第42話 最初の街
# 第42話 最初の街
## 道中
転生四十七日目。朝の光が、草原を照らしている。
テントの中。二人の寝息が聞こえる。アリアとリリナ。平和な寝顔だ。
外の世界の二日目。
昨日は草原をただ進んだだけだが、それでも新しい発見が山ほどあった。エルフの森にはない花。違う風の感触。遠くに見える山脈。全部、新しい世界だ。そして、三人の初めての野営。テントの中は狭かったけど、それ以上に暖かかった。
「おはよう」
セラが呟くと、アリアが目を開ける。
「……おはよう、セラ」
寝ぼけた声。金髪が乱れていて、なんとも言えず可愛らしい。
「リリナ、まだ寝てる」
「起こそうか」
アリアがいたずらっぽく言う。セラが隣のリリナを揺する。
「んぁ……おはよーございます……」
「おはよう、リリナ」
「おはよう、二人」
「今日も新しい世界へ進むよ」
「はい! セラと一緒なら!」「私も! セラたちと一緒なら、どこへだって!」
朝からテンションの高い二人だ。セラも自然と気力が湧いてくる。
テントを片付ける。三人で協力してバックパックに収める。
「朝ごはん、どうしよう」
「乾パン、いいですか?」「ええっ! 旅の味、好きです!」
旅の味、か。サラリーマン時代はコンビニのサンドイッチを一人でかじっていた。あれとは、何もかも違う。
「いただきます」「いったきます!」
三人で乾パンをかじる。味気ないけど、三人で食べると美味しい。
「美味しいね」「うん。セラと一緒に食べると、もっと美味しい」
「二人と一緒なら、何でも美味いな」「そうだね!」
三人の絆。それが、何よりの味だ——と思いつつ、セラはひっそり心の中でツッコんだ。
俺も大概ポエマーになってきたな。これがエルフ転生の弊害か。
「行こう」「はい!」「ええっ!」
三人は歩き出す。街道が続いている。土の道。エルフの森にはない、整えられた道。
「これが、街道……」
アリアが呟く。
「人が作った道だ。外の世界では、こんな道が普通だよ」
「すごいね。エルフの森には、こんな道なかった」「自然の道しかなかったもんね」
リリナも街道を見回す。
草原がどこまでも続いている。遠くに山が見える。空の広がり。全部、エルフの森とは違う。エルフの森は、木々が空を隠していた。でも、ここでは空が全部見える。青い。広い。
「セラ、見て!」
アリアが指差す。馬車が通っている。
「馬車!」
リリナが興奮して叫ぶ。馬に引かれた車。エルフの森では見たことがない。
「本物の馬だ……」
アリアがそっと近づこうとする。
「触っていいかな」
「馬に触ったことないのか」
「ないよ。エルフの森には馬いないし」
「あ、確かに」
「ちょっと待ってて」
セラが馬車に近づく。
「すみません、馬を触ってもいいですか?」
「エルフ……珍しいな。構わないよ」
馬車の御者が笑った。アリアとリリナが喜んで馬に近づく。馬はゆっくりと二人の手を受け入れた。
「温かい!」「柔らかい毛だ!」
二人の顔が輝く。こういう小さな発見が積み重なって旅になるんだな、とセラは思う。
「人が乗ってる……外の世界の人々だ」
セラも馬車を見る。人間たち。耳が短い。寿命も違う。でも、同じ知性の存在だ。ここで初めて会う、人間という種族。
「外の世界の人、優しかった」「うん。二人と一緒なら、きっと大丈夫」
「あれが、街?」
アリアが遠くを指差す。そこには、何かの影が見えている。建物の輪郭。
「行ってみよう」「はい!」「ええっ!」
三人は、街の方へ歩き出す。新しい世界。最初の街。
歩きながら、三人はたくさん話した。エルフの森のこと。これからのこと。人間の王国はどんな場所か。食べ物は何がある?服はどんなものが多い?建物は大きいらしいけど、どのくらい大きい?
リリナが無数の疑問を並べ立てて、アリアが「知らないよ」と笑い、セラが時々「学園で習ったやつでいうと……」と言いかけて「でも実物は違うかもな」と続ける。
そんな道中だった。
## 街への到着
午後。三人は、街の入り口に到着した。
「大きい……」
目の前にそびえるのは、高い壁。石で作られた壁。門がある。門番が立っている。
前世でいうと、修学旅行で行った城址の壁に近いが、あっちは観光用だ。こっちは生きている城壁。見張りがいて、実際に街を守っている。
「入れるかな」「門番に聞いてみよう」
三人は門へ近づく。門番は、三人を見て少し驚いたようだ。
「エルフ……?」
「こんにちは。この街に入りたいんです」
セラが丁寧に言う。門番は三人を頭の先から足の先まで見る。エルフの耳。エルフの目。エルフの体型。珍しいものを見る目だ。
「珍しいな。エルフが、こんなところへ」
「旅をしています。初めての街で」
「入城税、払えるか?」
「入城税?」
税を払って街に入る。合理的なシステムだ。街の維持費が必要なのはわかる。
「銀貨一枚でいい」
セラはバックパックを見る。長老から渡された旅費が入っている。
「これで、いいですか?」
銀貨を出すと、門番は頷く。
「ああ、いいよ。初めての街か?」
「はい。エルフの森から来ました」
「エルフの森……伝説の場所だな」
「伝説? いや、普通にありますよ」
「エルフの森は、危険で入ってはいけない場所って言われてる」
「えっ!?」
アリアが驚く。リリナも、目を丸くする。
ひどい風評被害だ。完全に平和な場所なのに。
「でも、お前たち普通のエルフだな。危険ない感じ」
「平和なエルフです」
「そうだな。じゃ、入っていいよ」
「ありがとうございます!」
三人は、門をくぐる。
「わあ……」
アリアが息を呑む。目の前に広がるのは、賑わい。人がいっぱい。たくさんの店。たくさんの声。石造りの家々。馬車が行き交っている。
「これが、人間の街」
セラも呟く。エルフの村とは、全然違う。規模が違う。密度が違う。空気が違う。匂いも違う。
「楽しそう」
アリアが微笑む。その瞳に、期待が光る。
「見て回ろう」「はい!」「ええっ!」
三人は、街の中へ歩き出す。
最初に目に飛び込んできたのは、広場だった。噴水が中央にある。周りに人が集まって、話したり休んだりしている。
「広場!」
リリナが目を輝かせる。
「エルフの森の広場と、全然違う」
「人の密度が違うよね。村の広場って、もっと静かだったし」
「噴水を見に行こう」
「はい!」
三人で噴水の周りを歩く。子供たちが走り回っている。露店で買い物する人がいる。談笑する大人たち。
「外の世界の人、楽しそう」
アリアが微笑む。
「うん。平和なんだな」
「……エルフの森みたいに、ここも守るべき日常がある」
セラが呟くと、アリアが頷いた。
「そうだね。ここにも、守りたいものがある」
異変の源を探す旅。でも、それは単に「脅威をなくす」ためじゃない。こういう平和な日常を守るためだ。改めて実感した。
## 街の探索
夕方。三人は街を探索していた。
「すごいね、人間の街」
アリアが呟く。目の前に広がるのは、たくさんの店。武器屋、防具屋、雑貨屋、食堂——種類が多すぎる。
「エルフの村には、こんなに店なかったよね」
リリナも興奮している。
エルフの守護隊でいうと食堂が一つ、雑貨屋が一つあるだけだ。ここは全然違う。活き活きとした商店の密度が、圧倒的だ。
「これ、なんだろう?」
リリナが不思議そうな物を指差す。金属の道具。
「鍋だよ。料理に使う」「ああ、料理!」
リリナは納得。セラは微笑む。
「外の世界には、いろいろな道具がある。エルフの森とは、文化が違う」
「見て、これ!」
リリナが服を指差す。人間の服。エルフの服とはデザインが違う。素材も違う。色も派手だ。
「かわいい!」「着てみたいな」
アリアも興味津々。
「試着できますよ」
店主が声をかけてくれた。
「いいんですか?」
「もちろん。エルフのお客さんは珍しいな。どれが気になりますか?」
「これ!」
リリナが赤いドレスを指差す。アリアは青いリボンのついた服を手に取る。
セラは壁際で二人が服を選ぶのを見ていた。アリアが青い服を当ててくるくる回る。リリナが赤いドレスを羽織って鏡を見る。
……こういう場面を「待ってる側」で見られることが、ひそかに好きだ。
「セラ、どっちが似合う?」
アリアが二つの服を両手に持って比べている。
「……どっちも似合う」
「どっちって聞いてるんだよ」
「青い方かな。アリアの金髪に映える」
「……えへへ、ありがとう」
アリアが照れた。
そのうち着てみよう——というのは今日はやめておいた。財布の残高を確認して、セラは現実に引き戻された。
「食堂も、いっぱいある。いい匂いがするな」
「何食べようかな」「肉!」「魚!」
二人が同時に言う。セラは笑う。
「じゃ、肉と魚にしよう」「やたー!」「いえー!」
三人は食堂に入る。店内は、賑わっていた。
「いらっしゃい」
店主が迎える。温かい笑顔。
「三人です。一番のおすすめは?」「今日は、ローストポークがおすすめだ。付け合わせの野菜も旬のもんだ」「じゃ、それにします」「私も!」「私もっ!」
「三人ともエルフか。珍しいな。どこから来たんだ?」
「エルフの森から来ました」
「エルフの森!? 本当に存在するのか……伝説の場所だと思ってたよ」
「普通に存在しますよ」
「そうか。まあ、ゆっくりしてけ」
気さくな店主だった。
しばらくして、料理が運ばれてくる。肉が焼けている。野菜も添えられている。いい匂いがする。
「わあ、美味しそう」
「いただきます」「いったきます!」
三人で食べる。美味い。外の世界の味。エルフの森の料理とは違う。もっと濃い。もっと肉々しい。でも美味い。
「アリア、これ好き?」
「うん! エルフの森の料理はもっと素朴だけど、これはこれで美味しい」
「リリナは?」
「肉、好きです! もっと食べたい!」
「育ちざかりだな」
「……リリナ、大きくなれますかね?」
「絶対なれる」
「やた! 頑張って食べます!」
リリナが一生懸命食べてる。
「二人と一緒に食べると、もっと美味しい」「そうだね!」
俺、いつからこんなことを気持ちよく言えるようになったんだ。でも、本当のことなので仕方がない。
## 冒険者ギルド
夜。三人は、冒険者ギルドを訪れた。
「ここが、冒険者ギルド……」
アリアが呟く。目の前にあるのは、大きな建物。看板には「冒険者ギルド」と書かれている。松明が入り口の両側を照らしている。
「冒険者が集まる場所。長老から聞いたことがある」
「入ってみよう」「はい!」「ええっ!」
三人は、ギルドに入る。
広いホール。剣を持った者、魔法使い、弓使い——様々な冒険者が集まっている。騒がしい。活気がある。むんとした、戦士の匂い。
どこか、守護隊の訓練場に似ている。でも規模が違う。年齢層も職種も、ずっと幅広い。
掲示板には、依頼が貼られている。「モンスター討伐」「アイテム回収」「護衛」——様々な依頼。
「これ、クエストだ」
セラが掲示板を見る。冒険者たちが依頼を受けて、報酬を得る。それが冒険者の仕事。
「受付、あっち」
アリアが指差す。受付カウンターに、女性の受付員がいる。
「行ってみよう」
三人は、受付へ近づく。
「いらっしゃい。初めてですか?」
受付員が微笑む。温かい笑顔。
「はい。エルフの森から来ました」
「エルフの森……珍しいですね。冒険者に、興味があるんですか?」
「はい」
「登録されますか?」「登録?」
「冒険者として登録すると、クエストを受けられるようになります」
受付員が説明してくれる。冒険者登録。ランク制度。クエスト報酬。登録料。カードの使い方。思ったより複雑なシステムだ。
「やってみたいな」
アリアが言う。リリナも頷く。
「私もっ! 冒険者、かっこいい!」
「じゃ、登録します」
受付員は、紙を取り出す。
「名前と、種族と、得意な魔法を教えてください」
「セラ・ウィスパーウィンド。エルフ。風と光の魔法」
「アリア。エルフ。光と水の魔法」
「リリナ。エルフ。水と風の魔法」
「登録料は、銀貨三枚です」
銀貨を払うと、受付員はカードを渡してくる。
「これが、冒険者カードです。最初はGランクです」
「Gランク……」
セラはカードを見る。自分の名前が書かれている。セラ・ウィスパーウィンド。Gランク冒険者。
最下位だ。まあ、最初はそういうものか。実績で上げていくだけだ。
「クエストを受ける時は、このカードを見せてください」「ありがとうございます」
「応援してますね。エルフの冒険者さん」「がんばります!」
三人は、ギルドを出る。夜空が見えている。
「冒険者になれた!」
リリナが興奮して叫ぶ。
「Gランクだけどな」
「Gでもいい! 冒険者は冒険者です!」
「そうだな。最初はGで当然だ。上げていくだけだ」
「うん! Aランクまで上げます!」
「Aどころか……守護隊で特Aクラスだったし、Aは余裕じゃないか」
「え、冒険者ランクと守護隊のランクは別物ですよ?」
「そうか」
「でも、俺たちなら絶対に上がる。二人の力なら」
「セラも一緒に上がるんだよ?」
「もちろん」
「じゃあ、三人で一緒にAランクまで」
「いえー!」
アリアも微笑む。
「新しい冒険、始まるね」「うん。二人と一緒なら」
## 宿での夜
夜も深まった頃、三人は宿を探した。
「ここ、一泊いくら?」
「お三方なら、銀貨三枚になります。三人部屋が一つ空いております」
「じゃあ、それで」
宿の主人が案内してくれる。二階の部屋。木の廊下。鍵のかかる扉。
ここが、外の世界での最初の宿だ。
部屋は思いのほか広かった。ベッドが三つ。木の床。小さな窓。窓の外には夜の街が見える。石造りの建物が連なる夜景。エルフの森とは全然違う光景だ。
「疲れた……」
アリアがベッドに倒れ込む。リリナも、同じく崩れ落ちる。セラは少し笑う。
「でも、楽しかったよね」「うん。人間の街、すごかった」
「ギルドも! 冒険者、かっこよかった」
「俺たちも今日から冒険者だけどな」
「そうだね! 私たちもかっこいいよ? ね、セラ」
アリアがじっとこちらを見る。
「……まあ、二人はかっこいいと思う」
「セラもでしょ」
「照れるから、それくらいにしてくれ」「あんまり照れてないでしょ?」「照れてる。見えにくいだけだ」
「明日はどうする? ギルドでもっと詳しく話を聞いたほうがいいかも」
「うん。正式な登録の手続きも、まだあるって言ってたよね」「はい! 頑張ります!」
リリナが拳を握る。
「明日も、楽しみだ」「うん!」「ええっ!」
「ねえ、セラ」
「うん?」
「今日、一番印象に残ったことって何?」
アリアが聞いてきた。
「……馬かな。アリアとリリナが馬を触った顔が、すごく良かった」
「え、私たちの顔?」「顔じゃなくて、馬でしょ普通は!」
「馬より二人の顔の方が印象的だったんだよ。あんなに嬉しそうな顔、初めて見た」
「……もう、セラ。変なこと言う。でも……ちょっと嬉しい」
アリアが顔を赤くして枕で顔を隠した。
「リリナは?」
「私は、冒険者ギルドが一番です! あんなにたくさんの強そうな人たちを見て、私も頑張ろうって思いました!」
「目標が明確だな。良いことだ」
「えへへ、セラみたいになりたいなって思ってます」
俺が目標。
嬉しい。それと同時に、その重さもちゃんと感じる。応えないといけない——じゃなくて、応えたい、と思う。
「俺みたいになるより、リリナはリリナのままでいい。それで十分強い」
「……う、嬉しいです」
「おやすみ、アリア。リリナ」「おやすみ、セラ」「おやすみなさい!」
セラは目を閉じる。新しい世界の夜。でも、二人の寝息が聞こえる。それが、何よりの安心。
「今日一日、外の世界に来て、どうだったか」
一人で呟く。
「……全部、良かった。馬、街の人々、食事、ギルド。どれも新しかった。でも怖くなかった。二人がいたから」
二人と一緒なら。何でもできる——こんなことを思える自分が、少し好きになってきた。
眠りに落ちていく。最初の街の夜。冒険者になった夜。明日は、何が待っているか。
楽しみだ、とセラは思う。明日も、二人と一緒に。




