第128話 闇の森への道
# 第128話 闇の森への道
# 第128話 闇の森への道
## 魔界の環境
紫に染まった空が、異世界の朝を告げていた。
セラは洞窟の入り口に立ち、魔界の空を眺める。地球で見るどんな空とも違う色合いだ。薄墨に紫が混ざったような、不思議な濃さがある。
(……この空に名前をつけるなら何だろう。「夜明けの魔界」か。どっちでもいい、美しいことには変わらない)
「セラ、起きてたのね」
アリアが洞窟から出てくる。眠そうな目をこすりながら、隣に来た。
「おはよう、アリア」
「うん……魔界の朝って、不思議だよね」
アリアも空を見上げる。金色の髪が紫の空に映えて、絵になる。
「空が紫色なんだ。地球の空とは全然違う」
「へえ、セラの元の世界の空は、どんな色なの?」
「青いんだ。真っ青な空に、白い雲。雨が降る前は灰色になって」
「青い空……見てみたいね」
「いつか、見せてあげたい」
(……そんな約束、どうやって果たすんだ俺。でも言いたかった。今のところ手段はゼロだが)
「青い空か……」アリアがもう一度呟いた。「セラの世界にも、美しいものがあるんだね」
「あるよ。いっぱい」
「その世界のセラは、どんな人だったの?」
(……どんな人。普通の人間だ)
「普通の人間だよ。なんでもない、どこにでもいるやつ」
「でも、今のセラに繋がってる」アリアが言う。「だから、その普通の人が特別になったんだよ」
(……アリア、励まし方が上手すぎる)
魔界の風が吹く。人間界の風とは違う、魔力を含んだ肌にまとわりつくような感覚だ。
「ここの空気、濃くない?」
「うん。魔力が濃厚だ。アリアの体にも負担がかかる」
「大丈夫。セラが近くにいるから」
(……アリアは普通にこういうことを言う。慣れないな、これ。どうして慣れないのか——聞いたら自分でもびっくりするような答えが出そうで、考えない方向にしておく)
「魔界の空気って、慣れてくるのかな」
「慣れてくる、というより——自分の魔力体質が変わってくる感じがする。人間界で暮らし続けたエルフと、ここで暮らすエルフでは魔力の質が違うって話を聞いたことある」
「じゃあ、セラはもう少し変わってくるってこと?」
「どうだろう。俺の場合は古代エルフ由来の変異があるから、普通のエルフの変化とは違うはずだけど」
アリアが少し考える顔をした。
「魔力って、面白いね。セラのこと、まだぜんぜん知らないことがある」
「そうだな。俺もまだ自分のことが分かってない部分がある」
「でも、少しずつ分かってきてる感じがするよ」
(……アリアのこういう言い方は、的を射ることが多い。観察が鋭い)
二人は並んで、闇の森へと続く道を眺めた。遠くに、黒い森が見える。
「あそこが『闇の森』……感知魔法で魔物の位置を確認しながら進めば、安全なルートで行けるはず」
「それに、ミサトも一緒だし。三人なら、どんな魔物も倒せる」
「うん、信じてる」
アリアがセラの腕に抱きつく。その温もりに、セラの魔力が安定していくのを感じる。
「アリアが近くにいると、魔力が落ち着くんだよね」
「えへへ、私にも同じ感じがする。セラと一緒だと、魔界の空気も怖くない」
(この無防備さは、この子の性格だ。でも今は——まあ、そういう話は後でしろ、俺)
遠くから、闇属性の魔獣の咆哮が聞こえる。低く、腹の底に響くような声だ。
「魔獣がいるね」
「うん。でも、平気。私たち、最強だし」
「最強、か。頼もしいね」
セラが微笑むと、アリアは照れたように頬を赤らめた。
遠い咆哮に、アリアが少し顔を強張らせた。でも、すぐに「大丈夫」という表情を作る。その切り替えの早さが、アリアの強さだ。
「ミサトはもう準備できてる?」
「もちろん」ミサトが洞窟から出てきた。「準備はとっくにできてる。二人が遅かっただけよ」
「立ってただけです」
「二人でくっついて朝から何をしてたの?」
「空を見てた」
「ふーん」ミサトが少し疑わしそうに言ったが、それ以上は追及しなかった。
(ミサト、気を遣ってくれてる部分がある)
魔界の朝が始まろうとしていた。
## 魔獣との遭遇
昼前、三人は魔界の街道を進んでいた。
街道とは言っても、荒野を踏み固めたような、獣道に近い道だ。黒い土が踏みしめられ、ところどころに魔獣の足跡が残っている。
「ここ、魔物が多いね」
ミサトが剣の柄に手をかけながら警戒する。
「感知魔法で確認してる。遠くに三体、近くに二体」
セラが杖を使い、魔力を放つ。
「全部、闇属性の魔獣。ダーク・ウルフだ」
「ダーク・ウルフ……夜に強い魔獣でしょ」
ミサトが眉をひそめる。
「昼間なら弱体化するはず。でも、油断は禁物だ」
(弱ってても噛みついてくる。それだけは確かだ)
アリアがシールド魔法の構えを取る。ミサトは剣を抜いて、前方に視線を向けた。三人、それぞれの準備が整う。静寂。
突然、前方の岩陰から黒い影が飛び出した。
「来た!」
ミサトが叫び、剣を構える。
現れたのは、全身が黒い毛皮に覆われた狼だ。目が赤く光り、口からは紫の炎が漏れている。ダーク・ウルフだ。
「ミサト、前衛お願い! アリア、サポート頼む!」
「了解、セラ!」
ミサトが剣を構えて突進する。初期の頃とは比べ物にならないほど洗練された動きだ。
「はっ!」
ミサトの剣がダーク・ウルフの腹を掠める。が、ダーク・ウルフは素早く回避し、反撃に来る。黒い爪がミサトの鎧を引っ掻く。
「くっ、硬い……!」
「水よ、壁となれ——アクア・シールド!」
アリアの詠唱と同時に、透明な水壁が展開した。ダーク・ウルフの爪が水壁に当たり、砕け散る。
「ありがとう、アリア!」
「ウィンド・カッター!」
セラが後方から風の刃を放つ。しかし、ダーク・ウルフは闇属性の魔力で風を無効化し、回避する。
(闇属性には風が効きにくい。弱点は——光だ)
ダーク・ウルフが大きく息を吸い込んだ。胸が大きく膨らむ。その瞬間、喉の奥が紫色に発光した。
「ミサト、下がれっ!」
「っ!」
ミサトが飛び退く、その刹那。
「闇よ、炎となりて焼き尽くせ——ダーク・フレイム!」
狼の喉から迸った紫の炎が、地面に炸裂した。轟音と衝撃波。黒い焦げ跡が放射状に広がる。
(これが——魔族の炎魔法。ダーク・フレイム。ただの獣の息吹じゃない、れっきとした呪文詠唱だ。あの詠唱——「闇よ、炎となりて焼き尽くせ」。魔族の魔法体系では、欲求を言葉に変えて力を呼び出す。ウルフの知性を侮っていた)
「アクア・ブラスト!」
アリアの水流が残り火を包み込み、鎮火する。
「次は光属性でいこう! ライト・アロー!」
光の矢がダーク・ウルフに突き刺さる。
「ギャアアアッ!」
闇属性の魔獣にとって、光属性は弱点だ。
「ここだ!」
ミサトが隙を見て突進し、剣を振るう。剣がダーク・ウルフの首に深く突き刺さった。
「ぐガガッ……」
一体、撃破。
「でも、感知魔法の反応がまだある。二体、近くに来てる」
岩陰から、もう二体のダーク・ウルフが現れる。最初の個体より少し大きい。
「ボス格か……」
(本当に追加で出てくるのか。様式美すぎる)
「連携だよ! ミサト、左の個体を引き受けて。アリア、右の個体に水魔法で牽制して。俺は中央から援護する」
「了解!」
「うん、任せて!」
ミサトが左のダーク・ウルフへ突進。アリアが水の鞭「アクア・ウィップ」を放ち、右のダーク・ウルフの足に絡みつける。
「その隙に! エアロ・ブラスト!」
風の衝撃波がダーク・ウルフを吹き飛ばす。
右の個体が再び喉に紫の光を宿し、炎を纏い始めた。
「水よ、壁となれ——アクア・シールド!」
アリアのシールドが炎を受け止める。
「いい判断、アリア! ライト・アロー、連射!」
光の矢が次々とダーク・ウルフに突き刺さる。左の個体もミサトの決定打が入り、倒れる。
「とどめだ! ライト・バースト!」
光の奔流がダーク・ウルフを包み込み、消滅させる。
三体、全滅。
「ふぅ……みんな無事?」
「うん、平気」
「私も、大丈夫。少し傷ついたけど」
「ヒール・ライト!」
アリアが手をミサトの傷に当てる。癒しの光がミサトの傷を包み、傷跡が消えていく。
「ありがとう、アリア。魔法、上手だね」
「えへへ、セラに教えてもらったおかげ」
「三人の連携、完璧だったね」
ミサトが剣を収めながら言う。
「うん。これなら、闇の森でも戦える」
剣を鞘に収める音が、静かな荒野に響いた。
「光属性が闇系に効くのは知ってたけど、あれほどとは思わなかった」ミサトが感心したように言う。「光の矢、効率がいいですね」
「光魔法は少量の魔力で効果が出る。消耗戦になったら有利だ」
「使い分け、大事だね」アリアが頷く。「私のアクア・シールドも、今日二回役に立てた」
「十分以上に」セラが答える。「シールドがなかったら、ミサトが二回は傷ついてた」
「そう言ってくれると、練習した甲斐がある」アリアが少し誇らしそうに言った。
「技術より、信頼」アリアが続ける。「ミサトちゃんが何をするか分かる。セラが次に何をしようとしてるかも分かる。だから動ける」
「それが本当のチームワークよね」ミサトが静かに言った。「そういうことを教官に言われた時は、意味が分からなかったけど」
「今は?」
「今は分かる。あなたたちと戦うたびに」
(ミサトが珍しく素直だ。ここは素直に受け取っておく)
## アリアの危機
戦闘から少し経った、午後のことだった。
三人は休憩を取り、魔界の奇妙な果物を食べていた。黒い皮に覆われた果物は、中が紫色の果肉で、甘酸っぱい味がする。
「これ、美味しいね」
アリアが果物をかじりながら微笑む。
「でも、全部の植物が食用とは限らないから注意してよ」
ミサトが警戒しながら言う。
(異世界の植物は常識が通用しない。より一層危ない)
「これ、大丈夫なんです? 感知してみたんですけど」アリアが紫色の果肉を光にかざす。
「食用の植物の魔力パターンと一致してる。大丈夫だと思うけど、食べすぎには注意かな」
「ふーん」ミサトがかじる。「確かに甘い。魔界の植物がこんなに美味しいとは思わなかった」
「食べられる植物があるってことは、ここに定住してる魔族もいるんだろうな」
(魔界にも日常がある。当たり前のことなのに、新鮮に感じる)
休憩の空気が緩んだ。ミサトは剣の手入れをしながら、アリアはそのあたりを少し散策していた。
その時、アリアが立ち上がり、少し離れた場所へ歩いていく。
「アリア?」
「あそこに、きれいな花が咲いてる! 見て!」
紫色の花。茎は黒く、花びらは紫に輝いている。
「危ないかも」
「大丈夫。感知魔法で、害がないってわかったから」
アリアが花に触れようとした、その時だった。
突然、地面から黒い影が現れ、アリアに襲いかかった。
「きゃっ!」
「アリア!」
現れたのは、影のように薄黒い魔獣——シャドウ・ストーカー。地面に溶け込み、獲物を待ち伏せするタイプだ。感知魔法では地面に溶けた個体を捉えられなかった。俺のミスだ。
アリアが回復魔法の詠唱中だった。
「ヒール・……うっ!」
シャドウ・ストーカーの爪が、アリアに迫る。
セラの思考が、一瞬で白くなった。
(アリアが、危ない——)
思考よりも先に、体が動いた。
全速力でアリアの方へ走る。ミサトも反応するが、距離が遠い。
シャドウ・ストーカーの爪が、アリアの胸に届く寸前。
セラがアリアの前に立ちはだかった。
「行かないっ!」
シャドウ・ストーカーの爪が、セラの腕を引っ掻く。
「ぐっ……!」
痛みが走る。だが、気にしている余裕はない。
(絶対に、アリアを守る——)
心の中で強く願うと、魔力が爆発的に増幅した。感情が魔力に直結する——古代エルフの血がそう叫んでいる。
「ライト・バースト!!」
光の奔流がシャドウ・ストーカーを吹き飛ばす。
「ギャアアアッ!」
シャドウ・ストーカーが黒い霧となって消滅した。
膝が、がくりと落ちそうになる。それでも立っていた。
(……アリアは無事だ。それだけでいい)
肩で息をしながら、セラはアリアを振り返った。アリアは目を大きく開いたまま、動けずにいる。
「大丈夫か?」
「……うん」アリアがようやく声を出した。「大丈夫。セラが、来てくれたから」
その言葉に、セラの胸の奥が、ぎゅっと締まる感覚があった。
ミサトがシャドウ・ストーカーの消えた場所を確認しながら近づいてくる。周囲に視線を走らせ、他に反応がないことを確かめた。
「他はいない。今のは単独だった」
「感知魔法に引っかからないタイプか。地面と同化してる時は熱量がゼロに近い。盲点だった」
「次から、足元にも魔力を薄く展開しておいた方がいい」
ミサトの言葉は的確だ。騎士の実戦経験がにじみ出ている。
(俺一人だったら気づかなかった。こういう発見が、パーティの強さだ)
## 二人の距離
「ふぅ……ふぅ……」
セラが荒い息を吐く。
「シ、セラ!」
アリアが駆け寄った。瞳から涙が溢れている。
「大丈夫? 怪我、痛くない?」
「大丈夫だよ。少し傷ついただけ」
自分の腕を見る。血が滲んでいるが、深い傷ではない。
「怪我してるじゃない!」
「ヒール・ライト!」
アリアが傷口に手を当てる。回復魔法が傷を包み込んで、傷口が閉じていく。
「ありがとう、アリア」
「セラが私を庇って……」
アリアの涙が止まらない。
(……抱きしめてやりたいけど。ここで抱きしめたら話が変な方向に行きそうだ。……やっぱり少し固まってる)
「セラ、手、見せて」アリアがセラの腕を取る。「爪で引っかかれた傷、ちゃんと治す」
「ほんとにかすり傷程度だから——」
「だめ。放置は絶対だめ」アリアが言い張る。「魔界の爪には毒が混ざってることがある。念のため」
「毒、か。それは確かに」
アリアの掌が光る。傷が癒える。それだけでなく、魔力も少し安定していくのが分かる。
(不思議だな。アリアの回復魔法は体だけじゃなくて、なんか心にも効く気がする。こういう魔法は前世の薬局にはなかった)
「あぶなかったね。シャドウ・ストーカーは、地面に潜って獲物を待つ魔獣だ。感知魔法でも、完全には探知できなかった。俺のミスだ」
「私が、不注意だった。ごめんなさい」
「いいんだよ。アリアは無事だし、俺も大丈夫だ。それに……」
セラがアリアの手を握る。
「アリアを守れたから、よかった」
「セラ……」
アリアがセラの胸に顔を埋めた。その肩が小さく震えている。
「えっと……少し泣いていい?」
「いいよ」
泣くのを「いい?」と聞くアリアに、セラは少し笑いそうになった。でもこれがアリアだと思う。泣く前に確認する、律儀な性格。
「怖かった……セラが怪我をするなんて、怖かった」
「大丈夫だよ。絶対に、アリアを守るから」
セラがアリアの背中を優しく撫でる。
(抱きしめてる。普通に。でも——これは普通の抱擁じゃない気がする。意識してる自分に気づいてる。こういう状況でも手が動かせない)
「セラ、ありがとう。本当に」
「どういたしまして」
(……本当に、体が勝手に動いた。考える前に、足が出てた。今は、アリアが傷つく方が怖い。それだけはっきりしてる。これが自覚、というやつだと思う)
「セラって、すごいね」アリアがまだセラの服を掴みながら言う。「あんなに素早く動けて」
「感情が爆発したら体が動いた。制御とかじゃなく」
「感情が、ね」アリアが少し嬉しそうに繰り返す。「私のために、感情が爆発したんだ」
「言い方が恥ずかしいな」
「えへへ」
「あー、あー、ここですか?」
ミサトが近づいてきた。
「二人、大丈夫?」
「うん、大丈夫。セラが私を庇ってくれたの」
アリアがセラの腕に抱きついたまま答える。
「セラ、えらいね。でも、自分の危険も考えてよ」
ミサトが少し呆れたように言うが、目には笑いが宿っている。
「ごめん。でも、アリアが危ないと、体が勝手に動いたんだ」
「はいはい、英雄的だわね。でも、次は注意してよ。あなたが怪我したら、私も困るから」
「……それ、心配してるってこと?」
「うるさいわよ! そんなことより、出発するわよ!」
ミサトが赤い顔を向こうに向けて歩き出す。
「フン。ミサトは素直じゃないな」
「聞こえてるわよ!!」
(ツンデレの教科書を地で行くな。それがミサトらしくていい)
ミサトが歩き出した背中を見送りながら、アリアがくすくす笑っている。
「ミサトちゃん、優しいね」
「そうだな」セラも頷く。「ストレートに言わないだけで、ちゃんと心配してくれてる」
「セラもそういうの、気づいてるんだね」
「そりゃあな。観察は得意なんだよ」
「……そのうち、セラの話、もっと聞かせてよ」アリアが横目で見る。
「いつかな」
「じゃあ、いつか」
(いつか、か。——アリアなら笑い飛ばしてくれそうだ)
三人は少し休んで、また出発の準備を始めた。
夕暮れ時、小さな丘の上で休んでいた。空の色が、紫色から深い青に変わっていく。
「きれい……」
アリアが夕日を眺める。息を呑む美しさだ。
「魔界の夕日も、悪くないね」
ミサトも同じ方向を見る。
セラは二人の横顔を見た。
今日の戦闘で、アリアを庇った時の感情が、まだ胸に残っている。
(アリアを失いたくない——その恐怖の強さ。自分でも驚くくらいだった)
「ねえ、セラ」
アリアが振り返る。
「今日、ありがとう。私を庇ってくれて」
「いいんだよ。アリアを守るのは、私の……」
セラは言葉を飲み込んだ。
「私の、何だろう?」
アリアが微笑む。
「私の……存在意義かもしれないな」
「存在意義?」
「転生して、異世界に来た。最初は混乱していたけど、アリアに出会って、ミサトに出会って……自分の居場所を見つけた気がする」
(本心というのは、時々こういう台詞になる)
「アリアを守りたい。ミサトも守りたい。みんなで幸せになりたい」
アリアの瞳が潤んだ。
「セラ……」
ミサトが咳払いをした。
「……ラブラブぶりはそこまでにして。そろそろ野営の準備しないと」
「えへへ、ごめんごめん」
アリアが照れた。
三人は野営の準備を始めた。焚き火を囲んで夕食をとる。魔界の食材は何でも風変わりな味がするが、食べ慣れてきた。
「ミサト、この乾燥肉、どこで手に入れたの?」
「魔界の街道沿いの露店。値段は安かったけど、品質は確かだった。見た目はグロテスクだったけど」
「見た目で判断するな」アリアが頷く。「魔界の食べ物は見た目が怖いほど美味しいことが多い」
「エルフの格言?」
「私の個人的な観察」
アリアが真顔で言うので、ミサトが吹き出した。三人が笑う。
「明日は闇の森に着くね」
セラが言う。
「うん。何が待ってるか分からないけど、三人なら大丈夫」
アリアの言葉は、根拠があるからこそ力を持つ。今日の戦闘でそれを見た。連携の確かさ。信頼の深さ。
「あの森、なんとなく呼ばれてる感じがするんだよな」
ミサトが鍋を覗き込みながら言う。「感知魔法か?」
「そうじゃない。もっと直感的な何か。古代エルフの血が反応してるのかもしれない」
「面白い話ね」ミサトが少し考えた。「あなたの魔力って、普通のエルフとは違う質を持ってる。測定の時も先生が首を傾げてたでしょう」
「測定器が壊れてるんじゃないかって疑われたやつ」
「壊れてなかった」
「あの顔が忘れられない。先生の『ありえない』って顔」
アリアがくすっと笑う。
「セラ、すごすぎて笑えないよ」
「笑えよ、そっちの方が楽になる」
アリアがセラの隣に座り、肩を寄せた。その温もりが、夜の冷気の中でいっそう際立つ。
「セラ」
アリアが静かに呼んだ。
「ん?」
「今日、もう一度言いたくて。ありがとう。私を庇ってくれて」
「いいんだよ」
「私も、強くなる。セラを守れるように。絶対に」
その目には、決意があった。
(こんなことを言われたら、俺も頑張らないといけないな)
「うん。二人で頑張ろう」
「約束よ?」
「約束」
ミサトの寝袋の方を見ると、彼女は寝ているようだが、少しだけ耳が赤かった。
(……起きてる気がするな。まあ、いいか)
焚き火の明かりが揺れる。
明日は、闇の森へ。
古代の遺跡が待っている。
セラは焚き火を見つめた。
(今日一日で、俺は確信した。アリアを守りたい。ミサトも守りたい。それは「役割だから」じゃなく、そうしたいからだ。はっきりある——その感情が)
「セラ、考え事してる?」アリアが小さく聞く。
「少しね」
「明日のこと?」
「今日のこと」セラは答える。「アリアが無事でよかったと、改めて」
「……うん」アリアが微笑む。「私も」
静寂が続く。でもこの静寂は、重い沈黙とは全然違う。
温かい静けさだった。
焚き火が赤く揺れる。明日は闇の森へ。それだけが確かだ。




