第72話 ダンジョン攻略の話
# 第72話 ダンジョン攻略の話
## ダンジョンクエスト
ギルドのクエスト掲示板は、今日も盛況だった。
依頼書がびっしり貼られた掲示板の前に、俺とアリアは並んでいた。依頼書のインクの匂いと、周囲の冒険者たちの汗の匂いが混ざっている。まあ、慣れた。
「えーと……薬草採取、魔物討伐、護衛……」
アリアが一枚一枚を見ながら呟く。
俺も視線を走らせる。
そして、一枚の依頼書が目に止まった。
『古代遺跡ダンジョン「古びた坑道」調査クエスト。危険度E、報酬銀貨二十枚。期限は一週間』
「……ダンジョン」
俺は思わずその言葉を口に出した。
(ダンジョン。異世界ならではの単語が、現実の依頼書に書いてある。これが冒険者ギルドというやつか)
「あ、これ! 面白そう!」
アリアも同じ依頼書に目をとめた。
「古代遺跡ダンジョン、か。王都の北にあるらしい。三層構造で、マッピングと魔物データ収集が求められてる」
「報酬銀貨二十枚……すごいね」
「うん。でもダンジョンって聞くと、少し怖いかも」
「少し?」
「……かなり」
正直でよろしい。
(怖いに決まってる。でも、やってみたい。リスクとリターンを天秤にかけると、挑戦する方に傾く。ただしリセットは利かない。命がけだ)
「よし、受けてみよう」
「え、本当に?」
「準備をちゃんとすれば大丈夫。情報を集めてから判断する」
アリアの目が少し輝いた。
「じゃあ、まず情報収集だね!」
「そうだな。経験者に話を聞こう」
## 情報収集
冒険者ギルドの酒場エリアは、昼でもそれなりに賑わっていた。
テーブルには冒険者たちが座り、酒を飲みながら話し込んでいる。昼から酒を飲んでいる人を見るたびに驚いていたが、もう慣れた。この世界では、それが普通なのだ。
受付のミサキに聞いたところ、ダンジョンに詳しい先輩冒険者がいると教えてもらった。名前はガトー。白髪混じりの大柄な男で、ギルドの試験官も務めているベテランだという。
「あの人だ」
アリアが指差した。
カウンターの脇で、一人で座っている年配の男性がいた。使い込まれた鎧、腰に差した大剣、そして顔に刻まれた深い皺。これぞベテラン冒険者、という佇まいだ。
「ガトーさん! 登録テストの時にお世話になりました、セラです」
俺が声をかけると、男性が顔を上げた。
「ああ、あの魔力化け物の新人か。覚えてるぞ」
(魔力化け物って言い方はどうかと思うけど、まあいいか)
「ダンジョンについて教えていただけますか。古びた坑道を受けようと思っていて」
「ほう、あそこか。新人が受けるには、ちょうどいい難易度だな」
ガトーが少し椅子に座り直した。
ガトーが少し顔を引き締めた。
「あそこは三層構造だ。第一層はゴブリンやスライム程度。第二層はもっと危険な魔物がいる。第三層には——まあ、自分で確かめるのが一番だな」
「第三層には何がいるんですか?」
アリアが聞いた。
「ミミックだ」
ガトーが短く答えた。
「ミミック?」
「宝箱の形をした魔物だ。近づくと食われる」
(あー。宝箱を開けようとしたら牙が生えてくるやつだ。武器屋でも噂を聞いたことがある。冒険者の間では有名な罠だ)
「対策は?」
「棒か石で、遠くから叩いてみる。反応がなければ本物だ。反応があればミミックだから、逃げるか戦うか決めろ」
「なるほど……」
俺はメモを取った。
(メモを取る、という行為。命がかかってる情報だ。一字一句、真剣に書き留める。ミミック対策は「棒か石で遠くから叩く」。これ、絶対に忘れてはいけない)
「それから罠にも気をつけろ。矢が飛んでくる、床が抜ける、毒ガスが出る——いろいろある。罠解除スキルを持つ仲間がいると助かるが」
「実は、ドワーフの友人に罠解除スキルを持つ子がいます」
「ほう、ドワーフか。それは心強い。あの坑道、元々ドワーフが作った場所だから、古代ドワーフ文字の警告も読めるかもしれん。壁に刻まれた文字を読めるかどうかで、罠に引っかかる数が変わる」
「古代ドワーフ文字、ですか」
「あの坑道には、壁に警告の文字が刻まれていることがある。『この先危険』とか『罠あり』とか。現代ドワーフでも読めれば、大きなアドバンテージだ」
「カトレアが読めるかもしれません。集落の長老から文字を教わったと言っていたので」
「なおさら心強いな。あの坑道に入る新人パーティで、ドワーフを連れているところはほとんどない」
(なるほど。カトレアを誘ったのは正解だった。罠解除スキルだけじゃなく、古代文字の知識まで活きてくる。チームの組み方で、難易度がまるで変わる)
「照明は?」
「必須だ。暗闇で魔物にやられるパターンが一番多い。照明魔法具があればいいが、松明でも何でも持て。光は命だと思え」
ガトーが続けた。
「水と食料も忘れるな。ダンジョンの中では時間感覚が狂いやすい。気づいたら半日経っていた、なんてことも珍しくない。お前らみたいな新人は、第一層を完全に把握してから第二層に進め。焦りは命取りだ」
「ありがとうございます。参考になります」
「新入りにアドバイスするのも先輩の務めだ。気をつけて行ってこい」
ガトーが笑った。
(この人、いい人だな。こういう先輩が側にいるのは心強い。自分の経験を惜しみなく伝えてくれるタイプだ。しかもチームワークの重要性まで説いてくれた。ベテランが強調することには、裏付けがある)
俺はメモをもう一度確認した。書き写した内容が、羊皮紙の半分を埋めている。照明必須。罠解除スキル。ミミック対策。チームワーク。撤退の判断。
ガトーはしばらく黙ってから、俺の顔を見た。
「お前、魔力量は多いのか?」
「登録試験でかなり高い数値が出たらしいです」
「だったら、魔法の出し惜しみをするな。ダンジョンで死ぬのは、魔力を温存しようとして、ここぞという場面で撃てなかった時だ。魔力は使え。倒れるまで使え」
「……わかりました」
「ただし、無詠唱に頼りすぎるな。魔力を多く持つエルフ系の魔法使いは、感情で魔法を放つクセがある。それは強いが、制御が難しくなる。常に方向性を意識しろ」
(無詠唱魔法。確かに俺は感情が高ぶると、詠唱なしで魔法が出てくる。それが「制御が難しい」という意味か。魔力が多いということは、それだけ暴走した時のリスクも大きい)
「肝に銘じます」
「じゃあ行ってこい。帰ってきた時に、面白い話を聞かせてくれ」
ガトーが笑った。
(この人、いい人だな。こういう先輩が側にいるのは心強い。自分の経験を惜しみなく伝えてくれるタイプだ)
「カトレアも誘おう」
俺はアリアに言った。
「うん! カトレアなら絶対喜ぶよ!」
ガトーが笑いながら、最後にもう一つアドバイスをくれた。
「ダンジョンで一番大事なのは、チームワークだ。個人の強さよりも、連携が大事になる場面が多い。お前たちはどんな連携をするつもりだ?」
「セラが後衛で魔法を使って、アリアが援護回復。カトレアが前衛で罠解除と近接戦闘です」
「なるほど。バランスはいい。ただ、前衛が一人だと厳しい場面が出てくる。カトレアが下がった時の対応も考えておけ」
「わかりました。ありがとうございます」
「まあ、心配しすぎることもない。実際に入ってみれば、やるしかなくなる。それがダンジョンだ」
(「やるしかなくなる」。なんか清々しい言葉だ。本番になったら腹をくくるしかない——それは、どの世界でも変わらない真理だ。転生前の俺も、本番直前に同じことを感じた。やるしかない、と)
ガトーが立ち上がり、ギルドの奥へと戻っていった。その背中には、何度もダンジョンをくぐり抜けた人間の確かさがあった。
俺はメモをもう一度確認した。照明必須。罠解除スキル重要。チームワーク重要。ミミックには石を投げる。無理なら撤退。
完璧な準備計画とは言えないが、情報は十分に集まった。
## 装備の準備
魔法学園の昼休み。カトレアを食堂で見つけると、彼女は大きな皿を前にして一人で格闘中だった。
「カトレア!」
「む、むふふ! セラ! アリア!」
カトレアが口いっぱいの料理を飲み込んで顔を輝かせた。
「ダンジョンに一緒に行かない?」
俺が言った瞬間、カトレアの目の色が変わった。
「ダンジョン!?」
「うん。古びた坑道っていう遺跡ダンジョンで、調査クエストを受けようと思ってる。カトレアの暗視能力と罠解除スキルがどうしても必要で」
「もちろん! 行く行く! 銀貨二十枚の報酬も魅力的だし!」
即答だった。ほぼ反射だった。最後の一言が本音なのは明白だが、今は突っ込まない。
(カトレアは行動原理がいつも明確だ。目標に向かって迷いなく動く。それはそれで、立派な強さだ)
学園を出て、まず魔法屋に向かった。
老人の店主が一人で切り盛りしている小さな店に、照明魔法具が並んでいた。
「照明魔法具を探しているんです」
「どのタイプがいい?」
「松明型を二つください」
「松明型は銀貨二十枚だ」
(銀貨二十枚。命がかかってるんだから安いと思うべきだ。迷わず出す)
俺は財布を取り出した。
「使い方は簡単だ。水晶に少し魔力を送れば光が灯る。一時間持続する」
「便利だね」
カトレアが照明魔法具を手に取って確認している。ドワーフとしての職人目線か、品質を確かめているのが伝わってくる。
「松明も五本ください。念のため」
「松明は五本で銅貨十枚だ」
「全部で銀貨二十枚と銅貨十枚ですね。はい、どうぞ」
「気をつけなさいよ。ダンジョンは危険だ」
「はい、ありがとうございます」
魔法屋を出て、少し歩いたところで、カトレアが立ち止まった。
「セラ、ちょっと聞いていい?」
「うん?」
「さっきガトーさんのアドバイスを聞いてたんだけど——前衛が一人でも大丈夫かな、って思って」
「確かに、ガトーさんも言ってたね」
「私、転んだり、罠にはまったりしたら、後続の二人が危なくなる。私が失敗するリスクが、チーム全体のリスクになる」
カトレアが真剣な顔で言った。借金の話をしている時のカトレアとは、別人みたいだ。
「だから?」
「だから、私は失敗しない」
そう言い切った。
(この宣言の潔さ。不安を口にして、その後すぐに「失敗しない」と言える。これがカトレアの強さだ)
「わかった。信頼する」
「任せて! ドワーフに二言はないよ!」
次は道具屋に寄って、カトレアの罠解除道具を確認した。彼女が持参した道具と、新たに購入したセットを合わせると、かなり充実した。
「私が買うよ。カトレアの罠解除スキルは重要だから」
「えっ、セラ?」
「いいんだ。これはチーム全員のための投資だ」
「……本当にありがとう、セラ!」
カトレアが俺の腕に抱きついた。
(あーうん。ドワーフは感情表現が豊かだな。カトレアの元気は、チームの空気を明るくする。それは確かだ)
道具屋を出て、三人は街を歩いた。
「ねえ、ダンジョンで一番怖いものって何だろう」
アリアが歩きながら聞いた。
「罠?」
「ミミック?」
俺とカトレアが答える。
「私は暗闇が怖い。灯りが消えたら、どうなるんだろうって」
「照明魔法具があるから大丈夫」
「でも、もし魔力が尽きたら?」
「松明がある」
「それも燃え尽きたら?」
「……俺のエルフの夜目が使える」
「エルフって夜目があるの?」
「完全な暗闇では見えないけど、かなりの薄暗さまでは見える。ドワーフのカトレアの暗視能力には及ばないけど」
「ドワーフは完全な暗闇でも見えるよ! 先祖が地下で何百年も生活してきたからね。暗視能力はドワーフのアイデンティティの一つだよ!」
「心強い」
「ギャハハ! でも、正直言うと、私もダンジョンは初めてなんだよね」
「え?」
「古代ドワーフが作ったダンジョンに入るのは初めて。ドワーフとしては、怖さより楽しみが大きいよ。先祖の作ったものを直接見られるんだから」
「カトレア、古代文字は読める?」
「え、なんで?」
「ガトーさんが言ってた。古びた坑道には壁に古代ドワーフ文字の警告が刻まれているかもしれないって。読めれば有利になるかも」
「ああ! それは読める! 集落の長老に教わったよ。難しいのはわからないけど、基本的な警告は読めるから!」
「さすがカトレア。それは大きい情報だ」
「任せて! チームに貢献できてよかった!」
カトレアが胸を張った。その頼もしさが、俺の不安を少し和らげてくれる。カトレアは常に根拠がある。長老から習った文字、先祖の坑道の知識、罠解除師としての経験。彼女の「任せて」には裏付けがある。
「そうか。俺は純粋に怖いよ」
「セラが怖いってめずらしい」
「怖くない冒険者なんていない。怖さを知ってるからこそ、準備するんだろ」
カトレアがニッと笑った。
「それを言えるセラは、すごいと思う。じゃあ、ギルドに正式な受託に行こう!」
## ギルド受付
準備を整えて、ギルドへ戻った。
ミサキが三人に気づいて、笑顔で迎えてくれた。その笑顔は受付嬢として仕事上のものだが、俺たちを見る目には何か心配の色がある。
「お帰りなさい。装備も揃えたんですね」
「うん。古びた坑道のダンジョン調査クエストを正式に受託したい」
「承りました。三名でのパーティ受託ですね」
ミサキがクエストカードを取り出しながら、少し真剣な顔になった。
「実は、あのクエスト、最近新人パーティの受託が多いんですが……成功例がまだあまりなくて」
「そうですか」
「ダンジョンは三層構造で、各層に罠と魔物がいます。第一層でも、油断は禁物です。特に第二層以降は……」
「気をつけます。ガトーさんからも聞きました」
「ガトーさんに! それなら安心です。彼は古びた坑道に何度も行ったことがあるので」
ミサキがクエストカードに必要事項を記入していく。その手際の良さに感心する。仕事ぶりが丁寧で、無駄がない。
「カードを三枚お渡しします。一枚はリーダーが、残りは各メンバーが持つルールです」
「わかりました」
「クエスト完了の確認は、帰還後にここに提出してください。三名全員の帰還が確認できた時点で報酬の支払いとなります」
「なるほど。全員で帰らないと、報酬が出ないんですね」
「はい。それが安全のルールです。誰か一人だけ帰ってきた場合は、別の対応が必要になりますが——そうならないように、お気をつけて」
「もちろんです」
「書類を受け取ってください。出発は明日でよろしいですか?」
「はい。今日は準備の最終確認をして、明日の朝早く出発します」
「では、お気をつけて。……必ず帰ってきてくださいね」
ミサキが、少し真剣な目で言った。受付嬢の愛想笑いではなく、本気の言葉だ。
(この言葉。軽く流せない。受付嬢という立場から、本気で心配されている。ありがたい。そして——もし帰らなかった時のことを、この人は知っている。数えてきた名前がある。それがこの目に入っているのかもしれない)
「必ず帰ります。三人全員で」
## 決意の夜
宿屋「森の恵み亭」の一室に、俺とアリアは装備を広げた。
地図、照明魔法具、松明、回復薬、罠解除道具のセット。カトレアが持参した道具も合わせて、テーブルの上は冒険者の装備で埋まっている。
並べてみると、これだけの物量になる。今日一日で揃えた全部だ。出費は確かに痛かったが、命には替えられない。
「全部確認した?」
「うん。照明魔法具は二つ、松明五本、回復薬三本、罠解除道具はカトレアが管理してる。地図は羊皮紙を三枚用意した。書き直しても余るように」
アリアが一つ一つを指差しながら確認する。几帳面だ。こういうパートナーがいると安心する。
「怖い?」
俺はアリアに聞いた。
「怖い、かな……」
アリアが素直に答えた。
「でも、セラと一緒だから大丈夫。セラがいれば、どこへ行っても大丈夫だもん」
(重い。重いけど、嬉しい。誰かにそう言ってもらえることが、こんなに力になるとは思わなかった。以前の俺には、こういう言葉をかけてくれる人が身近にいなかった。それに気づくのに、転生まで必要だったとは)
「俺も怖いよ」
「え?」
「でも、やってみないとわからない。失敗するかもしれないし、もっとうまくいくかもしれない。挑戦しないと後悔するから」
「……セラ」
「アリアがいてくれるから、俺も頑張れる。ありがとう」
アリアの顔が赤くなった。
「そ、そんなこと急に言わないでよ……」
「なんで?」
「心臓に悪いから!」
「なんで?」
「もう!」
アリアが枕を投げてきた。
(なんだこの状況。こういう幸福な騒ぎが、今の俺には一番のご褒美だ)
夜は深まり、王都の街灯が窓の外で揺れている。
明日はダンジョン。初めての本格的な冒険。命がかかっている。
でも、不思議と怖さより楽しみの方が大きかった。
「セラ、明日も絶対帰ってこようね」
アリアが灯りを消す前に言った。
「うん。三人で行って、三人で帰ってくる。それが唯一の絶対条件だ」
「絶対だよ?」
「絶対だ」
明日、俺たちはダンジョンに挑む。
——まあ、死ぬかもしれないけど。
(いや、縁起でもないこと考えるな俺)
そう心の中でツッコみながら、俺は目を閉じた。
食事の後、三人は宿の共用スペースで少し話をした。
「ダンジョン、正直どのくらい怖いと思う?」
カトレアが聞いた。
「かなり怖い」
「ギャハハ! 正直だね!」
「怖さは準備不足から来る、って聞いたことがある。準備を万全にすれば、恐怖は半減する」
「誰が言ったの?」
「昔の人の言葉。いい言葉だと思って、覚えてた」
アリアが頷いた。その表情が、少しだけ和らいだ。
「確かに。今日、照明魔法具も罠解除道具も準備したから、少し安心感がある。ガトーさんのアドバイスも聞けたし、ミサキさんのルール説明も理解した」
「ドワーフはとにかく準備するんだよ。鉱山に入る前は、絶対に装備と情報と仲間の確認をする。準備がないドワーフは、鉱山に入らせてもらえないくらい」
「厳しいね」
「それだけ、地下は危険だってことだよ。でも、準備さえすれば、危険は管理できる。ダンジョンも同じだと思う」
カトレアの言葉に、俺は深く頷いた。
(準備と管理。リスクをゼロにはできないが、管理できる範囲に収める。それが現実的な冒険の進め方だ)
「じゃあ、明日のリスク確認をしよう」
「いいね! ホワイトボードが——ないから、口頭で」
「第一層の既知リスク:ゴブリン、スライム、床の罠。対応:カトレアの暗視と罠解除、俺の光弾、アリアの水鞭」
「第二層の既知リスク:ゴブリンより強い魔物、複雑な構造。対応:慎重な進行、チョークで印をつける、魔力温存」
「ミミックのリスク:宝箱に石を投げる。反応があれば戦闘か撤退」
「完璧じゃん!」
「完璧じゃないけど、今わかっていることは全部対策した。あとは現場で柔軟に対応する」
(本気で向き合うと、頭の動き方が違う。これが冒険者の思考なんだろうか)
——明かりを消してから、少しの間、俺は今日のことを思い返した。
ガトーからの情報収集。魔法屋での照明魔法具の購入。道具屋での罠解除道具。カトレアを誘った時の彼女の顔の輝き。
チームが揃った。
セラ、アリア、カトレア。それぞれが違うスキルを持ち、違う性格を持つ三人。バラバラなようで、補い合える組み合わせだ。
魔法使いの俺、水魔法と回復のアリア、前衛と罠解除のカトレア。この三人なら第一層は突破できる。今日一日で、そう確信した。
(うん。いいチームだ。こんな仲間と冒険に出られる。それだけで、もう十分だ)
部屋の外から、王都の夜の音が聞こえてくる。遠くで犬が吠えている。馬車が石畳を走る音。誰かが歌っている声。居酒屋の喧騒が遠く聞こえてくる。王都の夜はいつも賑やかだが、今夜は明日のことが頭から離れない。
賑やかな王都の夜。でも俺の心は、もうダンジョンの暗闇にある。
俺は明日のことを考えた。王都の北へ十キロ。ダンジョン「古びた坑道」。初めての本格的なダンジョン探索。
(怖い。確実に怖い。でも、やりたい。——二つの気持ちが同時にある。これが冒険者ってもんなんだろうな)
目を閉じたまま、俺はゆっくりと呼吸を整えた。
明日、初ダンジョン。初めての本格的な命がけの挑戦だ。
生きて帰ってこよう。三人全員で。それだけが、唯一の絶対条件だ。
(「絶対条件」。以前は仕事でしか使わなかった言葉が、今は命にかかっている。重さがまるで違う。……なんか格好いいな、冒険者の俺)
隣の部屋から、カトレアの寝言が聞こえてきた。
「……借金……返済……ギャハ……」
(寝ながら笑ってる。このドワーフ、夢の中でも借金を返しているらしい。ある意味で最強だ。明日の戦闘でも、きっとあの勢いで戦ってくれるだろう。頼りにしてるよ、カトレア)
アリアの寝息も、規則正しく聞こえている。
二人が眠れているなら、俺も眠っていい。
「おやすみ。明日、よろしく」
声には出さずに、心の中で静かに三人に言った。
それから、俺もゆっくりと静かな眠りに落ちていった。明日の準備は万全だ。恐怖もある。でも、それ以上に、前に進む覚悟がある。




