第56話 学園生活の始まり
# 第56話 学園生活の始まり
## 初登校
数日が経ち、転生七十一日目の朝。
……のっけから言っておくと、今日は人生で——転生後の人生で——初めて「制服」を着る日だ。
東寮二〇四号室。窓から差し込む朝の光がまぶしい。鳥のさえずりがどこか能天気に響いている。そんな清々しい朝に、俺は制服の前ボタンを一つ一つ留めながら、複雑な気持ちを噛みしめていた。
(前世でも制服は中学・高校で着てたけど……エルフの制服って、なんでこんなにデザインが凝ってるんだ)
深緑色の上着。白いシャツ。黒いズボン。胸には魔法学園の紋章――魔法陣を模した金糸の刺繍。
うん、かっこいい。
守護隊の制服とは全然違う雰囲気がある。あっちは実用一辺倒だったが、こっちはデザイン性がちゃんとある。
(……なろう系主人公、ここに爆誕、か。転生したら魔法学園に通うことになりました。自分でも信じられない)
「似合ってるね、セラ」
隣のベッドから声がした。アリアだ。寝癖のついた金髪が朝の光にきらりと光っている。こっちも制服姿で、白いシャツの襟元から鎖骨が少しのぞいていた。
前世の俺の視覚が非常によくない反応を示したが、紳士として目を逸らす。エルフに転生して美形の幼馴染ができるとは思っていなかったし、その幼馴染が朝からこういう格好でいるとも思っていなかった。
「ありがとう。アリアも似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう」
アリアが顔を赤らめて微笑む。天然なのかわざとなのか毎回判断がつかない。守護隊にこのタイプがいたら詰んでいたと思う。
部屋の反対側では、リリナとカトレアも身支度を整えていた。
「私、制服って初めてで……ちょっと恥ずかしいかも」
リリナが制服の裾を気にしながら言う。ハーフエルフ特有のほんのり丸みのある体型に、制服がうまくフィットしていた。エルフの血が入っているせいか、立ち姿が自然と綺麗になっている。
「似合ってるよ、リリナ」
「え、本当に?」
「ほんとほんと」
「そだそだ! ドワーフには珍しい制服だけど、カトレアも悪くないな!」
カトレアはベッドの上でぐーっと背伸びをした。引き締まったドワーフ体型に制服がよく映えていて、それがなんというか、頼もしさを倍増させていた。ドワーフ特有の堅実さが、制服の端正なデザインと意外とよく合っている。
「みんなで揃えると映えるね」
四人で顔を見合わせて笑う。
(こういうの、守護隊時代にはなかったな。同僚と制服で一緒に朝を迎えるって感じは。任務ベースで動いてたから。今の方が、ずっと良い)
四人は食堂へ向かった。
廊下はすでに賑わっていた。新入生たちが制服姿で行き交っている。種族も様々で、エルフ、ドワーフ、ハーフエルフ、人間が入り混じっている。全員が初日の緊張を漂わせながら、各々のペースで朝を始めていた。
多種族が集まる魔法学園の初日。守護隊のエルフ特有の閉鎖性とは全く違う、開かれた空気がある。
(こういう光景を見るたびに思う。守護隊の隊舎は種族が限られていた。エルフ同士、あるいはたまに人間の連絡員。それしかいなかった。ここはまるで違う。多様な顔が一つの廊下を歩いている。それが、なんとなく好きだ)
食堂に入ると、パンとスープとサラダが並んでいた。シンプルだが、スープが温かくてパンが焼きたての香りがして、なんとも落ち着く朝食だ。
「今日から授業だね」
アリアがスプーンを持ちながら少し緊張した顔をする。
「そうだね。頑張ろう」
「楽しみだー。魔法のこと、もっと学べるし」
カトレアがパンを頬張りながら目を輝かせる。
「でも、ついていけるかな……」
リリナが不安そうに呟く。
「大丈夫よ。四人で教え合えば」アリアがリリナの肩に手を置く。
(まあ、いけるはず。問題は力を隠し続けることだが……そこが今後の課題だ)
朝食を終えて、四人は教室棟へ向かった。
白い石造りの建物が朝の光に輝いている。白い塔がキャンパスの中心にそびえ立ち、遠くからでも目印になっている。キャンパス全体が、どこか古い大学みたいな雰囲気を持っていて、眩しく見えた。
「わあ、すごい……」
アリアが見上げて感心する。
「塔の上は教授たちの研究室だって聞いた。昨日の入学手続きの時に」
カトレアが目を丸くした。
「すごいな。ここで魔法を学ぶのか……テンション上がってきた」
(テンションが上がるのはいいが、力を隠す必要があることを忘れるなよ俺。最初から全力で動くと後が怖い。守護隊でいうところの「新参者は黙って地力を蓄える期間がある」やつだ)
一年A組の教室は教室棟の二階にあった。廊下には、自分のクラスを探している生徒、友人と談笑している生徒、緊張のあまり壁に貼り付いている生徒と、実に多様な初日の光景が広がっていた。
「一年A組……一年A組……」
リリナが看板を確認しながら歩く。
「あ、あった!」
カトレアが見つけた。ドアのプレートに「一年A組」とある。
教室に入ると、すでに半分ほどの席が埋まっていた。机と椅子が整然と並び、黒板にはまだ何も書かれていない。窓から朝の光が差し込んで、部屋全体を明るく照らしていた。
「あっ、こっちこっち!」
昨日食堂で挨拶した茶色髪のミナが手を振っていた。王都の商人の家の出身で、活発そうな印象の子だ。ポニーテールが元気よく揺れていた。
四人はミナの近くに座る。机の配置は教室の中央より少し後ろ側で、前の方は既に几帳面そうな生徒に占拠されていた。
「おはよう、みんな! 緊張するね、初日!」
「そうだね。でも頑張ろう」
俺が言うと、ミナがぱあっと笑顔になった。
「セラ君って、落ち着いてるね。緊張してない?」
「してないことはないけど……まあ、なるようになるかなと」
(守護隊で培った「なるようになる」精神が発動した。何度もプレッシャーをくぐり抜けてきた者の口癖だ)
チャイムが鳴る。
ディン、ディン、ディン。
澄んだ音が学園全体に響き渡る。
学園生活の、始まりだ。
## 最初の授業
教室のドアが開き、教授が入ってきた。
アルバン教授。白髪の小柄な男性で、眼鏡をかけている。眼鏡の奥の知性的な瞳が、教室をゆっくりと見渡した。全員を、一人ずつ確認するように。
(小柄だが威厳がある。守護隊でいうところの「老練な上位術者」の雰囲気だ。後ろの席でも居眠りできなさそうな目力がある)
「おはよう、一年生たち。今日から君たちは、魔法学園で魔法を学ぶ」
よく通る声だった。体格からは想像できない、太く安定した響きだ。自然と背筋が伸びる。
教室が静まり返る。全員の視線が、教卓に向く。
「私はアルバン。魔法理論を担当する。この授業では、魔法がなぜ働くのか、その原理を学ぶ」
黒板に「魔法理論」と書く。白文字が黒板にくっきり浮かぶ。
「魔法とは何か。それは、マナという自然エネルギーを、自分の意志で形にすることだ」
来た。ついに魔法理論の授業だ。
(いいか落ち着け俺。ここで「うおおお魔法!」とか心の中でさえ連呼したら気が散る。冷静に、冷静に。エルフとして生まれて魔法は学んでいるが、理論的に体系化された授業は初めてだ。真剣に聞く)
ノートを開く。ペンを構える。
「マナは、この世界に満ちている。空気の中に、水の中に、大地の中に。私たちはこれを感じ、取り込み、形にする。それが魔法だ」
教授が説明を続ける。俺は書きながら頷く。
(エルフの森で学んだことと一致してる。よし、基礎は大丈夫だ。むしろ授業の内容より、ノートを取るスピードの方が課題かもしれない。エルフの文字、まだ慣れてないし)
「詠唱とは何か。それは、マナを形にするための補助だ」
黒板に図が描かれる。マナの流れを示す矢印と、魔法陣の模式図。丁寧な板書で、分かりやすい。
「『火よ、我が手に宿れ』という言葉は、単なる呪文ではない。マナへの命令だ。明確な指示だ。形を与えるための設計図だ」
(守護隊でいうところのシステム化、だな。詠唱という「形式」に乗せることで、マナへの命令が標準化される。エルフ族は先天的に直感的なコーディング能力があるわけか)
「無詠唱とは、詠唱を省略することだ。しかし、それは簡単ではない。マナへの指示を内面だけで行う。高度な訓練と、強い意志が必要だ」
教授が教室を見渡す。視線が、一人ひとりをゆっくりと確認していく。
「君たちの中に、無詠唱で魔法を使える者はいるか?」
静まり返る教室。
誰も手を挙げない。
俺も挙げない。無詠唱どころか詠唱すら要らない俺だが、ここで挙げたら大変なことになる。
(黙ってろ。黙っとけ。守護隊でいえば「入隊初日に「私、隊長より強いですよ」と言う新人」にだけはなるな。最悪のケースを知っている)
「当然だ。無詠唱は、中級以上のスキルだ」
アルバン教授が納得したように頷く。
「魔法は、感情と深く結びついている」
そこから教授の解説が続く。感情がマナの流れを乱すこと、瞑想の重要性、詠唱の各単語の意味と効果。授業は一時間続いたが、内容が濃くて時間があっという間だった。
ノートが埋まっていく。
アリアも真剣にメモを取っている。すらすらと書いていて、理解が早い。エルフの学習能力の高さが、こういう場面でも出ている。リリナは少し眉を寄せながら理解しようと頑張っている。時々俺のノートをちらっと見て確認している。カトレアは……たまにペンが止まって、口がぽかんと開いている。
(カトレア、大丈夫か? ドワーフって魔法全般より体術や鍛冶が得意だったっけ……後でフォローしよう。友達の義務として)
授業は、エルフの森での学びとほぼ一致していた。理解は簡単だ。
しかし一つ発見があった。
(この世界、詠唱の意味を「形式的に暗記してるだけ」の魔法使いが多いみたいだな。原理を理解して使う人間は意外と少ない。守護隊の術者たちも、大半は「なんとなく動く」レベルで使ってた気がする。原理を知っている者と知らない者では、上達速度が根本的に違うはずだ)
授業の途中、アリアがふとセラの手を握った。
(……なんか、マナが落ち着いた気がした。アリアが近くにいると俺のマナが安定する傾向がある。エルフの森にいた頃も感じてたことだ。アルバン教授が言ってた「絆で力を制御する」は、案外こういう感覚のことなのかもしれない)
「……セラ、なんかマナが安定した感じがする」
アリアが小声で言う。不思議そうな顔をしている。
「そうかもな。俺も……落ち着く気がする」
「へえ。不思議だね」
アリアが微笑んだ。その笑顔を見ると、余計に気持ちが安定した。いや、マナが、だ。
授業終了のチャイムが鳴った頃、俺のノートは三ページ埋まっていた。
「魔法理論、意外とちゃんとしてた……」
リリナが安堵の息をつく。
「そうだね。基礎から教えてくれるから分かりやすかった」
アリアも頷く。
「カトレア、大丈夫だった?」
「……六割くらい分かった! 残り四割は後で教えてくれ!」
カトレアが元気よく手を挙げる。四割の自信のなさを六割の元気でカバーしている。
(六割は正直だな。それを元気よく言えるのがカトレアの強さだ。後で教えてやる。問題ない)
## 実技の授業
午後は演習場だった。
広い屋外の練習場。石造りの的が左右に並んでいる。練習用の魔法防御壁が各所に設置されていて、生徒の暴発に備えている設計だ。生徒たちは少し興奮気味に並んでいた。まあ、「実際に魔法を使う」のだから当然だろう。
(俺は逆に緊張してる。力を隠す方向での緊張だ。本当は全力で使えるのに、加減して演じないといけない。守護隊の訓練でいうところの「格下に合わせた模擬戦」の、ずっと苦しいバージョンだ)
担当はアルバン教授とは別の、ベルタ先生という若い女性だった。黒髪を後ろで結んでいて、姿勢がいい。動きのある授業を進める雰囲気を持っていた。
「実技の授業では、実際にマナを扱う練習をします。まずは基本的な火属性の魔法から始めましょう」
ベルタ先生が示範する。
「詠唱:『マナよ、形を得よ。火の形を』」
先生の手に、小さな炎が灯る。きれいに整った火球だ。揺れも偏りもなく、完全に安定している。
「こんな感じです。初めての人は、小さくて構いません。まずマナを感じることが大事」
生徒たちが一斉に詠唱し始める。
教室は魔法の光と煙と爆発音(主にカトレア)と何かが割れる音(別の誰か)と先生の「落ち着いて!」の声で賑やかになった。
(実験授業みたいな感じだ。ビーカーを割るやつが必ず一人はいる。今回は壁だったけど)
「セラさん、できましたか?」
アリアが俺の隣から聞く。彼女の手には、ちょこんとした火球が灯っていた。さすが、エルフは魔法の素養が高い。安定感も悪くない。
「うん、まあ……」
俺は詠唱して、ちょっとだけ——本当にちょっとだけ——マナを流す。
小さな火球。直径三センチほど。
(本当はもっと出せる。出せるんだが。……出すわけにはいかない。俺の魔力が暴走すれば、学園全体が終わる。近くの街まで道連れだ。だから、隠す。ずっと、隠す)
「上手ですね」
ベルタ先生が横を通りながら言う。
「ありがとうございます」
礼を返しながら、俺は内心でため息をついた。
(本当に退屈なんだが。力を抑えるのって、こんなにストレスになるとは思わなかった。マラソン大会でわざとゆっくり走るようなもんだ。しかも誰にも気づかれないように。これが後何年も続くのかと思うと、少し遠い目になる)
リリナは真剣な顔で詠唱を繰り返している。炎が出たり出なかったりを繰り返しながら、着実に感覚をつかもうとしていた。繰り返すたびに少しずつ安定してきている。真面目さが出ている。
カトレアは——
「先生! 炎じゃなくて岩を砕きました! 土属性は得意です!」
「なんで岩が砕けているんですか」
ベルタ先生が冷静につっこんだ。ドワーフが岩を砕いている。演習場の端で、小型の石が細かくなっていた。
「ドワーフは土属性の方が向いてると思います! 炎は出ませんでしたが、岩は砕けました!」
「……一理ありますね。今日は土属性の練習でいいです、カトレアさん」
「ありがとうございます! カトレアとして、土属性なら負けません!」
(カトレアの存在がこの場を三割くらい和ませてる。ありがたい。そしてベルタ先生の対応が神対応すぎる。岩砕きを「一理ある」で通すのは器量がいる)
実技の授業は、総じてセラにとって「退屈をどう凌ぐか」の戦いだった。しかし、カトレアのドタバタと、リリナの真剣な上達と、アリアの綺麗な魔法を眺めながら過ごす時間は、悪くなかった。
(力を隠す授業は退屈だ。でも、この四人でいる時間はまあ……悪くない。ずっと、悪くない)
## 昼休み
昼休み。中庭のベンチに四人で腰を下ろした。
抜けるような青空。白い雲がのんびりと流れている。木漏れ日が石畳に揺れている。中庭には芝生の区画もあって、座り込んでいる生徒たちも多かった。
(いい天気だ。守護隊の任務中に、こんな昼休みがあったことはなかった。任務終わりに空を見る余裕はあったが、こういうぼんやりとした時間は初めてかもしれない)
「あーおなかすいた。お昼、何食べよ」
カトレアが伸びをしながら言う。
「購買でパン買おっか。実技の後で体を動かしたし」
アリアが提案する。
「そうしよう」
四人でベンチを立ちかけた——その時。
「あ、セラ君だ!」
「本当だ! ねえ、一緒にお昼食べていい?」
振り向くと、三人の女子生徒が近づいてきていた。隣のクラスの生徒らしく、俺の顔を見てぱっと明るくなっている。目がきらきらしている。
「え……あ、えーと」
(なんだこれ。なんでこんなに馴れ馴れしいの。俺、今日が初登校ですよ? 守護隊にいた頃は、新人を声かけてくれる人間なんていなかったのに。初日でいきなりこれはどういうことだ)
「セラ、そういえば朝から何人かに声かけられてたね」
アリアが首をかしげる。
「そう……かな?」
「いやもう全然気づいてないの!?」
カトレアが呆れた顔をする。
「朝、門を入った瞬間から、生徒の視線が全部セラに集まってたんだよ? 私もアリアも、完全に置いてけぼりだったじゃんね」
「……本当に?」
(まったく気づかなかった。これ、イケメン転生あるあるか。美形エルフに転生するということは、こういうことなのか)
「エルフの男子って珍しいからね。この学園でも数人しかいないし」
リリナが穏やかに補足する。
「しかもセラ、顔が整いすぎてるから」
「整いすぎてる、ってどういう意味だ」
「そのままの意味よ」
アリアがさらりと言い放つ。
(いやこれ転生したらなぜかイケメンになってました案件なんですが。転生したらどうなるか、事前に分かるわけもないし)
「えーと、ちょっと失礼しますね」
俺は声をかけてきた女子生徒たちに、できるだけ愛想よく応答した。一緒にお昼は「今日は四人で」と断ったが、笑顔で。
女子生徒たちはきゃあきゃあ言いながら去っていった。
「……モテる、ねえ」
カトレアが感心したように言う。
「そういうわけでもないと思う」
「いや完全にそうだよ」
「たぶんそうだよね」
アリアとリリナが同時に言う。
「「「違う」」」
俺が言うと、三人が同時に「そうだよ」と返ってきた。
(四人のツッコミが重なった。こういう掛け合いは、守護隊には絶対なかった。みんな、いい意味で歯に衣着せない)
「なんだかなあ」
「まあ、セラが悪いわけじゃないからね。顔は生まれつきなんだし」
アリアが笑いながら言う。
「そうそう、でもカトレアもモテてたよ? 実技の授業で「ドワーフなのにたくましくてかっこいい」って言われてた」
「ギャハハ! ドワーフの商人として、それは嬉しいな! 借金返済に使えそうか?」
「使えないよ!?」
「じゃあ気持ちだけ受け取る!」
カトレアが豪快に笑う横で、アリアがすかさずつっこむ。
(この二人の掛け合い、毎回テンポが良すぎる。カトレアがボケで、アリアがツッコミで。リリナが唖然とするのもテンプレで完成してる。守護隊にこういうやつらがいたら、任務も楽しかっただろうな)
四人で購買に向かいながら、俺は学園中庭の賑わいを眺めた。
生徒たちが芝生に座って笑いながら昼食を食べている。木の下で本を読んでいる生徒。友人と話しながら歩いている生徒。初日の緊張が少しほぐれてきた、そんな空気が漂っていた。
(エルフの学園、なんか……良いな。守護隊時代は昼も訓練か任務だった。こんな風に笑いながら昼休みを過ごすなんて、想像できなかった)
## 放課後
放課後。購買で菓子パンを買い込んで、四人で寮への帰り道を歩く。
「今日、どうだった?」
アリアが聞く。夕日が石畳を橙色に染めている。風が少しだけ涼しくなってきていた。
「面白かった。特に魔法理論。授業って、面白いものなんだな」
「私も! 原理から教えてもらえると、詠唱の意味が分かって良かった。今まで「言葉に力がある」くらいの感覚で使ってたけど、もっと精密なものだったんだって分かった」
「実技は……ちょっと難しかったな」
リリナが少し俯く。
「でも上達してたよ、リリナ。途中から安定して炎が出てたじゃん。最初の一時間と後半じゃ全然違ってた」
「本当に?」
「本当だよ。俺、ずっと見てた」
リリナがほっとした顔をする。顔がほんのり明るくなった。
「カトレアは?」
「岩を砕いたら土属性でいいことになったから最高だった! ドワーフとして本領発揮できた気がする!」
カトレアが胸を張る。
(最高と言い切れるそのメンタルが羨ましい。俺なんて内心ずっと「力を隠すのしんどい」とぼやいてたのに。前向きさって、才能の一種だな)
「購買のパン、美味しいね」
アリアが袋を開けながら言う。チーズの入った焼きパンで、いい香りが漂ってくる。
「そうだね」
「明日は何の授業だっけ?」
「午前が魔法史で、午後がまた実技」
「魔法史……歴史か。好きかもしれない」
「カトレアは?」
「眠れそうな気がしてます……」
「カトレア!」
「冗談です! カトレアとして、ちゃんと勉強します! 借金返すために稼ぐには知識も必要だし!」
(結局、全ての理由が「借金」に繋がっていく。それがカトレアのエンジンなんだろうな。強い。変なくらい強い)
四人が並んで歩く帰り道。夕日が少しずつ沈んでいく。
(こういう時間が、転生後に手に入ったものの全部なんだよな)
(守護隊にいた頃は、こういう帰り道がなかった。任務終わりは宿に戻るか、次の任務の準備をするか。誰かと一緒に歩いて帰るなんて、記憶がない。今は違う。四人でいる)
セラは足を止めず、でも少しだけ周囲の景色をゆっくりと眺めた。
「セラ、どうしたの? 歩くの遅くなってる」
「なんでもない。……良い夕日だなって思って」
「そうだね」
アリアが隣に並んで、同じように夕日を見た。
二人で少し、西の空を眺めた。アリアは何も言わなかった。ただ、隣で同じ方向を見てくれていた。
「行こっか」
「うん」
しばらく、四人で黙って歩いた。沈黙が、心地よかった。
学園生活の最初の一日が、静かに終わっていく。
(明日も、こんな感じなら……悪くない。いや、悪くない以上だな)
東寮二〇四号室の灯りが、夕暮れの中にぽつりと灯った。




