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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第57話 女装コンテストの噂

# 第57話 女装コンテストの噂


## 噂の広がり


 転生七十二日目の朝。


 食堂に入った瞬間から、空気がおかしかった。


 なんというか、生徒たちがざわざわしている。いつもの朝のざわめきではない。ひそひそ話が、あちこちで起きている。妙に興奮した顔と、妙に気の毒そうな顔が混在していた。


(何かあったか。守護隊でいえば「大型魔物が出た」という情報が広まった時の空気に似てる。あの時の胃が痛くなる感じがしてきた)


「おはよう、ミナ! 今日、なんか雰囲気おかしくない?」


 アリアが隣のテーブルのミナに声をかけた。


「あっ、みんな聞いた? 女装コンテスト!」


「……は?」


 俺とアリア、リリナ、カトレアの四人が同時に固まった。


「女装コンテスト! 学園の伝統行事なんだって! 毎年、新入生の中から美形男子が選ばれて、強制参加させるらしいよ!」


 ミナが目を輝かせながら言う。目を輝かせてるこいつが参加するわけではないだろうに、このテンションの高さはどういうことだ。見る側はいつだって元気だ。


「……」


 俺の心が完全に停止した。


 女装コンテスト。強制参加。美形男子。


(……美形男子?)


(美形男子って……もしかして……)


「セラ? 顔色が真っ白になってるよ? パン、食べてる?」


 アリアが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「い、いや……なんでも……」


「「何でもなくはないよね!?」」


 アリアとカトレアが同時につっこんだ。


(シンクロしなくていい。俺の動揺をこれ以上増幅させないでくれ)


「強制参加って、本当に強制なの?」


 リリナが冷静に聞く。この場で一番落ち着いているのがリリナだった。エルフの冷静さが光る場面だ。


「そうらしいよ! 拒否したら罰則があるって話で……先輩から聞いたんだけど、去年も一昨年も誰かが参加させられたって。毎年やってる伝統らしい」


 ミナが続ける。


(罰則。この二文字が耳に刺さった。守護隊だったら「命令違反」に相当する。学園の伝統は、覆しにくい)


「でも、誰が選ばれるのか、まだ決まってないよね?」


「美形男子って……学園で一番顔が整ってる男子、らしいよ。今年の新入生だと……」


 ミナがちらっとセラを見た。


 その目が語っていた。全部。あますことなく。


「……」


「……セラ」


「……言うな」


「でも有力候補、だよね。一年生の男子で、あの顔は……」


 カトレアが申し訳なさそうな顔で言う。しかし目だけが笑っている。


(申し訳なさそうな顔をしながら目だけ笑ってるのはなんですか。こういう時だけ「仲間」じゃなくて「観客」になる人間が一番困る)


「まだ確定じゃないんでしょ!?」


「いや、もう半分確定みたいな空気だね……昨日の入学式の時点で「あのエルフ絶対選ばれる」って噂になってたって聞いた」


「なんで入学式の時点で噂になってるんだ!? 俺、何もしてないのに!?」


「顔が良すぎるから……」


 アリアが心底申し訳なさそうに言う。でもその口元がほんの少しだけ緩んでいるのが、俺には見えた。


(いやこれ俺のせいじゃないだろ。転生したらイケメンになってましたってやつで、コントロールできることじゃない。エルフの顔は遺伝だ。俺には責任がない)


「……最悪だ」


「でも、面白そうじゃない?」


「どこが!?」


 ミナと俺の間で、テンションが百八十度違う会話が成立した。


「セラ、落ち着いて。まだ決まってないんだから」


「そうだよ、リリナの言う通り。でも……もし決まったとしても、セラなら大丈夫だよ、きっと」


「何がどう大丈夫なんだ、アリア」


「全部!」


(根拠がない。でも「全部大丈夫」と言い切れるアリアのその顔が、なぜか少しだけ俺の心を落ち着かせた。理不尽だが、そういうものなのかもしれない)


 その日、授業中も「女装コンテスト」という単語が耳に飛び込んでくることが何度かあった。廊下で、食堂で、放課後の購買で。学園全体に、すでに噂が広がっていた。


## 逃げられない運命


 翌朝。


 授業が始まる前に、教卓に置かれた封筒を発見した。俺宛だった。


「……セラ・ウィスパーウィンドへ。学園理事長ハルダンより呼び出し」


(来た。これは来た。嫌な予感の精度、守護隊から全然変わってない。任務前の「この依頼、絶対面倒なやつだ」という感覚と同質だ)


「どうしたの?」


 アリアが覗き込む。


「……理事長に呼ばれた」


「一緒に行く」


「来なくていい」


「行く」


 断った。でもアリアは来た。カトレアとリリナも来た。


 四人で職員室の前に立った。


(結局、仲間というのはこういうものなんだろうな。来なくていいと言っても来てくれる。守護隊では「お前の問題はお前で解決しろ」という文化だったが、こっちは違う)


「……入るよ」


 ノックして扉を開ける。


 理事長室は、思ったより豪華だった。高い天井。壁を埋め尽くす本棚。重厚な机の向こうに、老齢のエルフが座っている。


 白髪に長い耳。温和な笑顔だが、目が笑っていない。経験を積んだ人間特有の、感情を顔に出さない余裕がある。


「やあ、セラ君。来てくれたね」


 学園理事長ハルダン。穏やかな声だった。


「……はじめまして」


「はじめまして。それと、ご一緒の方々も」


 理事長がアリア、リリナ、カトレアに視線を向ける。三人も気まずそうにしながら頭を下げた。


「さて、早速だが本題に入ろう」


 理事長がにこにこしながら言う。


(にこにこしてる人間が一番怖い。笑顔は「これから嫌なことを言いますが、怒るつもりはありません」のサインとして機能することがある。守護隊の上官でも同じタイプがいた。あの時も全部最悪だった)


「今年の女装コンテストなのだが」


「……はい」


「セラ君に参加してほしい」


「……」


「断りたいです」


「君が一番に選ばれた。学園全体の投票で、ね」


「投票まで行われているんですか!?」


(昨日の今日で投票まで済んでるの、準備が早すぎる。入学式より前から候補が決まってたということか。学園全体が主犯みたいなもんじゃないか)


「これは三十年続く伝統行事でね。新入生の美形男子を一名、女装させて競わせる。学園の活性化、生徒同士の交流促進に大きく貢献しているんだよ」


「伝統だからといって正当化されることではないと思います」


「ごもっとも。しかし参加は義務づけられていてね」


「義務……」


「拒否した場合は、単位の一部が不認定になる規則がある」


 沈黙。


(単位が、不認定。)


(これは……「従わなければ単位が消える」という脅しだ。構造が全く理不尽だ。伝統の名を借りた強制は、どこにでも存在する。学園でも例外じゃない)


「……ちなみに、回避する方法は」


「ない」


「即答でしたね」


「三十年で様々な試みがあったが、一つも成功していない。優秀な先輩たちが全員敗れた、由緒ある伝統だ」


 「由緒ある」という言葉の使い方が独特だな。理不尽を「由緒ある」と言い張るのは初めて聞いた。


「なお、コンテストは三日後の昼に学園講堂で行われる。衣装は当日用意する。当日は昼の第四時間目から参加してもらう」


 もう日程まで決まっている。


(詰め将棋だ。詰んでる。もう辞令が出た後に「反対できます」と言われてるやつだ。どこに反対するんだ。全部決まってるじゃないか)


「……分かりました」


「ありがとう。楽しみにしているよ」


 にこにこと言う理事長を前に、俺は全力で無表情を維持した。


(楽しみにしてる、か。誰が一番楽しくて、誰が一番しんどいか、言わなくても分かるよな)


「失礼します」


 部屋を出ると、廊下でアリア、リリナ、カトレアが待っていた。


「……どうだった?」


「詰んでた」


「「……」」


 三人が黙った。


## 準備


 夜。寮の部屋。四人でベッドに腰を下ろして、しばらく沈黙していた。


「……」


「……」


「……」


「……ギャハハ!!」


 カトレアが笑った。


「カトレア!?」


「いや、笑ってごめん。でもあの理事長の顔が……ギャハ……! 「楽しみにしてるよ」って……!」


「笑い事じゃないんですが!?」


「笑い事だよ! だって、セラ女装するんだよ!? あの顔で!? 見たい! すごく見たい!」


「観客になる気満々だ!? 仲間として何か言えることはないのか!?」


「ある! 似合うと思う!」


「それは言わなくていい!」


 カトレアとの言い合いになった。リリナが「ふふ」と小さく笑うのが見えた。アリアが口を押さえていた。


(三人が笑ってる。俺は笑えないが、三人が笑ってくれてるのは……なんか、少しだけ気が楽になった。苦境の中で笑ってもらえるのは、悪くないものだ)


「三日後……早いね」


 リリナが少し困った顔をする。


「そうだね。衣装は向こうが用意するって言ってたし、セラが用意することは何もないか」


 アリアが冷静に分析する。


「うん、何もしなくていい」


「何も抵抗できないってことでもあるな」


「でも、三日後に終わるじゃん。終われば笑い話になるよ」


「今は全然笑えないんだが」


「じゃあ終わったら笑おう!」


(アリアが珍しく強引だ。でも彼女なりのフォローの仕方だと分かる。「今は笑えなくても、終わったら笑える」という論理だ。前向きな、でもちゃんとした言葉だ)


「……まあ、なってしまったものはしょうがない」


 俺はため息をついた。


(守護隊精神が発動してきた。「理不尽でも、組織の命令には従う」やつ。まあ守護隊でも嫌な訓練には全部参加してたし、嫌な任務にも笑顔で行ったし。それに比べれば……いや、比べたくない。比べてはいけない気がする)


「セラ」


 アリアが俺の隣に座った。


「絶対、大丈夫だから」


「……何が大丈夫なんだ」


「全部!」


「根拠がない」


「私が保証する!」


 俺は少し笑った。笑えた。アリアの根拠なき自信が、なぜか効く。


(こういうのが天然ボケの真骨頂なんだよな。論理じゃなくて、気持ちで動かしてくる)


「私も手伝えることがあれば手伝う」


 リリナも言う。


「ありがとう」


「カトレアは?」


「ギャハハ! 当日は一番前の席で見届けるよ! 精一杯応援する!」


「それは手伝いじゃない! 完全に見物人だ!」


「でも心から応援するよ? 「セラ優勝しろ」って心の中で叫ぶ!」


「優勝を目指す気持ちが一ミリもないんだが!」


「そんなこと言って、絶対優勝するんだから! カトレアは見てればわかるよ!」


(カトレアのポジティブさは、もはや才能だ。こいつに「大丈夫」と言われると、なぜか「そうかもしれない」と思えてくる。論理がどこにもないのに)


 しばらく、四人で話した。


 カトレアがどうすれば目立てるかを真剣に考え始めた(求めてない)。アリアが「笑顔で堂々とすれば大丈夫」と言った(根拠はない)。リリナが「衣装が当日まで分からないのが心配」と言った(一番現実的)。


(三人がいてくれるから、耐えられる。守護隊には、こういう仲間がいなかった。だから今回も、耐えられる。絶対に)


## コンテスト当日


 三日後。学園講堂。


 当日の朝。控室に通されると、真っ先に白いドレスが目に入った。


 白い。レース。リボン。薄いベール。


(……これを着るのか。今日の俺は、これを着る。守護隊の制服でも、冒険者の装備でも、学園の制服でもなく、白いドレスを。理解はできている。感情が追いついていない)


「着替えましょうか」


 進行役の先生が、特に表情を変えずに言った。


「……はい」


 俺は着替えた。三人が控室の外に出た後、一人で鏡の前に立った。


(……まあ。似合ってはいるんだろう。エルフの体型は自然と華奢で、この手のドレスとは相性が良すぎる。良すぎるのが問題だが)


 控室に戻ると、アリアとリリナとカトレアが戻ってきた。


 三人の反応が、全員一致した。


「セラ……すごい」


「……似合ってる」


「ギャハハ! なんじゃこれ、完全に女の子だ!」


「カトレア! 今は励ます場面でしょ!」


「これが励ましだよ! 最高だって言ってる!」


 入ってきた瞬間、客席の規模に眩暈がした。


 どこからこれだけ集まったんだ。廊下に並んでいた生徒たちが全員入り込んだような密度だ。立ち見まで出ている。普通の授業では半分も埋まらない講堂が、今日だけは満員だった。


(これは……守護隊の年に一度の演習発表でさえ、ここまで人は集まらなかった。俺は出演者側だ。いや嫌だ。心の底から嫌だ。が、嫌といえない立場になっている)


「セラ、衣装がすごく似合ってる……」


 アリアが目を丸くして言う。


「……黙ってて」


「でも本当に似合ってるんだって! ねえリリナ、そう思わない?」


「……思う。すごく思う」


「カトレアも!」


「ギャハハ! エルフって、どうしてこう女装も様になるんだ!」


「なぜか三人全員が似合うと言ってる!?」


 衣装は、白いドレスだった。レース使いで、腰のリボンが強調されている。立ち姿が自然と綺麗になるデザインで、頭を覆う薄いベールも付いていた。


(まあ……似合ってはいるんだろう。エルフの女性と言われれば通りそうな顔立ちと体型だから。でもだからといって喜べるわけがない。白いドレスを着ることになるとは、転生前も転生後も想像できなかった)


「出場者は五名です。演台に上がり、正面を向いてください」


 司会の先生が告げる。


 出場者は五名。美形男子として選ばれた新入生たち。俺の他にも四人いる。


 みんな、死んだ魚の目をしていた。


(仲間だ。一目で分かった。全員が「参加したくなかった」組だ。でもここにいる。伝統という名の罠にかかった五人が、揃ってここに立っている)


 演台に上がる。


 客席から大歓声が上がった。


「うわあ、全員かわいい!」


「セラ君、ちょっと待ってよ! なんでそんなに似合ってるの!? 不公平!」


「不機嫌そうな顔がまた良い……!」


(不機嫌そうな顔? そりゃ不機嫌だからな。演技じゃなくて本気の不機嫌なんだが、それが「良い」と言われると余計に脱力する)


 審査員が順番に点数をつけていく。顔、立ち姿、衣装との調和、動き方。


 俺の番が来た。


(さっさと終わらせよう。守護隊の任務報告と同じだ。嫌なことは短く済ませる。引き延ばしても良いことはない)


 演台の中央に立つ。客席を見る。全員がこちらを見ている。前列から後列まで、目が輝いている。


(……まあ。開き直るしかない。嫌なことはいつか終わる。今この瞬間も確実に終わりに向かっている)


 俺は微かに眉を寄せたまま、少しだけ顎を引いた。特に何かをしたわけじゃない。ただ、立っていた。


 瞬間、客席がどよめいた。


「「「ッ!!!」」」


 無言の爆発が起きた。


(な、なんだ。なんで静かになった後にどよめいてるんだ。怖い。俺は何もしていないのに)


## 予想外の結果


 投票が始まった。


 審査員の採点と、客席の投票を合わせた総合結果。司会の先生が読み上げる中、俺は演台の端で腕を組んで立っていた。


 結果は、思ったより早く出た。


「本年度の女装コンテスト優勝者は——セラ・ウィスパーウィンドさんです!」


 講堂が、爆発した。


「やっぱりー!!」


「絶対そうだと思ってた!!」


「かわいすぎるんだけど!? でも不機嫌そうなのが最高なんですが!!」


「「不機嫌キャラ」として人気が出てる!?」


 客席から怒涛の声援が飛んでくる。最前列のカトレアが立ち上がって腕を振っている。アリアが複雑な表情で拍手している。リリナが「よかった……よかったのか?」と首をかしげている。


(なんで俺が一番多く票を取ってるんだ。他の四人だって十分な感じだったのに。もしかして不機嫌な顔のまま立ち尽くしてたのが「キャラ立ち」に見えたのか。無愛想でいたらなぜか「落ち着いてる」と評価される、あれと同じ現象が起きている気がする)


 俺は演台の上で、腕を組んだまま立っていた。


(笑えない。これっぽっちも笑えない。でも不機嫌なまま立ってたら票が増えたのはなんでだ。意味が分からない)


「優勝者には、学園長から記念品が贈られます」


 記念品。金色のトロフィーだった。「女装コンテスト優勝」と刻まれている。金色に輝いている。非常に主張が強い。


(これを部屋に飾れというのか。飾れるわけないだろ。棚の一番奥に突っ込んで二度と出さない。あるいは押し入れがあれば押し入れ行きだ)


 名前を呼ばれて演台の前に進み出る。


「セラ君、すばらしかった。来年も期待しているよ」


 理事長がにこにこしながらトロフィーを渡してくる。


「……来年は、体調不良で欠席する予定です」


「そうかそうか、楽しみにしているよ」


 全然聞いてない。


(理事長、鉄壁すぎる。この笑顔の壁、どんな言葉も受け流して、常に笑顔を保つ。それはそれで凄まじい技術だ。守護隊の上官に見習わせたかった)


 終了後。


 講堂の出口で、アリア、リリナ、カトレアが出迎えてくれた。


「お疲れ様……」


「……疲れた」


「ギャハハ! でもよかったじゃないか! 大人気だったよ! 学園で有名人になった!」


「それが目的じゃないので全然よくない」


「でも、終わったよ」


 アリアが言った。


「終わったね」


「終わった」


 それだけで——少し、楽になった。


(そうだ。終わった。守護隊時代も、嫌な訓練は全部「終わった」から解放された。理不尽な任務も、無意味な待機も、全部「終わった」という瞬間があったから耐えられた。今回も、終わった。それでいい)


「……帰ろう」


「うん、帰ろう! 今日は夕飯奮発しようよ!」


「カトレア、おごってもらえる?」


「借金があるのでそれは無理!」


「じゃあ意味がない!」


「「じゃあ意味がない」って言うの酷くない!?」


 四人で笑いながら、講堂を後にした。


 金色のトロフィーは、ひとまず鞄の底に突っ込んでおいた。


 廊下に出た瞬間から、すれ違う生徒たちにじろじろ見られた。


「あ、さっきの……! 優勝した子だ!」


「えっ、男子なの? 信じられない」


「白いドレス、すごく似合ってたよね」


(止まれ止まれ止まれ。声をかけないでくれ。俺は今、可能な限り早くこの廊下を抜けたい。全速力で抜けたい。でも走ったら余計に注目される)


「セラ、普通に歩いてていい。走ったら変に見えるよ」


 リリナが静かに言った。


「……分かってる」


「顔が「早く逃げたい」って書いてあるけど」


「書いてない」


「書いてある」


(エルフは表情読み取り精度が高いのか、それとも俺の顔が分かりやすすぎるのか。多分両方だ)


 カトレアはトロフィーを鞄に入れようとしていた。


「あれ、入らない。デカすぎる。どうしよう、これ抱えて帰るのか?」


「自分で「もらっとく」って言ったんでしょ」


「言った! でもこんなにデカいと思わなかった!」


「返してもいいよ」


「絶対返さない! これは俺のだ!」


(返すつもりは全くないらしい。腕に抱えて堂々と歩くつもりのようだ。「女装コンテスト優勝」と刻まれたトロフィーを誇らしそうに抱えながら歩くカトレアが、この廊下で一番目立っている。なぜか俺より目立っている)


 アリアが俺の隣に並んだ。


「……ねえ、セラ」


「何」


「今日、頑張ったね」


「頑張りたくはなかった」


「でも頑張ってた。ちゃんと見てたよ」


(……それは、嬉しい。嬉しいと言うと恥ずかしいから言わないが、確かに嬉しかった。誰かに「見てた」と言ってもらえるのは、嫌な任務でも悪くないと思える理由の一つだ)


「……まあ」


「「まあ」って何」


「言葉にしにくい」


 アリアが少し笑った。


「セラって、嬉しい時も不機嫌みたいな顔するよね」


「そんなことない」


「してる」


「……してるかもしれない」


(自分の表情が読まれすぎていて怖い。守護隊にいた頃は、表情を読まれることなんてほとんどなかった。みんな自分のことで精一杯で、人の顔を見ている余裕なんてなかった。でもこの三人は、よく見ている)


「ご飯、行こう。今日くらいは少し贅沢してもいいと思う」


「カトレアが「借金があるのでおごれない」と言った」


「私がおごるよ!」


「……アリア、そんなお金あるの?」


「ちょっとある。今日くらいはいい!」


(アリアが奢ると言っている。こういう時に素直にありがとうと言えないのが俺の悪い癖だと、最近気づいてきた)


「……ありがとう」


「えっ!? 素直に言った!?」


「なんで驚くんだ」


「だってセラが素直に「ありがとう」って言うの、あんまりないから!」


(そうか。そんなに珍しいことなのか。俺的にはかなり頑張って言った気がするんだが)


 四人で食堂に向かった。夕飯は、結局いつもより少し豪華なものになった。


(棚の一番奥が確定した。来年の「体調不良」も、今から計画を立てておく必要がある)


 夜。部屋に戻って制服に着替えた後、俺はベッドに仰向けになってトロフィーを眺めた。金色が、天井に反射してきらきら光っている。


「……」


 なんだこれ。


「セラ、まだ気にしてる?」


 アリアが聞く。


「気にしてるというより……なんか、虚無感がある」


「虚無感!?」


「あんなに嫌だったのに、終わったら急に何もなくなった感じ。守護隊でいえば、大きな任務が終わった後に、なぜか「もうちょっと頑張れたかも」と思うあの感覚に似てる」


「それは「また参加したい」ってこと!?」


「絶対違う」


「でも似てるって言った」


「感覚の話をしてる。感情ではない」


 アリアが笑った。


「……セラ、おかしいよ」


「どこが」


「終わった後に哲学してる。普通の人はもっと「終わった〜!」ってなるのに」


(守護隊気質が出た。嫌なことが終わると、反省と分析をしてしまう。それが習慣になっている)


「まあ……確かに。終わった。それでいい」


「そうそう! で、そのトロフィー、飾るの?」


「飾らない」


「もったいない」


「カトレアにあげようか?」


「ギャハハ! もらっとく! 借金返済のモチベーションにする!」


(カトレアがトロフィーを受け取った。「女装コンテスト優勝」と刻まれたトロフィーが、借金返済のモチベーショングッズになる日が来るとは思わなかった。でも、まあ。誰かの役に立てばいい)


 その夜、俺は不思議と、ぐっすり眠れた。


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