第62話 特別任務の詳細
# 第62話 特別任務の詳細
## 理事長室での詳細説明
朝の理事長室への廊下は、いつもより静まり返っている気がした。
というか、実際静かだ。早い時間だし、廊下を歩く生徒もまばらで、俺たち四人の足音だけが響いている。
(決戦前の廊下みたいだ。なんか緊張する)
「緊張するね」
アリアが俺の隣でぽつりと呟いた。
「うん。でも大丈夫。四人ならできる」
「私は全然緊張してないよ!」
カトレアが前に出ながら言う。元気すぎる。先頭を歩いている。
「カトレア、落ち着いて。まだ説明を聞く段階だよ」
「えー、でも銀貨五百枚って言ってたよね? どのくらいの価値か試算してみたんだけど、私の借金のほぼ半額になって——」
「カトレア」
「わかってる、わかってる。聞くのが先だね! ギャハハ!」
(このドワーフ、ブレない。銀貨の計算を脳内でし始めてる。商人の血が騒いでいるんだろう。まあ、それがカトレアらしいけど)
扉の前で深呼吸をした。ノックすると、理事長の「どうぞ」という声。
「絶対大丈夫だよ」
アリアがひそひそ声で言った。手がほんの少し俺の袖を掴んでいる。
「わかってる」
(正直、心臓が早鐘を打っている。この感じ——大事な場所に呼ばれる前の、ぴりりとした緊張感だ)
「ギャハハ、さっさと入ろうぜ! 銀貨が逃げていく!」
「カトレア、声がでかい」
「あ、ごめん。——でも早く!」
扉を開けると、広い理事長室が現れた。壁一面の本棚、豪華なシャンデリア、窓から見える学園の風景。部屋の中央に立つ長髪の理事長は、昨日と変わらず優雅だった。その背後の棚には分厚い文献が並び、窓の外には学園の白い塔がそびえ立っている。
「四人で来てくれたのね。ようこそ」
「はい、よろしくお願いします」
四人でソファに腰かけた。理事長が向かいに座り、真剣な表情で語り始める。
「特別任務の詳細を説明します。場所は王都北部にある廃墟です」
廃墟。その言葉に、心が少し高鳴った。
「その廃墟は、かつて古代エルフが住んでいた場所だと言われています。彼らが残した遺産——強力な魔法の道具や、失われた魔法の知識——が眠っている可能性があります」
「遺産、ですか」
「そう。学園としても、その価値を高く評価しているの」
理事長が地図を広げた。王都の北、森林地帯の奥に赤い印がついている。
「過去、何度か探索が行われましたが、完全な調査には至っていません。魔物が生息していること、古代の仕掛けが作動している可能性があること——それらが障害となっています」
「危険、ですね」
「その通り。だからこそ、君たちのような実力者が必要なんです」
リリナが真剣な表情で質問した。
「具体的に、どのような遺産があるのでしょうか?」
理事長が少し考えてから答える。
「定かではありませんが、過去の探索者は『魔力の結晶』『古代の文献』『魔法を増幅する装置』の痕跡を報告しています。中でも魔力の結晶は、現代の技術では作成不可能な純度だと言われています」
魔力の結晶。古代エルフの技術。
(自分の正体の手がかりになるかもしれない——と思ったが、口には出さないでおく。転生者であることは秘密だ)
しかし、魔力の結晶という言葉が頭の中で引っかかる。魔力の結晶——俺の体内にある魔力と何か関係があるのだろうか。古代エルフが作った純度の高い結晶と、俺の異常な魔力量。繋がっている気がした。根拠はないが、エルフの直感というやつかもしれない。
「それは……本当に、現代の技術では作れないんですか?」
「ええ。千年前の技術は、多くの部分が失われています。だからこそ価値があるわけですが」
(千年前か。この世界ではそれほど昔でもないのかもしれないが、俺には想像しがたいスケールだ)
「任務の期間は?」
「基本的には日帰りを想定しています。ただし状況によっては野営が必要になる可能性もあります」
「報酬は?」
カトレアの目が輝いた。
「学費の全額免除。それに特別奨学金として銀貨五百枚。任務の成果によっては上乗せもあります」
「銀貨五百枚!?」
カトレアが飛び上がりそうになる。俺は横から軽く肩を押さえた。
「条件はありますか?」
「二つ。第一に、任務の内容は秘密にすること。第二に、発見した遺産はすべて学園に提出すること。ただし価値に見合った報酬は必ず用意します」
秘密。納得できる条件だ。古代の遺産は誰もが欲しがる。情報が漏れれば争いになる。
「わかりました。引き受けます」
「ありがとう。頼もしいね」
理事長は満足げに微笑んだ。その笑顔には、どこか緊張した影が混じっていた。「頼もしい」と言いながら、少し心配しているのかもしれない。そう思うと、この任務の危険さを改めて実感した。
(信頼を寄せながらも心配する——その矛盾した表情には、任務の重さが滲んでいた)
「出発は明日の朝。装備の補充が必要なら学園が支援します」
「それと、ギルドで最新情報を確認したいのですが」
「もちろん。準備を十分にして」
四人で理事長室を出た。廊下に戻ると、アリアが俺の腕にしがみついてきた。
「セラ、できるよね」
「うん、四人なら大丈夫」
「……怖い?」
アリアの声は小さかった。本人も怖がっているのかもしれない。
「少しはね。でも四人いるし、準備もしっかりやる」
「うん。私も怖いけど——セラと一緒なら、大丈夫な気がする」
(えへへ、と笑う声が聞こえそうだったが、今は笑っていなかった。真剣な目をしていた。そっちの方が、なんか胸に刺さる)
カトレアがぽんと俺の肩を叩いた。
「任せなさい! 私の商才とドワーフの知識で、最大の成果を上げてやるよ!」
「カトレア、商才はこの任務にはいらないと思うけど……」
「えー? 交渉術だって重要だよ? 古代の遺産の価値を鑑定するのに」
リリナが小さく笑う。
「カトレアさんらしいですね」
「でも実際、遺産の価値鑑定は大事です。持ち帰るものと置いていくものを選別するのに、目利きは必要かもしれませんよ」
「リリナ! 私のこと認めてくれた!!」
「褒めてはいません」
四人で笑い合う。廊下の冷たい空気が少し和らいだ気がした。廃墟への不安はある。でも、四人の絆があれば——どんな困難も乗り越えられる。
## 図書館での調査
図書館の静寂が、思考を澄ませてくれる。
古代エルフに関する棚の前で、俺は一冊ずつ本を手に取った。
「『古代エルフの魔法体系』……『失われた遺産の記録』……」
アリアも隣の棚で資料を探している。リリナはメモを取りながら専門書を熟読している。カトレアは——というと。
「……Zzz……銀貨……五百枚……」
寝ている。
(図書館の静かさが眠気を誘う——誰でも起きうることだが、任務前日にやるとは。さすがカトレアというか何というか)
「カトレア」
「……Zzz……五百枚……返済……うふふ」
幸せそうな寝顔だ。夢の中でも借金返済の計算をしているらしい。ある意味すごい。
「セラ、これ見て」
アリアが一冊の本を持って近づいてきた。『王都北部の廃墟:歴史と伝説』というタイトルだ。
「この廃墟、千年前に作られたそうです」
「千年前……」
(千年。歴史の重みが、頭の中でじわりと広がる)
「『古代エルフが、魔力の源を求めて築いた』と書いてあります。彼らは、自然との調和を重んじていたんですね」
「自然との調和……エルフの森で学んだことと重なるな」
「ここに廃墟の構造の説明もあります」
アリアが指差すページには、地下の構造図が描かれていた。
「地下三層まであるらしいです。一層は居住区、二層は儀式の間、三層は——」
「三層は?」
アリアは少し考えてから答えた。
「『最も深い秘密が眠る場所』としか書いてありません。詳しくは現地で確認する必要がありそうです」
三層の秘密。
(「最も深い秘密が眠る場所」——引力を感じる言葉だ。行くなと言われても行かずにはいられない。そういう類の場所だと直感が告げている)
本を閉じ、隣のページを捲る。挿絵には廃墟の外観が描かれていた。蔦に覆われた石造りの塔、崩れかけた壁、千年分の沈黙が染み込んだような廃墟の姿。
それを見ていたら、胸の奥が締め付けられるような感覚が走った。見覚えがあるとは言えない。でも、知っている気がする——そんな奇妙な感覚だ。
「リリナ、何か発見は?」
リリナがメモを見ながら答える。
「過去の探索記録によると、廃墟には『仕掛け』が多数あるそうです。特に二層への通路には『試練』が用意されているとか」
「試練ね。ただの宝探しじゃないのか」
「『古代の言葉に答える者のみ、通過を許される』……そう書いてあります」
「古代の言葉?」
俺が眉をひそめると、リリナは少し不安そうに頷いた。
「私、古代エルフ語は勉強したことありますけど……自信ないです」
「大丈夫。リリナならできるよ」
俺が励ますと、リリナは少し顔を赤らめて頷く。
「カトレア、起きて」
カトレアを揺らすと、彼女はぱっと目を覚ました。
「あ、もう終わり? 銀貨五百枚……」
「カトレア、資料は調べた?」
「え? あ、うん! 仕掛けの解除、私に任せて! ドワーフは生まれながらに石と機械を理解する種族だから!」
「寝てたよね、今まで」
「うるさい! 内職しながら情報収集してたの!」
(内職しながら情報収集。この言い訳、構造的に完璧だ。反論できない作りになっている)
カトレアは自信満々に胸を張る。確かに、ドワーフの洞窟で見せた罠解除スキルは頼りになる。
「では役割分担を整理しましょう」
俺が提案し、四人で顔を見合わせた。
「セラがリーダー兼戦闘要員。アリアが魔力感知と補助。リリナが古代文字の解読。カトレアが仕掛けの解除——」
「完璧!」とカトレア。
「あと、危険なこともあります」
俺が真剣な表情で続けた。
「廃墟には魔物が生息している可能性がある。過去の探索者の中には行方不明になった人もいる。油断は禁物だ」
三人の表情が引き締まる。アリアが俺の手を強く握った。
「私、セラを守る」
「アリア……」
「私も、四人で帰ってきましょう」とリリナ。
「へへっ、私の石砕きで、どんな魔物も粉砕してやるよ!」とカトレア。
四人で拳を合わせた。
## 装備の準備
道具屋のカウンターで、カトレアが交渉していた。
「店主さん、これ、もう少し安くしてよ!」
「お嬢ちゃん、これ以上は無理だよ。仕入れ値を下回る」
「えー、ドワーフの集落ならもっと安いよ? 私、知ってるんです!」
カトレアの値切り交渉は凄まじい。店主は額に汗を浮かべながら、最終的に二割引で屈服した。
「はい、ポーション三本、解毒剤二本、ロープ三十メートル、松明——合計銀貨三枚と五十銭」
「高い!」
俺が思わず口にすると、カトレアが得意げに笑う。
「セラ、これでも安くなったんだよ? 元は銀貨四枚だよ」
「そうなんだ……」
(二割引。すごい。この子の交渉術は本物だ。こういう才能は正直羨ましい)
アリアがポーション瓶を手に取った。赤い液体が揺れる。
「これ、質が良さそうね。成分が均一だわ」
「お嬢さん、目が高いですね。魔法学園推奨品ですから」
店主が補足する。ラベルには学園の紋章——銀の杖と月——が入っていた。
ギルドに到着すると、受付嬢のミナが微笑んで迎えてくれた。
「セラさん、こんにちは。今日はどうされました?」
「こんにちは、ミナ。明日の遠征の準備です」
「遠征、ですか? まだFランクですが……」
「学園の特別任務です」
「ああ、そうなんですね。学園から聞いてました。なら特別に」
ミナが保存食や照明魔法具など必需品を案内してくれた。掌に収まるほどの小型照明具は、魔力を込めると六時間持続するという。
「便利だね」とアリア。
「それから——」
ミナが少し声を落とした。
「廃墟について、情報があります。最近、夜になると廃墟の奥から青白い光が見えるらしいんです。地響きがすることもあるとか」
青白い光。地響き。
(不吉な前兆だ。でも行かないわけにはいかない。覚悟の問題だ)
「怪我をされた冒険者さんもいらっしゃいました。先週、『何かに追われていた』とおっしゃって、担架で運ばれてきました」
「怪我を?」
「はい……。ですから、十分にお気をつけて」
ミナの忠告に、俺は心から感謝した。
商品を受け取り、ギルドを出た。西の空に最初の星が瞬き始めていた。
## 寮での作戦会議
寮の部屋で、四人が円になって座っていた。
床には地図が広げられ、その周りに今日揃えた装備品が並んでいる。部屋の照明が温かい光を放ち、四人の顔を柔らかく照らしていた。
「武器の確認——セラは杖、アリアは短剣、リリナは魔導書、カトレアはハンマー」
「ポーション三本、解毒剤二本、照明魔法具一つ、ロープ三十メートル、食料三日分、水三日分」とリリナがメモを確認する。「不足はないと思います」
「地図の確認」
カトレアが地図に指を這わせる。ドワーフ特有の太い指が紙の上を滑った。
「王都から北へ。街道を進み、森を抜けると廃墟が見えます。徒歩で約三時間——」
「三時間……」
アリアが少し不安そうな顔をする。
「森の中にも魔物がいるらしいです。オーク、ゴブリン、それに狼も」
「大丈夫。四人なら大丈夫」
俺が励ますと、アリアは少し笑顔を取り戻した。
「連携魔法の確認」とリリナ。
「聖三角はできるよね? 私たち三人で」
「うん、問題ない」
聖三角——三人の魔力を合わせて作る三角形の陣。守りの魔法として、何度も命を救ってくれた。
「フレイムウィンド、アクアストリーム——セラとの融合魔法も練習したばかりです」
「危険な時は迷わず使おう」
カトレアがハンマーを撫でた。石砕き(ストーンブレイカー)——ドワーフの誇る戦闘用ハンマーだ。
「私が前線で守るから、後ろから魔法を撃ってて」
「カトレア、突っ込みすぎないでね」
「へへっ、ドワーフの身体能力、見ててよ! 私の集落じゃ、これが子供の遊び道具だよ!」
「それは誇張だよね……」とリリナが苦笑いした。
「で、具体的な作戦は?」とカトレア。
「まず王都から街道を進む。森の入口まで約一時間。森の中は約二時間。廃墟は森の奥にある」
地図を見ながら、詳細を説明していく。
「廃墟の構造——地下三層。一層は居住区、二層は儀式の間、三層は『最も深い秘密』。まず一層で状況を確認して、問題がなければ二層へ」
「三層が怪しいね」とカトレア。
「でも一層と二層も危険です」とリリナ。
「私が前方で魔力を感知します。変な魔力の動きにも気づけます」とアリア。
「アリア、頼りになるね」
「あと、緊急時の合図は?」
「笛——合図があれば、すぐに集合。危険なら撤退。無理は絶対にしない」
「了解!」
三人が頷く。
部屋の雰囲気は和やかだが、不安も完全には消えない。明日の任務——古代の遺産、魔物、仕掛け、試練。予想できない危険が待っている。
「でも、四人ならできる」
俺が宣言した。
「今まで数々の危機を乗り越えてきた。四人の絆があれば勝てる」
「私、セラを守る。絶対に」とアリア。
「私も、全力で頑張ります」とリリナ。
「借金返済のためにも——! 頑張ります!!」とカトレア。
三人の決意を聞き、俺は深呼吸をした。
「四人で行って、四人で帰ってくる。約束だ」
「約束!」
三人が声を揃える。
## 出発前夜の決意
夜更け。三人が寝息を立てている中、俺は静かにベッドから起き上がった。
窓辺に立ち、夜空を見上げる。星が瞬いている。無数の星々が、遠くの世界から光を届けていた。
「九十六日……」
口に出してみる。転生から三ヶ月少し。短いような、長いような。
(この三ヶ月、密度が違いすぎる。毎日何かが起きていた。毎日誰かと笑って、誰かを守って、何かを学んでいた)
俺は自分の腕を見た。銀髪、尖った耳——エルフの姿。でも、中身は転生した人間だ。
「自分は、本当に古代エルフの生まれ変わりなのか?」
長老はそう言っていた。学園の教授も、古代エルフとの関連を示唆していた。異常な魔力量——平均の五倍以上。それは古代エルフの特徴だと言われていた。
「もし本当に古代エルフなら——自分の正体は何だ?」
記憶はない。古代エルフとしての記憶は欠落している。ただ、身体だけがその記憶を保持している——そんな気がすることもある。
「明日の廃墟探索——自分の正体の手がかりが見つかる」
(そう決めた。「かもしれない」で逃げるのはやめた。この世界に来てから決断の質が変わった。進むしかない。それだけだ)
俺は窓の外、廃墟の方角を見た。遠くに霞む森の影。その奥に、古代の遺産が眠っている。
「アリア、リリナ、カトレア——三人がいてくれたから、ここまで来れた」
一人では、ここまでできなかっただろう。
「明日は、四人でそれを証明する」
その決意を新たにした。
窓の外、遠くに霞む森の影。風が吹いて、木々がざわりと揺れる。まるで廃墟が呼んでいるみたいだ。
(引力みたいなものを感じる。「そこへ行かなければならない」という確信——こんな感覚は初めてだ。でも今は迷わない。自分の意志で行きたい。そう思ってる)
「まあ、怖いけどな」
一人で呟いた。正直に言えば、怖い。魔物がいる。古代の仕掛けがある。行方不明になった探索者もいる。怖くないわけがない。
でも、図書館で見た廃墟の挿絵が頭から離れない。あの石造りの塔。崩れた壁。千年の静寂に眠る、古代の何か。
自分がそこへ行く意味があると——何かが告げている。
でも、行く。四人で行く。
「寝よう」
俺は窓辺を離れ、ベッドに戻った。
目を閉じると、三人の顔が浮かぶ。アリアの笑顔、リリナの恥ずかしそうな表情、カトレアの元気な声と、夢の中でも「銀貨五百枚」を呟いているであろうドワーフの姿。
「四人なら、どんな困難も乗り越えられる」
そう信じて、眠りについた。
遠くで、鐘の音が鳴り響いている。夜明けが近い。まだ暗い空に、最後の星が瞬いていた。
明日の廃墟探索——新しい冒険が、四人を待っている。
(寝る前にカトレアが「銀貨……返済……」と寝言を言っているのが聞こえた。このドワーフ、起きても寝ても金の話だ。ある意味、一番ブレない人間だ。——少し笑って、目を閉じた)




