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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第61話 新たな冒険の始まり

# 第61話 新たな冒険の始まり


## 旅立ちの朝


 転生九十五日目。


 ……のっけから言うが、転生してそろそろ三ヶ月だ。そんな話、佐藤カズヤ享年二十九歳のしがないサラリーマンが聞いたら卒倒する。異世界、エルフ、魔法。全部ある。


(しかも美形エルフに転生してるし、幼馴染は美少女で、魔力は平均の五倍。どこのなろう系だ)


 窓の外、春の光が差し込んでくる。学園の白い塔が朝焼けに染まり、どこかから鳥の声がする。実に清々しい。実に異世界らしい。


 俺はベッドから起き上がり、机に向かった。日記帳を開く。ペンを持つ。


『転生九十五日目。新たな冒険の始まり』


 昨日は色々あった。アリアとの桜の下の抱擁、図書館でのリリナとの対話、道具屋でのカトレアの笑顔。三ヶ月前の俺にはOLの女の子に話しかけるのさえ緊張していた。今は三人に囲まれて朝を迎えている。文字通り別の世界の話だ。


 一方で、女装コンテストの余波がまだ続いている。廊下を歩けば「あの美少女」扱い。本人は不機嫌演技が売りの金髪エルフのはずなのだが。


(居酒屋の隣のサラリーマンに「そんな顔してたら損だよ」と言われたことがある。意味がわかった。要するに顔が良すぎるということだ)


 鏡の前で、セラ・ウィスパーウィンドの顔を確認する。銀髪。尖った耳。整いすぎた顔立ち。


 ……これが俺か。


 九十五日経っても慣れない。


「よし、行くぞ」


 制服に袖を通しながら、小さく呟く。窓の外の白い塔を見上げた。新たな日々の始まり。期待と、少しの不安と、それから——


(腹が減っている。英雄も転生者も、朝ごはんには逆らえない)


 部屋を出た。


 廊下は静かだった。まだ早い時間で、他の学生の姿はまばらだ。寮の階段を降りながら、俺は今日の予定を頭の中で整理する。授業、昼休み、放課後。新しい冒険が始まるとはいっても、日常は続く。


 食堂で朝食をとった。パンとスープ。温かい食事を席に座って食べられる。これで十分だ。


(こういう小さな違いが積み重なって、「今の生活の方が断然いい」という確信に変わっていく)


 食事を終えて、また外に出た。春の空気が肺を満たす。白い塔が朝陽に輝いている。


## 学園の廊下


 廊下というのは、情報が飛び交う場所だ。


 学園でも同じらしい。廊下でのすれ違い際のひそひそ話の方が情報が濃い。


「ねえ、あの人でしょ」「女装コンテストの」「優勝者だよ、見て」


 通り過ぎる女子生徒たちの声が耳に届く。エルフの聴覚は鋭い。鋭すぎる。聞きたくない情報まで拾ってくる。


(こんな耳、いらん)


「セラ!」


 後ろから声がかかった。


 振り返ると、アリアだった。制服姿で走り寄ってくる。金色の髪が朝の光の中で揺れている。そうだ、アリアは金色だった。朝から混乱している場合じゃない。


「おはよう、アリア」


「おはよう! 大丈夫? 視線すごいよね」


「うん。でも慣れてきた。気にしないようにしてる」


「……よかった」


 アリアがほっとしたように腕に手を回してくる。その途端、魔力が少し安定するのを感じた。不思議な感覚だ。「そばにいるだけで魔力が安定する人」などという概念は、魔法のある世界でしか成立しない。


「ねえ、セラ」


「ん?」


「無視しよう。みんなのこと、気にしなくていいの。私がそばにいるから」


「……ありがとう、アリア」


 廊下の角を曲がると、リリナとカトレアが待っていた。


「お待たせ、セラ!」


「リリナ、カトレア、おはよう」


「おはよう! 朝から元気よ!」


 カトレアが明るく手を振る。彼女の笑顔は太陽みたいに眩しい。ドワーフってこんなに快活なのか、それとも彼女が特別なのかは不明だが、廊下の空気が一気に明るくなるのは確かだ。


「待っててくれたんだね」


「当たり前だよ。セラが一人で辛い思いをするのは、見過ごせない」


 リリナが静かに、でもはっきりと言った。その目には揺るぎない光がある。


(こういう人間が周りにいると、残業続きでも乗り越えられる気がする。……いや、今は残業なんてないか)


「ありがとう、みんな」


「感謝しなくていいよ。私たちはチームだもん」


 カトレアが背中をバンと叩いた。その力強さに、笑いがこぼれる。ドワーフの膂力をナメてた。


 四人で並んで歩き出す。


「ねえ、セラ。今日の放課後、四人で中庭でお弁当どう? 私、作ってくるから」とアリア。


「いいね! 私もデザート持参で!」とカトレアが目を輝かせる。


「私は飲み物を用意するね」とリリナ。


「俺も何か手伝うよ」


「セラは食べるだけでいいの」


 リリナのつっけんどんな返しに、四人で笑い合った。その笑い声が廊下の冷たい空気を溶かしていく。


(昼飯は一人でコンビニのパスタだった頃が、なんか遠い昔のことみたいだな)


 教室に入ると、一瞬で静まり返った。全員の視線が集まる。


「平気だよ」


 アリアが小さく呟き、手を握ってくれた。


 その温かさがあれば、冷たい視線なんて怖くない——などというと格好いいが、実際には少し怖い。ただ、三人がいると全然違う。孤独とは、一人で感じるものだ。三人がいる限り、それは孤独ではない。


 授業が始まると、さすがに視線は収まった。先生が喋り始めれば、注目は黒板に向く。これは世界が違っても変わらない。


 今日の授業は魔法理論だった。リナ先生が教壇に立ち、古代の呪文体系について説明する。


「はい、今日は古代エルフの魔法理論について学びます。古代エルフは、現代のエルフとは異なるアプローチで魔力を扱っていました」


(古代エルフの話は、自分の正体に直接関わるかもしれない。眠れるわけがない)


「古代エルフは魔力を『流れるもの』として扱い、現代のように『点として凝縮する』のではなく、空間そのものに広がらせていたと言われています」


「空間に広がらせる……」


 思わず独り言が出た。アリアが隣でちょっと笑った。


「セラ、集中してる」


「うん。なんか聞いたことある気がして」


(聞いたことある、というか、感覚として知っている気がする。俺が魔法を使う時の感覚に、その「空間に広がらせる」という概念が近い。古代エルフの転生者、という話が本当なら——いや、授業に集中しよう)


## ミサトとの遭遇


 昼休み。中庭のベンチに一人で座っていた。


 アリアたちは昼の授業があるため、一時的に分断されている。カトレアが「報告待ってるよ!」と言い残して去っていったのは二十分前だ。


 木漏れ日の下で弁当を開ける。おにぎり、卵焼き、漬物。三人の愛情が詰まった弁当だ。断然うまい。


「また一人かよ」


 背後から声がかかった。


 ミサトだった。


 長い黒髪。鋭い眼光。堂々とした立ち姿。制服姿でも、その迫力は少しも損なわれていない。


「ミサト。お前も一人かよ」


「あんたね。私が一人かどうかなんて、関係ないだろ」


 ミサトは隣のベンチにドカッと腰を下ろした。


(この人、なんで毎回隣に座るんだ。座りたいなら普通に「隣いい?」くらい言えばいいものを。……いや、言うタイプじゃないな。絶対に言わないタイプだ、これは)


「相変わらず人気者だね、セラ」


「こっちから言うなよ。お前こそ、周囲に壁作ってる」


「余計なお世話よ」


「……まあそれはそうか」


「それより、女装コンテストの優勝者はどんな気分だ?」


「頼む、その話はやめてくれ」


「ははは、悔しいかよ。顔が良すぎるのが悪いんじゃね?」


 ミサトがからかうように笑った。俺は深いため息をついた。


(「シュッとしてるのに何でそんなに地味なんですか」と昔言われたことがある。今ならわかる。要するにセラの顔面の話を延々とされているということだ)


「お前、相変わらず性格悪いな」


「お前こそ。不機嫌キャラ演じて楽しい?」


「楽しくはないが、演じてるわけじゃ——」


「ははは、そっくりそのままお返しするよ」


 二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。


 犬猿の仲。でも、転生者同士という秘密の絆がある。言葉にしなくても通じ合う部分が確かにある。守備隊の仲間同士がなんとなくわかり合えるのと似た感覚だ——などと思ったが、それも転生知識か。まあいい。


「ねえ、セラ」


「ん?」


 ミサトが少し表情を変えた。からかいが消えて、真剣なトーンになる。このギャップがなんか怖い。


「学会で話題になってるよ。古代エルフ学会」


「学会? 初めて聞くな」


「転生者や古代の魔法を研究する者たちが集まる秘密の組織。お前のこと、特に話題になってる。『平均の五倍の魔力を持つエルフ』として」


「……入試の測定結果、そんなとこまで行くの?」


「行くんだよ。でも心配しなくていい。学会はお前の味方だ。転生者を保護する役割もある」


 俺は少し考えた。


 転生者を保護する組織。転生者が自分一人じゃない世界。転職者向けの互助組織みたいなものか。いや、全然違う。もっとファンタジーだ。


「何人くらいいるの?」


「正確な数は秘密。でも王国全体で数十人はいる。学会の会員はその中でも魔力の高い者たちだ」


「数十人……」


(思ってたより多い。俺が最初の転生者じゃなかった。少し寂しいような、でも心強いような、不思議な感覚だ)


「お前も学会に入ってるのか?」


「入ってる。Sランククエストをクリアする実力は、学会でも評価されてる」


「ふうん、すごいじゃないか」


「あんたも誘われたら入ったらどうだ。力を隠し続けるのも限界がある」


「考えておく」


「まあいい。いつでも声をかけてやる」


 ミサトは立ち上がった。その立ち方にも騎士の風格がある。


「じゃあ、また」


「お前こそ、一人で飯食うのやめて誰か誘えよ」


「あんたね」


 ミサトは背中を手で振り、去っていった。


 学会という言葉が、頭の中に残っている。新しい世界の広がり——この先の冒険は、予想以上に奥が深そうだ。


 弁当の卵焼きを一口食べる。アリアの卵焼き、ちょっと甘めで美味しい。


(異世界転生すると飯が格段にうまくなる。本当だ)


 桜の木の下で、俺はしばらく空を眺めた。春の雲がゆっくりと流れていく。遠くから鐘の音が聞こえてきた。


 ミサトの言っていた「学会」という言葉が、頭の中でずっと響いている。転生者を保護する組織。王国全体で数十人の転生者。


(考えれば考えるほど、この世界は深い。エルフの森にいた頃は「まずは生き残る」ことだけを考えていた。学園に来て、冒険者になろうとして、今度は古代の遺産の話まで出てきた)


 弁当の最後のおにぎりを食べ終えた頃、アリアが走り寄ってきた。


「セラ! ここにいたんだ。探したよ」


「昼休み、一人で食べてた。ミサトが来てたよ」


「ミサト……また何か言われた?」


「いや、今日は情報提供してくれた。『学会』って組織の話。転生者に関わる話だ」


「転生者の……」


 アリアが少し難しい顔をした。転生者の話は、アリアにとっても他人事ではない。俺が転生者だと知っている数少ない人物の一人だから。


「後で詳しく話すよ。今は授業に戻らないと」


「うん、でもあとで絶対話して」


「約束する」


## 理事長の呼び出し


 午後の授業が終わりに差し掛かった頃、教室のドアが開いた。


「セラ・ウィスパーウィンド、理事長室へ」


 教室中の視線が一気に集まった。「山田さん、社長室へ」的な呼び出し。あの時は書類のミスだった。今回は何だ。


「大丈夫だよ、すぐ戻る」


 アリアたちに微笑んで、立ち上がる。廊下に出た瞬間、ひそひそ声が聞こえた。「また呼ばれた」「何かあったの」。


(廊下でひそひそ話をされるのは今も昔も変わらない。内容は全然違うけど)


 理事長室は学園の最上階にある。豪華な扉の前に立って、深呼吸をした。ノックすると、「どうぞ」という声が返ってきた。


 入ると、広い部屋が広がっていた。大きな窓からは学園全体が見渡せる。白い塔、広場、教室棟、寮。全部、上から見るとこんなに小さいんだな。


 部屋の中央に、理事長が座っていた。長い金髪を流し、優雅にこちらを見ている。その目には鋭さと知性が同居している——と同時に、女装コンテストで「よく似合ってるわよ!」と言いながらドレスを押し付けてきた人物でもある。


(あのピンクのドレス、一生忘れない。忘れたいけど)


「セラ、来てくれてありがとう」


「はい。何かご用でしょうか」


「良いニュースがあるの。女装コンテストの優勝賞品についてよ」


「……あの話ですか」


「後日連絡すると言っていたでしょう? 準備に時間がかかってしまって、ごめんなさい」


 理事長が机の上の封筒を手に取った。学園の紋章入り。高級感がある。中には手紙とカードが入っていた。


『特別任務の依頼状』


「特別任務?」


「ええ。学園が抱える特別な問題を解決するための任務よ。報酬として、学費の全額免除と特別奨学金を支給するわ」


「学費の全額免除!?」


 思わず声が出た。奨学金という名の借金を全額チャラにするような話だ。破格すぎる。


「そして、成功すれば追加の報酬も。カトレアの借金問題にも役立つかもしれないわよ」


(この人、カトレアの借金まで把握してる。理事長、情報網すごいな)


「なぜ私が?」


「古代エルフの転生者だからよ。この任務には、古代の知識が必要なの」


「任務の内容は?」


「王都北部の廃墟に眠る古代の遺産を回収すること。危険を伴うけれど、あなたの力ならできると思う」


 古代の遺産。古代エルフに関する遺産。自分の正体を知る手がかりになる——確実になるだろう。


「……やります」


「賢明ね。詳細は明日説明するわ。準備しておいてね」


「はい、わかりました」


 理事長室を出た瞬間、廊下で深呼吸した。心臓が少し早鐘を打っている。


 新しい冒険が始まる。


 廊下に一人立って、少し考えた。


 女装コンテストの賞品が「特別任務の依頼」というのは、なかなかシュールな展開だ。くじ引きの一等賞が「過酷な出張」みたいな話だ。でも、報酬を考えれば割が合う。学費の全額免除に追加奨学金。カトレアの借金の解決にも繋がる。


(やるしかない。というか、やりたい。古代エルフの遺産——自分のルーツに触れる可能性がある。セラ・ウィスパーウィンドとしてのルーツを知るチャンスだ)


 授業に戻りながら、頭の中で準備リストを作り始める。装備の確認、魔法の練習、三人への説明。やることは山ほどある。


## 決意の夕暮れ


 夕方、寮の自室に四人で集まった。


 夕暮れの光が窓から差し込み、部屋をオレンジ色に染めている。俺はとりあえず理事長室での話を伝えた。


「特別任務。古代エルフの遺産の回収。報酬は学費の全額免除と特別奨学金」


 話し終えた瞬間、カトレアが飛び上がった。


「借金返済に!? やるよ! 絶対やる! 銀貨千枚の借金、これで道が開ける!!」


「カトレア、落ち着いて」


「ギャハハ! 落ち着いてられるか! 金になるなら、絶対に!」


(予想通りの反応だ)


 アリアが真剣な顔をした。


「危険じゃないの?」


「理事長はそう言ってた。でも、四人ならできると思う」


「セラを守れるなら、私は何でもする」


 リリナも静かに頷いた。


「古代エルフの遺産なら、セラに関わるものだから。私も知りたい」


「俺も賛成。古代の遺産なら、私のドワーフとしての知識も役に立つよ」


 カトレアが胸を張った。どこかで「借金」という言葉を発した直後なのに、妙に格好いい。


「四人でやるぞ」


 俺は決意を込めて言った。


「冒険者としての最初の大仕事。四人で全力で取り組もう」


「うん、やるぞ!」


「全力で頑張りましょう!」


「金になるなら、絶対に!」


 四人で手を重ねた。アリアの温かい手、リリナの小さな手、カトレアの力強い手。


(こういうチームワーク的なことを、格好いいと思うようになった。俺が変わったのか、三人が変えたのか)


「明日、理事長から詳細を聞いて、改めて相談しよう」


「準備も必要だね。装備、魔法の練習、役割分担」


「私、商売の知識で役に立つよ。廃墟の遺産、価値の見分けもできるし」


「カトレアは宝の目利きか。冒険者というより商人だな」


「えへへ、ドワーフはそういうもんよ!」


 四人で笑い合った。


 窓の外で、星が瞬き始めている。夜の帳が下りようとしていた。


 転生九十五日目が終わろうとしている。今日一日だけでも、ミサトとの再会、理事長からの依頼、四人の決意——新たな冒険の幕は、確かに開いた。


「みんな、ありがとう」


「何を?」とアリア。


「そばにいてくれること、全力でサポートしてくれること。全部に感謝してる」


「セラこそ、私を選んでくれてありがとう」


「四人でいると、幸せだね」


「金になっても、ずっと一緒だよ!」


 カトレアの最後の一言が、なんとなく一番正直で、一番カトレアらしかった。


(「幸せ」という言葉が、こんなに自然に出てくる場所になった。それだけで転生して来た甲斐があると思う)


 目を閉じると、三人の笑顔が浮かんだ。


「ねえ、セラ」


 アリアが小さな声で言った。


「ん?」


「明日も絶対一緒にいるからね」


「……わかった」


 その一言が、なんとも言えず温かかった。胸の中心が、ぽっと灯るみたいに。


 明日も、また新しい一日が始まる。


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