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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第66話 初クエスト受託

# 第66話 初クエスト受託


## クエスト掲示板


 冒険者登録テストから二日後。


 ギルドのホールは、朝からすでに戦場だった。


 戦場、というのは比喩で、正確には「夢と欲望と加齢臭がぶつかり合う空間」だ。テーブルでは筋肉の塊みたいな男たちが腕相撲を始めているし、カウンター前では受付嬢の争奪戦が勃発しているし、奥の掲示板には人だかりができて「俺が先に見てたんだよ!」という修羅場になっている。


(どこの世界も朝は騒がしいな。ただ、黙って押し合う圧力より声に出してくれるほうが、どこが危ないかわかって案外助かる気はする)


「ねえ、セラ。クエスト掲示板、あそこじゃない?」


 隣のアリアが指をさす。金色の髪が朝の光を受けてきらりと輝いている。エルフの美しさというのは、朝日の中で見るとさらに際立つ。……などとのんきに考えていると、アリアに「なんかぼーっとしてるよ」と言われた。


「あ、ごめん。行こう」


 人だかりの向こう、両壁を埋め尽くすように色とりどりの紙が貼られた巨大な掲示板。縦横二メートルはある。縦横無尽に張り出された依頼書が「ぎっちり詰め込まれた情報量」という圧力を放っている。


「行ってみよう」


 人波をかき分けて掲示板に近づく。白い紙。黄色い紙。青い紙。赤い紙。色ごとに意味があるらしく、白が通常依頼、黄色が緊急、青が長期、赤が……あまり近づきたくない。


「『スライム討伐』『薬草採取』『魔石回収』『迷宮探索』『護衛任務』……『ドラゴン討伐補助』……」


 アリアが一枚一枚を声に出して読み上げる。「ドラゴン討伐補助」まで読んだとき、さすがに俺は首を横に振った。


「それはまだ早い」


「そうだね。ドラゴンは、えーと……五年後くらい?」


「もっとかけよ」


(初クエストでドラゴン討伐の補助に行った冒険者がいたとして、その次の話は「無事に帰りました」ではなく「葬儀が行われました」になる可能性が高い。慎重が一番だ)


「初心者向けのやつを探そう。スライム討伐か薬草採取か、そのあたり」


「スライム討伐か……報酬は銀貨二枚。安くない?」


「安いね。でも戦闘経験が積めるのは確かだ」


「薬草採取はどうかな。あ、あった。こっちのやつ」


 アリアが白い紙を一枚引き抜いた。


「薬草採取クエスト。報酬は銀貨五枚。期限三日以内。場所は王都の北にある清流の森。依頼主は薬舗『緑の葉』。必要な薬草が足りないらしい」


 銀貨五枚か。


(スライムの倍以上の報酬で、しかも戦闘リスクが低い。薬草のことはアリアが詳しいと言っていたし、森での採取なら俺たちにも適している。悪くない)


「いいんじゃないか。薬草採取は戦闘リスクが比較的低いし、初クエストとして悪くない」


「そうだよね! 私、薬草のことはある程度知ってるし。エルフの森でも採取してたから」


「アリアが詳しいなら心強い。決めよう」


「うん! 決まりっ」


 アリアが両手でグーを作った。その目がキラキラ輝いている。


(転生してやり直した人生なのに、初クエストで胸がときめくとか、どうにも自分のメンタルは変わらないな。……でも、成長してるかどうかより、今が楽しいかどうかのほうが大事だという気もする)


 ちなみに他のクエストも一応確認した。配送手伝いは銀貨三枚で力仕事、スライム討伐は銀貨二枚で安全寄り、迷宮探索は銀貨十枚だが明らかに無謀。薬草採取の五枚が最もバランスがいい。それが確認できてよかった。


「それは受付に行って詳しく聞かないといけないね」


「そうだよ。受付はあっちのカウンターだ」


## 薬草採取クエスト


 カウンターには三人の受付嬢がいた。


 真ん中の席に座っているのが、栗色の髪をポニーテールにまとめた若い女性——昨日、冒険者登録を担当してくれたミサキさんだ。にこにこしながら冒険者の対応をしている。笑顔が職業仕様で完成されている。どの時代、どの世界でも、有能な接客係というのは独特の落ち着きを持っているものだ。


「あら、セラさん、アリアさん。今日はクエスト受託ですか?」


「そうです。この薬草採取クエストについて、詳しく聞きたくて」


 依頼書を差し出すと、ミサキさんはうなずいて引き出しからぶ厚いファイルをめくり始めた。その手際の鮮やかさに思わず感心する。


(探し物がどこにあるかを完全に把握している人は、どの世界でも重宝される)


「薬草採取クエスト、王都の北約五キロにある清流の森ですね。ではご説明します」


 ミサキさんが地図を広げた。羊皮紙に手書きされた地図。GPSに慣れていたら最初は読み方で一苦労するだろうが、今は慣れた。


「採取が必要な薬草は三種類です。月草、太陽草、そして水蓮の根。それぞれ十個ずつお願いします」


「月草、太陽草、水蓮の根。十個ずつ」


「はい。まず月草は、夜に青白い光を放つ花です。森の入り口付近、日陰の湿った場所に生えています。早朝に採取するのが理想的です。花びらは五枚で、星のような形をしています」


「夜に光る……」


 アリアが目を輝かせた。「きれいだね」と小声でつぶやいている。


「次に太陽草。朝日に輝く黄色い花で、森の少し奥、日当たりの良い場所に群生しています。花びらは八枚、太陽に似た形をしています。こちらも早朝の光を受けた直後が、魔力が最も高い状態です」


「最後は水蓮の根です。森の中央にある小さな池の畔に生えています。ピンク色の花が咲いていて、根は白くて太い。根を掘り出す際は、傷をつけないよう注意してください。品質に影響します」


「なるほど。三種類それぞれに採取の場所も時期も違うんですね」


「そうです。特に月草は採取後の鮮度が重要で、昼までには薬舗に届けていただきたいので——早朝出発をお勧めします。月草は夜の光を蓄えているので、昼を過ぎると魔力が半減してしまいます」


(昼まで。タイムアタックか。プレッシャーの質は違うが、朝が勝負というのは変わらない)


「太陽草は朝日に当たった時が一番魔力が強いので、早朝に採取するのが理想的です。水蓮の根は時間帯を問いませんが、水辺なので足元に注意してください」


「危険な魔物はいますか」


 アリアが心配そうに尋ねた。その声には、森への不安がにじみ出ていた。


 俺も内心ドキドキしながら答えを待った。


 ミサキさんの表情が少しだけ真剣になった。


「基本的に平和な森ですが、スライムや小型の魔物は生息しています。稀に狼や熊に出くわすこともあるので注意が必要です。特に熊は縄張り意識が強いので、遭遇した場合は刺激せずにゆっくり後退してください。決して背中を見せないことが大切です」


「狼の場合は、群れで行動することが多いです。一匹見かけたら、近くに他の狼がいる可能性が高いので注意してください」


(狼の群れ。魔法が使えるし、エルフの身体能力もある。油断さえしなければ大丈夫なはずだ……たぶん)


「もしもの場合のために、こちらをどうぞ」


 カウンターの上に、小さな笛が置かれた。


「緊急用の呼び出し笛です。吹くと近くのパトロール隊が駆けつけます。ただし——乱用厳禁です。真に緊急の場合だけ使ってください」


「肝に銘じます」


「それから、薬草保存用の魔法袋をお貸しします。特殊な魔法加工がされていて、薬草の鮮度を保つことができます」


 魔法の袋を受け取る。手のひらに収まる大きさだが、中はかなりの容量がありそうだ。


(アイテムボックスみたいなやつか。異世界の技術、すごいな。真空パックとは根本から仕組みが違う気がする)


「報酬は銀貨五枚、期限は三日以内です。薬草をすべて採取して薬舗『緑の葉』に届けていただければ、報酬を受け取れます」


「三日以内か。時間は十分にありそうだね」


 アリアが安心したように言う。


「うん。初日で終わらせることを目指そう」


「素晴らしい意気込みですね。初心者の方でも、一日でできる分量ですので、無理なくこなせると思いますよ」


 ミサキさんの言葉に、少し安心した。


## クエスト受託


「では、このクエストを受けます」


 俺が告げると、ミサキさんが笑顔でうなずいた。


「承知いたしました。ギルドカードをお願いします」


 懐からカードを取り出す。手に触れた瞬間、少しだけ温かい気がした——気のせいかもしれないが、こういう感触は何回経験しても嬉しい。異世界のギルドカードは、ただの証明書じゃない。


 ミサキさんはカードを受け取り、専用の機械に通した。機械がカチカチと音を立てる。数秒後、カードが吐き出され——木の板が差し出された。


「クエストカードです。こちらをお持ちの上、薬草を採取し、薬舗にご提示ください。これで報酬を受け取れます」


 手のひらほどの木の板に、魔法の文字がうっすら浮かんでいる。


(これが仕事の証明書か。木の板なのに、なぜかこれが嬉しい。ファンタジーの世界の正式な証明書だからか。あるいは単純に、木という素材が「本物感」を醸しているのか)


「採取後は薬舗『緑の葉』にカードを提示していただければ、報酬を受け取れます。報酬は依頼主から直接お受け取りいただく形になります」


「わかりました。ありがとうございます、ミサキさん」


「お気をつけていってらっしゃいませ。何かあればギルドまで連絡ください」


 ミサキさんが深くお辞儀をする。


「緊急笛、使わなくて済むといいな」


 ギルドを出たところで、アリアが小声で言った。


「目指せ、笛使用ゼロで帰還」


「えへへ、頑張ろうね! セラとなら絶対大丈夫だよ」


「そう言ってくれると、なんか本当にできる気がしてくるな」


「当たり前でしょ? 私が保証するんだから」


(アリアの根拠のない自信が、不思議と俺の背中を押してくれる。こういう人が隣にいると、一歩が踏み出しやすい。転生してよかったと思う瞬間のひとつだ)


## 装備の確認


 宿屋「森の恵み亭」に戻ると、部屋の中が急に作戦会議の場に変わった。


 ベッドの上に装備を全部広げる。旅行用の背負い袋、水筒二本、保存食、魔法道具、そして先ほどもらった薬草保存用の魔法袋と緊急用の笛。


「チェックリスト、作っていい?」


 アリアがペンを取り出した。


「どうぞ。几帳面だね、アリア」


「これ大事だよ。エルフの森でも、採取に出る前は必ずリストを作ってたから」


「さすが、プロの意識だ」


「プロじゃないけど、準備の大切さは知ってるの」


(アリア、最初から信頼できるやつというのは、こういう地味な部分に出る)


「クエストカード、確認。薬草保存用の魔法袋、確認。緊急用の笛、確認。水筒は二本——一本は飲料用、もう一本は予備。食料はパンとチーズとドライフルーツ。軽くて栄養があるやつ」


「応急セットも必要だね。止血剤、包帯、消毒液」


「そうだ! 魔法で治癒できるけど、基本の処置もできたほうがいい。万全に」


(山岳登山でも言われる話だな。「万全の準備が最高の山登り」。今回もそれだ。ただし山じゃなく魔の森だけど)


「武器は?」


「私は杖。セラは剣と魔法の両方だね」


「うん。剣は腰につけて、魔法はすぐ詠唱できる状態にしておく。でも、基本は剣と杖で対処して、必要なときだけ魔法を使うようにしよう。魔力の節約のために」


「セラって慎重だよね」


「慎重すぎるくらいでいい。初クエストなんだから」


「うん、分かった。私も無理しない」


 アリアがチェックリストに丸をつけながら言う。その顔は真剣で、でも目はキラキラしている。この二面性がアリアらしい。真剣に準備して、楽しそうにもしてる。


「地図も確認しよう」


 広げると、王都の北に「清流の森」が示されていた。等高線が描かれ、月草の群生地、太陽草のエリア、そして中央の池の位置まで丁寧に記されている。


「まず入り口付近で月草。それから少し奥へ進んで太陽草。最後に池で水蓮の根。このルートなら効率がいい」


「そうだね。移動距離が短くなる」


「月草の鮮度が一番制限になるから、月草を最初に採取して、なるべく早く帰路につく。太陽草と水蓮の根は保存性が高いから、後回しでも問題ない」


「セラ、ちゃんと考えてるんだね。頼もしい」


「当たり前だろ。一応、リーダーとして考えたんだ」


「リーダーなの?」


「……まあ、二人なら俺が前を歩くのが自然だと思って」


「ふふ、セラらしいね。じゃあ私はリーダーの補佐だ」


「ナンバー2だ。大事な役だよ」


「えへへ、なんか嬉しい」


 朝は五時起床、五時半には出発という計画を立てた。


「五時か。早いね」


「月草の鮮度の関係で、できるだけ早く採取して帰ってきたいから。昼には薬舗に届けたい」


「わかった。じゃあ早く寝なきゃ。目覚まし、どうしようか」


「俺が起きる。エルフの感覚があれば、大体の時間はわかる」


「本当に? 寝坊しない?」


「……念のため、俺の横でアリアも起きてくれたら助かる」


「えへへ、じゃあ二人で起こし合おう」


(「寝坊しないように起こし合う」というのは、繁忙期の翌日に同僚とやったやつだ。当時は意識しなかったが、振り返ると案外悪くないコミュニケーションだったのかもしれない。……まあそれはいいとして)


「じゃあ、作戦会議はこれで終わり。あとは寝るだけだ」


「うん。明日のために、ぐっすり眠ろう」


「準備万端にして、早めに寝よう」


「うん。明日のために体力を残しておかないとね」


## 明日への準備


 夕食はシチューとパン、それにサラダだった。


 宿屋の夕食は毎回うまい。特にシチューはクリームシチューに似ていて、毎回ちょっと懐かしくなる。具は野菜と肉で、スープはクリーミー。パンはカリカリで中はふんわり。異世界に転生してよかったと思う要因の一つが、この食事のクオリティだ。


(転生しても結局うまいものに喜んでいる。まあ、うまいものを喜べる人間性は正しい成長と言うべきか。どっちだ)


「美味しいね」


 アリアがスプーンを口に運ぶ。と、口の端にシチューがついていた。


「アリア、口のところ」


「えっ」


 俺が指で示すと、アリアが慌ててナプキンで拭った。


「あ、ごめんね。恥ずかしい……」


「可愛いと思うよ」


「もう! からかわないで」


「からかってない」


 アリアが頬を膨らませたが、すぐに笑いに変わった。このテンポが心地よい。


「それにしても、明日が初クエストだね」


 アリアが少し落ち着いた声で言う。


「うん。ドキドキするけど、楽しみでもある」


「セラなら大丈夫だよ。私と共鳴魔法も使えるし、基本の魔法も完璧に練習してきたし」


「アリアが一緒なら百人力だ」


「百人力って多すぎない?」


「エルフの魔力換算だから」


「なにそれ」


 アリアが笑いながら俺の手をつかんだ。その手は温かく、少しだけ震えていた——いや、俺の手もちょっと震えてたから、お互い様か。互いに緊張してる初クエスト前夜。


(手、暖かいな。緊張してると体温が上がるんだ。まあ理由はなんでもいい。温かいものが温かいのは、それだけで充分だ)


「セラって、怖い物ってある?」


「怖い物? ……スライムが意外と怖い」


「え、なんで」


「ぶよぶよしてるのが嫌なんだ。感覚的に」


「ふふっ。じゃあ、スライムが出たら私が倒す。大きいクモが出たらセラが倒して」


「クモ系は俺が頑張る。分業体制だ」


「えへへ、これで怖い物もこわくない」


(分業体制。得意分野で補い合う、これが本気の話だ。実践的チームワーク、悪くない)


(アリアも緊張してるんだな。見かけは笑顔で元気いっぱいだけど、手の温度がそれを教えてくれる。エルフの手は普段もう少し冷たいはずだ。体温が上がってる。緊張の証拠だ。……でも、そういうアリアを見てると、妙に安心する。完璧じゃない相手と一緒にいるほうが、気楽になれる気がして)


「明日、楽しみだね」


「うん。絶対うまくいくよ。二人だから」


「二人だから、か。それが一番大事だな」


 夕食を終えて、もう一度ルートを確認してからベッドに入った。


 窓の外に、星が輝いていた。王都の空は森よりも光が多いが、それでも星は見える。流れ星が一つ、夜の闇を走り抜けた。


「セラ、願い事した?」


「したかも」


「何を?」


「秘密」


「ずるい。私も秘密にしよ」


「どうぞ」


 しばらくの沈黙。風の音。遠くで誰かが笑う声。


「おやすみ、セラ」


「おやすみ、アリア。明日、頑張ろう」


(明日が初クエスト。隣で眠る人がいて、魔法が使えて、剣もあって、木の板のクエストカードがある。アリアがいる。それだけで、なんか大丈夫な気がしてくる。……ただ、コンビニが恋しいのは変わらないんだけどな)


 まぶたが重くなっていく。


「おやすみなさい、セラ」


「おやすみ。明日、頑張ろうな」


「うん。絶対うまくいくよ」


 アリアの声が遠ざかっていく。眠りに沈む直前、窓の外に流れ星がひとつ走った。気がしただけかもしれない。でも、この世界の星は前の世界より多い気がする。見ている余裕がないだけで、たぶん夜空はもっとすごいことになっているんだろう。


(いつかちゃんと夜空を見よう。クエストが終わったら、それが次の目標だ)


 夢の中でも、俺は青白く光る月草を探して、清流の森を歩いていた。


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