第130話 森の中の遺跡
# 第130話 森の中の遺跡
# 第130話 森の中の遺跡
## 森の進行
闇が濃い。
樹木の枝が絡み合い、月明かりをほとんど通さない。視界の端で時折、何かが揺らいでいるのが見える。黒い人影のような、あるいは何か大きな獣のような。見ようと意識すると消える影。幻覚だ。
(落ち着け俺。この闇の中で一番怖いのは俺自身の想像力かもしれない。敵か? 違う。ただの視覚の誤作動だ)
「……大丈夫?」
隣から声がかけられる。
アリアだ。彼女の小さな手が、俺の左手をきつく握りしめている。その温かさだけが、今のこの不気味な森で確かな現実として感じられる。
「ああ。大丈夫だ」
嘘をつく。
視界の端で何かがまた揺らいだ。今度は、アリアの顔に見えた。いや、違う。幻覚だ。
「また幻覚が……」
「気にしないで。この森の魔力が濃いからだ。感覚の鋭いエルフほど、影響を受けやすい」
ミサトが前を行きながら言う。彼女の剣が、闇の中で鈍く光っている。騎士としての警戒態勢だ。背中の力が入っているのがわかる。
(ミサトは頼もしい。こういう状況でも判断が揺れない。一番ありがたい資質だ)
「でも、カズヤちゃんの左手が熱いですよ」
アリアが心配そうに俺の手を見る。
「……感情と魔力がリンクしてるからな。この森の不気味さが、無意識に魔力を煽ってる」
俺は深呼吸をする。肺に入ってくる空気は、湿っぽく、どこか甘ったるい。腐った果実のような、あるいは何かが熟れすぎたような匂い。
「無理しないで。手、離さないから」
アリアが言う。その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……ありがとう。アリアがいてくれてよかった」
「えへへ。カズヤちゃん、私のこと必要だもんね」
「当たり前だろ。魔力の安定要因として」
「そーんなの、ただの言い訳ですよー」
アリアがふふっと笑う。その笑顔を見ると、不思議と視界の端の揺らぎが薄れていく。
「……二人して、いい雰囲気だな」
ミサトが前を向いたまま言う。声に少し皮肉が含まれている。
「雰囲気じゃない。アリアは俺の魔力を安定させる重要な存在だ」
「そうそう。重要な存在です!」
「はいはい、わかったわよ」
ミサトがため息をつく。その背中が少しリラックスしたように見える。
(フォローしてくれてるのか。ありがたいな。なんだかんだでミサトはパーティの空気を整える役目も担ってる)
「遺跡はまだですか?」
俺が聞く。
「もう少し。この森の中心に近づくにつれて、魔力の流れが変わってくるはず」
「魔力の流れ、わかるの?」
「なんとなく。カズヤちゃんの異常な魔力が、何かを呼んでいる気がする」
「呼んでいる?」
「ええ。この森の奥に、カズヤちゃんに共鳴するものがある。そういう気配」
ミサトの言葉に、俺は自分の心臓の鼓動を感じる。
魔力が皮膚の下を流れている感覚がある。確かに、森の奥へ行くほど、その流れが速くなっている気がする。
地面には湿った落ち葉が積もり、踏むたびに水が滲み出すような感触。靴の底から冷たさが伝わってくる。木々の根が蛇のように地表を這い巡り、つまずきそうになる場所も少なくない。
頭上では、折り重なった枝が風に揺れている。枝の隙間から、わずかな星明かりが届く。それだけが光の証拠だった。
「足元、気をつけて。根が張ってます」
ミサトが前から警告してくる。
「……ありがとう」
アリアに支えられながら進む。彼女の小さな体の温かさが、横から伝わってくる。抱きついているような距離感だ。
(こんな状況でも、アリアがいると怖くない。それが不思議で、同時に当然のことのような気もする。手を繋いでいるというのは、こんなにも違うものか)
「カズヤちゃん、心拍数上がってますよー」
「……幻覚のせいだ」
「ふふ。なんでもなーい」
アリアが悪戯っぽく笑う。彼女の匂いがする。森の甘ったるい匂いの中で、だけど清潔な、花のような香りがする。それがさらに心を落ち着かせる。
そんな感傷に浸っていたら——。
「あ、そこ! カズヤちゃん、よろしくないです!」
アリアが俺の腕を強く引く。
見ると、俺が踏みそうだった場所に、深い穴が開いていた。
「危なかった……」
「木の根と一緒に、地面が崩れてるんです。この森、生きてますよ」
「ゾッとするな」
「ふふ。カズヤちゃんの魔法で、道を作ればいいんじゃないですか?」
「風魔法で根をどかす、か。やってみる」
俺は右手を前に出す。無詠唱で、風の魔力を練り上げる。
「……風よ、道を開け」
小さな旋風が巻き起こり、前方の根をどかす。土が舞い上がり、小さな道ができる。
「すごい! 無詠唱で風魔法!」
ミサトが振り返って驚いたように言う。
「慣れだ。感情を魔力に変えるイメージで」
「カズヤちゃん、すごいです!」
「……大げさだな。こんなの初級魔法だ」
(実際のところ学園では無詠唱は上級以上って言われてたが、あえて言わない。俺の魔力質がたまたま向いてるだけで、それが実力とは言えない)
「でも、無詠唱は上級以上じゃないと難しいですよ?」
「俺の魔力質が特殊なんだ。古代エルフと似ている、という測定結果が出てた。感情と魔力が直結してる」
ともかく、進もう。遺跡はもう近いはずだ。
## 遺跡の発見
「! あれっ!」
ミサトが立ち止まる。
「何か見えた?」
「先が開けたんです。森が、忽然と途切れている」
ミサトの指し示す先を見ると、確かに闇の壁のようなものがある。その向こう側から、違う空気が流れ込んでくる。
「近づいてみよう」
警戒しながら進むと、数分で森の境界線を抜けた。
「……すごい」
アリアが呟く。
そこは、森林が切り開かれた広場だった。月明かりが遮られることなく降り注ぎ、その光を浴びて、巨大な構造物がそびえ立っている。
石造りの建物。いや、建物というよりは、神殿に近い。古代エルフの様式を感じさせる、優雅で、かつ威圧的な造形。
柱の表面には細かな彫刻が施されており、月明かりの中でそれが浮かび上がっている。人物像か、何かの紋章か。距離があってよく見えないが、どこか親しみのある形に思えた。
「これが……古代エルフの遺跡」
(でかい。本物だ。教科書の絵で見たよりずっとでかい。それに——俺の胸の奥が、反応している。見覚えがある気がする。なぜだろう)
「すごい……」
アリアが口を開けたまま見上げている。その表情は、純粋な驚きと畏敬に満ちている。
「古代エルフって、こんな建物を建ててたんですか?」
ミサトが驚いたように言う。
「少なくとも千年以上前の建物だ。教科書で見たことあるけど、実物は初めて」
遺跡の威容に圧倒される。高さは十メートル以上あるだろうか。柱には精巧な彫刻が施され、屋根には奇妙な装飾が乗っている。風が吹くと、どこからともなく音色が響くような気がする。
「カズヤちゃん、顔色、少し赤いですよ?」
アリアが顔を覗き込む。
「……体温が上がってる。魔力の循環が活発になってる。——この遺跡、俺に何かを伝えようとしてる」
「伝えるって?」
「わからない。でも、進めばわかるはずだ」
俺は遺跡の方へ足を向ける。一歩踏み出すと、胸の奥で魔力が共鳴した。
「……ここだ」
「何ですか?」
「この遺跡、俺に反応してる。確信した」
「カズヤちゃんの魔力、古代エルフと似てるって、言われてましたもんね」
アリアが言う。
「そうだ。測定でも、俺の魔力質は古代エルフと類似すると判定された。……行ってみよう。ただし、絶対に離れないこと。特にアリア」
「はいっ! 手、離しませんから!」
アリアが俺の腕を抱きしめる。その温かさと重みで、魔力が安定していくのを感じる。
「私も後ろを警戒します。何かあれば、声をかけて」
ミサトが言う。
## 遺跡内部へ
巨大な石柱が、威容を誇っている。柱には、古代エルフの文字が刻まれている。
「文字……読めますか?」
ミサトが聞く。
「現代エルフの文字とは少し違う。でも、何となく意味はわかる気がする」
俺は柱に近づき、刻まれた文字をなぞる。
(これは……「継承者よ、我が遺産を受け継ぐ者よ」。直球だ。俺に向けて書かれたのか、それとも誰でもいい継承者に向けた普遍的なメッセージなのか。どちらにしても、無視する気にはなれない)
「……これ、書いてある」
「何て?」
『継承者よ。我が遺産を受け継ぐ者よ。覚醒の時、再びここに至らん』
「……覚醒、の時?」
「俺のことか?」
「カズヤちゃん、転生者だから……何か関係あるのかな?」
アリアが不思議そうに柱の文字を見上げる。
「古代エルフ語って、私には読めないんですよね。カズヤちゃんはなんで読めるんですか?」
「……わからない。でも、なんとなく意味が入ってくる感じがある。感覚的に、というか」
「感覚的に。魔力と一緒ですね」
「そうだな。この遺跡と、俺の内側が繋がっている気がする。引き合ってる感じ」
「中に入ってみよう。入り口……開かないな」
俺は大きな石扉に手を置く。重い。数人がかりで押しても開きそうにない。
「魔力で開くんじゃないですか?」
アリアの言葉に、俺は手のひらに魔力を集中させる。無詠唱で魔力を送り込む。
「んっ……!」
石扉の中で何かが反応した。古代の仕掛けが、魔力に呼応して動き出す。
『カランカラン……』
どこかで鐘のような音が鳴った気がした。
『ゴゴゴゴ……』
石扉が、ゆっくりと内側へと開き始める。
「開いたっ!」
「すごい、カズヤちゃん。やっぱりあなた用の施設ですか?」
(あなた用の施設。——なんか、鍵を渡されたみたいな気持ちになった。でもこれ、絶対に普通の施設じゃない。開いてしまったからには、進むしかない)
「……ここに来る運命だった、ってことかな」
三人で、古代エルフの遺跡へと足を踏み入れた。
中は外よりも暗い。でも、壁には発光する苔のようなものが植え付けられていて、ぼんやりと道を照らしている。
「広い……」
アリアが驚いたように呟く。
天井が高く、巨大な柱が並んでいる。壁には、歴史を物語るような壁画が描かれている。エルフたちが何かを崇拝している場面や、魔法を使う様子が描かれている。
「これ、なんですか?」
ミサトが壁画の前で立ち止まる。
「古代エルフの歴史だ。彼らは感情と魔力を直結させて、すごい力を使っていたらしい」
「感情=魔力。カズヤちゃんと同じですね」
「……そうだな。俺も感情的になると魔力が増幅する。古代エルフのやり方に近いのかも」
壁画を詳しく見ていく。最初のパネルには、エルフたちが集まっている様子が描かれている。その中心には、光を放つ人物がいる。
(あれ。なんか、あの中心にいる人物。顔が……俺に似てないか? いや、気のせいだ。気のせいということにしておこう。でないと、考えることが多くなりすぎる)
「この光、すごい」
「古代の『覚醒者』が発している魔力の光でしょうね」
「覚醒者って、何?」
「古代の文献に登場する特別なエルフたちです。普通のエルフの十倍以上の魔力を持ってて、様々な奇跡を起こしたって」
「十倍……。俺の魔力と関係ある?」
「あるかもしれません。カズヤちゃんの魔力量も、平均の五倍以上だって言われてましたもんね」
「五倍どころじゃないよ。測定器が振り切れてたこともあった」
「十倍以上の可能性もあります」
(十倍。……想像するのも疲れる数字だな。それが何かを意味するとして、俺はその意味に対応できるのか)
壁画の続きを見ていく。覚醒者と思われる人物が、様々な魔法を使っている。そして、何か巨大なモンスターと戦っている絵もある。
「カズヤちゃんも、こんな大きなモンスターと戦うんですか?」
「戦わないといけないかもしれないな」
「無理ですよ! カズヤちゃん一人で!」
「だから、手伝ってくれるんでしょ?」
「はいっ! もちろん!」
アリアが即答する。その真剣な眼差しに、胸が温まる。
「私もですよ。カズヤちゃんの盾になります」
ミサトが剣を握る。
「……二人のおかげで、勇気が出る」
さらに奥へ進むと、壁画の最後には、覚醒者が多くの人々に囲まれている場面が描かれている。まるで、別れを告げているような。
「なんか、切ないですね……」
アリアが壁画に見入る。
「歴史の転換点なんだろう。古代エルフの時代の終わり」
「でも、それだけ多くの人が見送ってる。——ひとりじゃなかったんですよね、その人」
アリアが静かに言った。その言葉に、俺は少し沈黙した。
「……そうだな。ひとりじゃなかった」
「カズヤちゃんも、ひとりじゃないから。そこだけは同じですよ」
「カズヤちゃんが死ぬのは、反対ですよ」
アリアが強く言う。
「死なない。生き残る。それが俺の決意だ」
「……はいっ!」
「とりあえず、奥まで進もう。何かがあるはずだ」
## 謎のメッセージ
遺跡の最深部。そこには、巨大な祭壇があった。
「これ……すごい」
アリアが見上げる。
祭壇は、黒い石で作られている。その表面には、古代エルフの文字がびっしりと刻まれている。そして、祭壇の上には、石版が置かれている。
(石版。ここまで来て、俺に何かを語りかけようとしている。その内容が、俺が知りたかったことと関係しているなら——読まないわけにはいかない)
「試練かどうかはわからない。でも、俺を呼んでいるのは確かだ」
俺は祭壇へ近づく。一歩近づくごとに、胸の奥で魔力が共鳴していく。鼓動が早くなる。
「カズヤちゃん!?」
アリアが支えてくれる。そのおかげで、魔力が暴走せずに済んでいる。
「大丈夫。何とかする」
俺は石版の前に立つ。そこには、古代エルフの文字でメッセージが刻まれていた。
『継承者よ、覚醒の時は近い。
汝の内にある眠れる力が目覚めんとす。
古代の契約により、我らは汝に力を授く。
受け継げ、我らが遺産を。
解き放て、汝が真なる力を。
継承者よ、覚醒の時。来たれり。』
「……継承者、俺のことか」
(継承者よ。覚醒の時。——これは俺に向けたメッセージだ。疑いようがない。転生してからずっと、「自分が何者なのか」という問いが頭の隅にあった。その答えが、ここにある。そういう予感がする)
「カズヤちゃん、これ!」
アリアが石版の横にある小さな台を指す。台には、手の形の窪みがある。魔力の流れを感じる。
「手を置くと、何か起きるんじゃない?」
ミサトが言う。
「……やってみる」
俺は手を伸ばす。台の上に手を置く。
『カアアアアア……』
遺跡全体が低い音を響かせた。同時に、祭壇から光が放たれる。
「っ!」
強い光だ。でも、熱くはない。むしろ、どこか懐かしいような温かさ。
『継承者よ、我らが血を引く者よ。
汝の試練は始まらん。
覚醒への道、険しき道なり。
だが、汝は一人にあらず。
仲間と共に、運命を切り開かん。』
声だ。どこからともなく、声が響いている。古代のエルフの声か、それとも自分の内なる声か。
「カズヤちゃん、大丈夫!?」
アリアが抱きついてくる。その温かさで、急に意識が現実に戻る。
「……ああ。大丈夫だ。何かを見たような……」
「何を見たんですか?」
「……古代のエルフたちが、何かを儀式してる場面。俺と同じ顔をした人物が、中心に立ってる」
「覚醒者、ですね」
ミサトが深刻な表情で頷く。
「この遺跡は、俺に何かを伝えようとしてる。覚醒の時が来たって」
「覚醒って、具体的にどうなるんですか?」
「わからない。でも、今の俺の魔力以上の何かが目覚める。それが……俺が何者なのかの答えなんだと思う」
「危険はないですよね?」
「やらなきゃいけない。——帰ろう。また、来ることになるかもしれない」
「はいっ!」
三人は遺跡を出て、森へと戻る。視界の端の幻覚は、アリアが隣にいるおかげで、もう気にならなかった。
だが、胸の奥に残った種は、着実に芽吹こうとしていた。
(……古代エルフの継承者案件。なんとなく、そういうことになっていく気はしていた。でも実際にこの目で確認すると、話が違う。これは現実だ)
森を出ると、夜空が広がっていた。星がきらきらと輝いている。
「……帰ろう」
俺が言うと、アリアがふらりと倒れ込んだ。
「っ! アリア!?」
俺がアリアを受け止める。顔色が白い。
「だ、大丈夫……です。ちょっと、疲れただけで……」
「カズヤちゃんの魔力を安定させるの、無理でしたね」
ミサトが心配そうに見る。
「……すみません。カズヤちゃんの魔力、すごく激しかったから」
「ごめん。俺のせいで」
「気にしないでください。これは、私の仕事ですから」
アリアが弱々しく笑う。その笑顔が、胸を締め付ける。
「背負おうか?」
「……はい。お願いします」
俺はアリアを背負う。軽い。軽すぎる。
「重くない?」
「全然。アリア、軽すぎるくらいだ」
「ふふ。安心しました」
アリアの声が、耳元で響く。温かい吐息が、首筋にかかる。
「ミサト、警戒頼む」
「はい。私が前を行きます」
「カズヤちゃん」
「ん?」
「覚醒したら、どうなるんですか?」
「……今以上の力を手に入れる。みんなを守れるようになる」
「ふふ。じゃあ、頑張って覚醒してくださいね」
「ああ。頑張るよ」
アリアの体重を感じながら、歩を進める。この重みが、俺の覚醒への道を支えている。確かに、そうだと断言できる。
「カズヤちゃん」
「ん?」
「私、ずっとそばにいますから」
「……そうだな。俺も、そばにいるよ」
「えへへ。約束ですよ」
アリアの声が、段々小さくなっていく。疲れ果てて、眠ってしまったらしい。
「……寝ちゃったな」
ミサトが振り返って、微笑む。
「可愛い顔してますね」
「ああ。この子には、世話になったな」
「これからも、お互いに世話になり合いましょう」
「……ええ。そうだね」
星明かりを頼りに、三人は帰路についた。背後の森に、古代の遺跡が眠っている。俺の覚醒を待っている。
帰り道、三人は言葉少なに歩いた。
遺跡での経験は、セラの中に何かを刻み込んでいた。継承者という言葉。覚醒の時。古代エルフの血。それらが頭の中でぐるぐると回り続ける。
(なんか、すごいことになってきたな。転生したらエルフになりました、魔法が使えますだけじゃなくて、今度は古代エルフの継承者案件か。受け入れるしかない——でも、受け入れた上で、どう動くかが大事だ)
「……カズヤちゃん、考えすぎてる顔してる」
アリアが俺の背中から言う。まだ眠っていなかったのか。いや、ちょっと目を覚ましたのかもしれない。
「考えすぎか?」
「うん。眉間に皺が三本くらいある」
「三本は言いすぎだろ」
「四本かも」
「……どっちでもいい」
(アリアには全部バレてる。感情を表情に出さないようにしていても、アリアには通じない。それが不思議と心地よい)
ミサトが足を止めた。振り返って、俺の顔を見る。
「確かに、眉間に皺が寄ってるわ」
「俺の眉間の話をずっとするつもりか?」
「だって、珍しいんだもの。カズヤちゃん、普段はそんな顔しないから」
「普段か。普段の俺ってどんな顔してる?」
「んーと……」ミサトがしばらく考えた。「のんびりした顔。あと、アリアのことを見てる時は、ちょっと照れた顔」
「照れてない」
「してる」
「してない」
「してる」
「——しているかもしれない」
(降参した。こういう意地の張り合いは、昔から妙に楽しかった。負けてもいい言い合いというのは、実は珍しい)
アリアが俺の背中でくすくすと笑っている。その振動が、肩から伝わってくる。
「ふふ。カズヤちゃんが照れてる」
「俺は照れていない」
「照れてる」
「……寝なさい」
「はーい」
しばらく沈黙が続いた。
星明かりの下、三人の足音だけが続く。俺の頭の中では、まだあの石版のメッセージが響いている。
継承者よ、覚醒の時。来たれり。
その言葉は、問いかけではなく、宣告だ。
(来たれり、ってどこへ来るんだろうな。俺が行くのか、何かが俺のところへ来るのか。でも、今考えても答えは出ない。わからないことを抱えたまま進む——それが冒険だ。そういうことにしておこう)
「ミサト」
「ん?」
「ありがとう。今日も」
ミサトが歩を緩めた。少しして、低い声で言う。
「……礼なんていらないわよ」
「でも、言いたかった」
「…………そう」
それだけ言って、ミサトは前に向き直った。でも、背中が少しだけ柔らかくなった気がした。
(ミサトは礼を言われるのが苦手だ。でも、言われると嫌ではないらしい。それが分かるくらい、一緒にいる時間が積み重なった)
アリアが再び眠ったのを確認してから、俺は夜空を見上げた。
星が多い。本当に多い。この世界の夜空では、こんなに星が見える。
(あの星たちは、古代エルフも見ていたんだろうな。俺の先代も、こうやって夜空を見上げたことがあったんだろうか)
「……綺麗だな」
誰にも聞こえない声で、俺は呟いた。




