第76話 魔法学園の話
# 第76話 魔法学園の話
## 魔法学園の噂
朝の冒険者ギルド。
……のっけから言うが、ここは情報の宝庫である。誰も彼もが他人のことを喋りたがっている。酒が早朝から飛び交い、豪快な笑い声が響き、冒険談が誇張されて盛られていく。情報収集に最適な場所だ。
「ねえ、セラ。ここで情報を集めるの?」
アリアが小声で尋ねる。金髪が朝の光を受けて輝いていた。アンバー色の瞳が、ギルドの喧騒をきょろきょろと見回している。エルフの森育ちのアリアには、酒場の朝は慣れない光景らしい。
「うん。冒険者ギルドは情報の宝庫だよ。昨日のダンジョン攻略で俺たちの名前が広まってるし、話しかけやすい」
(こういう場所での立ち聞きは、侮れない。公式な情報より、こういう場所で流れる話の方が、生の実態に近いことが多い)
二人はテーブルに座り、周囲の会話に耳を傾けた。隣のテーブルでは、三人の冒険者が熱く議論していた。戦士風の男、魔法使いの女性、そして深い皺の刻まれた老人。三人ともベテランの空気がある。
「で、結局どうなったんだ? あの魔法学園の話」
戦士の男が声を張り上げる。テーブルを拳で軽く叩きながら老人を見る。
「ああ、王都魔法学園な。今年も秋の入学試験があるらしい。一ヶ月後だ」
「魔法学園……?」
俺は思わず口を挟んだ。
(いけない。情報収集中に声を出してしまった。無意識に反応していた)
「お、君たちか。ダンジョン攻略で有名になったエルフたちだろ。情報交換なら歓迎するぜ」
戦士の男がニカッと笑った。
バレたけど、むしろ歓迎された。
「ありがとうございます」
アリアも微笑んで会釈する。なんという社交力。俺には難しい自然な立ち振る舞いだ。
「魔法学園について教えていただけますか?」
「もちろんだ。王都の北、学術区にある。白い塔が目印の、王国一番の魔法教育機関だ。百年以上の歴史があり、歴代の宮廷魔法使いを多数輩出してきた。主に貴族の子弟や有望な魔法使いが通うが、才能があれば平民でも入学できる」
老人が説明し始めた。その声は落ち着いていて、知識人特有の重さがある。
「合格率は三割程度だ。入学試験は実技と筆記がある」
「三割……」
俺は呟いた。(三割という数字が、目標の具体性を帯びさせる。可能性がある。でも、何もしなければ通らない数字だ)
「でも、卒業すれば宮廷魔法使いになれる可能性がある。それに——」
老人が声を少し落とす。
「学園には古代エルフの魔法に関する資料もたくさんあるらしい」
「古代エルフの魔法資料!?」
俺とアリアが同時に声を上げた。
周囲の視線が集まる。
(また声が大きかった。……でも、これは重要だ)
「本当ですか? 古代エルフの資料が、魔法学園にあるの?」
アリアが身を乗り出して尋ねる。その瞳がキラキラと輝いている。
「ああ。学園の図書館には、古代エルフの魔法理論や魔法陣の資料、それに失われた魔法の記録もあるらしい。学者の間では有名な話だ」
老人が頷く。
「古代エルフの魔法は、現代の魔法より強力で複雑だと言われている。感情と魔力を直結させる技術や、複数の魔法を融合させる方法。そういう記録が眠っているらしい」
感情と魔力の直結。
俺の心が、跳ねた。
(それだ。それが、俺が毎日体験していること。アリアが隣にいると魔力が安定する。興奮すると制御が乱れる。その謎の答えが、あそこにある可能性がある)
「学園に入れば、そういう資料にアクセスできる?」
「在学中なら、図書館の利用が可能だ。ただし、貴重な資料は教員の許可が必要だが」
「入学資格は年齢制限がありますか?」
アリアが気になって尋ねる。
「入学可能な年齢は、十五歳から二十五歳までだ。エルフも入学可能。種族問わず、才能とやる気があれば受験できる」
「十五歳から二十五歳……。私たち、年齢的には大丈夫だね」
アリアがセラを見る。(エルフとしての外見年齢は十代半ば。問題ない)
さらに情報が出てきた。寮完備、食事付き、在学中もクエスト可能。入学金は銀貨五十枚、年間学費は銀貨百枚。
「でも、奨学金制度もある。成績優秀者には学費全額免除、特別奨学金も出る」
「奨学金……」
「魔力が高ければ、実技試験が免除される。さらに、実技免除者には特別奨学金の支給もある」
(自分の魔力は平均の五倍以上。アリアも四倍。二人とも実技免除の可能性がある。これは……狙えるな)
「無詠唱で三属性の魔法が使えます」
俺がそう答えると、周囲の冒険者たちがざわめいた。
「おい、このエルフ、無詠唱で三属性魔法が使えるらしいぞ」
「マジか? それなら魔法学園も楽勝だろうな」
様々な声が飛び交う。
(照れくさい。成果が声に乗って広がる。冒険者として生きるとは、こういうことか)
「セラ、魔法学園、行ってみようよ」
アリアが熱っぽく言う。その瞳に、決意の光が宿っている。
「うん。行ってみよう。まずはもっと詳しく調べてみないと」
「図書館に行こう! 入学要項がきっとある」
「そうしよう」
三人の冒険者に礼を言って、俺たちはギルドを出た。朝の光が、王都を照らしている。
## 学園について調べる
王都の図書館は、静寂と知識の香りに満ちていた。
石造りの建物は、王都の歴史を感じさせる重厚な外観だ。入口には大きな石の柱が立ち並び、屋根には魔法的な照明が設置されている。夜でも本を読めるように、常時点灯しているらしい。
(こんなに大きな知識の集積場所が、一般に開かれている。この世界の知識への敬意の表れだ)
「すごい建物……」
アリアが感心した様子で見上げる。エルフの森には、このような大規模な図書館はなかった。長老たちの家に資料室はあるが、比べ物にならないほどの規模だ。
「王都の知の中心だよ。ここなら、魔法学園に関する詳しい資料があるはずだ」
受付カウンターには、眼鏡をかけた中年の男性が座っていた。
「こんにちは。王都魔法学園についての資料を探しています」
「王都魔法学園ですね。二階の教育コーナーに、学園に関する資料がまとめてあります」
二階へ向かう。「魔法教育」と書かれた棚の前に立つと、様々な本とパンフレットが並んでいた。
『王都魔法学園 入学要項』
『魔法学園の一年 在校生の手記』
『宮廷魔法使いへの道 学園卒業生の証言』
『古代エルフの魔法 学園図書館の貴重資料』
タイトルを見るだけで、心が躍る。
「まずは入学要項を見てみよう」
俺はパンフレットを手に取り、閲覧スペースの椅子に座った。アリアが隣に座り、二人でページをめくる。
「うわ、詳しく書いてある……」
アリアが驚いた様子で呟く。パンフレットには、入学試験の詳細、カリキュラム、学園生活、卒業後の進路、すべてが記されている。
「入学試験の日程は……九月五日、実技と筆記。筆記は午前中、実技は午後」
「一ヶ月後だね。まだ時間はある」
「筆記試験の科目……魔法理論、魔法陣基礎、魔法史、一般教養。四科目だ」
「一般教養も必要なの?」
アリアが不思議そうに尋ねる。
「宮廷魔法使いになるには、魔法だけじゃ足りないんだろう。王国の政治、経済、文化、そういう理解も必要だと思う」
(これは覚悟しよう。魔法だけでは通らない。幅広い知識が問われる。それを一ヶ月で積み上げる)
「魔法理論の範囲……魔力の性質、魔法の基本原理、属性の相性、詠唱と無詠唱の違い、感情と魔力の関係……すごく詳しく書いてある」
「感情と魔力の関係……これは私たちに関係ありそうだね」
「そうだね」
(関係ある。めちゃくちゃある。毎日体感してる。アリアが近いと魔力が安定する現象、それを学術的に理解できるかもしれない。それだけでも入学する価値がある)
「魔法史の範囲……古代エルフの魔法の興亡、中世魔法の発展、近現代の魔法革新、王国の魔法政策……歴史も勉強しないと」
「歴史は……子どもの頃から得意じゃなかったけど、この世界の歴史は興味深いな」
(自分が生きている世界の歴史だ。出来事に実感が伴う。学ぶ意味が、全然違う)
「在学中のカリキュラムも見てみよう」
アリアがページをめくる。
「一年次……基礎魔法演習、魔法理論、魔法史、一般教養。二年次……中級魔法、応用魔法理論、魔法陣実習。三年次……上級魔法、融合魔法研究、実践演習。四年次……卒業研究、専門科目、宮廷魔法使い実習」
「四年制なんだ。体系的に学べるね」
(四年間をここで過ごす。今の自分の魔法の感覚を、ちゃんとした知識として固められる。感覚でしかつかめていない部分を、言語化できるようになる。それが一番ほしいものだ)
「卒業後の進路も見てみよう」
「卒業後の進路……宮廷魔法使い、王立研究所研究員、ギルド魔法顧問、魔法教師、独立系魔法使い……様々な道がある」
「王立研究所研究員も魅力的だね。新しい魔法を研究できる」
「古代エルフの魔法の研究もできるかもしれない」
「それが一番魅力的だよ、私には」
アリアが真剣な眼差しで言う。アリアにとっても、古代エルフの謎は気になるものらしい。
パンフレットを閉じた。
「まずは学園に直接行ってみよう。入学相談を受け付けているみたいだから」
「そうしよう!」
## 入学相談
王都の北側、学術区。
商業区とは違って、道は広く整備され、街路樹が植えられている。歩行者も少なく、静かだ。建物は石造りが多く、重厚で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
(研究や学習のための空間が、街の中にこんなに広く確保されている。知識を積む場所への敬意が、建物の配置にも表れている)
「静かな場所だね……」
アリアが小声で呟く。
「うん。学術区だからね。研究や学習に適した環境なんだろう」
遠くに、白い塔が見えてきた。塔は高さ五十メートル以上もあり、青空に向かって真っすぐ伸びている。塔の先端には、魔法的な照明が設置されていた。
「あれが魔法学園の白い塔だね」
「わあ、すごい……」
アリアが感嘆の声を上げる。
学園の正門に近づくと、門番が立っていた。事情を説明すると、事務局へ案内された。
事務局は清潔感のある部屋だった。受付カウンターに、三十代ほどの女性職員が座っている。
「こんにちは。入学相談をしたいのですが」
「はい、承ります。お名前と年齢をどうぞ」
「セラ・ウィスパーウィンド、十六歳です。こちらはアリア、十六歳です。二人ともエルフです」
「エルフの方ですね。まず入学資格を確認します。魔力登録はお済みでしょうか?」
「冒険者ギルドで測定しています。平均の五倍以上という記録があります」
女性職員の目が、わずかに見開かれた。
「……五倍以上。それは、特例クラスの対象になります」
「特例クラスとは?」
「魔力量が平均の三倍以上の受験者には、実技試験が免除されます。さらに、五倍以上の場合は特別選抜として面接選考に進める制度があります。特別奨学金の対象にもなります」
(特別選抜。実技は完全免除で、筆記が通れば合格の可能性がある。だとしても、筆記の勉強はちゃんとしよう。古代エルフの資料を理解するためにも、基礎知識は必要だ)
「筆記試験は受けます。基礎から理解したいので」
「賢明な判断です」
女性職員が微笑む。試験内容の詳細を説明してくれる。筆記は四科目、合格ラインは各科目六十点以上、総合七十点以上だ。
「学園見学も可能ですか?」
「はい、ご案内します」
## 学園見学
事務局員の案内で、学園内を回った。
まず教室棟へ。高い天井、木製の机、黒板。整然とした空間だ。
(窓から緑が見える。外の光と内の静寂。勉強に集中できる環境が、きちんと設計されている)
「教室は一クラス二十名程度の少人数制です」
「少人数制……先生との距離が近いね」
「次は演習場です」
演習場に入ると、広大な空間が広がっていた。的が複数設置されており、魔法の訓練に特化したつくりだ。数名の学生が訓練している。炎が飛び、風が起き、水球が宙を舞う。
「すごい……」
アリアが目を輝かせる。
(かっこいい。学生たちが自分の魔法を制御しながら演習している。型があって、それを体に馴染ませていく過程が見える。俺も感覚でしかできていない部分を、こういう場所でちゃんと形にしていきたい)
「在学生が日々訓練しています。卒業要件に実戦経験も含まれますので、ここは毎日使われます」
「寮も見せていただけますか?」
寮は四人部屋、食事付き、門限夜十時。清潔な石造りの建物で、各部屋に窓がある。
「窓から森が見えるんです。エルフの方には落ち着く環境かと思います」
「本当だ。緑が見える」
アリアが窓から身を乗り出す。嬉しそうだ。
(エルフにとって緑は大事なんだろう。俺自身も、緑が見える方が心が落ち着く気がしてきた。この体と魂が、自然への親しみを持っているのかもしれない)
「図書館も見せていただけますか?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
図書館は、建物の中で最も古く、最も広い棟だった。本棚が天井まで続き、魔法的な照明が均等に照らしている。
「二階の奥に、古代エルフの魔法資料コーナーがあります。在学生であれば教員の許可のもとで閲覧が可能です」
「古代エルフの魔法……」
俺はそのコーナーを遠目に確認した。ガラスケースに入った古い書物。まだ中身は見えない。でも、あそこに答えがある気がした。
(なぜ俺はここにいるのか。なぜ魔力がこんなに高いのか。なぜアリアが近いと安定するのか。あの書物が、何かを教えてくれる)
「セラ?」
「……あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」
「何考えてたの?」
「自分のことを、もっとちゃんと知りたいなって思って」
アリアが少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「私も。一緒に知ろうね」
## 入学決意
宿屋「森の恵み亭」。夜。
夕食を前に、アリアと向かい合って座っていた。テーブルには地図と資料が広げられている。今日得た情報の整理だ。
「どう思う、セラ? 魔法学園」
「行くべきだと思う」
即答だった。
「理由は?」
「古代エルフの資料が手に入る。体系的に魔法を学べる。卒業後の選択肢も広がる。……それに」
俺は少し言葉を選んだ。
「俺の魔力の謎、あの図書館にある可能性がある。感情と魔力のリンク。古代エルフの技術。それを理解できれば、もっとちゃんと制御できるようになるはずだ」
「私も同じこと思ってた」
アリアが頷く。
「アリアが近いと俺の魔力が安定する。それが何なのか、知りたい。怖くて聞けてなかったけど」
「私も、知りたいよ。セラのそばにいると、自分の魔力がすごく動きやすくなる気がする。なんでなのか、ちゃんと理解したい」
(アリアもそれ感じてたのか。俺だけかと思ってた。これ、双方向の現象なのか? だとしたら、古代エルフの魔法との関係はもっと深い気がする)
少し、沈黙があった。
(目の前に謎がある。解ける可能性がある。それが楽しい。わからないことをわからないままにしておくより、向き合う方が絶対にいい)
「決まりだね」
「うん。入学試験を受ける」
「筆記試験の勉強、始めないと。一ヶ月しかない」
「魔法史と魔法理論か。俺は魔法史が怪しい。歴史は苦手な方だし」
「私は一般教養が心配。人間の文化とか、エルフの森では習わなかったから」
「お互いの弱点を教え合えばいいね」
「そーそー! セラが一般教養を教えてくれたら、私が魔法理論を教えてあげる」
「……アリア、俺より魔法理論詳しいの?」
「当たり前じゃん。エルフの森で育ってるんだよ? 魔法は子どもの頃から体で覚えてるんだから。セラ、基礎がちゃんとわかってない部分あるでしょ」
(確かに。感覚でやってはいるが、体系的な理解が薄い。アリアに教われるなら、ありがたい)
「じゃあ、交換条件で。毎晩、勉強しよう」
「うん。一緒に頑張ろう」
アリアが笑う。夕食の匂いが漂ってきた。厨房から、パンの香ばしい匂いと、スープの湯気が漂ってくる。
「よし。入学試験、絶対に合格しよう」
「うん! 一緒に受かろう!」
アリアが拳を握る。
(明確な目標がある。一ヶ月後の試験に向けて、今日から動ける。目標が決まると、行動が自然に決まる。それが一番シンプルな答えだ)
俺も頷いた。
魔法学園。知識と魔法と、古代エルフの謎。全部、そこにある。
その夜、宿屋の窓から王都の夜空を見上げた。
星が出ていた。王都の星空だ。明かりが多いせいか、星の数は少ない。でも、見えている星は変わらない。
(空を見上げるだけで、これだけ落ち着く。自分が変わってきているのを、そういうところで感じる)
「セラ、まだ起きてる?」
壁越しにアリアの声がした。宿屋の壁は薄いらしく、声が届く。
「起きてる。眠れなくて」
「私も。興奮してる」
「入学試験の勉強計画を考えてた」
「え、もう考えてるの?」
「一ヶ月しかないんだから、早めに始めた方がいい。毎日三時間くらいの勉強が必要かな」
「三時間……できるかな」
「一緒にやれば大丈夫だよ。俺が一般教養を担当して、アリアが魔法理論を担当する。交互に教え合えば、お互いの理解も深まる」
「いいね! そうしよう!」
アリアが元気に言う。
(明確な目標があると、夜中でも計画が自然に動き出す。知りたいことがある。手に入れたいものがある。それが行動の原動力になっている)
「じゃあ、明日から始めよう」
「うん! 楽しみ!」
アリアの声が嬉しそうだった。
「おやすみ、アリア」
「おやすみ、セラ。良い夢を」
窓から、王都の夜景が見えた。
遠くに、白い塔の先端が光っている。魔法学園の白い塔だ。
一ヶ月後、あそこで試験を受ける。その先に、新しい生活がある。
(次が楽しみだ。試験に向けて準備する一ヶ月も、アリアと一緒に勉強する夜も、全部が楽しみだ。そしてその先に何があるのか、知りたい)
眠りにつく前に、もう一度窓の外を見た。
白い塔の光が、静かに夜を照らしていた。




