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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第122話 魔姫ルナの登場

# 第122話 魔姫ルナの登場


## 夜の作戦会議


 焚き火の炎が揺らめく。


 魔界の森。最初の夜。


 人間界の焚き火は「パチパチ」と小気味いい音を立てるものだが、ここの焚き火は「ぼっ、ぼっ」と重く燃えている。空気の魔力密度が高いせいか、炎の色も少しだけ紫がかっている。


(RPGのキャンプシーンみたいだな)


「……やっぱり、魔界って独特だね」


 セラが焚き火を見つめながら呟く。


「セラ、少し」アリアが隣に座り込んで、体を寄せてきた。「近くにいた方が、魔力が安定する」


「うん、ありがとう」


 アリアの体温。不思議なことに、彼女が近くにいると魔力が落ち着く。暴れそうになる内側のエネルギーが、するりと収まるような感覚。なんでだろう。理屈では分からない。でも本当だ。


「魔界の焚き火、色が違いますね」アリアが炎をじっと見る。「薄紫色。人間界の橙色と違う」


「魔力が高いから、燃焼の反応が変わるんだと思う」


「セラって、なんでそんなに物知りなんですか?」


「まあ、いろいろ本を読んでたから」


(「前世で理科を勉強した」とか言う一歩手前だった。口が滑る。魔界に来てから緊張で言語野が緩んでる気がする)


 アリアが首を傾けた。


「ときどき不思議な言葉を使いますよね。『インスタ映え』とか、『クリック』とか」


「あー」


(バレてる。アリア、観察力が高すぎる)


「そのうち教えるよ」とセラは誤魔化した。「今は他に気になることがあるし」


 ミサトは焚き火の反対側に座っている。剣を膝に置き、周囲を警戒している。休む気が全くない。


「ミサト、少し休んだら?」セラが声をかける。


「いいの、私が」ミサトは強く言う。「この場所、危険だもの。油断したら包囲されるかもしれない」


「心配性だね」


「当たり前でしょ。私は騎士なんだから」


「騎士って大変だな」


「そういうものよ」ミサトは前を向いたまま言った。「職務中は常に戦闘準備ができてないといけない。私に言わせれば、ぼんやりしてるあなたたちの方が不思議よ」


「ぼんやりはしてないよ」


「してる。見てればわかる」


(ミサトの言う通り、俺は少しぼんやりしてた。これが俺のリラックス法なんだよな。目を閉じて空を見る。あれで頭をリセットする)


「……まあ、それが俺のリラックス法なんだよ」


「セラ、今また変な言葉を言いました」アリアがくすっと笑う。「『俺』って」


「言ってない言ってない」


「さっきの集落、平和だったね」セラが今日を振り返る。「子供も遊んでたし、老人は将棋みたいなゲームしてたし」


「……そうね」ミサトの声が、わずかに柔らかくなった。「普通の生活をしてる。モンスターの巣窟って感じじゃなかった」


「でも、私たち敵だよね」アリアが静かに言う。「人間界と魔界は、長く戦争してきた。簡単に仲良くできるわけじゃない」


「うん……」セラは焚き火の炎を見つめる。「それにしても、偵察兵の言葉が気になってる」


 『姫ニ、報告告グ』


「姫って誰?魔族に『姫』がいるのかな」


「魔王の娘、かな」ミサトが推測する。「魔王城に住んでるのかも」


「でも、偵察兵が『姫』って言うなら、近くにいるはず」アリアが心配そうに続ける。「偵察兵は集落に戻って報告する。つまり——」


「敵が増える、ってこと?」


「高い可能性で」ミサトが頷く。「私たちの情報が共有されれば、組織的な追跡が始まる」


「明日は移動が最優先かな」セラは言う。「夜明けと同時に出よう」


 ミサトも同意する。


「焚き火、もう少し小さくしましょう。遠くから見つかりにくくなる」


「あ、それいい考え」


「私、騎士だから」ミサトが少し得意げに言う。「こういう野営戦術は訓練済みよ」


(意外と有能だな、ミサト。こういう知識が今ここで役に立ってる)


「でも」アリアがセラの腕を抱いた。「夜は静かだね。星が綺麗」


 見上げると、魔界の空には無数の星が輝いている。人間界とは違う配置、違う明るさ。でも、美しいことに変わりはない。


「……きれいだ」セラが呟く。


 ミサトも空を見上げる。焚き火の明かりで、その横顔が柔らかく照らされている。


(ミサトって、戦闘の時と今みたいなこういう時では全然顔が違う。星を見上げる瞬間だけほっとした顔をする。女騎士も人間なんだな。当たり前か)


「セラ」ミサトが小さな声で呼ぶ。


「うん?」


「もし……敵と戦うことになったら」


「なる、でしょうね」


「私、あなたを守るから」


「えっ?」セラが驚いてミサトを見る。


 ミサトの瞳が、真剣に揺れている。普段のツンデレ気味の目ではなく、まっすぐな目だ。


「あなたの魔力、強い。でも、制御が難しいでしょ」ミサトが言う。「だから、私が前で戦う。あなたは後ろから魔法で援護して。そういう役割分担でいいよね」


「ミサト……」


「アリアさんも、魔力安定係」ミサトが少し微笑む。「三人で、最強のパーティになれる」


「うん」アリアも頷く。「セラのことは、私たちが守る」


(なんか逆じゃないか?主人公は守る側じゃないのか?でも……正直、頼もしい。二人がいるからここまで来れてる。これは事実だ)


「ありがとう。僕も、二人を守るから」


「ううん、守られるのは私たちでいいよ」アリアが笑う。


「……まあ、そうね」ミサトも同意する。「今日の戦闘も、あなたの無詠唱魔法がすごく役に立った。光の矢の連射、シールドの展開——どれも完璧だった」


「練習の成果かな」セラが少し照れくさそうに笑う。


「これからもっと強くなれると思う」アリアがセラの手を握る。


「眠ってる才能、かな……」セラは自分の掌を見る。


 転生してから、魔力との付き合いに悪戦苦闘してきた。でも、少しずつわかってきている気がする。何かが——眠っている。まだ目覚めていない何かが。胸の奥に、確かにある。


「セラ、大好き」アリアが囁く。


「俺も、大好き」


 あ、また言った。


 でもアリアは気づかないふりをしてくれた。ぎゅっと肩を掴んで引き寄せる。


 二人は静かに抱き合う。星明かりの下で。


(魔界で抱き合ってる。夢じゃないよな。本当のことだ)


 ミサトがゴホン、と咳払いした。


「二人さん、夜の警戒中ですよ」


「ごめんごめん」


「反省してる顔に見えない」


「反省はしてる。ただ顔に出ないだけ」


「同じことでしょ」


(つれない。でもミサトの声が柔らかいから、本気で怒ってるわけじゃない)


 魔界の最初の夜は、意外にも温かく始まった。


 でも、それは「始まった」だけだった。


 数時間後、セラはその「始まり」がどれほど甘い認識だったかを、全身で思い知ることになる。


## 包囲された夜


 目が覚めた。


 何かが違う。


 セラは本能的に身を起こす。まだ夜中だ。焚き火の炎は小さく赤く明滅している。アリアは隣で眠っている。ミサトが交代したばかりで、今は見張りのはず。


 でも——静かすぎる。


 風の音がしない。虫の声もしない。焚き火の燃える音だけが、不自然に響いている。


(……気配、消えた? いや、逆だ。多すぎる)


 セラは瞬時に魔法を展開する。無詠唱で感知魔法を発動し、周囲を探る。


 そして、絶句する。


 百以上。


 周囲を囲む気配。数十どころじゃない。前後左右、全方位。闇の中に潜む無数の視線。殺気で肌が粟立つ。


(まずい。これは前世の知識じゃ対応できないやつだ。完全に)


「ミサト!」セラが小声で呼ぶ。


 ミサトはすぐに反応する。剣を握りしめ、セラの側に来る。


「気配、ある?」ミサトが小声で尋ねる。


 セラは頷く。


「包囲されてる。数、百以上」


 ミサトの表情が凍りついた。


「アリア、起こして」


「うん」セラはアリアを優しく揺らす。「アリア、起きて。危ない」


 アリアはすぐに目を覚ます。状況を一瞬で把握して、顔色を変える。


「魔族……?」アリアが囁く。「いっぱいいる……」


「静かに」セラが指示する。「まだ動かないで。相手が仕掛けてくるまで、こっちも仕掛けない」


 三人は背中合わせに位置を取る。


 焚き火の届かない闇の中に、無数の赤い光が灯る。


(魔族の目だ。赤い目が、いっぱいある。俺、今めちゃくちゃ怖い)


「……数、数える?」ミサトが震える声で言う。


「ムリ」セラが打ち明ける。「百以上はいる。後ろにも左右にも、逃げ場がない」


「どうやって……」アリアが不安げに。「偵察兵、こんなに早く報告できたの?」


「そうじゃない」ミサトが否定する。「もっと速い。これは最初から待ち構えてた」


「最初から?」


「国境を越えた瞬間から、監視されてたんだよ」セラが冷静に分析する。「魔族は俺たちが思うより、よっぽど組織的に動いてる」


(甘く見てた。見積もりが甘かった。まじで笑えない状況だ)


「魔力感知がずっとアラートを出してなかったのはなぜ……」アリアが頭を抱える。


「隠蔽してたんだ」セラが歯を食いしばる。「俺の感知魔法をかいくぐる技術を持ってる。相当上位の魔族が来てる」


「どうする?」アリアがセラを見る。「戦う? 逃げる?」


「逃げられない」ミサトが現実を告げる。「完全包囲。一方向に突破するにも、魔力が相当いる」


「突破戦、か……」セラが覚悟を決める。「ミサト、前に出て。シールドを张りながら、一点集中で——」


「待ちな」


 声だった。


 静かで、でも威厳のある声。若い女性の声だ。軽やかさと、絶対的な確信が混ざっている。


 包囲していた魔族たちが、一斉に道を開ける。まるで海が割れたみたいに。


 闇の奥から、一人の影が現れる。


## 魔姫の登場


 銀色の髪が月光に反射して輝く。


 華奢な体型だが、立っているだけで圧倒的な存在感を放つ。魔族特有の小さな角が、銀髪の間から突き出ている。黒を基調としたゴシック調のドレス。胸元には深紅の宝石。スカートはふわりと広がり、夜風に揺れる。


 そして、その瞳。


 血のように赤く輝く瞳。


(……綺麗だ)


 セラは思わず息を呑んだ。


 美しい。敵であることはわかっているのに、目が離せない。魔族特有の妖艶さと、高貴な雰囲気が混ざり合っている。見た目は十七歳くらいか。でも、放つ威圧感は年齢に全然見合っていない。


 セラは魔力で相手を測る。


 深い。


 測り切れない。


「……あ」思わず声が漏れる。


「セラ?」アリアが心配そうに。


「あの子の魔力……底が見えない」


(まずい。これは本当にまずい。俺の感知魔法、こんなに「測れない」という経験を初めてした)


「人間の臭い」銀髪の少女が鼻を鳴らす。「エルフも混じってる。面倒」


「あなたは……?」セラが尋ねる。


 少女はセラを見下ろす。見下ろすというのが正確で、彼女の目線には明確な「格上が格下を観察する」という雰囲気がある。その瞳には、敵意と共に、何か興味のような光が宿っていた。


「ルナ」少女が名乗る。「この地を統べる者、魔族の姫君」


 ルナ。


 名前が響く。不思議な余韻がある。


(きれいな名前だ、とは思う。敵なのに。人間は矛盾した生き物だ。俺も例外じゃない)


「姫君……!」ミサトが剣を構え直す。「偵察兵が言ってた『姫』、あなたか!」


「そうよ」ルナがわずかに鼻を鳴らす。「侵入者ありと報告を受けて、わざわざ見に来てあげたわ」


「見に来た……」


「物見遊山?」セラが思わず言う。


「何よそれ」ルナが眉をひそめる。


「なんでもない」


「どうせ排除するなら、私が直接やりたかっただけ」ルナが高慢に微笑む。「魔族の姫君として、失礼な侵入者を追い払うのは当然でしょ」


「……ずいぶん自信満々ですね」ミサトが不敵に笑う。「やってみなさいよ」


 ミサト、強い。


 でも……大丈夫か。


(あの魔力量——俺がフルパワーを出して、やっと互角か。という規模感だ。マジでどうする)


 セラは脳内でフル回転させる。


 逃げる? 無理。


 戦う? 勝てる気がしない。


 交渉? ……試す価値はある。


(俺に一個だけある武器。ちょっとズレた切り口で相手の意表をつくこと。今ここで使うしかない)


「あ、そうだ」ルナが何かを思い出したように言う。「あなたたちの名前、教えてもいい?記念に残しておきたいから」


「記念、か」セラが考える。


 名乗るべきか。


 でも、逃げ場はない。ここで誠実に名乗ることで、何かが変わるかもしれない——そんな直感があった。


「セラ・ウィスパーウィンド」セラは決意を固めて名乗る。「エルフのセラ・ウィスパーウィンドだ」


「エルフね」ルナが少し興味深そうに見る。「珍しい。魔界にエルフが来るなんて」


「ミサト・フォン・ローゼン」ミサトも名乗る。「人間の王国、近衛騎士団の騎士」


「騎士……」ルナが少し鼻を鳴らす。「堅苦しい」


「堅苦しくて何が悪いんですか」ミサトが言い返す。


「全て」ルナが一刀両断する。「騎士というのは組織の操り人形でしょ。主体性がない」


「あなたに言われたくない。姫という立場こそ、親の七光りじゃないんですか」


 ルナの目が細くなった。


「……なかなか」ルナが呟く。「気に入らないわ、あなた」


「光栄です」


(ミサト、一歩も引いてない。かっこいい。でも今は敵の姫に突っかかってる場合じゃないんだが……引くのもまずいから難しい)


「アリア」アリアが控えめに名乗る。「セラの幼馴染」


「幼馴染ね」ルナが少し笑う。「可愛い関係」


 その視線がセラに向いた。


 何かを品定めするような目だ。不快ではないが——落ち着かない。


## 対峙


 三人の名前を聞き終わると、ルナは満足げに頷く。


「了解。セラ・ウィスパーウィンド、ミサト・フォン・ローゼン、アリア。私、ルナはあなたたちを排除する。覚悟して」


「排除されるわけない」ミサトが前に出る。「私たちは魔界を探索しに来た。邪魔しないで」


「探索、ね」ルナが少し考える。「何を探してるの?」


「古代の遺跡だよ」セラが正直に答える。「エルフの遺産が、魔界に眠ってるかもしれない」


「遺産、か」ルナの瞳が少し揺れる。「魔界にエルフの遺産があるなんて、初めて聞いたわ」


「だから探してる」


「ふーん」ルナは少し考える。「遺跡が見つかったら、どうするの?」


「調べる。古代の魔法を学びたい」


「学習欲、ね」ルナが少し微笑む。「悪くないわ。でも——魔界で勝手に動くのは許さない。私の許可なく探索するのは禁止」


「許可を得れば?」セラが問う。


「考えましょう」ルナが高慢に微笑む。「まずは、あなたたちの実力を確認する必要があるわ」


「実力の確認、か……」ミサトが剣を握る。


「そう。私と戦って、認められれば許可を考えてあげる。負ければ即刻退去」ルナが宣言する。「それでいいなら、戦いましょう」


 セラはルナを見る。


 強気な提案だ。でも、拒否する選択肢はない。周囲の魔族たちが、殺気を放ちながら三人を包囲している。


 断ったところで、戦いになる。


(どうせ戦うなら、正面から行こう。逃げ続けるより向き合った方が何かが変わる。そういうもんだ)


「……わかった」セラが深く頷く。「戦おう」


「いい答え」ルナが満足げに微笑む。


 その笑みが、意外と綺麗だった。


 敵だということを忘れそうになる一瞬。


(ダメだ。惑わされてる。あの笑顔に騙されるな。慢心は禁物。気を引き締めよう)


「アリア、後ろに」セラが小声で指示する。


「うん、わかった」アリアはセラの背後に回る。「魔力サポート、します」


「ミサト、頼む」


「最初から頼まれなくても前に出るわよ」ミサトが剣を構えながら言う。「これが私の仕事だから」


(ミサトさ、こういう時のセリフが決まりすぎてる。かっこいい。でも今は感心してる場合じゃない)


 アリアもセラの斜め後ろで静かに光魔法を構えている。集中した横顔が真剣で、普段の天然ぽい表情とはまるで違う。この三人なら——たぶん、なんとかなる。根拠はないが、そう感じた。


 ルナが指を一本立てた。


「では、一分間。あなたたちの好きに攻めてきて。それを避けきれたら、私の勝ち」


「一分?」


「それで十分でしょう」ルナが笑う。「始めなさい」


 そして、その瞳に光が灯る。


 闇の魔力が、彼女の周囲に集まり始める。夜の空気がさらに冷えていく。焚き火の炎が、ぶるりと揺れた。


「じゃあ、始めるわよ」


 一瞬、世界の全てが静止した。


 焚き火の炎だけが、かすかにゆらりと揺れる。


 セラは深く息を吸った。


(落ち着け。深呼吸して。やるしかない)


 魔界の夜に、戦いの幕が上がった。


「——ッ!」


 ミサトが最初に動いた。


 踏み込んだと思ったら、剣がもう振り下ろされていた。体重を乗せた、一撃。ルナを正面から斬り捨てようとする、まっすぐな攻撃だ。


 ルナは動かなかった。


 指を一本。指先から黒い光が伸び、ミサトの剣を弾く。金属音が響いた。ミサトの体が一歩後退する。


(速い。というか、あれは——指先で剣技を封じた。素手で)


「いい剣ね」ルナが軽く言う。「次」


「セラ!」ミサトが後退しながら叫ぶ。


 合図だ。


「光よ、矢となれ——ライト・アロー!」


 光の矢が三本、ルナに向けて放たれる。速い。直射。ルナの頭、心臓、足元——三点に向けた収束射だ。


 ルナは横に半歩だけ動いた。


 三本全部、かすりもしない。


「……こっちも速いわね」ルナが少し眉を上げる。「狙い、悪くない。でも、私には当たらない」


「今の、避けたんじゃなくて——」セラが呟く。


「読んでたのよ」ルナが平然と言う。「あなたの射線の向き、収束角度、発射タイミング。全部見てた。三本くらい同時に来てもこうなる」


(本気じゃない。まだ本気を出してない。それでいて完全に読み切ってる。この一分、勝てないかもしれない)


「セラ!右から!」アリアが叫ぶ。


 黒い光が——横から来た。ルナが指を動かした瞬間に飛んできた影弾だ。見えなかった。


「ッ!」


 セラが反射的に障壁を展開する。


「ルミナス・シールド!」


 ガン、と衝撃が来た。足元がぐらつく。腕がしびれる。一撃でここまで来るのか。


「防いだわね」ルナが静かに言う。「でも」


 ぞくり、と背筋が冷える。


 ルナの周囲に闇が集まっていた。影が凝縮し、形を成そうとしている。あれは——


「まずい、アリア——!」


「《アクア・シールド》!」


 アリアの水の障壁が、セラとミサトを覆う。直後、闇の弾幕が降り注いだ。黒い光が雨のように。地面が砕ける音がした。煙が上がる。


 二重の障壁が悲鳴を上げる。


「ぐっ……!」セラが歯を食いしばる。「アリア、バッテリーが!」


「まだ持ちます!」アリアの額に汗が光る。「もう少し!」


(アリア、無理してる。声が震えてる。この弾幕——量が多すぎる。百本以上来た。一分で、これだけのことができる相手だ)


「ほら、時間よ」


 ルナが涼しい顔で言った。


 弾幕が止む。


 煙が薄れていく。


 三人は立っていた。ぼろぼろだったが、立っていた。


「……生き残ったわね」ルナが静かに言う。「私の弾幕、ほとんど防いだ」


「勝ちですか、俺たちの?」セラが喘ぎながら言う。「一分、避けきれなかったでしょう」


「剣がかすったかどうかを言うなら——当たってない」ルナは指先を見る。「よって、私の勝ち。でも」


 ルナの瞳が、ほんの少し動いた。


「面白いわ。あなたたち」


 その言葉には、敵意ではなく——純粋な好奇心があった。


「遺跡探索の許可、検討しましょう」ルナが言う。「ただし、条件付きで」


「条件?」ミサトが警戒を緩めずに問う。


「私が同行する」


 三人が顔を見合わせた。


(同行。この魔姫が、俺たちと一緒に行動する?)


「どういうこと?」セラが慎重に聞く。


「言った通り」ルナが高慢に言う。「あなたたちを信用するかどうかは、直接見る。その方が合理的でしょ」


「……合理的、確かに」セラは頷く。「でも、あなたが——」


「嫌なら遺跡なしで退去。どちらでも私は構わない」ルナが言い切った。


 静寂が落ちた。


 ミサトがセラを見る。アリアもセラを見る。


(どうする。この状況で、この選択肢。)


 セラは深く息を吐いた。


「……わかった。同行してもらおう」


 ルナの口元が、ほんの少しだけ動いた。笑っているのかどうか、わからない。


「決まりね」ルナが言う。「今夜はここで野営。夜明けと同時に動く。私が場所を知っている」


「古代の遺跡の場所を?」


「『闇の峡谷』。魔王城の北、約三十キロ」ルナが淡々と答える。「エルフの遺産が眠っているなら、あそこが最も可能性が高い。私も一度確認したかった」


 そう言って、ルナは背を向けた。


「テントを貸してあげる。今夜は寝なさい。明日からまた面倒なことが続くから」


(このまま、同行か。魔界の姫君と一緒に遺跡を探すことになるとは……)


「……ルナさん」アリアが呼びかけた。


 ルナが振り向かずに足を止めた。


「なに」


「今日は、ありがとうございました」アリアが静かに言う。「戦って、命は奪わなかった。感謝します」


 ルナは一瞬、沈黙した。


「……なんでそんなことを言うの」


「本当のことだから」アリアが微笑む。


「変な子」ルナがそれだけ言って、歩き去った。


(アリア、また敵を褒めてる。でも今回は効いてた気がする。ルナ、足がほんの一瞬、止まってた)


 魔界の夜が、ゆっくりと更けていく。


 明日から、奇妙な同行が始まる。


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