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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第3話 着替えと魔力

# 第3話 着替えと魔力


## 朝の訪問者


 コツ、コツ。


 上品なノックの音に、意識が水面へと浮上した。


(……ああ、そうか。転生したんだった)


 寝起きの一秒で全てを思い出すのは、地味につらい。前世の俺は、目覚まし時計を三回止めてからやっと起き上がる類の人間だった。しかもそのたびに「会社行きたくない」と天井に向かってつぶやいていた。今はエルフ。転生。魔力。冒険。


「セラ、起きてる?」


 ドアの向こうから聞こえてきた声は、透き通るように澄んでいた。


(アリアだ)


 名前を聞いた瞬間、胸の奥がほわっと緩む。説明できないが、この感覚は確かにある。


「うん、起きてる。入って」


「おはよう、セラ!」


 ドアが開いた。朝日を背負ったアリアが部屋に入ってくる。金髪がふわりと揺れ、白のワンピースがよく似合っている。エルフ特有の尖った耳が、髪の間からちょこんと覗いている。


 絵になる。本当に絵になる。転生エルフの幼馴染が超美少女。前世の幼馴染は野球少年の田中くんだったが、ギャップがすごすぎる。


(田中くん。元気か。お前は今頃、社会人になって元気にやってるだろう。俺はエルフになった。人生はわからない)


「よく眠れた?」


「うん、おかげさまで」


「よかった。心配してたんだよ」


 セラはベッドの縁に座ったまま、彼女を眺めた。転生して三日目。この鋭敏すぎる耳は相変わらず全ての音を拾い、この整いすぎた顔は鏡で見るたびに「誰?」となる。体の中では見えない何かがゆるりと流れていて——そう、魔力だ——それがまだ落ち着かない。


「ご飯、もうできてるよ」


「ありがとう。今行く」


 立ち上がろうとして、気づいた。


(……そういえば俺、昨日は寝間着のまま寝てたな。着替えないと)


## 着替えの補助


「じゃあ着替えるから、少し——」


「手伝うね」


「——え?」


 アリアがにこりとした。


「え?」


「着替え、手伝うよ?」


(……は?)


 一瞬、思考が完全に止まった。


(いや待て。着替えを——手伝う? 朝、部屋に女の子が入ってきて「着替えを手伝う」と言っている。前世の俺の常識では——)


「セラ? 顔が赤い」


「き、気のせいだ!」


「気のせいじゃないよ。熱でもある?」


 アリアが当たり前のように近づいてくる。細い手が伸びてきて、セラのパジャマの袖に触れた。


「い、いや、自分でできる!」


「でも昨日も上手く着られてなかったじゃない」


 言い返せなかった。昨日、この世界の服の構造がよくわからなくて、背中のボタンを全部掛け違えていたのは事実だ。


「エルフの服って複雑なんだよね。腕の部分の紐も、左右で結び方が違うから」


「そうなのか……」


「慣れるまでは手伝うよ。当たり前でしょ?」


(当たり前でしょ——この子、今完全に当たり前の顔で言った!!)


 前世の感覚でいえば、異性が着替えを手伝うなど事案レベルだ。だが彼女の顔には一切の邪気がない。透き通るような金色の目が、「何か問題でもあるの?」と語りかけている。


 ここはエルフの森だ。前世の常識を持ち込むのは間違っている。


(落ち着け俺。ここはファンタジー世界だ。文化が違う。常識が違う。だからといって心拍数がこんなに上がるのは——うん、仕方ない。人間だもの。エルフだけど)


「……お願いします」


「はーい。じゃあ袖からね」


 アリアの手が、てきぱきと動く。パジャマの袖を外し、新しい服を手渡してくる。その全ての動作が、なんというか、まるで弟の世話をしているような気軽さで——そしてその気軽さが、余計にセラを動揺させた。


「はい、腕を上げて」


「……はい」


「こっちの紐を先に結んで——」


「……はい」


「次に背中のボタンを——できた。ほら、上手でしょ」


(……これが毎朝続くのか。俺の精神、持つか?)


(もういい。慣れる。慣れてみせる。……一週間後の俺に告ぐ。慣れてないだろ。知ってる。でも今の俺は慣れると言う。言い続けることが大事だ。前世の俺も「そのうち慣れる」と言い続けてついに慣れなかった残業があったが——今回は絶対に慣れる。文化の違いだ。エルフとして生きると決めたんだろ。慣れる。慣れてみせる。……でも今は心拍数が落ち着いてくれ)


## 魔力の跳ね——そして事件


 着替えが終わったとき、それは起きた。


 アリアがセラの後ろに回り、服の最後のボタンを直していた。細い指が背中に触れた、その瞬間。


 ドン、と何かが爆発したような感覚。


(な——!?)


 体の中で何かが弾けた。魔力だ。全身を流れていたはずの魔力が、突然全部右手の平に集まってくる。熱い。じんじんする。指先から何かが溢れ出そうで——


「セラ!?」


 アリアの声が遠くに聞こえる。


 右手の平から、うっすらと光が漏れ出した。青白い、淡い光。それが部屋の壁に映し出されて、揺れている。


(やばい。なんでこのタイミングで!)


 さらに問題が起きた。


 光が、止まらない。


 昨日の練習で少しコントロールを覚えたはずだった。なのに、今は全然言うことを聞かない。右手から漏れる光が、どんどん強くなっていく。部屋が青白く染まっていく。


「手! 手を見せて!」


 アリアがセラの右手を両手で包んだ。温かい手だ。柔らかい。


 そして。


 魔力が、すうっと落ち着いた。


 光が消える。熱が引く。


「大丈夫?」


「……うん、たぶん」


「たぶんって何よ」


「だって自分でもわからないんだ。急に魔力が……」


「魔力が暴走しかけたの?」


 アリアの声が、少し硬くなった。


「暴走、というか……弾けた感じ?」


「セラ」


「うん」


「魔力ってね、感情と連動してるの」


「何か、心拍数が上がるようなことがあった?」


(あったとも。ものすごく。着替えを手伝ってもらって心拍数が——いや、それは絶対に言えない)


「……少し、驚いたことがあって」


「驚き?」


「うん」


 アリアがじっとセラを見る。疑うような目ではなく、ただ真剣に状況を理解しようとしている目だ。


「心当たりは、あるにはある」


「そっか」


 アリアはしばらく考えてから、ゆっくりと頷いた。


「魔力が不安定な時期って、感情の起伏で弾けることがあるんだって。お母さんが昔言ってた」


「そうなのか」


「だから、あんまりびっくりしたりしないほうがいいかも」


(……それが一番難しい。毎朝この子が着替えを手伝いに来るんだぞ)


 しかし。


 問題はその後だった。


 落ち着いたはずの魔力が、またじわりと揺らいだ。アリアがまだ手を握っているのに、今度は別の理由で——アリアの手の温度が、体に直接伝わってくるような感覚。


(落ち着け。落ち着けと言っている。俺の魔力、人の言うことを聞いてくれ)


 右手の先端が、ほんのりと光った。


「あっ、また!」


 アリアがセラの手を両手でぎゅっと包んだ。光が収まる。でもアリアの顔が近い。


(近い近い近い。——落ち着けと言っている)


 光が、また少し漏れた。


「……セラ」


「うん」


「もしかして、私が原因?」


(そういうことになる。ものすごくそういうことになる)


「……あー、うん、たぶん」


「えっ」


 アリアが目を丸くした。


「えっ、私が?」


「………うん」


 沈黙が訪れた。


 アリアがゆっくりと手を離した。光は消えた。アリアが少し後ろに下がった。光は消えたまま。


(……距離が問題だったのか。物理的な距離)


「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」


「いや、アリアのせいじゃないよ。俺の魔力の制御が甘いんだ」


「でも……私が原因って言った」


「原因というより……えーと、その……触発される、というか」


(口から出てから気づいた。これはものすごくまずい言い方だ)


「触発される、って……どういう意味?」


「いや、その、アリアの魔力が近くにあると、俺の魔力が——」


「嬉しそうにする、ってこと?」


(「嬉しそうにする」とは。魔力が。嬉しそうに。アリア、その表現ちょっと鋭すぎないか)


「……そういう、表現になるのかな」


「えへへ」


 アリアが照れたように笑った。


「なに」


「なんか、セラの役に立ててる気がして。嬉しい」


(……この子は天然なのか計算なのか、どっちなんだ)


 セラは返答に困って、残っていたパンを口に運んだ——まだ朝食の前だったが。


## アリアの不思議


 一階に降りて、朝食の席についた。


 テーブルには色鮮やかな料理が並んでいる。サラダに似たもの、パンのようなもの、芋類を蒸したもの。


「ねえ、さっきの話だけど」


 アリアが向かいに座りながら言う。


「さっきの?」


「魔力が弾けたやつ」


「ああ、うん」


「私が触ったら落ち着いたでしょ」


「あれって、多分——」


 アリアが少し考えるように視線を斜め上に向けた。その顔が、いつもより真剣だ。


「エルフの魔力ってね、安定剤みたいなものがあるの」


「安定剤?」


「親しい人の魔力が近くにあると、自分の魔力も落ち着く、みたいな。感覚的な話だから、はっきりとは説明できないんだけど」


(前世でいうと、人が側にいると落ち着くのと似た話か)


「つまり、アリアが触ると俺の魔力が安定するのは——」


「私たちが親しいから、かも」


 アリアがにっこり笑った。


「えへへ」


「なに」


「セラの役に立ててる気がして。嬉しい」


(……さっきも同じこと言った。この子はどこまで天然なんだ)


「セラ、明日も手伝うね」


「うん——え? 明日も?」


「当たり前でしょ? 慣れるまで」


(……慣れるのにどのくらいかかるんだろうか。魔力が毎回弾けるようでは、なかなか慣れそうにないんだが)


「アリア、一つ聞いていいか」


「なに?」


「エルフって……こういう場合(着替えの補助を指す)、全員がやってくれるのか? 幼馴染だから、ということじゃなくて」


「えっ? そうだよ。親しい人にはふつうにやるよ。お母さんも昔はよくやってくれたし」


(……文化が違う。本当に文化が違う。俺の前世の常識は、ここでは完全に別の世界のものだ)


「……そっか」


「慣れたら、普通に感じてくるよ。エルフはそういうものだから」


 アリアが当たり前のように言った。


 セラはお茶を一口飲んだ。


(……慣れたら、普通に。——前世の俺にとって、日本の「普通」が「普通」だった。でもそれは日本という場所の「普通」だった。ここはエルフの森だ。この森の「普通」がある。どっちが正しいとか間違いとか、そういう話じゃない。ただ——慣れるまでに、俺の心拍数がどれだけ上がるのかという話だ)


「あ、そうだ」


 アリアが急に思い出したように言った。


「エルフの話が出たから」


「何?」


「エルフって、思ったことを直接言う文化があるんだよ。人間の村では『遠回しに言う』のが礼儀らしいけど、エルフは逆で、遠回しに言うのはかえって失礼とされてる」


(……それは初耳だ)


「ちゃんと正面から伝えること——それがエルフの礼儀。だから、セラに着替えを手伝うって言ったのも、心配だから、って気持ちを隠さずに出しただけ」


「なるほど」


「前世の世界は、どうだったの?」


「前世の世界は……遠回しに言う文化の方が強かった。『察してほしい』とか、『言わなくてもわかるでしょ』とか、そういうのが多かった気がする」


「わ、それ大変そう」


「そうなんだよ。会社のミーティングで上司が『この件はどう思う?』と聞いてきて、実は特定の答えを期待してるんだけど、その答えを先に読み取れないといけない——みたいな。直接言えばいいのに」


「それは……よくわからないけど、つらそうだね」


「まあ、そういう世界だったから。慣れてたけど。でも——」


 セラは少し考えてから言った。


「エルフの文化の方が、俺には合ってる気がする」


「そう?」


「うん。言いたいことをちゃんと言えるの、楽だ」


 アリアがふわっと微笑んだ。


「じゃあ——セラも、思ったことはちゃんと言ってね。遠慮しなくていいから」


「……うん。ありがとう」


(……こういう子が幼馴染だったんだなと思うと、少しだけ得した気分になる。前世の田中くんとは、ほぼ野球の話しかしてなかったからな)


## 庭での練習


 朝食を終えて、少しだけ外の空気を吸うことにした。


 アリアの家の裏手に出ると、小さな庭がある。木漏れ日が揺れて、鳥の声がする。


(いい場所だ。前世のアパートのベランダは道路に面していて、排気ガスの臭いと騒音が標準装備だった)


 芝生の上に座って、手の平を見つめた。今は何もない。普通の手だ——いや、エルフの手なので指が少し長くて細いが。


「セラ」


 アリアが隣に座ってきた。


「魔力、今はどう?」


「落ち着いてる」


「よかった」


 二人並んで座る。木漏れ日が揺れる。


「魔力って、どんな感じ?」


 アリアが首を傾けて聞いてくる。好奇心旺盛な目だ。


「……血液みたいな感じ。流れてる感じがするのに、見えない」


「ふーん」


「あと、感情が動くと一緒に動く。さっきみたいに」


「そっか。私はもう慣れすぎてて、魔力の流れを意識したことないや」


「魔力って、エルフだけが持ってるのか?」


「ううん。人間にも魔法使いはいるよ。でもエルフの方が魔力量が多いから、魔法が得意な種族として知られてる」


 エルフは生まれつき魔力の流れを体に持つ。人間は後天的に訓練で引き出す。


「アリアは、魔法を使えるのか?」


「うん。でも、セラほど魔力は多くない。普通のエルフくらいかな」


「普通のエルフ、か」


「うん。セラは……明らかに普通じゃない量が流れてる。見ればわかるよ」


 アリアがセラの手元を見た。何かを感知しているような顔だ。


 アリアがセラの右手に、そっと自分の手を重ねた。


(また触ってくる!)


 でも。全身に流れていた魔力が、すうっと穏やかになった。さざ波が凪ぐような感覚。


「落ち着いた?」


「……うん」


「よかった」


 アリアが満足そうに微笑む。


(それ以上に、なんか、普通に落ち着くんだが。魔力の話だけじゃない気がする)


 前世の俺は、特定の誰かの側で安心したことなんて、ほとんどなかった。


「まあ、焦らないで。少しずつ練習していこう」


「そうだな。ありがとう、アリア」


「当たり前でしょ?」


 アリアがまた、あの眩しい笑顔で言った。


(当たり前でしょ、か)


## 光のコントロール


 昼が過ぎ、午後の日差しが斜めになってきた頃。


 セラとアリアは庭で、魔力の練習を続けていた。


「さっきより安定してきたよ」


「そうか? 自分では違いがわからないんだが」


「光が揺れてない。さっきはブレてたけど、今は安定した光が出てる」


「コツは何なんだろう。呼吸を一定にすると安定する気がするんだが」


「あ、それ正解かも。魔力って、感情と連動してるって言ったでしょ。呼吸を整えると感情も落ち着くから、結果的に魔力も安定する」


 理にかなっている。前世の「深呼吸しろ」は、魔力的な意味でも正しかったのか。


「前世の世界でも、呼吸法を使って集中する技術があったよ」


「前世の世界にも魔力みたいなものがあったの?」


「いや、そういうわけじゃないけど……似たような原理があった」


「へー、面白いね」


 練習を続けながら、セラは改めて今の状況を整理した。


 転生三日目。エルフの美少女幼馴染と、魔力の練習をしている。毎朝手作りの朝ごはんがある。着替えを手伝ってもらえる。庭で一緒に練習できる。世話を焼いてくれる人がいる。


 客観的に見て、かなり良い状況だ。


 光を出す。消す。大きくする。小さくする。焦らず。水を掬うように。


(コツがわかってきた気がする。急げば指の間からこぼれる。ゆっくりすくえば、ちゃんと手の中に収まる)


「セラ、今のすごく安定してたよ」


「そうか?」


「うん。光の縁がぼやけてない。はっきり出てる」


「セラ、何考えてた?」


「比較をしていた」


「何と何の?」


「前世と今世の」


「どっちが良かった?」


「……今世の方が、断然」


「えへへ、そう言ってくれると嬉しい」


 アリアがまた照れたように笑った。


 練習の最後に、セラは少し大きめの光を出してみた。


 手の平から溢れた光が、庭の草の上に落ちて、揺れた。


「きれい」


 アリアがつぶやいた。セラも思った。きれいだ、と。


 前世の俺は、こういうものを見る余裕がなかった。残業で遅くなって、コンビニの蛍光灯の下でおにぎりを食べながら「もう帰れるか」と時計を見ていた。


 この光は、全然違う。


 光が消える。日が傾いた庭に、木漏れ日だけが残った。


「今日の練習、ここまでにしよう。疲れたでしょ」


「うん、少し」


「夕ご飯、何がいい?」


「アリアが作るなら何でも」


「当たり前でしょ」


 アリアがまた、あの笑顔で言った。


## 夜の内省


 夕食が終わった後、セラは一人で部屋に戻った。


 日が落ちて、エルフの森が夜の顔になる時間。


(……昨日は夜の音に驚いたが、今日は少し慣れた)


 ベッドに座って、今日を振り返る。


 アリアが着替えを手伝いに来た。魔力が弾けた。光が漏れた。アリアが手を握ったら落ち着いた。でも近すぎてまた弾けた。アリアの「えへへ」を三回見た。アリアの鼻歌を聞きながら夕食を食べた。


 一日に出来事が多すぎる。


 手の平を見つめた。


 光を出してみる。今日の練習の成果か、コントロールが昨日より上手くいく。揺れない。安定した光だ。


「……うまくなってる」


 独り言が部屋に響いた。


(前世の俺は「自力でやる」ことを重視しすぎていたかもしれない。今世では、まずアリアの力を借りながら、少しずつ自立していく——それが正しいやり方かもしれない)


 光を消した。


 外では虫が鳴いている。


 窓を開けると、夜の森の向こうに、集会所らしき建物から灯りが漏れていた。人影が動いている。


 そして——その中に、こちらを見ている人物がいた気がした。


(……誰だ?)


 目を凝らす。でも遠すぎてわからない。白い長い衣を着た——長老、だろうか。エルフの長老がこちらを見て、動かずに立っている。


 ほんの数秒のことだった。人影は集会所の中に戻り、灯りが消えた。


(……気のせいか。それとも——)


 昨日アリアが話した「別の世界の記憶を持つ子」の伝説。それを長老から聞いた、とアリアは言っていた。


 長老は——セラのことを知っているのか。


(知っているとしたら、何を知っているんだ。俺がどこから来たとか、なぜここにいるとか、そういうことまで——)


 思考が深みに引き込まれそうになって、セラは首を振った。


(考えすぎだ。長老が窓の外に立っていたのは、ただの偶然かもしれない。エルフの森の夜は、人が外を歩くことも普通だろう)


 ベッドに腰を下ろした。


 天井を見上げる。木の天井。前世のマンションの白い天井とは違う。こちらの方が温かみがある。節目の模様が、何となく顔に見える。


(……転生してから三日間、本当に色々ありすぎた。着替えの件。魔力が弾けた件。アリアが手を握ったら落ち着いた件。全部まとめると——なかなか密度の高い三日間だ)


 手の平をもう一度見た。


 ゆっくりと光を出してみる。揺れない。安定している。


(上手くなってる。少しずつだけど、確実に)


 でも——上手くなっているのは魔力だけじゃない気がした。


 この森に慣れてきている。アリアの声が近くにあることが、当たり前に感じてきている。朝のノックが待ち遠しいとは言わないが、聞こえると安心する——それは確かだ。


(前世の俺は、そういう「誰かの存在が当たり前になる」感覚を、あまり知らなかった気がする)


 光を消した。


 外では虫が鳴いている。豊かで、静かな夜だ。


 集会所の灯りは、もう消えていた。長老の影は見えない。


 夜の音が、今夜は心地よく聞こえる。


(魔力が落ち着いてきた証拠だろうか。それともただ慣れてきたからか——どちらでもいい気がした)


 今夜は昨日より少しだけ早く眠れそうだ。


 おやすみ。


 誰かに言うわけでもなく、セラは呟いた。



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