第26話 リリナの告白
# 第26話 リリナの告白
## 帰還と出迎え
転生三十一日目の夜。
守護隊本部の重い木戸を押し開けると、セラは深く息を吐いた。
単独任務の緊張がようやく解けていく。
(終わった。やっと終わった)
泉の近くでの調査は予想以上に神経をすり減らすものだった。古代エルフの魔法と思われる異常現象を目の当たりにし、詳細な記録を取り続けた数時間。異常な魔力濃度。植物の加速成長。光の螺旋の美しさと不気味さ。
(こういうのを一人でやり遂げる感覚——試験前夜に全問自力で解けた朝、みたいな静かな達成感だ)
隊長への報告は済んでいた。「見事な記録だ。一人前としての働きだ」と言われた。褒められた。褒められたのに、まだ体が緊張を手放していない。終わったのに終わった感がしない。手のひらが、今もかすかに震えている。
「ただいま」
思わず口をついて出た言葉は、誰に向けられたものでもない。本部の内部は静まり返っている。
……のはずだった。
「セラさん!」
足早に近づいてくる足音と共に、声が響いた。
本部の入り口付近。そこに立っていたのは、栗色の髪をした少女エルフ——リリナだった。心配そうな表情。胸元で微かに光る星形のペンダント。その瞳の奥に、どれだけ待っていたかを物語るような光が宿っている。
(え、待ってたの? この時間に?)
「リリナ……待っててくれたのか?」
「うん。アリアちゃんは明日の早朝から任務だって言ってたから、先に帰らせたの。私が……私が待ってた」
リリナは胸元の手をぎゅっと握りしめた。
(「私が」って二回言ったな。強調してる。これは普通の出迎えじゃないかもしれない)
「ご心配を。任務は無事に完了したよ。泉の近くで異常現象を確認して、詳細な記録を取ってきた。隊長からも褒められた」
「よかった……。本当によかった」
リリナの肩から力が抜けていくようだった。一歩近づいて、セラの顔を覗き込むように見上げてくる。長い睫毛が、月明かりの中でかすかに濡れて見えた。
(あ、これ泣いてたな。待ってる間に)
「私、すごく心配してたの。単独任務だなんて聞いて、東側の集落にいた頃のこと思い出しちゃって。魔物の襲撃で、みんなで隠れて……そんな時のこと」
「東側の集落にも、そういう時期があったのか」
「うん。ずっと昔の話だけど、おばあちゃんから聞かされてきたの。隠れ壕で数日過ごしたとか、夜中に警備を交代で立ったとか。だから一人で行くなんて聞いた時、本当に……」
リリナの声が少し震えている。
セラは自然と彼女の肩に手を伸ばした。
「大丈夫だ。無理はしないし、何よりこのマントがある」
守護隊エース専用のマントを軽く広げると、リリナはふっと笑った。
「それね。みんな嫉妬してるよ、そのマント。私も欲しいくらい」
「三人とも貰えることになるんじゃないかな。隊長も『エースたちの象徴だ』って言ってたし」
「うう、そだね。期待しちゃう」
「ありがとう、リリナ。待っててくれて」
「っ……別に! 別に待ってたわけじゃないし! たまたま本部に用事があって……」
「へえ、どんな用事?」
「っ……! し、心配! そう、心配しに来ただけ! 同僚として当然のことだし!」
リリナの顔が赤くなっていくのが、月明かりでもわかった。耳まで染まっている。
「うん、ありがとう。同僚としての友情に感謝するよ」
「も、友情って……! もう!」
リリナは思わずセラの胸を軽く小突いた。その手の温かさが制服越しに伝わってくる。
「……帰るね。セラさん」
「ああ」
二人並んで歩き出した。
夜の村は静かだった。家々の窓から漏れる光は少なく、ほとんどのエルフたちが眠りについている時間だ。石畳の道を歩く足音が、静寂の中に響く。
## 二人の時間
「ねえ、セラさん」
「ん?」
「その任務、何かすごいものを見たんでしょ? 隊長が呼び出されてからずっと気になってて」
「すごいものっていうかな……古代エルフの魔法だと思われる現象を目撃したんだ。植物が、目に見える速度で成長していくの」
「目に見える速度って……魔法が原因?」
「多分ね。光の螺旋が現れて、その周りの植物が一斉に芽吹いて、花が咲いて、実がなる。まるで時間が加速しているみたいに」
(芽が出て、枝になって、花が咲いて、実になる——それが数秒で完了する。植物に対して時間そのものをかけているとしたら、古代エルフの魔法の概念はどこまで広がるんだ)
「すごい……。古代エルフの魔法って、そんなことができるのね」
「詳しくはわからないけど、遺跡の記録にも似たようなことが書かれていた。今後の調査が必要だって隊長も言ってた」
「ふーん……すごいなぁ。セラさんって、本当に特別だよね」
「特別なのは僕の魔力の方だよ。制御不能になりかけるトラブルメーカーだ」
「っ……違う! 全然違うよ! セラさんは……セラさんは……」
リリナは急に言葉を飲み込んだ。その表情は何かを言いかけて、やめたような——
服の裾を握り直している。
(今夜、リリナの様子がおかしいな。緊張してる。本部で待っていた時からずっと)
「僕は?」
「っ……また今度! その話はまた今度する!」
「おやおや、気になるなー」
「もう! 無視する!」
リリナは意地を張るように顔を背け、早歩きで進み出した。セラはその背中を見ながら、小さく笑った。いつもの明るいリリナだ。でも、普段とは違う緊張感がある。
村の広場を抜けると、夜空が大きく広がっていた。星々が瞬いている。
「ねえ、少し寄り道しない?」
リリナが突然立ち止まって振り返った。
「寄り道? この時間に?」
「うん。夜の広場に行きたいな、ちょっと」
「夜の広場……村の北側にある、あの開けた場所か?」
「そうそう。あそこ、夜の方がきれいなんだよ。星がよく見えるし」
(「たまたま本部に用事があって」という発言と「夜の広場に行きたい」という流れ——計画的な動きだな)
「いいよ。特に急ぐ用事もないしね」
## リリナの告白
夜の広場は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。周囲を囲む木々が黒い影となって立ち並び、その隙間から夜空が覗いている。星がよく見えた。空全体が星々で埋め尽くされているようだった。
二人並んで、広場の端にある古いベンチに腰を下ろした。木のベンチはひんやりとしていて、夜の湿気を帯びていた。
「きれいだね」
「うん……。東側の集落とは違う星の並びだけど、やっぱり星ってきれい」
夜風がそっと頬をなでた。木の葉がさらりと鳴る。遠くで、夜鳥が一声鳴いて、また静かになった。空気はひんやりしている。秋の入り口のような、清冽な冷たさだ。
リリナは夜空を見上げたまま、しばらく黙っていた。月光が彼女の横顔を浮かび上がらせている。口が少し開いて、閉じる。何か言おうとして、言葉が出ていない。
指先が——かすかに震えていた。
膝の上に置いた手が、何度も握り込まれては開く。月明かりに照らされたその指先が、少しずつ白くなっていくのをセラは見た。
(泣きそうな顔してる。なんで)
「……リリナ、大丈夫? 何かあるなら話してくれていいんだよ」
「っ……!」
リリナはビクッと肩を跳ねさせた。それからゆっくりとこちらを向いた。その瞳の奥に、揺れ動く感情が見て取れた。
「セラさん……」
「うん」
「私、ずっと……ずっと、言おうと思ってたの」
「言おうとしていたこと?」
「うん。闘技大会の時も……調査隊の時も……成人の儀の時も……何度も言おうとして、やめちゃった。勇気が出なくて」
リリナは両手を膝の上で強く握りしめた。指先が白くなっている。
「でも……今回の単独任務で、本当に心配しちゃって。『もっと早く言っておけばよかった』って……『あの時に言っておけば』って思っちゃった」
「リリナ……」
「だから……今、言う。勇気を出して」
深呼吸。リリナは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
その仕草一つとっても——決意の重さが、伝わってくる。
「セラさんのこと、好きです!」
夜の静寂の中に、その言葉がポンと落ちた。
鳥のさえずりも聞こえない静けさ。その言葉だけが、二人の間に響き渡った。
「っ……え?」
「っもう! 驚かないでよ!」
リリナの顔が真っ赤になった。月明かりでもわかるほどに。耳まで赤く染まっている。
「好き……です。初めて会った時から……いや、噂を聞いてた時からかも。守護隊で伝説の新人って話で、オフスケールの魔力を持つエルフがいるって。でも、実際に会って……一緒に訓練して……」
リリナの声が少し震えていた。
「セラさんは、すごい才能があるのに謙虚だし、強いのに優しい。アリアちゃんとの絆も大事にするし、私なんかをチームに迎え入れてくれた。闘技大会では私の全力を受け止めてくれた。調査隊では……命を預けられる相手だと感じた」
「リリナ……」
「だから! だから好き! 一生懸命努力して、セラさんに追いつこうとしてるのに、なかなか追いつけなくて。でもそれがまた……セラさんを目標にして頑張れる理由になってて」
リリナはパッと顔を上げた。その瞳には、決意と不安が同居していた。
「私の気持ち、受け取ってくれませんか?」
## セラの返事
セラの心臓が早鐘を打ち始めた。
(予想はしていた。いや、気づいていた。リリナの視線、態度、今日の行動。全てがここに繋がっていた。わかってた。でも、実際に聞くと頭が真っ白になるのはなんでだ)
待て。待て。整理しろ。
(リリナが俺に告白した。俺はそれを——どう受け止めた? 嬉しいか? 戸惑ったか? 両方か? ……両方だな。両方だ。間違いなく両方だ)
(どうするんだ俺!)
アリアのことがよぎった。
幼馴染であり、前世から続く絆。彼女とは「好き」と「大好き」を交わし、結婚の約束もしている。アリアが近いと魔力が安定する。
(でも今はそれより先にリリナに向き合うべきだ。いや、アリアへの気持ちを先に整理するから、リリナへの答えが出るんじゃないか。——くそ、順序が——)
頭の中がとっ散らかっている。
(落ち着け。落ち着け。今考えるべきことは一つだ。目の前でリリナが震えている。それに応えるために、正直でいる。それだけだ)
リリナの想いは——本物だ。震えながらも、懸命に伝えようとしているその言葉の重み。指が白くなるほど握りしめた手。夜空を見上げたまま何度も口を開いて閉じていた横顔。あの決意が、全部本物だということは、セラにだってわかった。
嘘はつきたくない。曖昧なことも言いたくない。
ただ、誠実でいよう。
「……僕は」
セラは口を開いた。
「アリアと……幼馴染でね。小さい頃からの結婚の約束があって」
「っ……知ってる。アリアちゃんとは幼馴染だって聞いたことある。でも……でも!」
リリナは強く言葉を重ねた。彼女の瞳に、必死さが溢れた。
「エルフの文化では、複数のパートナーを持つことは珍しくないでしょ? 古代エルフの記録にも……」
「うん、それは確かに」
(エルフの文化、ということは今置いておこう。まずリリナに向き合うべきだ)
「私が言いたいのは……アリアちゃんを大事にしながら、私も一緒に……っていうわけじゃないよ! 私は、私で……リリナとして、セラさんを好きになれた。アリアちゃんの代わりになりたいなんて思ってない。ただ、セラさんの隣に……」
リリナの声が少し詰まった。
「セラさんの隣に、私もいさせてほしい。チームメイトとしてじゃなくて……一人の女性として」
月光がリリナの頬を伝った。一筋の涙。それが月明かりを受けてキラリと光った。
「無理だって言われても、覚悟はしてる。でも……言わなきゃ、一生後悔すると思って」
セラはリリナの目を真っ直ぐに見つめた。
(嘘はない。本物だ。この子は本当に、ちゃんと想ってる。怖さを抱えながらも押し通す勇気がある。かっこいい。正直かっこいい)
(俺は今すぐ答えを出せない。でも、曖昧にして傷つけることも、したくない)
「リリナ」
「は、はい……」
「ありがとう。すごく、すごく嬉しい」
「っ……!」
リリナの目がまん丸に開いた。
「リリナのことは……尊敬してるし、仲間として大事に思ってる。強くて、明るくて、計画性があって。チームには欠かせない存在だ」
「そ、尊敬って……」
「でも、責任を持って言うなら……今はまだ、はっきりと答えを出せない。アリアとの関係があって、自分自身の心の整理も必要で」
「っ……!」
リリナの表情が曇る一瞬——
「でも!」
セラは慌てて言葉を継いだ。
「でも、リリナを大切に思ってることは事実だ。君の気持ちも、本当に光栄に思ってる。時間をくれないかな。アリアとも話さなきゃいけないし、自分の心とも向き合わなきゃいけない。だから」
セラは自然とリリナの手を取っていた。その手は少し冷たかった。夜の空気に冷やされたのか、緊張のせいか。
「少し時間をくれないかな。リリナの気持ちを受け止めて、これからどうするか真剣に考えさせてほしい」
## 夜の終わり
一瞬の沈黙。
その間に、夜風だけが二人の間を吹き抜けていった。木々の葉がさらさらと鳴る音だけが響く。
リリナの瞳から、新しい涙があふれ出した。
「……うん。時間……くれる。待ってる。だって」
彼女はセラの手を両手で包み込んだ。小さな手。でも温かい。
「だって、セラさんはそういう人だから。勝手なこと言わずに、ちゃんと考えてくれる。それが……それがセラさんだから」
「リリナ……」
「私は……待つ。あの桃花が咲く場所に、セラさんと連れて行ってもらえる日が来るまで。それまでに、もっと強くなる。絶対に追いついてやるから」
リリナは涙を拭おうともせず、笑顔を浮かべた。その笑顔は、泣きながらも、決意に満ちていた。
「応援してるから。アリアちゃんと……二人で幸せになってほしい。その幸せの……隣に、私もいられたらって願ってる」
(この子は、本当に素敵な子だ)
セラは心から思った。
手を繋いで帰り道を歩く。リリナの体がふらりと揺れた。
「だいじょうぶ?」
「うん、ちょっと……少し緊張解けたらふらついたかも。セラさん、手……」
「ああ」
小さくて、温かい手だった。
帰り道、二人の影が並んで歩く。言葉は少なかったけれど、先ほどとは違う、温かい空気が流れていた。
「明日も早いんだよね? 訓練」
「うん。リリナもだろ?」
「えへへ、そうだね。でも今朝は……ちょっと眠れそうにない」
「ドキドキしてる?」
「もう! からかわないでよ!」
リリナがセラの腕を軽く叩く。その手つきは、もう先ほどまでの緊張は感じられない、親しげなものだった。
村の入り口まで戻ると、別れの時が来た。
「ここでいいよ。早く帰って、ちゃんと休んでね」
「うん。リリナも気をつけて」
セラはリリナの方を向いた。夜明け前の薄暗がりの中、彼女の瞳だけがはっきりと光っていた。胸元のペンダントが、もう一度光ったように見えた。
「リリナ」
「ん?」
「君の想い、本当に受け止めさせてもらった。ありがとう」
「っ……! うん……ありがとう」
リリナは一歩近づいて、セラの服の袖を軽く握った。その手が、すぐに離れた。
「それじゃあ、おやすみ。セラさん」
「おやすみ、リリナ」
リリナは一瞬、躊躇したようにこちらを見上げた。その後、来た時と同じ早歩きで自宅の方へと駆け出していった。振り返ることもせずに。栗色の髪が夜風に揺れながら、遠ざかっていく。
(行ったな。……かっこいいやつだ、本当に)
セラはその背中が見えなくなるまで見送った。
## 帰路の夜
村の中を歩きながら、頭の中が静かだった。
(リリナが、あんなにまっすぐに、俺に気持ちをぶつけてきた)
それがずっと、頭の中で回っている。
「命を預けられる相手だと感じた」——その言葉の重さ。指先が白くなるほど膝の上で握りしめた手。夜空を見上げたまま何度も口を開いて閉じていた横顔。あの決意が、全部本物だということは、セラにだってわかった。
(俺に、その誠実さに応える覚悟があるか)
問い返すまでもない。
まだない。
(でも——アリアに話さないといけない。今夜のことを、ちゃんと伝えないといけない。アリアには嘘をつきたくない。曖昧にしたくない)
石畳の道が、夜露でかすかに光っている。
足が止まった。
アリアの家の扉が、すぐそこに見えた。
電灯が漏れている。
(まだ起きてる? この時間に?)
扉の前に立って、セラは数秒止まった。中から声はない。でも確かに、ランプの光が窓の隙間から外へ滲み出している。
(……入るか。どうする。今夜のこと、言えるか)
胸がきゅっとなる。
怖いというより——申し訳なかった。怒らせるだろうか。傷つけただろうか。「どうして話してくれなかった」と思われるだろうか。いや、むしろ「先に話してくれた」ことを怒るアリアの顔が、想像できない。でも怖い。
(隠すのはもっと嫌だ)
扉に手をかけた。
リビングに入ると、ソファにアリアが座っていた。膝の上に本を広げたまま、目を閉じている。うとうとしていたのかもしれない。金髪がランプの灯りを柔らかく反射して、肌が夜の光の中にほんのりと溶けている。
(……待ってたのか)
「ただいま」
アリアがぱっと目を開けた。
「あ、シルヴャン。おかえり」
眠たそうな声。でも笑顔だった。
「こんな時間まで起きてたのか」
「うん。帰ってくるかなって思って、少し待ってた」
少し待ってた、か。
(今夜、俺を待っていた人間が二人いた)
その事実が、胸の奥で静かに熱を持った。誰かに帰りを待たれるのは、こんなにも胸に来るものか。前世の佐藤カズヤには、その経験がほとんどなかった。深夜に帰ったとき、誰かが起きて待っていた記憶がない。
「アリア、少し話せるか。今夜、リリナに——」
「うん」
アリアは本を閉じた。静かに、セラの目を見て、頷く。
その目が「わかってる」と言っていた。
「……言われた。告白された」
「うん」
「時間をくれって答えた。今すぐ返事はできないって」
「うん」
「ちゃんとアリアに話さないといけないと思って。今夜のうちに」
アリアはしばらく黙っていた。ランプがゆらりと揺れる。窓の外で夜風が葉を鳴らす音がした。
「……正直に話してくれてありがとう」
それだけだった。怒りも責めも、何もなかった。
「どう思う?」
「一晩だけ考えさせて。ちゃんと答えたいから」
「……わかった」
「でも」
アリアはセラの横に座り直した。その体がセラの腕に少し触れる。それだけで、魔力がすうっと落ち着く感覚があった。
「あなたが正直でいてくれたこと。それは、嬉しかった」
(アリアが、それを嬉しいと言う)
胸の中で何かが静かに解けていった。
「おやすみ、シルヴャン。今夜はよく眠れる?」
「……どうかな。まだぐるぐるしてる」
「そう」
アリアはそっと立ち上がった。ランプを落とした。
暗くなった部屋の中で、アリアの声だけが聞こえた。
「おやすみ」
「おやすみ、アリア」
## 転生三十二日目の前夜
部屋に戻り、ベッドに横たわる。天井を見つめる。
リリナの「待ってる」という言葉が、脳の奥で静かに響いている。アリアにまだ答えを出してもらっていないという重さが、胸にのしかかってくる。「告白された」——その事実一つで、もう今夜はうまく眠れそうにないとわかった。
(明日。明日の朝、アリアに答えをもらう。それから、自分の答えを出す)
「楽しめ」という声が、ふと浮かんだ。
転生の時に聞いたあの言葉。
(楽しめって、こういうことも含まれてるのか……)
目を閉じると、リリナの涙の笑顔と、まだ答えを出せていないアリアの横顔が交互に浮かぶ。
転生三十二日目が明けるのはもうすぐだ。




