、確かに何かが変わった感じがした。上司にそういう言葉をかけてもらった時に近い感覚だ。それが新鮮なのか)
## 初日の終わり
展示の時間が終わり、後片付けをした。
体は疲れていたが、不思議と達成感があった。充実した疲れというやつだ。
「今日、来場者さんが五十人以上来てくれたね!」
ミナが満足そうに言う。
「思ったより多かった」
「魔法工芸品って触れる展示が少ないからね。珍しかったんじゃないかな」
アリアが頷きながら机を片付けた。「明日も来てくれる人、いるかもね」
「リピーター。商機だ」
カトレアが目を細めた。それを聞いてライルが「カトレアさん、商売の話が染みついてる」と笑った。
「いや、実際今日の販売で少し収益になったぞ。明日も期待できる」
「本当に学園祭でちゃんと稼いでる……」
「商売人の性だ。ギャハハ!」
教室を出て、廊下の窓から外を見た。夕日が学園の庭を染め上げている。
(今日一日、どうだったか。展示は成功した。来場者に感謝された。カトレアが謎の商売をした。ミサトさんに期待してもらえた。——思ったより充実した一日だった)
「カトレアの売り上げ、どのくらいだったんだろう」
「あとで聞いてみよう。絶対計算してるよ」
「借金返済の目標に対して、何割減らせたとか言いそうだな」
「ギャハハ!って付け加えながら」
(カトレアの情熱、本当に見習いたい。マイナスからでも、前を向いて行動できる)
「アリア、今日の演奏よかった」
「本当?! よかった! 練習してきたかいがあった!」
「エルフの笛の音、本当に森の風に似てたよ。聴いてたら、懐かしい感じがした」
「うまく伝わったなら嬉しいな。エルフの笛って、聴いた人をエルフの世界に連れて行くって言われてるの。セラに通じてたなら、成功だよ」
「十分通じてた。また聞かせてくれよ」
「うん! もちろん!」
(アリアが演奏している時の顔は、普段とは違っていた。静かで、でも力強くて。あの顔を見ていたら、コンテストのことを少し忘れていた。音楽の力は本物だな)
「セラ」
アリアが隣に来た。
「何?」
「今日一日、ちゃんと頑張れたね」
「そうだね」
「明日も頑張ろう。コンテストの前に、また展示の手伝いもあるし」
「うん」
「……緊張してる? 明日のこと」
「してる。でも昨日より気持ちが整ってる」
「それよかった」
「アリアが隣にいてくれるから、落ち着いてられる気がする」
「えへへ、それ嬉しい! 当たり前でしょ、私がそばにいるんだから!」
アリアが得意げに言った。その顔が夕日を受けてオレンジ色に輝いていた。
(……こういう人が隣にいる生活。それだけで、こんなに違うのか。隣に誰かがいる、それだけのことが——不思議と、世界の色を変える)
明日、本番だ。
「セラ、今日ありがとうね」
「俺こそ。アリアが隣にいなかったら、もっとソワソワしてたと思う」
「でもセラ、ちゃんと働いてたじゃない。来場者への説明も、案内も、すごく上手かったよ」
「昔から、人と話すことには慣れてたから」
「昔の経験が活きてるんだね」
「まあ、そういうこと」
「セラ、明日のコンテスト——緊張しても、私がそこにいるから。声援聞こえるかな?」
「千人の前で、アリアの声が聞こえるかは分からないけど」
「聞こえなくても伝わるよ。そういうもんでしょ」
(そういうものか。……でも、アリアが見ているということだけで、十分力になる。言葉が届かなくても、存在が届く)
「ありがとう」
「お礼は明日、優勝してから言って」
「プレッシャーかけるの早い」
「えへへ」
二人で笑った。
——俺は、ちゃんとやれる。
自分に向けて、セラは静かに言い聞かせた。
夕風が中庭を吹き抜けていった。木々の葉が揺れ、学園の夜が静かに始まっていた。




