第84話 学園祭の準備
# 第84話 学園祭の準備
## 学園祭の発表
大講義室の天井から吊るされた魔石ランプが、柔らかく輝いている。数百人の学生が座席に集まり、話し声が波のように広がっていた。
「なんだか活気があるね」
アリアが小声で言う。
「うん。学園長が呼び出しをかけるなんて、めったにないことだよね」
(全校集会か。しかも学園長直々の呼び出しなんて、大事な発表があるに違いない。いい発表か悪い発表か——経験上、全体集会に「良い報せ」が少ないことは知っている)
「みなさん、静かにしてください」
壇上に立った学園長の声が、話し声の波を静めていく。銀髪を整え、威厳のある佇まいで立つ彼女は、魔法学園の創立者の血を引く女性として知られていた。
「本日は、皆さんに重要なお知らせがございます」
一瞬、静寂が訪れた。
「来月の初め、魔法学園で『学園祭』を開催することを、ここに正式に発表いたします」
静寂——そして、爆発的な歓声が巻き起こった。
「学園祭だって!?」
「本当だ!? やっと開催されるの!?」
「楽しみにしてたよー!」
(文化祭!)
その言葉で、魔法学園に来てからの記憶と——もっと遠い場所の記憶が、一瞬だけ重なった。賑やかな出し物、模擬店の香り、クラス一丸となって準備した日々。ここではちゃんと楽しもう、と思った。
「静か——! 静かにしてください!」
学園長が声を張り上げる。
(この人は管理職の器がある。声を張ってしっかり場を収めた。すごい)
数十秒後、静かになった。
「ありがとうございます」
学園長が静かに言う。その落ち着き方は、長年の経験から来るものだろう。
「詳細は追って伝達しますが、本日は一つだけお願いがあります」
学園長が真剣な目つきで会場を見渡した。
「学園祭は、学園の外の方々にも開放される予定です。王都市民、商人、他の学院の生徒たち。多くの人々がここを訪れます。皆さんは、魔法学園の代表として、この学園の誇りと伝統を体現してください」
(学外に開放されるのか。王都全体が対象か。それはスケールが違う)
「それだけです。各クラス、良い準備を」
また歓声が上がった。今度は誰も止めなかった。
やがて歓声が小さくなると、学園長は再び語り始めた。
「学園祭は、本学園で最も伝統ある行事の一つです。残念ながら、近年は様々な事情で開催されていませんでしたが、今年はその伝統を復活させることを決定しました」
「各クラスが一つの出し物を用意することになります。模擬店、展示、パフォーマンス——形式は問いません。ただし、魔法学園の学生としてふさわしい内容であること。そして、多くの人々に楽しんでもらえるものであること。それが唯一の条件です」
「優勝したクラスには、特別な賞品を授与いたします。図書館の特別閲覧権、食堂の無料パス一年分、そして——最優秀賞には、王国への公式訪問の機会も用意されています」
「うわぁ!」
アリアが小さく歓声を上げる。
(食堂の無料パス一年分。……学園祭の意義を全部金銭換算するのはカトレアのやることだ。俺はちゃんと楽しみに行く)
「詳細は、各クラスの担任教師から伝達されます。期間は来月の初めから三日間。皆で力を合わせて素晴らしい学園祭を築き上げてください」
学園長の言葉が終わると同時に、大講義室は再び歓声と興奮の波に包まれた。
「すごいね、学園祭」
アリアがセラの方を向く。その瞳は期待と興奮で輝いている。
「うん。楽しみだね。何をするか、みんなで考えないと」
「演劇はどうかな? 前から話してたやつ」
「それいいね。でも、他にもアイデアを聞いてみよう」
## クラス会議
「みんな、着席してください」
昼休みを挟んで、担任のリナ先生が教室の前に立った。
「学園祭の件、みんな聞いたね? 来月から開催されることになったわ」
「はい!」
「楽しみです!」
「何をするんですか?」
次々と手が上がり、質問が飛ぶ。リナ先生はそれを一つ一つ丁寧に答えていく。
「各クラスは一つの出し物を用意するの。形式は自由。ただし、魔法学園にふさわしく、多くの人に楽しんでもらえる内容じゃなきゃいけない」
「まずは、アイデア出しをしましょう。誰か、提案はない?」
ゴウタが真っ先に立ち上がった。筋肉質の体つきをした、鍛冶屋の息子だ。
「俺、食べ物の店やりたいです! 肉料理とパン!」
「いいわね、模擬店は人気があるわ。他には?」
「演劇はどうですか?」
アズマが提案する。東方系の風貌を持つ、剣術好きの少年だ。
「演劇……いいかも。物語を演じるのは面白そう」
「魔法ショーは?」
「展示ブースは?」
「クイズ大会は?」
「歌とダンスの発表は?」
次々とアイデアが出される。セラはそれらを聞きながら、どれも魅力的だと感じていた。
(こういうのって、結局全員が違う案を出して最後に揉めるんだよな——と思ったのだが、このクラスは楽しそうに話しているだけで誰も怒らない。不思議だ)
「セラくんはどう思う?」
リナ先生が視線を向けてきた。
「えと……演劇は、物語で感動を伝えられるから、幅広い年齢層の方に楽しんでもらえると思います。あと、学外の方も来るなら、魔法学園らしい「魔法を使った演技」が見せ場になるかも」
「なるほど。魔法を使った演劇か。それは確かに他の学院には出来ないことよね」
「それいいね! 魔法で舞台効果を作るとかどうだろう!」
アズマが目を輝かせる。
「風で幕が動いたり、火花で演出したり、氷でステージを飾ったり……!」
「それ、実際の魔法で出来るの?」
「セラくんがいれば出来る! 融合魔法で一気に全部演出できる!」
(急に俺を召喚するな……でも、確かに実現できそうではある)
「考えてみます」
「よし、演劇案が人気だね。では投票に移りましょう」
「さて、たくさんいいアイデアが出たわね。投票で決めましょう」
リナ先生が黒板に候補を書き出す。用紙が回された。
セラは少し考えてから、演劇に丸をつけた。アリアとの話もあったし、物語を通じて魔法学園の魅力を伝えるのはいい方法だと感じていたから。
「はい、集めてもらえる?」
リナ先生が用紙を回収し、集計を始める。教室は静まり返り、全員が結果を待っている。
「模擬店……八票」
「魔法ショー……五票」
「展示ブース……三票」
「クイズ大会……二票」
「歌とダンス……一票」
「そして——演劇、十二票!」
「やった!」
アリアが小さくガッツポーズをする。
「演劇になりましたね」
リナ先生が微笑む。
(十二票。同じ考えの人間が十二人いたわけだ。多数決は正しいことが多い。全員で決めたことは、全員でやる気が出る)
## 役割決め
「よし、演劇でいくことにしましょう。何の物語にするか、これから話し合うわ」
「伝説の勇者の物語はどうですか?」
アズマが手を挙げた。
「魔法学園の学生たちが、冒険に出かけて、魔物を退治する……みたいな」
「それはいいかも」
「勇者物語は人気があるし」
「魔物との戦闘シーンは、魔法の実力を見せられるしね」
「よし、じゃあ勇者の物語で行こう」
リナ先生が黒板に主要な役割を書き出していく。
「主役(勇者)」
「ヒロイン」
「魔物」
「賢者」
「王」
「兵士」
「ナレーター」
「誰がどの役をやりたい?」
「俺、勇者やりたい!」
ゴウタが立候補する。
「じゃあ、勇者はゴウタくんで決まり」
次々と役が決まっていった。ヒロインはミサキ。魔物は数人でローテーション。そして——
「セラくん、あなたが賢者はどう?」
リナ先生の視線が、セラに向けられた。その視線に、クラスメイトたちの注目も集まる。
「え、俺?」
セラが自分を指差す。
(賢者……俺が。冒険者の俺に賢者の役が来るとは思っていなかった。でも——考えてみると、賢者は勇者を後ろで支える役だ。それは俺の今の立ち回りに近いかもしれない)
「はい。あなたの魔力と魔法の実力なら、賢者の役は完璧にこなせるわ。賢者は物語の鍵を握る重要な役。勇者を導き、物語の核心を担う大切な役割なの」
「わかりました。やります」
「やった! セラくん、賢者!」
アリアが微笑む。その瞳には、信頼と期待が宿っている。
(重要な役か。責任重大だ。でも……なんか、やってみたいな。これが、ここで生きることの豊かさだ)
「賢者の役、重要だね。魔法使いとしての実力を見せるチャンスだよ」
アズマが肩を叩く。
「うん、頑張るよ。みんなでいい演劇にしよう」
「もちろん! 一年A組、優勝目指すぞ!」
クラスメイトたちが歓声を上げる。
(これがチームってものか。一人じゃなく、全員が同じ方向を向いてる。嬉しい)
教室が一気に活気付いた。それぞれが自発的に動き始める。
「じゃあ私は背景画を担当する! 絵が得意だから!」
「私は衣装! 縫物は得意なの!」
「俺、音楽担当! 笛なら吹けるし!」
「俺と一緒に大道具作らない? 木工できるぞ!」
(自分から役割を名乗り出てる。「誰かやって」じゃなく、「私がやる」から始まる。この差はどこから来るんだろう)
「リナ先生、脚本はいつまでに作ればいいですか」
アズマが質問する。
「一週間後には完成させてほしいわ。そこからリハーサルに入るから」
「一週間か。タイトだな」
「大丈夫だよ。みんながいれば。ね、アリア?」
「うん。一緒に頑張ろう!」
(一週間でできることは山ほどある。楽しい仕事には力が出る。それは変わらない真理だ)
## ミサトとの会話
夕方、中庭で休憩していたセラは、足音に気づいて顔を上げた。
「あ、ミサトさん」
中庭に入ってきたのは、ミサトだった。銀色の鎧に長剣を帯びている。その姿はやはり威圧的だが、いつもよりわずかに柔らかさが見て取れた。
「……あんたか」
少し不機嫌そうに言うが、その表情には普段より温度がある。
(ミサトが少し柔らかい。何か言いに来た時の顔だ。転生してから観察し続けてきた俺の勘がそう告げている)
「学園祭の話、聞いた?」
「ああ。学年代表として、運営委員会に呼ばれてね」
「運営委員会、大変そうだね」
「……まあね。でも、やってやれないことはない。責任重大だけど、やりがいはある」
ミサトはベンチに腰を下ろし、少し遠くを見つめた。
「あんたのクラスは、何するんだ?」
「演劇。勇者の物語。俺は賢者の役をやることに」
「賢者か。……あんたなら、できるかもな」
ミサトは本当に少しだけ口元を緩めた。普段の冷徹な女騎士の姿からは想像できないほど柔らかい表情だ。
(……ミサト、笑った。笑ったぞ。このレアイベントを目撃できたのは俺だけだ。証人が欲しい。アリアを呼んでくればよかった)
「ミサトさんは? 何か出るの?」
「俺は——運営側だから、出し物はない。でも、学年代表としてステージで挨拶するくらいはする」
「へえ、責任重大だね」
「当たり前だ。近衛騎士団の団長として、恥ずかしい真似はできない。それに、生徒会長としても模範を示さなきゃいけない」
(ミサトって、多くのものを一人で背負ってる。近衛騎士団、生徒会長、学年代表。そりゃ性格が尖るわけだ)
ミサトは言葉を区切り、少し考えてからセラの方を見た。
「……あんた、演劇、頑張れよ」
「え?」
セラが驚いて顔を上げると、ミサトはすでに視線を逸らしていた。耳が少し赤くなっているのが見て取れた。
(ミサトが……俺を応援した? この展開は予想外すぎる。関係が変わってきてる。間違いなく)
「……ただの親切心だ。別に深い意味はない。勘違いするな」
「う、うん。ありがとう」
(なんか、ちょっと可愛いところあるな、あの節穴騎士。「勘違いするな」って言いながら耳が赤い。隠せてない)
「あんたのクラス、優勝する気だろ? なら、負けるなよ。俺の学年も、負けないつもりだ」
「フン。ならうちのクラスも負けませんよ」
「……そうでなきゃ、犬猿の仲の甲斐がないわ」
ミサトが立ち上がった。去り際に手を小さく振って、そのまま中庭から去っていった。
「……意外と、優しいんだな」
独り言ちると、セラは微笑んだ。夕日が中庭を黄金色に染め、木々の影を長く伸ばしている。
## 準備開始
「よし、まずは脚本を書こう!」
教室ではアズマが黒板にチョークで物語の大枠を書き出していた。
「冒頭で、王都が危機に瀕する。賢者が勇者に呼びかけ、冒険の旅に出る。旅の途中で魔物たちと戦う。最後は魔王を倒して、王都に平和を取り戻す」
「完璧な流れだね!」
クラスメイトたちが歓声を上げる。
「よし、じゃあシーンごとに担当を決めよう!」
(全体の流れはシンプルでいい。そこに魔法演出を詰め込んでいけば、他のクラスとは明確に差が出る)
「セラくん、賢者の魔法、何使うの?」
ミナが聞いてきた。猫耳の獣人の少女で、いつも元気いっぱいだ。
「うーん、まだ決めてないけど……融合魔法とか使えたら面白いかも。風と火の融合魔法とか」
「融合魔法!? すごーい! 絶対見たい!」
「へへ、頑張るよ。でも、融合魔法は難しいから、練習しないと」
「応援する! ミナ、セラくんのファン第一号になる!」
「ありがとう、ミナさん」
(ファン第一号。……照れるな。それだけだ)
「セラくん、台本、手伝おうか?」
アリアが微笑んで声をかけてきた。
「うん、お願いしたい。魔法の描写とか、アリアのほうが詳しそうだし」
「任せて。一緒に素晴らしい演劇にしよう」
アリアと二人で、教室の隅で台本を書き始める。賢者の台詞、魔法の詠唱、勇者を導く場面——一つ一つ丁寧に書き込んでいく。
「ここ、こういう風にしたらどう? 『光よ、我が導きとして、闇を照らせ』みたいな」
「いいね、それ。古代エルフ風でカッコいい」
「でしょ? セラくんなら、似合うと思う」
「ありがとう。アリアと一緒なら、素晴らしい台本になりそうだ」
二人は笑顔で顔を見合わせる。周りのクラスメイトたちも、それぞれの役割を担当し、準備を進めていた。小道具を作る者、背景画を描く者、音楽を選ぶ者、衣装を考える者——全員が一つの目標に向かって動いている。
「セラ、ここの台詞どう思う?」
アリアが台本の一節を指差した。
「うん、いいと思う。でも、もう少し短くまとめると聞きやすくなるかも」
「こう?」
「そう。それだとテンポがいい」
「さすが。セラって、文章の感覚が鋭いよね。あ、もしかして前世で——」
「うん、まあ……本をよく読んでた、かな」
アリアは「そっか」と頷いた。それ以上は聞かなかった。
(アリアは時々、俺の「前世」に踏み込もうとして、でも踏み込みすぎずに引くことがある。その判断が、やさしい)
(こんなに人と一緒に何かを作ったのは、初めてかもしれない。いつも一人で仕事を抱えて、一人で終わらせて。でも今は——全員が同じ方向を向いてる。これが楽しいんだな)
「一年A組、優勝するぞー!」
ゴウタが叫ぶと、クラス全体から歓声が上がった。
「うん、頑張ろう。みんなで、最高の学園祭にしよう」
セラが言うと、クラスメイトたちが一斉に頷いた。
「おー!」
夕日が教室に差し込み、学生たちの影を長く伸ばしている。窓の外では、鳥が一声鳴いた。
「……楽しみだな」
独り言ちると、セラはまた台本に向き合った。ペンが、走る。クラスメイトたちの話し声、笑い声、道具を作る音——それらすべてが、学園祭への期待を奏でている。
(賢者の台詞を書きながら、思った。クラス全員が俺を頼りにしてくれてる。リナ先生も、アリアも、アズマも、ミナも。それが、嬉しい。素直に、ただ嬉しい)
その時、教室のドアが開いた。カトレアだ。
「おい、一年A組! 学園祭の話、本当か!?」
「カトレア、どこから聞いた?」
「廊下で他のクラスの奴が話してた! 演劇するって噂! うちのクラスは料理店なんだよね。食材の仕入れで銀貨が……」
「その話はいつか聞くよ。カトレアのクラスも演劇以外なんだね」
「そりゃそうだ! ドワーフは料理と鍛冶が得意だからな! うちの出し物は絶品ドワーフ料理だよ! 銀貨稼げるのはどっちか、見せてやる!」
「銀貨稼ぎ目的かよ!」
「当たり前だ! これは出し物であり、事業であり、借金返済の第一歩だ! ギャハハ!」
(カトレアは何をしていても借金返済目標だ。一本筋が通っている。目標がある人間は強い)
「カトレアの料理、楽しみにしてる」
「ありがとう! こっちもセラの演劇、楽しみにしてるぞ! 賢者らしいじゃないか! 相変わらず、うらやましいほどのポジションを手に入れやがって!」
「カトレアも賢者やればよかったじゃないか」
「ドワーフの賢者ってどんな姿だよ! ギャハハ!」
三人で笑い合う声が廊下に響いた。
(カトレアがいるだけで、場の空気が明るくなる。これが仲間の力だ。この世界に来て良かったことの一つ——こういう仲間たちに会えたことだ)
一年A組の学園祭への挑戦が、今ここから始まった。




