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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第11話 森の守護隊

# 第11話 森の守護隊


## 勧誘の訪問者


 転生九日目の朝。


 あの後、アリアが「一人にしておけない」と言って、そのまま泊まりに来たのだ。


 目覚めて最初に思ったのは、「腹が減った」だった。


(転職初日の朝と似てる、と思った。違うのは、隣で金髪美少女が寝ていることだが)


 アリアの寝息が聞こえる。静かで、規則的で、安心する音だ。セラはそっと起き上がり、窓の外を見た。


 森が朝霧に包まれている。木々の隙間から差し込む光が、霧を金色に染めている。薄明かりの中で、葉の輪郭がぼんやりと浮き上がっていた。鳥が一羽、枝から空へ飛び立っていく。


「……きれいだな」


 思わず呟く。今は鳥のさえずりで目が覚める。スマホの通知も、上司のLINEも、朝礼の準備もない。人生、わからないもんだ。


「ん……おはよう、セラ」


 アリアが目を開けた。寝起き特有の掠れた声。彼女は何の気負いもなく、セラの腕に抱きついてくる。


(これがエルフの挨拶だと言っていた。うん。そういうことにしておこう)


「おはよう、アリア。朝ごはん作ろう」


「えへへ、セラの卵焼き、食べたい」


「わかったよ、卵焼きか。昨日の残りのキノコも使えるな」


「キノコ入り卵焼き!」


「……頼むから嬉しそうにするな、難易度上がる気がする」


 アリアがキッチンへ向かった瞬間、ノックの音が響いた。


 硬い、律儀なノックだ。コンコン、と二回。間隔が正確すぎるくらい正確だった。知り合いじゃない。


(会社に突然、上司の上司が来た感じのプレッシャーがある。しかも朝の七時に)


「セラ・ウィスパーウィンドさん、お宅ですか?」


 聞き覚えのない声だった。男性、中年、抑制された低音。セラはドアを開ける。


 そこに立っていたのは、深緑色の制服を着たエルフだった。三十代半ば、背筋がピンと伸びて、胸には木の枝と葉が絡み合った紋章。全身から、礼節と威厳が漂っている。笑顔はあるが、目が笑っていない。本物の威厳というやつだ。


「おはようございます。森の守護隊から参りました、ガレスと申します」


「……守護隊」


 セラの口から、間の抜けた声が出た。


(守護隊。森を守る、エルフの精鋭部隊。まさかここに来るとは。ゼロミリも想定していなかった)


 後ろからアリアの気配がした。彼女も声を聞いていたらしく、エプロン姿のまま顔を覗かせている。


「守護隊の方?」と小声でセラに聞いた。


「らしい」と囁き返す。


「昨日の戦闘の件で来た?」


「……多分」


 二人で顔を見合わせた。揃って「マジか」という表情になる。これが漫才でなくて何だ。


「入ってください。アリア、来客だ」


 キッチンから手を拭きながらアリアが出てきた。守護隊の制服を見て、彼女も少し目を丸くしている。


 ガレスは部屋の中へ入ると、改めてセラに向き直った。その目に、真剣な光が宿っている。


「実は、昨日の森での魔獣撃退の件が、村に伝わっております。セラ様の勇敢な行動に、我ら守護隊は大きな関心を寄せております」


「昨日の……あれが評価されたんですか」


 昨日の戦闘を思い出す。アリアと二人で魔獣と遭遇し、なんとか撃退した。


(あれは必死だっただけなんだが。格好よく言えば「決死の戦闘」だが、内実は「マジで死ぬかと思った」だ)


「はい。さらに長老からも、セラ様の才能についてご報告がございました。我ら守護隊は、あなたに勧誘に伺いました」


「……俺に?」


「はい。森を守る意志と、それを体現する力。両方をお持ちの方を、守護隊は常に求めております」


 ガレスの言葉は真剣で、揺るぎなかった。


(長老からも評価されているとは。腹の底がざわつく。何かが変わる予感がした)


 セラの心が揺れた。守護隊。森を守る。それはまさに、アリアと話した「守護者としての役割」そのものではないか。


「すぐにお返事をいただく必要はありません。今日一日、お考えください」


 ガレスが立ち上がる。そして、アリアに視線を向けた。


「アリア様にも参加の意思があれば、歓迎いたします」


 アリアは少し驚いた顔をして、それからにこりと笑った。


「……ありがとうございます」


「それでは、明日の朝にまた参ります」


 ガレスが去った後、部屋に静寂が戻った。


 セラはドアを見つめたまま、しばらく動けない。守護隊。勧誘。長老からの評価。


(情報量が多い。朝の七時に処理できる量を超えてる)


「セラ……?」


 アリアが近づいてきた。彼女の手がセラの腕に触れる。


「大丈夫? 顔、固まってるよ」


「……だよな」


 セラは深呼吸をした。胸の中で何かがゆっくりと動いている。不思議な感覚だった。重さ、というよりは。体の内側が、少し広がったような。


「守護隊に勧誘が来るなんて、思ってもなかった」


「昨日の戦闘、村の評判になってるみたいだよ。セラが活躍したんだもん」


「たまたまだよ」


「たまたまで魔獣を倒せるの?」


 正論だった。言い返せない。


## テイオの話


 昼になっても、頭から守護隊のことが離れなかった。


 アリアが作ったキノコのクリームスープをすくいながら、セラは自分の手のひらを見つめる。魔力が宿る感触。転生してまだ九日しか使っていない感覚だ。


「で、どう思う? 守護隊」


 アリアが真剣な目で聞いてきた。


「正直、迷ってる。マジで」


 セラはスプーンを置いた。


「俺、魔法覚えたてだし。昨日の戦闘だって、なんとかなったって感じで。制御もまだ雑で」


「でも、新しい魔法を一日で習得したじゃない」


「……才能ねえ」


「才能だよ。セラには」


 アリアの声に、迷いがない。


「日本での話だと……まあ、自分で言うのもアレだが、ずっと「可もなく不可もなく」だったんだよな。平均的な仕事ぶり。特筆すべき評価もなく。上司には毎年、同じ評価を書かれ続けた」


「前世って、セラが時々言う……日本のこと?」


「うん。まあそういう話だ。要は、俺は自信がないんだよ。ここに来てから色々あったけど、自分が何者なのかよくわかってない」


「誰だって最初はそうじゃない?」


「アリアはそうじゃなかっただろ」


「私は……まあ」


 アリアが少し目を逸らした。何か言いかけて、やめた。


 セラは気になった。あの目の動き——長老が「血筋」という言葉を飲み込んだ夜と、どこか似ていた。いつか話せる日が来るのかもしれない。今は聞けない雰囲気だった。


「でも、ひとつだけ言えることがある」


 アリアが改めてセラを見た。


「セラは、昨日助けてくれた。それは本物だよ。自信があったからじゃなくて、ただ動いた。そっちの方が、ずっと大事だと思う」


「……本物、か」


「そう。技術は後から覚えられる。でも、動ける心は最初からある人にしかない」


 スープのことを忘れていた。気がつくと、少し冷めていた。でも、今はそれよりアリアの言葉の方が温かかった。


 指先が少し冷たかった。スープの湯気を感じながら、胸の内にぼんやりとした重さが残っている。


 アリアは少し考えてから、セラの手を握った。


「ねえ、昨日の森で感じたこと、覚えてる?」


「……覚えてる」


 魔獣が現れた瞬間のこと。最初に頭に浮かんだのは、アリアを守ること。森を守ること。自分の安全より先に、それがあった。


「セラは、守ろうとした。ただ生き延びるだけじゃなくて、森全体を守ろうとした」


 アリアの目が、穏やかに輝いていた。


「それが、守護隊の在り方じゃない?」


(……刺さる。この言葉、真っ直ぐ刺さる)


(入社してすぐの頃、上司に「君は自分のことしか考えてない」と言われたことがある。そのとき俺は反論できなかった。実際そうだったからだ。でも昨日の俺は違った)


「俺、昨日初めて、自分より先に誰かのことを考えた気がする」


「どういう意味?」


「魔獣が来た瞬間、最初に思ったのがアリアのことで。次が森のことで。自分のことは三番目くらいだった」


 アリアが少し黙って、それからゆっくり頷いた。


「知ってたよ。目に出てたから」


「目に?」


「セラが私を見る目。守ろうとしてる目」


(……アリア、こういうときは妙に鋭いんだよな。天然ぽいのに、人の本質をすっと見抜く)


 セラは黙った。確かに、昨日の戦闘で考えていたのはそれだった。アリアを守ること。森を守ること。自分より先に、それがあった。


「セラ」


 アリアの手が強くなる。


「私、セラを信じてる。やろうと思えばできると思う。絶対」


「アリア……」


「それに、私も一緒に行くよ。二人なら、もっと大丈夫」


(絶対的な味方って、こういうことなんだな。日本じゃ味わったことのない感覚だ)


「二人なら、ね」


 セラはアリアの目を見た。金色の瞳に、自分の姿が映っている。


「ありがとう、アリア。あなたの言葉で、救われた」


「えへへ。セラが楽しめるなら、私も嬉しい」


「楽しめ……そうだな。その言葉、ちゃんと大事にしよう」


## 苦悩の夜


 夕方、食器を洗いながら、セラはさっきの会話を反芻していた。


 アリアは「絶対できる」と言ってくれた。そのひと言で、胸がどれだけ楽になったかわからない。


 でも。


(守護隊に入るということは、本当に戦場に立つということだ)


 昨日の魔獣との遭遇は、偶然だった。たまたま遭遇して、たまたま勝った。でも守護隊は、それを毎日やる仕事だ。


 セラは水で濡れた手を布で拭きながら、窓の外の森を見た。


(テイオさんの話を思い出す)


 昨日、テイオは言っていた。守護隊の二十年先輩。左腕に、薄い傷跡がある。「初めての戦闘で足が止まった。その隙に仲間が怪我をした」——それが、あの傷の由来だと。


 テイオはそれを話すとき、笑っていなかった。淡々と語っていたが、目が遠くを見ていた。


(仲間が怪我をした、か……)


 自分が足を止めたら、アリアが傷を負うかもしれない。


 それは考えたくない。考えたくないが、考えなければならない。


「セラ?」


 アリアが台所に顔を出した。


「ちょっとボーっとしてた。ごめん」


「大丈夫?」


「うん。ちょっと考えてた」


 アリアは少し首を傾けたが、追いかけてこなかった。


 その夜、眠れなかった。


 ベッドの中で天井を見つめながら、セラは過去を引き出した。日本にいた頃の話だ。


 三十の手前、転職しようとしたことがある。今の会社に疲れ果てて、業界を変えようと動いた。面接まで進んだ。手応えもあった。でも、最終面接の前日に辞退した。「自分には合わないかもしれない」「今のままの方が安全だ」「怖い」——そういう言葉を並べて、自分を説得した。


 そして翌年、また同じ評価シートが届いた。「可もなく不可もなく」。


(あのとき俺は、怖くて逃げた)


 守護隊は転職よりずっと怖い。失敗したら怪我では済まない。アリアを危険に晒すかもしれない。


(でも逃げたら、また同じだ。「できなかった人間」として、何も変わらない)


 魔法を覚えた日のことを思い出す。光弾が初めて飛んだ瞬間。あの手の中の熱。「これが自分の力だ」という感触。


 テイオは二十年間、恐怖を抱えながらも続けた。仲間の怪我という傷を背負いながら、それでも森に立ち続けた。


(守護隊に入るというのは、そういうことだ。失敗のリスクを引き受ける、ということだ)


 セラは深呼吸した。


(だとしたら、引き受けなければならない。前世で逃げ続けた人間が、ここで逃げ続けてどうする)


 暗闇の中で、窓の外の森がかすかに揺れていた。月明かりの下で、木の葉がざわめいている。風の音がする。虫の声がする。


 こんな夜が、ここにはある。守るべき森が、ここにある。


 決断の重さを、初めてちゃんと感じた気がした。


## 参加の決意


 午後の日差しが、窓から差し込んでいた。


 一夜を超えて、セラは答えを出した。


(守護隊に参加する。リスクを知ったうえで、それでも参加する)


 窓の外で、森が揺れた。葉が音を立てる。遠くで鳥が鳴いた。


 昨夜あれだけ苦しんで、それでもこの答えになった。逃げなかった、ということだ。


 今は怖くない、とは言えない。でも、怖くてもやる。それが、今の自分にできる答えだった。


「決めた?」


 アリアが後ろから声をかけた。


「……うん。守護隊に参加する。やるよ」


「よかった!」


 アリアがパッと顔を輝かせた。その笑顔は、朝霧より清々しい。


「私もセラと一緒に行く。二人で森を守る」


「二人でな」


 セラは頷いた。アリアが抱きついてくる。ドキッとするが、今はそれより別の感情が大きかった。


 安心感。信頼。魂が繋がっているような感覚。


(一人じゃない、ってこれほど楽なものか。仕事も、人生も、全部一人でやってきた日々と、今とでは全然違う)


「じゃあ、ガレスさんに伝えに行こう」


「うん、今行く」


 二人で家を出た。村の道を歩くと、早速声をかけられる。


「あ、セラさん! 昨日の戦闘、聞いたよ!」


「すごかったんだってね! 守護隊から勧誘が来たって本当?」


「え、はい……」


「セラさんなら守護隊にぴったりだよ! これで村も安心だね!」


 温かい。みんな、こんなに応援してくれている。胸の奥がじんわりする感覚は、日本では味わったことがなかった。


(悪くないな。全然悪くない)


 守護隊本部が見えてきた。立派な木造建築で、屋根に守護隊の紋章が刻まれている。


 入り口にガレスが立っているのが見えた。


「ガレスさん!」


「おお、セラ様。そして、アリア様も。ご決断いただけましたか」


「決まりました。守護隊に参加します」


 セラははっきりと言った。迷いは、消えていた。怖さは残っている。でも迷いは消えていた。


「私も参加します。セラと一緒なら」


 アリアも続く。その声に、揺るぎない決意があった。


「素晴らしい。隊長も喜びます。では、本部へどうぞ」


 ガレスが建物の扉を開けた。内部から、木材と革の匂いが漂ってくる。


(さて。新しい人生の、第二章が始まる)


(転職初日みたいなもんか。でも転職先が「エルフの森の守護部隊」ってどういう経歴だよ。履歴書に書けないな)


 思わず脳内でひとりツッコミを入れたら、少し気持ちが軽くなった。こういう対比をやると落ち着く。どうやらこれが自分のメンタル管理の方法らしい。


「どうかしたの、セラ? 急に顔が柔らかくなった」


「ちょっと昔の話を思い出してた。転職初日とこれが似てるな、と思って」


「転職?」


「新しい職場に初めて行く感じ。ドキドキするけど、やるしかない感じ」


「ああ、そういうことね」


 アリアは一瞬考えてから、にっこりした。


「大丈夫。新しい場所でも、私がいるから」


 無敵かよ、この子。


## 守護隊本部


 本部の中は、セラが想像していたよりずっと活気があった。


 壁に盾と剣が飾られ、中央の大きな机では数人のエルフが書類を広げている。訓練のスケジュール、魔物の出没記録、巡回ルートの確認。みんな真剣だ。


(どこの組織でも、書類仕事と会議はあるんだな。それだけは万国共通らしい)


 ガレスが歩き始めると、隊員たちが二人を見た。好奇の視線。値踏みする視線。期待の視線。色々混ざっていたが、敵意は感じなかった。


「あちらが新入り?」


「聞いたよ、昨日の戦闘で——」


「ガレスさんが自ら勧誘に行ったって——」


 囁き声が聞こえた。アリアが少し緊張した様子でセラの腕をつかむ。


「大丈夫だ」と小声で言うと、アリアは小さく頷いた。


「隊長は奥の部屋にいます」


 ガレスに導かれ、二人は奥の部屋へ入った。


 そこにいたのは、銀灰色の髪を持つエルフだった。年齢は不詳だが、深い経験が全身から滲み出ている。鋭い知性の宿る目。座っているだけで、場が引き締まるような威圧感。


「ようこそ。守護隊の隊長、レイナードだ」


 立ち上がり、二人と握手をした。手のひらが硬い。長年剣を握ってきた者の手だ。


「昨日の戦闘での活躍、聞いております」


「大したことではないですが……」


「いいや、大したことだ。森を守ろうとする意志。それが守護隊に最も求められるものだ」


 レイナード隊長の言葉には、重みがある。


「では、早速ですが入隊の手続きを。まずは魔力の測定から」


「魔力の測定?」


 机の上に、台座に乗った水晶玉が置いてある。ルーン文字が刻まれ、微かに光っている。


「手をこの台の上に置いて、魔力を集中させてください。水晶が光ります。魔力量が多いほど、光は強くなります」


 セラは器具の前に立った。手のひらに汗がにじむ。


(実はこういう「測定」というやつは、昔から苦手だ。でもやるしかない)


 目を閉じる。体内の魔力を感じる。胸の奥底に流れる、温かくて鋭いもの。それを手のひらへと導く。


「ふっ……」


 息を吐いた瞬間、水晶が強烈な光を放ち始めた。


「おおっ!」


 部屋中のエルフたちが驚愕の声を上げた。


「この光は……!」


 レイナード隊長も目を見開いた。驚きが顔に張り付いている。


「予想外だ。これほどの魔力量とは」


 水晶の光が部屋を満たした。まるで昼間のような眩しさ。書類を広げていた隊員たちも立ち上がり、部屋の扉から顔を覗かせている者もいた。セラが手を離すと、光は少しずつ弱まったが、完全には消えず、微かに光り続けている。


「すごい……セラ、すごいよ」


 アリアが感心して呟く。


(俺もびっくりしてる。こんなに出るとは思わなかった。日本にいた頃の俺が見たら、「そんな嘘つくな」と言うだろうな)


「セラ様。あなたの魔力量は、普通のエルフの数倍以上です」


 レイナード隊長が真剣な顔で言った。


「正式な評価は、特Aクラス。この隊でも、そう多くはいない数値です」


「は、はあ」


「次はアリア様」


 アリアも測定した。水晶が明るく光ったが、セラほどではなかった。ただし、平均を大きく上回っていた。


「アリア様はAクラス上級。二人とも優秀ですね。切磋琢磨してきたのが分かります」


「えへへ、まあね」


 アリアが照れくさそうに笑う。


(評価軸が変わると、人生ってこんなに変わるんだな。特Aクラス。そんな言葉、今まで縁がなかった)


 セラは心の中で静かに噛み締めた。


「……ちょっと聞いていいですか」


 セラが手を挙げた。


「なんですか?」


「特Aクラスというのは、守護隊の中で何番目くらいですか?」


 レイナード隊長が少し考えた。


「全隊員の中で……上から三本の指に入ります」


「は?」


「聞こえましたか? 上位三名です」


「……今、転生してよかったと思いました」


「え?」


「いえ、なんでもないです」


 アリアがくすくす笑っている。


「セラらしい反応」


「うるさい」


「でも正直でいいよ」


「では、正式に入隊を認めます。セラ・ウィスパーウィンド様、アリア様、ようこそ守護隊へ」


「ありがとうございます!」


 二人は深くお辞儀をした。


「明日から訓練が始まります。基礎戦闘技術、魔法の応用、森の知識。厳しいが、二人なら大丈夫でしょう」


「どの程度、厳しいんですか?」


 アリアが手を挙げた。レイナード隊長は少し目を細めて、アリアを見た。


「早朝の体力訓練から始まります。走り込み、障害物越え、剣術の基礎。魔法使いだからといって例外はありません」


「わかりました。一緒にやります」


 アリアが迷わず頷く。隊長が小さく微笑んだ。本当に小さく——たぶん珍しいことなんだろう、という感じで。


「セラ様は魔力が高い分、制御の精度を鍛えることになります。力があっても、扱えなければ意味がない」


「はい」


「その認識があるなら、問題ない」


 制服を渡してもらった。深緑色の生地に、木の枝と葉の紋章。守護隊の象徴だ。


 布を手に取ると、新しい一歩を踏み出している実感が湧いてくる。指先がかすかに震えた。


(体育会系の組織とは無縁だったが、まあ、やってみよう。それに「上位三名」だ。この世界、俺には合ってるのかもしれない)


## 新たな道


 夕暮れ時、二人は守護隊本部を出た。


 空には茜色の夕焼けが広がり、森がシルエットを落としている。風が吹き抜けて、どこかから夕食の匂いが漂ってくる。


「来週から訓練だね」


「うん。楽しみだな、なんとなくだけど」


(楽しみという感情が自然に出てくる。それが意外だった。職場に対してそんな気持ちを持ったことが、日本じゃほとんどなかった気がする)


「制服、着てみようかな」


 アリアが手の中の制服を広げて眺める。


「似合いそうだよ、アリア」


「えへへ、ありがとう。セラも似合うと思う!」


 二人は手をつないで歩いた。村の道は静かで、遠くから森のざわめきが聞こえる。


「なあ、アリア」


「ん?」


「守護隊に入るって決意、後悔してないよな」


「全然。セラが行くなら、私も行く。それが自然だよ」


「即答だな」


「自然、ね」


「うん。私たち、幼馴染だから。ずっと一緒にきたし、これからも一緒でいいと思う」


 セラの胸が温かくなった。


(「一緒に行こう」と言ってくれる人がいる。それだけで、こんなにも違う)


「……ありがとう、アリア」


「え、何が?」


「さっきの言葉。迷ってた俺に、「できる」って言ってくれた。あれがなかったら、もっと長く悩んでたと思う」


「迷うのはセラらしいよ」


「……どういう意味だ」


「慎重なんだよね。でも、決めたら本気になる。そういうところ、昔から知ってる」


(昔から知ってる、か。セラとしての俺は、そういう人間なのかもしれない。どちらが「本当の俺」かよりも、どちらで生きるかが大事なんだろうな)


「ここでは変われる気がする」


「変われるよ、絶対」


 アリアが迷わず言った。


「転生した意味、少しわかった気がする」


「え?」


「この世界では、守るべきものがある。森も、この村も、アリアも。それが俺の生きる意味だ」


「セラ……」


 アリアがセラの手を強く握った。


「その解釈、好きだよ。絶対できると思う」


「うん、やるよ。アリアと一緒に、全力で守るって決めた」


 二人はしばらく黙ったまま歩いた。


 夕暮れの風が吹き抜けて、アリアの金色の髪が揺れる。遠くの木立が静かに揺れていた。村の灯りが一つ、二つと点いていく。


「ねえ、セラ」


「ん?」


「さっきの隊長、格好よかったね」


「……まあ、な」


「セラも、ああなれるかな」


「隊長みたいに、か」


「守護隊の中で一番強い、みたいな感じの。風格があったじゃない」


(確かに。あの威圧感、すごかった。あの人みたいになれるかどうかはわからないが——)


「なれる、かどうかはわからない。でも、ああいう人間を目指すなら……悪くない目標だな」


「悪くない、ね。セラっぽい言い方」


「何がだ」


「真っ直ぐ「なりたい」って言わないところ」


「……うるさい」


 アリアがくすくすと笑う。その声が、夕闇の中で温かく響いた。


 家に着く頃には、空は完全に暗くなっていた。星が瞬き、月が森を照らしている。


「腹へった」


「じゃあ晩ごはん作る。何食べたい?」


「なんでも」


「なんでも、は一番困る」


「じゃあ……キノコ入りスープ」


 アリアが呆れ顔になった。


「昨日と同じじゃない」


「うまかったから」


「もう」


 結局アリアが鍋を出して、セラが薪に火を入れた。二人で台所に立つのが、どことなく当たり前になってきている。気がつけば、九日が経っていた。


 夕食を食べながら、二人はほとんど喋らなかった。喋らなくていい、という感じだった。


 制服を丁寧に畳んでタンスに仕舞う。明日から着る制服。守護隊の象徴。


「おやすみ、アリア」


「おやすみ、セラ。明日からが本番だよ」


「わかってる。楽しんでやる」


(楽しむ。日本にいたとき、仕事や人生に使ったことが、ほとんどない言葉だ)


 セラはベッドに横たわりながら、天井を見つめた。


 転生九日目。守護隊への勧誘。入隊の決意。制服受取。一日で随分動いたものだ。


 全力で生きること。守るために生きること。隣にいる人との絆を大切にすること。


 その全部が、今日少しわかった気がする。


 目を閉じる前に、もう一度制服を見た。


 暗闇の中でも、深緑色の布が柔らかく見えた。守護隊の紋章が刺繍された部分が、かすかに光を反射している。


 明日からこれを着て、訓練が始まる。基礎戦闘技術、魔法の応用、森の知識。


(でも、できる。なぜかそう思える。根拠はアリアと、この手に宿った魔力と。たぶん、それで十分だ)


 魔力か。アリアか。それともこの体がそういう体なのか。


 どれが理由でも、いい。


 目を閉じる。明日は早い。守護隊としての一日が始まる。


 転生十日目は、新しい人生の始まりの日になる。


 セラは静かに微笑みながら、眠りへと落ちていった。


 翌朝、転生十日目。


 起き上がった瞬間、最初に頭に浮かんだのは「今日から守護隊だ」だった。


 朝食も楽しみだし、訓練も少し楽しみだ。緊張もある。でも、胸の中で何かが燃えている感じがした。


(昨日と、何かが違う。何が?)


 少し考えた。わかった。昨日の自分は「参加するか、しないか」で迷っていた。今日の自分は「参加する」が前提で、「何をどう頑張るか」を考えている。それだけの違いだ。でも、それだけで全然違う。


 タンスを開けた。深緑色の制服が畳まれている。


 着てみると——思ったより、体にしっくりきた。


 鏡の前に立つ。深緑色の、守護隊の制服。


(悪くない。全然悪くない)


 アリアを起こしに行った。今日から、本番だ。


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