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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第25話 新たな任務

# 第25話 新たな任務


## 隊長の呼び出し


 転生三十一日目の朝。


 森の木々が、朝日を浴びて目覚める。鳥たちのさえずりが森全体に広がり、朝の空気は冷たく澄んでいた。


 セラは、いつもより早く目が覚めた。


 胸元には、昨日授与された星形のペンダントが冷たさを伝えている。大人の証。昨日まで子供だった自分が、今日からは大人として認められる。


(大人、か)


 まだ実感が湧いていない。でも、胸に手を当てると確かにある。ペンダントの重みが、三ヶ月間の準備と試験を全部詰め込んで、そこに鎮座している。


 ベッドから起き上がり、窓の外を眺める。森の向こうから、朝日が昇っている。オレンジ色の光が、木々の間を射して、部屋の中を照らしていた。


 空は青く澄み、薄い雲が流れている。森の木々からは、朝露に濡れた葉が、光を反射して微かに輝いていた。


 セラはベッドから起き上がり、制服に着替える。守護隊の制服。深緑色の生地に、金色の糸で刺繍された紋章が入っている。


 それに、昨日長老から授与されたマント。古代エルフの技術で作られたという、魔力を増幅する効果がある特別なマント。


 マントを肩にかけると、微かな魔力の感覚が広がった。まるで、自分の魔力がマントと共鳴しているような感覚。ペンダントも、温かさを発している。


(一人で任務、か)


 今日は早めに本部へ行くよう、昨日告げられていた。


 リビングへ行くと、アリアが朝食の準備をしていた。テーブルには、焼きたてのパンと、野菜のスープ、それに果物が並んでいる。


「おはよう、セラ。早いね」


「おはよう、アリア。今日、早く行かなきゃ」


「ああ。単独任務、だって」


 アリアは、少し寂しそうな笑みを浮かべた。


「任務、無事に終えてくるね」


「ああ。約束する」


 朝食を終え、アリアとリリナに「行ってくる」と告げる。二人は、少し心配そうな顔をした。何も言わなかった。大人としての信頼——それが嬉しくもあり、少し寂しくもある。


「無理しないでね」


 アリアが、小さな声でそう付け加えた。その一言に、セラの胸が温かくなった。


「リリナも、頑張ってね」


「え、私も? 守護隊の訓練、あるけど……」


「そうだね。でも、君なら大丈夫」


 リリナは、少し照れたような顔をして頷いた。それから、ふと思い出したように付け加えた。


「あ、そうだ。行く前に」


 リリナがリュックの中からゴソゴソと取り出したのは、小さな布袋だ。


「これ、持ってって。道中の軽食。昨日の余り物だけど」


「ありがとう、リリナ」


「べ、別に。たまたま作り過ぎただけだから」


 アリアが横からクスクス笑う。リリナが耳まで赤くなった。


「行ってらっしゃい。気をつけて」


 セラは制服を整え、家を出た。朝の空気が、肌に心地よい。


 守護隊本部へ向かう。


 村の街道を歩いていると、村人たちから挨拶がかけられた。


「おはよう、セラ君」


「昨日はおめでとう」


「大人になったんだな。立派になった」


 子供たちが、憧れの目で見ている。昨日まで自分が彼らと同じ立場だったことを思うと、少し不思議な気分になった。


「行ってきてね、セラ君」


「はい。ありがとうございます」


 村人たちの温かい送り出しを感じながら、セラは歩を進める。大人として、期待されている。その責任が、心に重くのると同時に、力にもなっていた。


 本部に到着すると、受付の隊員が案内してくれた。


「隊長がお待ちです」


「ありがとうございます」


 隊長室のドアをノックする。


「どうぞ」


 レイナード隊長の声だ。ドアを開けると、隊長はデスクに向かい、何か書類を読んでいた。


 部屋の中は、静かで落ち着いている。壁には歴代の守護隊長の肖像画が飾られ、窓からは朝の光が差し込んでいた。


 隊長の机の上には、様々な書類が整理されている。任務報告書、隊員名簿、それに地図。その中に、一枚の羊皮紙が目立っていた。


「おはよう、セラ。座ってくれ」


 隊長は手で椅子を指す。セラが座ると、隊長は書類から目を上げ、真剣な表情でこちらを見た。


「昨日の成人の儀、本当におめでとう。長老から話を聞いた。君たちは、立派な大人として認められた」


「ありがとうございます。おかげさまで、無事に終えることができました」


「それは立派だ。成人の儀は、誰もが乗り越えられる試練ではない。君たちは、見事に突破した」


 隊長の目には、本当にそう思っているという光があった。


「それでだ。今日呼んだのは、新しい任務について話があるからだ」


 隊長がデスクの上の任務書を指す。その紙には、詳細な情報が記されている。


「森の南東側、以前から異変が報告されている場所がある。魔力の異常が検出され、詳細が不明なままだ。君に、その調査を頼みたい」


「私、一人でですか?」


 セラは、思わず聞き返した。


「そうだ。これは特別任務だ」


 隊長は真剣な目で語る。


「君には、特別な才能がある。オフスケールの魔力。そして、古代エルフとの関連が示唆されている。この任務は、君の力を試す意味もある」


 セラは、自分の胸のペンダントを意識する。「星の運命を継ぐ者」という長老の言葉。


「任務の内容は、以下の通りだ」


 隊長が説明を始める。


「場所は、森の南東。泉の近くに、以前から不自然な現象が報告されている。魔力の変動、植物の異常な成長、動物たちの避難。何が起きているのか、直接確認してきてほしい」


「分かりました。危険は?」


「不明だ。だからこそ、注意が必要だ。しかし、君なら単独でも対応できると判断した」


 隊長の信頼が、言葉から伝わってくる。


「もし事態が深刻なら、即座に帰還して報告してくれ。無理はするな。分かったか?」


「はい、分かりました」


「よし。出発は今すぐだ。準備はいいか?」


 セラは頷く。制服、マント、それに必需品はすべて揃えている。


「では、任務を命ずる。調査隊隊長として、セラ・ウィスパーウィンド、単独任務に就け」


「隊長、ありがとうございます。必ず、やり遂げます」


 セラは立ち上がり、隊長に一礼する。隊長も立ち上がり、セラの肩に手を置いた。


 隊長が立ち上がろうとした——その時、廊下から足音がした。


 扉がノックされる。


「隊長、緊急の報告です」


「入れ」


 伝令の隊員が入ってきた。少し息が切れている。


「北方のグリーンハート村から連絡が入りました。昨夜、また魔獣の群れが出たと。民家が一棟、被害を受けたそうです」


 隊長の表情が、一瞬固まった。


「怪我人は」


「軽傷一名、とのことです。今朝、早馬で届きました」


「分かった。ガトー教官に伝えろ。対応チームを編成させる」


「はっ」


 伝令が退室する。


 部屋の中が、少しだけ重くなった。


(グリーンハート村。成人の儀の前に掲示板で見た名前だ。あの時は「魔獣被害が三割増し」という内容だった。それが昨夜、民家への直撃になった)


「セラ、今の話を聞いた」


「はい」


「北方の状況は把握している。南東の泉の件と直接関係があるかは不明だが——この森全体の魔力が、何かを境に不安定になっている可能性がある。今回の任務は、単独調査だが、そういう意味もある。南東の泉が何かを発していれば、全体の異変と繋がるかもしれない」


 セラは頷いた。昨夜、村の外縁の大木で感じたあの違和感が、頭をよぎる。


「俺たちは、君を信頼している」


 その言葉に、セラの胸に熱いものが込めた。大人としての信頼。一人前としての期待。それに応える責任が、自分の肩にのしかかるようだった。


 と同時に——


(隊長、緊張してる。俺に悟られないようにしてるけど)


 それに気づいたのは、転生してから身につけたエルフの感覚だ。指先の微かな力み、デスクに置いた手が一瞬固まったこと。隊長にとっても、これは楽な任務ではない。


 だから、失敗できない。


 隊長室を出ると、受付で装備の最終確認を行う。支給された魔力測定器、記録用の羊皮紙、それに食料と水。すべてリュックに収めた。


 準備は万全。本部の出口へ向かう。


 外は、朝の光で満ちていた。


## アリアとの別れ


 本部の前。


 セラが歩き出すと、声がかけられた。


「セラ!」


 振り返ると、アリアが走ってくる。金髪が朝日に輝き、表情は心配そうだ。


「アリア、どうした?」


「任務、聞いた。単独で、なんだって」


「ああ。隊長からの特別任務だ」


「危なく、って。本当?」


「大丈夫だ。俺には、このマントがある」


 セラは、守護隊エース専用マントを示す。アリアはそれを見て、少し安心したような表情をした。


「でも。心配だよ。セラ、一人で」


 アリアの眉が、心配そうに下がる。


「アリア」


 セラは、アリアの目を見た。アンバー色の瞳。そこには、本当の心配が宿っている。


「昨日、俺たちは大人になったんだ。大人なら、自分の力でやるべきこともある」


「そうかもしれないけど。でも」


「これは俺の試練でもあるんだ。一人で、自分の力を試される」


 セラの言葉に、アリアは少し迷うように下を向く。金髪が、少し揺れる。


 そして、決心したように顔を上げた。


「分かった。でも、何かあったらすぐ帰ってきてね。無理しないで」


「約束する」


「それから。魔力、気をつけて。アリアがいないと、不安定になりやすいでしょ」


 その言葉に、セラは頷く。確かに、アリアが近くにいると魔力が安定する。


「大丈夫。このマントには魔力増幅効果がある。それに、自分でも制御できるようになった」


「ふうん。なら、いいけど」


 アリアは、少し照れたような表情をする。頬が、わずかに赤らんでいた。


「行ってらっしゃい。頑張って」


「ああ。帰ってきたら、話すよ」


「楽しみにしてる」


 アリアは、セラの腕を軽く握った。その温もりが、魔力に穏やかな安定感を与える。


「何かあったら、私を呼んで。すぐ駆けつけるから」


「分かった。ありがとう、アリア」


 セラは、アリアの手をそっと握り返す。二人の体温が、掌を通じて伝わり合った。


「セラ」


「ん?」


「……好き、だよ」


 思わず言ってしまった、とアリアは照れた表情で目を逸らす。


「ああ、俺も。大好きだ」


「……バカ。行ってらっしゃい、ってば」


「ああ、行ってくる」


 セラは、アリアに向き直り、一礼する。


「行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい」


 アリアは、小さな手を振った。セラはそれに応え、村の南門へ向かう。


 背中から、アリアの視線を感じる。心配と、信頼と、それに少しだけ寂しさ——そういう感情が混ざっているようだ。


(絶対、無理はしない。任務を成功させて、帰ってくる)


 南門を抜け、森へと入った。


## 一人の旅


 森の中。


 セラは、一本の道を歩いていた。


 南東への道。普段はアリアとリリナと一緒に歩く道だ。今日は違う。自分一人の足音だけが響いている。


(静かだ)


 森の鳥たちが歌っている。木々の葉が風に揺れる。小川が流れる音。日常のような風景だが、今日は少し違って感じる。


 アリアがいない。リリナもいない。いつもなら三人で話しながら歩く道を、今日は一人で行く。


 周囲に警戒しながら、歩を進める。任務地はまだ少し先だ。森の南東、泉の近く。そこで何が起きているのか、不明なままだ。


 木々の間から、小動物たちが顔を出す。リスたちが、好奇心そうにセラを見ている。普段ならアリアが喜んで見ていた様子を想像する。


(一人、か)


 これまでの任務は、常に誰かと一緒だった。アリアと二人で、あるいはリリナも含めた三人で。チームとして動き、連携して戦ってきた。


 でも、今日は違う。


 セラは自分の魔力を意識する。ペンダントが微かな温かさを発している。マントも、魔力を増幅させる感覚がある。


 自分の力だけでやる。


 少し不安もある。でも、同時に期待もある。大人として、一人で任務を成功させられるのか——自分が試されている。


 道の脇に、見慣れない花が咲いていた。青紫色の花弁が、朝露に濡れて輝いている。アリアなら喜んで見たに違いない。そういえば、アリアは花の名前をよく知っていた。森を歩くたびに「これはルーデ草」「あれはサーフェルの実」と教えてくれた。今日は、その声がない。


(帰ってきたら、アリアに話そう。この花のこと)


 セラは、記録用の羊皮紙に花の特徴を書き留める。任務の記録の一部だ。何か些細なことでも、詳細に残しておくのが隊長からの指示だった。


 花の形、色、それに生えている場所の特徴。すべて丁寧に記録する。


 歩を進める。


 一人で歩く、というのは思いのほか静かだ。自分の足音だけがくっきり聞こえる。息をするたびに、胸の奥まで冷えた空気が入ってくる。


 悪くない。


 チームで動く楽しさは確かにあるが、一人には一人の良さがある。気を遣わず、自分のペースで歩ける。魔力の感知も、仲間の気配がない分、余計なノイズが入らない。


 森の様子が、少しずつ変わっていく。


 木々の密度が高まり、道が少し細くなる。植物の成長が、活発になっているようだ。


 そして、ふと気づく。


 静かすぎる。


 普段なら聞こえるはずの虫の声、鳥のさえずり。それらが、少しずつ遠ざかっていった。


 セラの耳が、警戒の感覚を捉える。エルフとして転生してから得た感覚——前世の記憶には、こんな鋭い聴覚はなかった。


(何か、おかしい)


 魔力の感覚を拡げる。周囲の魔力の流れを感じ取る。すると、泉の方から、異常な魔力の変動が伝わってくる。


 波打つような、不規則な流れ。


 セラは足を止め、深呼吸をする。自分の魔力を安定させ、警戒を強めた。


 任務地へ、近づいている。


## 未知の現象


 任務地。


 セラは、泉の近くで足を止めた。


 そこは、見慣れない光景に変わっていた。


 泉の水が、異常に澄んでいる。いや、澄んでいるというより、何も映っていないような、不自然な透明さだ。


 そして、周囲の植物たち。


 木々が、異常なほどに大きく育っている。普段なら腕の太さ程度の幹が、今は人間ほどの太さに。葉の色も、鮮やかすぎる。


 そして何より不思議なのは、花だ。


 ありとあらゆる種類の花が、同時に咲いている。季節外れの花、夜に咲くはずの花、早朝に咲く花。それらが、混ざり合って咲き乱れていた。


「これが……未知の現象、か」


 セラは、羊皮紙を取り出し、記録を始める。


 場所の詳細を書く。泉から南へ約五十メートル。周囲の木々の異常な成長。花の同時開花。書き記しながら、同時に魔力を慎重に拡げ、周囲の魔力を感知する。


 不規則な波動。まるで、何かが脈打っているような、リズムのある変動。


 この魔力の変動は、見たことのないパターンだ。これまで経験した森の異変とは、質が違う。


(危険——触れるな)


 警戒しながら、さらに詳しく調査する。


 泉の水際に近づいた。水が、異常に静かだ。波一つない。風が吹いても、水面が揺れない。


 セラは、杖のような枝で水面を軽く叩く。


 コプッ。


 音がするのに、波が広がらない。水面が、硬質に近い状態になっているようだ。


 いや、違う。


 よく見ると、水面には薄い膜のようなものが張っている。魔力によって形成された、何かの障壁だ。


 セラは、記録を続ける。


『水面に魔力による膜状の層を確認。物理的な波が伝播しない状態。泉の中心部へは近づかず。』


 周囲を見回す。


 異常な成長を遂げた木々の根元に、奇妙な結晶が散らばっていた。淡い青色に輝く、小さな結晶たち。


 セラは、一つを拾おうとして——


(やめた方がいい)


 直感が、そう告げた。自分の魔力が、警告信号のように反応している。この結晶に触れるのは危険だ。


 セラは、結晶のスケッチを記録用の紙に描く。形状、大きさ、色、それに発光の有無。詳細を記録した。


 結晶は、指先ほどの大きさ。不規則な形をしているが、全体として六角形に近い。表面は滑らかで、内部から淡い青色の光が放たれている。


 その時、風が吹いた。


 だが、普通の風ではない。


 魔力を含んだ風。それが、泉の方向から吹いてくる。風の中に、微かな光の粒が混じっていた。


 セラはすぐに防御の態勢をとる。


 魔力の壁を展開し、自分の周りを保護する。ペンダントが温かさを増し、マントが魔力を増幅させた。「光の盾」——単独任務前にガトー教官から念押しされた防御魔法だ。


 風が、セラの魔力の壁に当たる。


 シュンッ。


 風が、壁をすり抜けていく。だが、その中に含まれていた光の粒が、壁に触れた瞬間に消滅した。


 攻撃、だったのか。


 それとも、単なる現象なのか。


 どちらにせよ——結果は同じだ。


 「動揺するな」と隊長に言われた。「未知の現象に対して感情で動くと判断が鈍る」とも言われた。訓練で叩き込まれた通り、セラは息を整え、観察者の目に切り替える。


 セラは、さらに警戒を強める。状況の記録を続けながら、同時に戦える態勢を維持した。


 正午を過ぎた頃か。


 泉の中心で、突然、光が輝き始めた。


 淡い青色の光が、水面から湧き上がるようにして広がり始める。そして、その光は螺旋を描きながら上昇していった。


 セラは、その光景を息を呑んで見守った。


 美しい。だが、どこか危険な気配を感じる光景だ。


 光の螺旋は、空中で高さ数十メートルに達すると、徐々に拡散し、周囲の木々に降り注いだ。


 すると、異変が起きた。


 木々の葉が、一斉に震える。そして、新しい芽が次々と現れ、目に見える速度で成長していく。


 数秒で芽が枝になり、枝に花が咲き、その花が実を結ぶ。


 通常なら何年もかかるプロセスが、ここでは数秒で完了している。


「これが……古代の魔法?」


 セラは思わず声に出した。


 聞いたことがある。古代エルフたちは、植物の成長を加速させる魔法を使っていたと。遺跡の記録にも、似たような記述があったはずだ。


 こんなに強力だったとは。


 セラは、記録に没頭する。この現象は、詳細に記録する価値がある。


 そして、現象は一時間ほど続いた後、徐々に収まっていった。


 光の螺旋が消え、植物の成長も止まる。泉の水面は、再び静止状態に戻った。


 周囲の風景は、しかし、一変していた。


 異常な成長を遂げた木々。咲き乱れた花々。そして、新しい実がたわわに実った枝。


 セラは、最後の記録をまとめる。現象の開始時刻、継続時間、終了時刻。目撃した詳細な変化の記録。すべて羊皮紙に書き留めた。


 記録を終えると、セラは振り返る。


(報告しなければ)


 隊長への報告が必要だ。これは、単なる異変以上の何かだ。古代の魔法が、いまだに活性化している——これは確実だ。


 セラは、泉から離れることにした。これ以上近づくのは危険だ。自分の任務は、調査と記録。十分な情報は得た。


## 任務完了


 帰り道。


 セラの心には、達成感と共に、様々な思考が巡っていた。


 見た現象の正体。古代エルフの魔法の現代における顕現。それとも、何か別の要因か。


 そして、自分の魔力のこと。


 現場にいた間、自分の魔力は異常に安定していた。アリアがいないのに、いつも以上に制御しやすかった。泉の近くへ近づくほど、魔力がまるで水を得た魚のように澄んでいく感覚があった。


 マントの効果——それだけじゃない。


 あの泉が発する魔力と、自分の魔力の間に、何か親和性があった。まるで古い知人に再会したような、懐かしい感覚。「星の運命を継ぐ者」という長老の言葉が、不意に脳裏に浮かんだ。


 長老は、知っているのかもしれない。


 あの泉のことを。自分がここへ導かれることを。


 セラは、ペンダントに触れる。六芒星の形が、指に確かな感触を伝える。


 大人としての、初めての単独任務。


 成功した——確信がある。


 村へ近づくと、夕暮れの空が広がっていた。オレンジと紫が混ざり合う、美しい空。


 達成感。少しの安堵。


 無事だった。自分一人で、任務を遂げた。


 村の南門を抜け、街道を歩く。守護隊本部へ向かった。


 到着すると、隊長室に隊長がいるようだった。受付の隊員に伝え、すぐに部屋へ案内される。


「お疲れ様、セラ。戻ったか」


 隊長が、安堵したような表情で立ち上がった。


「はい。任務を完了し、帰還しました」


「報告を聞こう。座ってくれ」


 セラが座ると、隊長は真剣な表情で聞き始めた。


「現場の状況は、どうだった?」


「はい。詳細な記録を作成しました」


 セラは羊皮紙を取り出し、隊長に渡す。隊長はそれを開き、目を通す。


「泉の異常な透明さ。植物の加速的な成長。魔力による螺旋状の光の現象。なるほど……」


 隊長は、眉をひそめながら読み進めた。


「そして、結晶。これは危険性を感じて触れませんでした」


「正解だ。見る限り、高濃度の魔力が凝縮されている。素手で触れるのは危険だった」


「はい。直感的に避けました」


 隊長は、記録を読み終え、セラを見た。その目には、称賛の色があった。


「よくやった、セラ。単独で未知の現象に遭遇し、冷静に対応して記録を残す。まさに、守護隊のエースに相応しい対応だ」


「ありがとうございます。でも、少し不安もありました。アリアたちがいないと、やはり……」


「それは自然なことだ。だが、君はそれを乗り越えた。自分の力で、任務を遂げた」


 隊長は、セラの肩を軽く叩いた。


「君は、一人前だ。大人として、守護隊員として、立派に機能した」


 その言葉に、セラの胸に熱いものが込めた。達成感が、確信に変わった。


「隊長。この現象、今後どう対応すべきでしょうか?」


「まずは長老にも報告しよう。古代エルフの魔法との関連が強い。遺跡調査の続きが必要だ」


「はい。私も、協力したいです」


「頼もしい。だが今日はもう遅い。帰って休め。明日また、詳しく話そう」


「はい、分かりました。では」


「お疲れ様。いい夢を」


 セラは一礼し、隊長室を出た。


 外は、すっかり暗くなっていた。夜空に星が輝いている。美しい星空だ。


 セラは、一瞬立ち止まり、夜空を見上げた。


「初めての単独任務……成功だ」


 思わず口をついて出る。


 自分の力で、やり遂げた。大人としての第一歩。それが、今確かに実感できる。


 帰り道、アリアの家の前を通ったが、明かりが消えていた。もう寝ているのか。


 アリアへの報告は明日にする、と決めた。


 家に到着する。


 ドアを開けると、リビングの明かりがついていた。柔らかい光が、廊下に溢れている。


 リリナが、まだ起きているようだ。テーブルで、何か読んでいる姿が見える。


「ただいま」


 セラの声に、リビングからリリナが出てきた。目が少し赤い。どうやら、セラの帰りを待っていたようだ。


「お帰り。任務、どうだった?」


「成功したよ。詳しくは明日話すけど、結構な現象だった」


「そう。よかったね。アリア、すごく心配してたよ」


 リリナは、安堵したように息を吐いた。


「明日、安心させる言葉を伝えるよ」


「ふうん。なら、いいけど」


 リリナは、少し照れたような笑みを浮かべた。その表情には、一日中心配していた疲れも見える。


「お疲れ様。ゆっくり休んでね」


「ありがとう。お前も」


 セラは、自室へ向かった。


 廊下を歩くと、自分の部屋のドアが目に入る。いつもの部屋。でも、今日帰ってきた自分には、少し違って感じる——大人として、初めての単独任務を終えた夜の部屋だ。


 ドアを開け、部屋に入る。


 制服を脱ぎ、制服掛けにかける。マントも丁寧に畳む。ペンダントは、そのまま胸元に残した。


 マントを畳む時、古代エルフの技術で作られた布の感触を確かめる。少し魔力を感じる。このマントが、今日の任務で役に立ったのは確かだ。


 ペンダントを外し、机の上に置く。星形のペンダントが、小さな音を立てて机に着く。


「明日も、頑張ろう」


 思わず呟いた。


 ベッドに横たわる。


 疲れが、一気に押し寄せてくる。記憶を整理する余裕もなく、意識が沈んでいく。


 最後に感じたのは、達成感と、これからの期待。


 大人として、一人前として認められた。


 転生三十一日目の夜は、そうして静かに更けていった。



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