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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第67話 初クエスト出発

# 第67話 初クエスト出発


## 早朝の出発


 王都はまだ眠りについていた。


 東の空が白み始めたばかりの時間。街並みは薄青色の朝霧に包まれ、通常の喧騒は静寂に沈んでいる。馬車の走る音も、商人の呼び込みも、冒険者の笑い声もない。鶏の鳴き声だけが遠くから聞こえる、誰もいない朝だ。


 そんな静寂の中、セラはベッドから起き上がった。


「……ふぅ」


 大きく伸びをして、窓の外を眺める。


(昨日は結局眠れなかったな。初めての仕事の前日というのは、なぜか眠れないものだ。失敗したら薬草が傷んで報酬がゼロになる。そういうプレッシャーもある)


「早いね」


 部屋の隅から、アリアの声がした。


「あ、アリアも起きてたのか」


「うん。緊張で眠れなかったよ」


「俺もだ」


 アリアは優しく微笑んでくれた。その笑顔に、胸の緊張が少しだけ和らぐ。


「装備の最終確認、しよっか」


 二人は荷物の点検を始めた。


「クエストカード……ある」


「薬草保存用の魔法袋……確認」


「呼び出し笛……これも持ってる」


「水筒と食料……三日分。あ、サンドイッチも作ってきたよ」


「え、手作り?」


「卵サンドとチーズサンド。どっち好き?」


「両方食べていい?」


「欲張りだなあ。はい、半分こ」


 アリアがサンドイッチを裂いて渡してくれる。


「んー! おいしい!」


「でしょ? 朝早く起きて作ったんだよ」


(……うまい。早朝からこんなに気合入れて料理するやつがいるか。アリアと幼馴染になってよかった、と思う)


「これで大丈夫だね」


 アリアが頷く。


「よし。じゃあ、出発しようか」


 二人は荷物を背負い、部屋を出た。


 廊下は静まり返っていた。フロントには誰もおらず、朝の光だけが差し込んでいる。エルフ向けの宿屋だけあって、床は柔らかい木材で作られ、足取りが音を立てない。


「いってきます」


 アリアが小声で呟いた。誰に言うでもないのだが、何か言わずにはいられないのだろう。


(俺も同じだ。大事な日の朝は、こういう謎の宣言をしたくなる。出かける前に「よし」と言ってみるあの感覚だ。転生してもやることは変わらない)


 外に出ると、朝の冷気が頬を撫でた。


「寒っ」


 思わず言葉が漏れる。エルフの体は敏感すぎる。肌の感覚も、耳の感覚も、鼻の感覚も、すべてが過剰に反応してしまう。


(エルフの体になってから寒さに弱くなった。種族ごとに耐性が違うのか。まあ聴覚が鋭くなったり、魔法が使えるようになったりと恩恵も多いけど)


「上着、着ようか?」


 アリアが心配そうに聞いてくる。


「いや、大丈夫。歩けば暖かくなる」


「うん。でも、風邪ひかないようにね」


 アリアが俺の上着の紐を直してくれる。その仕草に、温かさが広がる。


 王都の通りを進む。まだ開いている店はほとんどない。パン屋から焼きたてのパンの香りが漂ってくるだけで、他の店はまだ閉まっている。


「パン屋、起きてるね」


「あのお店、朝早いから。クロワッサン、おいしかったよね」


「クエスト終わったら食べよう」


「うん! 楽しみ」


 石畳の通りに、二人の足音だけが響く。


(早朝の王都。始発前の電車に乗った時の感覚に似ている。あの時間帯は人が少なくて、なんか「先を歩いている」気がしていた。今も似た感覚がある。でも今回は向かう先は薬草採取地だ)


「セラ、なんか楽しそうじゃない」


「そうか?」


「うん。顔がそんな表情してる」


「楽しいんだと思う。初めてのことだから」


「えへへ、私も。ドキドキするけど、楽しい」


 二人は顔を見合わせた。朝の冷たい空気が、なんとなく気持ちよく感じる。


## 街道を進む


 王都の門を抜けると、街道が続いていた。


 両側には緑の畑が広がり、遠くには丘陵が連なっている。空は青く、白い雲が少しだけ浮かんでいる。鳥のさえずりが聞こえ、風は心地よい。


「空気、おいしい」


 アリアが深呼吸をする。


「田舎の空気だね。都会とは違う」


「王都も空気きれいだけど、やっぱり自然が好きだな」


「うん。エルフの森もこんな感じだったっけ?」


「もう少し森が深くて、空気が重い感じ。魔力が濃いから」


「あー、そういえばそんな感じだったかも」


(エルフの森の空気は確かに特別だった。転生直後、あの空気を吸っただけで「異世界に来た」と実感したものだ。でも今は王都の普通の空気も好きだ。慣れとは恐ろしい)


 二人は並んで歩いた。街道はしっかりと整備されていた。踏み固められた土の道だが、馬車が通れるほど広く整っている。


「地図、見てみようか」


 荷物から地図を取り出す。


「王都から北に進んで、この小川を渡って……森が見えてくる感じだね」


「徒歩三時間って言ってたよね」


「うん。だから、昼頃には着くかも」


「あの丘の向こうにあるはず」


 アリアが指を差す。遠くにうっすらと緑色の影が見える。


「あれが清流の森?」


「たぶん。地図だとこの辺りに川があるから」


「川があると、水蓮の根が採れるかも」


「うん。月草と太陽草は日当たりのいい場所に生えてるらしいし」


 そんな話をしながら歩いていると、アリアが急に空を見上げた。


「あ、渡り鳥だ!」


 V字型に並んだ鳥の群れが飛んでいく。南へ向かっているのだろう。季節の移ろいを感じさせる光景だ。


「綺麗だね」


「うん。いつか、あれに乗って飛べたらいいな」


「魔法で飛べるようになるかも?」


「風魔法で浮くくらいならできそうだけど、長距離は無理だよね」


「二人で一緒に飛べたら、最高だね」


「……案外、できるようになるかもよ」


「え、本当?」


「わかんない。でも、昔読んだ本に書いてあったんだが」


(また転生前の話がうっかり口から出そうになった。危ない。あちらの世界の乗り物を説明するより、魔法で飛ぶほうが夢がある)


「なんかセラって、時々変なこと言うよね」


「変じゃない。詩的なんだ」


「詩的……?」


 アリアが首をかしげながら笑った。


「セラがそばにいると安心するのよね。魔力も安定するし」


「それはお互い様だよ。アリアの魔力、穏やかで落ち着くから」


「ふふ、お互いさまってことだね」


 アリアが俺の腕をちょっとだけつかんだ。その手の温もりが、足取りを軽くする。


 あと一時間くらいかな、と地図を確認しながら呟く。森がだいぶ近づいてきた。緑が濃くなっている。


## 森の入り口


 清流の森の入り口に到着したのは、正午を少し回った頃だった。


 入口には古びた看板が立っている。「清流の森――魔物出没注意、立ち入りは自己責任にて」という文字が、風化して読み取りにくくなっている。


「ここが清流の森……」


「うわ、雰囲気あるね」


「……雰囲気あるどころか、普通に怖いな」


 アリアが森の内部を覗き込む。俺も横から覗く。


「木、高い。暗い」


「でも綺麗だよ。緑の深さが違う」


(怖いんだけど美しくもある。鬱蒼とした緑、木漏れ日、苔の匂い。こういう場所に「怖いから入らない」ではなく「怖いけど入る」ことができるのは、冒険者になったからだ。……ということは、俺たちはもう「普通じゃない側」になりかけてるのか。なんか嬉しいようなこわいような)


「行くか」


「うん、行こう。セラが前で、私が後ろ」


「わかった。ゆっくり、慎重に」


 鬱蒼とした木々が立ち並び、その奥は薄暗い。日差しが葉の隙間からわずかに差し込むだけで、全体としては幽玄な雰囲気を纏っている。鳥の声もしない。静寂だ。いや、静かすぎる。


(……鳥が鳴かないのは捕食者がいるサインらしい。この森に何かいる。気を引き締めろ)


「魔物、いそうな感じだね」


「うん。気をつけなきゃ」


 本能的に警戒した。エルフとしての感覚が、何かに反応している。視覚や聴覚よりも原始的な、第六感的な何かが「危険」と告げている。


「セラ、魔力感じる?」


「少し。森の中に、何かいる気がする」


「魔物かな」


「わかんない。でも、何かの気配はある」


 二人は顔を見合わせた。


「どうする? 入る?」


「入らなきゃ、薬草採れないしね」


「うん。でも、慎重に進もうね」


「当然だよ。俺が前、アリアが後ろで警戒」


「了解。セラの背中、任せた」


(アリアが信頼した目で見てくる。これが冒険者パーティーというやつか。命のやりとりが現実になる世界では、次元が違う。覚悟しろ俺)


 深呼吸をして、森へと足を踏み入れた。


 一歩踏み入れた瞬間、世界が変わった。外の明るい光は遮られ、薄暗い緑色の世界が広がっている。空気は湿っていて、土と腐葉土の匂いがする。温度も少し低い。


「足元、気をつけて」


 アリアが注意してくれる。


「うん。根っこが出てるし」


 地面は凹凸していて、木の根が蛇のように這っている。エルフの身体能力があるから大丈夫だろうが、それでも注意は必要だ。


「セラ、魔法、使える状態?」


「いつでも使えるよ。ウィンド・エッジと、アイス・シールド。ライト・アローも」


「よかった。私も火魔法と水魔法、準備してる」


 アリアが杖を握りしめる。


「水の音、聞こえないかな」


 二人は耳を澄ました。森の中には様々な音が満ちている。葉が擦れる音、枝が風に揺れる音、虫の声。その中に——水の音。


「……あっちの方」


 アリアが左手を指差す。


「確かに。微かな水の音がする」


「川だとしたら、水蓮の根が採れるかも」


「よし、あっちに行こう」


## 薬草発見


 森の中を進むと、ようやく川が見えてきた。


 清らかな流れが、森の中を縫うように走っている。水は透明で、川底の石まで見える。日差しが水面に反射して、キラキラと輝いている。


「わあ、きれいな川」


 アリアが感嘆の声を上げる。


「水蓮の根が採れるかも」


「どこにあるかな? 川辺を探してみよう」


 二人は川沿いに歩き始めた。川辺は湿っていて、苔が生えている。水生植物がいくつか生えていて、中には見知らぬ花も咲いている。


 少し上流へ進むと——白くて大きな花が、水面に浮かんでいた。葉っぱも大きくて、円形をしている。


「これだよ! 水蓮の根!」


 アリアが興奮した声で叫ぶ。


「マジで? よかった!」


「やった! 見つかった!」


 顔を見合わせて、ハイタッチをした。


(初めて異世界で採取作業をして、見つけたときの達成感。残業して案件を仕上げた瞬間にも似てるが、こっちは空気が綺麗で、隣にアリアがいる。どう考えてもこっちのほうが良い職場環境だ)


「まず一つクリアだね」


「うん。あと二種類。月草と太陽草」


「月草は日陰、太陽草は日当たりのいい場所に生えてるんだよね」


「そうだって。ギルドの人に聞いた」


「じゃあ、川の両側を探してみよう。分担して」


「いい考え。右側と左側、分担して探そう」


 二人は手分けして探索を開始した。セラは川の右岸、アリアは左岸を進む。川沿いは歩きにくい。泥で滑りやすく、根っこや岩が障害になっている。


「あるよ! 月草だよ!」


 アリアが叫んだ。木の根元に、小さな白い花をつける草。葉っぱは月のような形をしている。


「見つかった!」


(アリアのほうが見つけるの早いな。さすが森で育ったエルフか。俺は採取センスではまだ負けてる。悔しいような嬉しいような)


「セラの方は?」


「うーん、まだ見つかってない。太陽草なんだっけ?」


「うん。黄色い花で、太陽のような形の葉っぱ」


「了解。探してみる」


 川から少し離れた、日当たりの良い場所を探した。木の間から空が見える場所、斜面に面している場所。そんな場所を重点的に探す。


 木々の間に、小さな開けた場所が見えた。そこには日差しがたっぷりと降り注いでいて、地面が明るく照らされている。


「あそこなら……」


 足を運んでみた。


 開けた場所には——黄色い花が群生していた。葉っぱは太陽のような形で、日光を浴びて輝いているようだ。


「あったーー!!」


「セラ、何か見つけたの?」


 アリアが川の向こうから呼んでくる。


「太陽草だよ! 群生してる!」


「え、本当? 私も行っていい?」


「うん、川を渡れる場所探してみて」


 アリアは川の浅瀬を探して、渡ってきた。水浸しの靴で走ってくる姿が微笑ましい。


「わあ、本当だ! たくさんある!」


「だろ? 採取放題じゃん」


「やった! これで三種類全部揃った!」


(……やった。本当に揃った。三種類。月草、太陽草、水蓮の根。全部この森にあった。これが冒険者の喜びか。案件完了の達成感より数倍気持ちいい。環境の力は偉大だ)


 二人は顔を見合わせて、嬉しさを分かち合った。


## 採取開始


「採取、始めようか」


「はい。魔法袋、準備して」


「了解」


 魔法袋を広げる。この袋は魔法がかかっていて、中に入れたものを新鮮なまま保存できる。


「まずは月草から採ろうか。一番近いし」


 川の右岸に戻り、月草を採取し始めた。


「根っこごと採るんだよね?」


「そうだって。根っこに薬効成分が濃縮されてるから」


「慎重に採らないと。根っこを傷つけないように」


「うん。土を丁寧に掘って、根っこを露出させて……」


 アリアの手つきは慣れていないが、丁寧だ。一本一本を大切に扱っている。


「アリア、意外と器用だね」


「褒めてもらえて嬉しい。でも、セラも頑張って」


「俺も頑張るよ」


(採取作業って単純に見えて、実は結構コツがいる。根を傷つけないように掘る、鮮度を保つために素早く袋に入れる、量を正確に確認する。肉体労働って案外気持ちいいものだな)


 二人は月草を魔法袋に詰め込んだ。


「次は水蓮の根」


「水の中から採るんだよね」


「じゃあ、私が採るよ。セラは袋を持ってて」


「え、アリアが? 大丈夫?」


「大丈夫。水、そんなに深くないし」


 アリアは靴を脱ぎ、川に入った。水は冷たくて、少し底が滑る。だが、アリアはバランスを崩さず、水蓮に近づいた。


「根っこ、泥に埋まってる。掘らないと」


 アリアが手で泥を掘り始めた。泥水が跳ねて服に汚れるが、気にしていない様子だ。


「あったよ! 根っこ!」


 根気よく掘り進むと、白い根っこが露出した。水蓮の根は白くて太く、薬のような香りがする。


(アリア、川に入って泥まみれになりながら薬草採取してる。たくましい。俺よりよっぽど野生の力がある)


「アリア、服、汚れてるよ」


「いいの。洗えば落ちるから。仕事優先!」


「……そのたくましさ、ちょっと好きだ」


「え? 今なんて言った?」


「なんでもない、続けよう」


「セラ、絶対今変なこと言ったよ」


「言ってない」


 アリアが疑わしそうな顔をしながらも、次の根っこを掘り始めた。泥で顔の一部が汚れているが、全く気にしていない。仕事に集中できる人間は信頼できる。今でも変わらない真理だ。


「一本目。あと四本採ればいいんだよね?」


「うん。クエストの要件は各五本ずつ」


「じゃあ、月草はもう五本採ったし、あと水蓮の根と太陽草だね」


「順調だね。予定より早く終わりそう」


 二人は順調に作業を進めた。水蓮の根を五本採取し、次は太陽草を採取しに向かった。


「太陽草、たくさんあるね」


「うん。群生地だし」


「選んで採るんだよね。大きくて健康なやつを」


「そうだって。小さいのは残して、大きいのを採る」


 黄色い花が満開で、遠くからでも鮮やかだ。葉っぱは厚みがあり、日光を浴びて輝いている。


「集中して採り終わろう」


「うん!」


 最後の太陽草を採取した瞬間、二人は顔を見合わせて、笑った。


「完了!」


「やった! 全部採れた!」


「クエスト、達成だね!」


 ハイタッチをした。手のひらが触れ合う。その瞬間、温かさが広がった。


(月草五本、水蓮の根五本、太陽草五本。すべての要件を満たした。初めてのクエスト、作業完了だ。誰かに報告したい。でもそれはアリアに言えばいい。「俺ら、今日初仕事完璧にこなしたよな」って。そういうことを共有できる相手がいるだけで、充分だ)


「ギルドに戻って、報告しよう。ミサキさん、待ってるかな」


「きっと待ってるよ。笑顔で出迎えてくれるはず」


「うん。楽しみだね」


「報酬は銀貨五枚。どう使おうかな」


「まかないにしようか。美味しいもの食べたい」


「賛成。セラと一緒に食べるのが楽しみ」


「俺もだ」


 二人は森を出た。背中に薬草の重みを感じながら、夕暮れの街道を王都に向かって歩き出した。達成感と疲労感が混ざった、不思議な心地よさだった。


「疲れたね」


「疲れた。でも、楽しかった」


「うん。思ったより大変だったけど、思ったより達成感がある」


 街道の彼方に、王都の城壁が見える。オレンジ色の夕暮れに染まって、美しい。


(初めてのクエスト、完了。月草五本、水蓮の根五本、太陽草五本。全部揃えた。魔物にも出会わずに帰れた。笛も使わなかった。完璧じゃないか)


「ギルドに報告したら、すぐ薬舗に行こうね」


「うん。月草の鮮度が心配だけど、魔法袋に入れてるから大丈夫なはず」


「帰ったら、美味しいもの食べよう。約束だったんだから」


「ああ、テスト合格のお祝いがまだだったな」


「クエスト完了のお祝いも追加だよ!」


「倍のお祝いだ。奮発しよう」


「やった!」


 アリアが両手でガッツポーズをした。夕暮れの光の中で、その笑顔がオレンジ色に輝いていた。


 俺は少しだけ笑い返して、また前を向いた。王都への道が、夕暮れの光の中で続いていた。


(今日、一回のクエストで「頑張ったな」と思えた。この世界が向いているのか、それとも単純にアリアと一緒だからなのか。どちらかは、まだわからない。でも、どちらでもいい気がしてきた)


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