第12話 守護隊の訓練
# 第12話 守護隊の訓練
## 初日の訓練
転生十日目の朝。
セラはベッドから飛び起きた。今日から守護隊の訓練が始まる。
(今日は絶対遅刻できない。スヌーズは封印だ)
窓の外を覗くと、森はまだ薄暗い。朝露が草木を濡らし、鳥のさえずりが始まったばかりだ。
「セラ、起きた?」
ドアが開き、アリアが顔を出す。すでに守護隊の制服を着ている。朝から完璧だ。
「ああ、起きたよ。早いね」
「今日は初日だよ? 遅刻できないでしょ」
「そうだな」
(当然のように先に起きてる幼馴染。すごい。自分にはなかなかできない芸当だ)
食堂でアリアが用意してくれた朝食を食べる。キノコのスープ、ベリーサラダ、焼きたてのパン。いつもの朝食だが、今日は妙に緊張感がある。
「ねえセラ、緊張する?」
「そんなに……ないかな」
「うそ、緊張してるでしょ」
「バレた?」
「セラは、心配性だもん」
アリアがクスクスと笑う。
(バレバレか。会議前は必ず胃が痛くなるタイプで、それは今も変わらない)
「セラは強いから大丈夫だよ」
「アリアも強いよな」
「うん、でも二人で頑張ろう!」
「そうだな」
制服に袖を通す。深緑色の上着に、紺色のズボン。胸には守護隊の紋章。新しい一歩を踏み出す実感が、胸にあった。
「似合ってるね、セラ」
「アリアも似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう」
家を出て、守護隊の訓練場へ向かう。朝の空気が肺に染み入るようだ。
「これから、この森を守るんだな」
「そうだね。責任重大だ」
訓練場が見えてきた。広々とした敷地には、すでに数十名の隊員が集まっていた。全員制服で、整列している。
「新人のかたですね。こっちに来てください」
筋肉隆々のエルフだった。身長二メートル近く。一目見て「あ、これ鬼教官だ」と悟った。
「俺はこの訓練場の責任者、ガトーって言います。今日から君たちを指導します」
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いいたします」
「ほう、礼儀正しいな。いいことだ」
笑顔だが、目が笑っていない。怖い。
「お前らが昨日入隊した新人か?」
「はい」
「聞いてるぞ。昨日の測定、特Aと上位Aだったな」
「そうです、一応」
「一応じゃない。我が隊でも上位の数値だ」
ガトー教官が腕を組んだ。
「だが、いいか。数値が高くても使えなければ意味がない。それを証明するのが訓練だ。わかるな」
「はい!」
(厳しい上司を思い出す。あの人は小言だけだったが、こっちの教官は物理的にダメージを与えてくるタイプだろう。どちらがマシか……これは考えたくない)
「まずは朝の体操からだ。全員、整列!」
「はっ!」
腕回し、屈伸、腰回し。続けていくと徐々に汗が滲んでくる。
「そこ!膝をもう少し曲げろ!」「お前、背筋を伸ばせ!」
教官の指摘が飛ぶ。見逃さない。的確。怖い。
セラは膝を曲げた。教官が見ている。背筋も意識した。どちらもきつい。
(これで体操か。すでにきつい。これが毎朝続くのか)
隣でアリアが黙々とこなしている。顔に余裕がある。なんなんだあの娘は。
「次は走るぞ。訓練場を十周だ!」
「十周?」
「文句があるか?」
「いいえ!」
(ない。絶対にない。あったとしても言えない)
一周三百メートル。十周で三キロ。実際に走ってみると、思ったより数倍きつい。
「はぁ、はぁ……」
「セラ、大丈夫?」
「問題……ない……はず……」
実際には全然問題あった。デスクワーク中心の生活が長かった。体力的な自信はなかったのだ。
(準備もトレーニングもゼロで、当日だけ気合でどうにかしようとしてる。そのツケが今、来てる)
「セラ!諦めないで!もう少しだよ!」
アリアが隣で声をかけてくる。彼女は全然キツそうじゃない。なんで。
(エルフの体になってから運動能力は上がったはずなのに、守護隊の訓練はそれを軽々と上回ってくる。レベルが違いすぎる)
五周。六周。七周。意識が飛びそうになる。脚が鉛みたいだ。
でも、不思議なことに体が動く。エルフとしての身体能力が、前の自分よりずっと高いのだ。
「残り三周だ!頑張れ!」
ガトー教官が声をかけてくれる。
「はっ……!」
十周を終えた時には、全身汗だくだった。地面に手をついて、肩で息をする。
「よくやった。まずまずだ」
(「まずまず」と言ってもらったが、これで終わりではないらしい)
「休憩三十秒。そのあと筋トレだ」
「えっ、まだ続けるんですか?」
「当たり前だ。守護隊はいつでも戦える状態にないといけない」
「腕立て伏せ、五十回!始め!」
筋肉が悲鳴を上げている。周りの隊員たちは平然とこなしている。
「腹筋、五十回!始め!」
「懸垂、二十回!始め!」
一、二、三——。
二十まで数えたところで腕が震えた。
「諦めるな!」
(諦めてない、震えてるだけだ)
三十。四十。
限界に近い。だが、最後までやり遂げる。
「新人、根性あるな」
ガトー教官が認めてくれた。
(昔の自分が聞いたら目を丸くするだろうな)
## 隊員たちとの交流
朝の訓練が終わった。全身の筋肉が悲鳴を上げている。
休憩時間になり、セラとアリアも流れに乗って休憩所へ向かう。
「ふぅ……きつかったね」
「うん……でも、楽しかったかも」
アリアは汗だくだが、目は輝いている。
(アリアさん、なんで楽しかったのか。エルフの身体能力的に許容範囲だったのか、それとも純粋に楽しいタイプなのか)
木陰のベンチで用意された水を飲む。冷たい水が渇いた喉を潤していく。生き返るような感覚だ。
「ねえ、二人とも新人?」
話しかけてきたのは、顔見知りだった。昨日の訓練前に顔を合わせた、二十年選手のテイオだ。
「あ、テイオさん。昨日ぶりです」
「今日の訓練、どうだった?」
「死ぬかと思いました」
「最初はみんなそうだ。慣れる」
(テイオさんの左腕の傷跡が視界に入る。昨日の話が、まだ頭の中に残っている)
アリアが先に切り出した。
「テイオさん、昨日の話……守護隊で怪我した仲間の話、もう少し聞いてもいいですか?」
テイオは少し間を置いた。水を一口飲んで、静かに答えた。
「ああ。別に秘密でもない」
「……入隊して三年目のことだ。初めて単独で魔獣と遭遇した。若い隊員と組んでた。俺は剣を持ってたのに、動けなかった。一秒か二秒、足が完全に止まった」
テイオの声は淡々としていた。でも目は、遠くを見ていた。
「その隙に、仲間が代わりに出た。左腕を爪で裂かれた。深くはなかった。でも後遺症が残って、その仲間は守護隊を辞めた」
(……それは、重い)
セラは黙っていた。水のコップを両手で持ったまま、動けなかった。
「今でも思い出す。あの一秒。動けばよかったと。でも動かなかった」
「テイオさんは、それでも続けたんですか」
「続けた。やめたら、それが無意味になると思って。贖罪みたいなものかな。二十年守護隊にいるのは、逃げないためでもある」
しばらく沈黙があった。
「新人は最初、みんな同じことを聞く。「怖くないか」って」
テイオが少し苦く笑った。
「怖いよ。今でも。全然怖くなくなりはしない。でも怖いまま動くのが、守護隊だ」
(怖いまま動く。それが、守護隊だ)
セラは胸の奥でその言葉を反芻した。
「……聞かせてくれてありがとうございます」
「別に。新人には知っといてほしいから言った。格好いい話じゃないけど、現実だから」
「休憩終了だ!次の訓練に移るぞ!」
ガトー教官の声が響く。
## 魔力測定
午後の訓練は、魔力測定から始まった。
訓練場の隅にある小さな建物。その中に、不思議な装置が設置されていた。
「これが魔力測定器だ。手をここに置いて、魔力を放出するだけ」
「こんなに大きいの……」
「昨日のは簡易版だったからな。こっちは正確な数値が出る」
装置は手動式のクリスタル球に、いくつものルーン文字が刻まれていた。魔法の光が球体に吸い込まれ、数値が浮かぶ仕組みらしい。
「じゃあ、アリアさんから行こうか」
「はい、やります!」
アリアが装置の前に立つ。
「準備いいか?魔力を出すんだ、限界まで」
「はっ!」
「光よ、矢となれ。敵を射貫け——ライト・アロー!」
光が放たれ、クリスタル球に吸い込まれていく。球体が輝きを増し、やがて安定した。
「良い数値だ。Aクラス上級……いや、トップクラスだな」
「へへ……」
アリアは照れくさそうに頬を赤らめる。
「次はセラだ」
緊張が走る。
(落ち着け。健康診断でも気にしすぎるタイプだったが、今回は魔力だ。気にしても仕方ない)
「はい、やります」
深呼吸を一つ。掌を開き、魔力を放出し始める。昨日の感覚を思い出す。
「ううっ……!」
掌から光が溢れ出す。クリスタル球が吸い込んでいく。
だが、すぐに異変に気づく。球体が明るすぎる。ルーン文字が軋むような音を立てている。
「おおおっ!?」
隊員たちから驚愕の声が上がる。
「やめろ!これ以上やると装置が壊れる!」
「えっ、あ、すみません!」
セラは慌てて魔力を止める。だが、球体はまだ輝いている。
「こ、これは……」
ガトー教官は目を丸くしていた。
「信じられない……この数値は……」
クリスタル球の上に浮かぶ数値。測定器の上限を超えていた。
「限界突破……?」
「ありえない。この装置は歴代最高の隊長クラスの数値も測れるんだが」
「えっと、私、何か間違えたかな……」
(間違えてはいないと思うが、装置が壊れかけているのは確かだ。データの限界突破——そういうことがあるんだな)
「測定不能、つまり『オフスケール』だ。正式な数値は出ないが、少なくとも通常の数十倍はある」
「数十倍……?」
セラは自分の耳を疑った。
(これが今の自分の力。それをちゃんと認識しておかないといけない)
周りの視線が強くなる。全員が自分を見ている。
「すごいな……新人でこれだなんて」
「さすが特Aクラスと言われてただけはある」
「悪いことは言わない。普段は全力で出すなよ」
「は、はい……」
「ねえねえ、セラ!すごいね!」
「う、うん……」
アリアは誇らしげだが、セラは少し気恥ずかしい。
(目立ちたくないという気持ちがある。でも、これが自分の力だ。受け入れるしかない)
## 実技試験——そして、壁
午後の実技訓練。的当て試験だ。
「ルールは簡単だ。的に当てる。それだけ」
「距離は?」
「十メートルから始める。慣れたら二十、三十と離していく」
(「新人評価テスト」だな。弓道でも射撃でもなく魔法だが、本質は同じだ)
「じゃあ、まずは私が!」
アリアが前に出る。
「光よ、矢となれ——ライト・アロー!」
光弾が的の中心に見事に命中する。
「グッドジョブ!素晴らしい制御だ」
「やったー!」
アリアはガッツポーズをする。やはり彼女は優秀だ。
「さて、次はセラだ」
え、もう? まだ不安なのに。
(いや、待て。落ち着け。「制御しつつ当てる」それだけだ)
「えっと、やります……」
セラが前に出る。的を見据える。昨日の修行を思い出す。光を感じ、集め、圧縮するイメージ。
(制御しろ、制御しろ。全力出したらまずい)
「光よ、矢となれ——ライト・アロー!!」
光弾が放たれる。的の中心に——ではなく、的を完全に吹き飛ばした。
「……」
「……」
「……」
場が静まり返る。台ごと吹き飛ばしてしまったのだ。
「あ、ごめんなさい!」
「いや、すごいな……威力が違いすぎる」
(やってしまった。壊しちゃいけないものを壊してしまった感覚。これが初日のインパクトになるのか……)
「もう一回、挑戦してみろ。今度は威力を抑えて」
「はい……」
セラは深呼吸する。
(光を集めて、優しく……優しく……)
「光よ、矢となれ——ライト・アロー」
声を小さくしてみた。すると、掌から小さな光が現れる。的に向かって飛んでいく。
的の中心、見事に命中する。
「ナイス!それだ!」
「よかった……」
「制御できることが分かっただけで大きな進歩だ。反復あるのみ」
(反復。繰り返すことで精度が上がる。これはどんな技術も同じだ)
「セラ、次はウィンド・エッジも試してみろ。聞いてるぞ、昨日修行したらしいな」
(昨日? 一昨日の話が広まってる。守護隊の情報は回るのが早い)
「あ、はい。やってみます」
風を集めて刃にする感覚。体が覚えている。
「風よ、刃となれ——ウィンド・エッジ!」
風の刃が的に向かって飛んでいく。的を真っ二つに切断した。
「おおおっ!」
「風の刃か!初級でそんな技は見たことがない!」
「昨日、修行で習ったんです」
「たった一日で!?ありえない」
隊員たちがざわめく。
(自分でもびっくりしてる。でも、これが今の俺の力なんだろうな)
距離を二十メートル、三十メートルと伸ばしていく。感覚が掴めてきた。制御と威力のバランス。
訓練場が落ちてくる夕日に染まる頃には、三十メートルも安定して命中するようになっていた。腕は疲れていたが、手応えがあった。
「いい調子だ。今日はここまでだ」
「お疲れ様でした!解散!」
一日の訓練が、ようやく終わった。
## 模擬戦——能力の壁
その後、ガトー教官から告げられた。
「解散の前に、一つやっておく。新人の模擬戦だ」
セラの背に緊張が走った。
「軽い手合わせだ。相手は——テイオ、頼む」
「了解です」
テイオが立ち上がった。二十年の経験を持つ中堅隊員。落ち着いた目が、セラを見ている。
(魔力は俺の方が圧倒的に上のはずだ。でも——この人は二十年間、実戦をやってきた)
「ルールは簡単だ。魔法を使って相手に触れるか、降参させた方の勝ち。実際の戦闘は想定しない、あくまで技術確認だ」
セラとテイオが向かい合う。十メートルの距離。
(魔力量で押し切れる……いや、でも測定器を壊しかけた俺が出力全開にしたら訓練場が吹き飛ぶ。制御しながら当てる。それしかない)
「始め!」
セラが動いた。
「ライト・アロー!」
素早く放った光弾がテイオに向かう。しかしテイオは一歩横に踏み込んだだけで、きれいに回避した。
(速い。体の動きが違う。魔法の軌道を読んでいる)
「ウィンド・エッジ!」
横に散らすように風刃を放った。テイオが後ろに跳んで、ぎりぎりで躱す。距離が開いた。
(魔力量で押せる。このまま連射すれば——)
「ライト・アロー! ライト・アロー! ライト・アロー!」
三連射。テイオは右に走り、左に転がり、上に跳んだ。全部避ける。
呼吸が乱れてきた。魔力の消費が思ったより早い。制御に神経を使っているからだ。
(まずい。連射で疲弊するのは俺の方だ)
テイオが歩いてくる。一歩、また一歩。急いでいない。セラの動きを観察しながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
(距離を詰められたら近接になる。そっちは完全に不利だ)
「ライト・アロー!」
一発、大きめの出力で放った。テイオが横に跳ぶ——その軌道を予測して、風刃を追いかける。
「ウィンド・エッジ!」
今度こそ当たると思った。
テイオは風刃を左腕で腕ごと受け流した。袖に細かい傷がついたが、ほとんどダメージがない。
「……っ」
(受け流した? 刃なのに?)
「刃の角度を見て、流せる角度で腕を当てた。剣と同じだ」
テイオが淡々と言う。説明しながら、さらに一歩近づいてくる。
(経験の差だ。これが経験値の違いだ。どんな魔法を飛ばしても、動き方を知ってる人間には通じない)
三歩踏み込まれたところで、テイオの手がセラの肩に触れた。
「まいりました……」
「お疲れ様」
テイオが手を引いた。淡々としていたが、少し目が柔らかくなっていた。
ガトー教官が腕を組んで言った。
「見たか。魔力量の差は、戦い方の経験で埋まる。テイオはお前の三分の一の魔力しかないが、そこまで圧倒した。わかるな」
「……はい」
(わかった。身に染みてわかった)
「お前に足りないのは、制御の精度と、読みだ。魔力量はある。使えるようになれば話が変わる。でも今の状態では、戦い方を知ってる相手には一方的に負ける」
正直だった。覆いようのない事実だった。
「アリアはどうする」
教官がアリアを見た。
「私も……受けます」
「同じ相手でいいか。テイオ、もう一本頼む」
「了解」
アリアはセラより機動力を活かして戦った。素早い詠唱と複数の属性を組み合わせて、テイオに連続で揺さぶりをかける。セラより長く粘った。でも最後は同じだった。テイオの手がアリアの肩に触れた。
「わかりました」
アリアが静かに言った。
訓練場に夕闇が迫っていた。
「今日はここまでだ。新人二人、よくやった。魔力はある。動きも悪くない。ただ、まだ経験が足りない。それだけだ」
ガトー教官が最後に言った。
「今日の負けを、覚えていろ。それが次の訓練の出発点だ」
## 訓練の後
帰り道、二人はしばらく黙って歩いた。
「……負けたな」
セラが先に口を開いた。
「負けましたね」
アリアも静かに答えた。
二人とも、声に沈みはなかった。落ち込んでもいなかった。でも、ぼんやりと何かを噛み締めている感じがあった。
「テイオさん、強かったな」
「そうですね。あの動き方……魔法の軌道を全部読んでいた」
「俺、自分の魔力量に頼りすぎてた。制御で神経を使って、足もあんまり動かせなかった」
「私も同じです。状況判断より先に詠唱を始めてしまって、後手に回った」
(自分の弱点が、一回の模擬戦でこれだけはっきり見えた。悪くない経験だ。痛かったけど)
「でも」
アリアが顔を上げた。
「わかったじゃないですか。何が足りないか。伸びしろがあるってことですよね」
「……そうだな」
(アリアは強い。こういうとき、すぐに前を向ける)
「テイオさんは、魔力が俺の三分の一以下なのに、経験でそれを埋めてた。逆に言えば、俺が経験を積んだら……」
「もっと強くなれる」
「うん。もっと強くなれる」
二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、明日また頑張りましょう」
「ああ。明日も頑張ろう」
家に戻ると、アリアがすぐに台所へ向かった。何かを作る音がする。少し経って、キノコのスープの匂いが流れてきた。
「腹へった」
「できますよ、少し待って」
食卓についた。向かい合って座ると、アリアが器をセラの前に置いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
しばらく無言で食べた。喋らなくてもいい空気だった。今日はいろいろありすぎた。
「セラ」
「ん?」
「今日、楽しかった?」
アリアが静かに聞いた。
セラは少し考えた。
「楽しかった……とは少し違うけど」
「違う?」
「本物、だった。初日で壁にぶつかって、自分の弱さが見えて。でもそれが本物だと思った。テイオさんの話も、模擬戦での負けも、全部本物だった。日本で仕事してた頃は、こういう感触がなかったよ」
(「可もなく不可もなく」。年に一度の評価シートにそう書かれた。あのとき、何も感じなかった。感じる余地もないほど、全部どこか遠かった)
「今は近い。良いことも悪いことも、全部ちゃんと自分に届いてくる。それが違うかな」
アリアは少し黙ってから、コップを両手で包んで言った。
「それでいいと思う。私も今日、悔しかったし、面白かったし、疲れた。全部ちゃんとあった」
「悔しかった?」
「テイオさんに、負けましたから」
「……そりゃそうだな」
二人で小さく笑った。
「明日は少しでも変わります」
「俺も変わる」
「約束?」
「約束」
アリアが微笑んだ。スープの湯気が顔の前を流れていった。
守護隊に入った最初の一日が、こうして終わった。




