第10話 魔法の修行
# 第10話 魔法の修行
## ◆未熟さの痛感
転生して八日目の朝。
目が覚めた瞬間、昨日の戦闘のことが浮かんだ。
魔物。三匹。光弾。撃退。
勝った。それは事実だ。でも——
(いや、冷静に振り返ると……あの光弾の軌道、かなり雑だったな)
セラは天井を見ながら、昨日の自分の魔法を思い返した。
一発目は直撃した。でもあれは運が良かっただけだ。魔物が真正面から突進してきてくれたから当たった。もし横から来てたら、軌道修正なんてできなかった。魔力の放出タイミングも、アリアと比べると全然洗練されていない。
(アリアは同時に二匹を一発で仕留めた。俺は一匹に一発かかった。二倍の差がある。師匠より弱い。……当たり前か、習い始めて五日の弟子と、幼い頃から練習してる師匠を比べてどうする)
身体を起こす。
掌を見る。昨日の残熱は、もう消えていた。
魔力の制御。詠唱の精度。実戦での冷静さ。全部、まだまだだ。
(ただ「なんとかなった」で終わらせる気はない。勝てた、でも次は勝てるとは限らない)
「アリアにもっとちゃんと教えてもらおう」
声に出して言った。
誰もいないが、声に出すと決意になる気がした。
着替えて、リビングへ向かう。
アリアがすでにいた。窓から朝日が入っていて、彼女の金髪がきらきらしている。
「おはよう、セラ!」
「おはよう。……アリア、今日も練習に付き合ってほしい。ちゃんと基礎からやり直したい」
アリアが少し目を丸くした。
「やり直す? どうして?」
「昨日の戦闘で気づいた。俺の魔法、まだ全然荒削りだ。アリアが二匹を同時に仕留める間に、俺は一匹に一発かかってる。技術の差が大きい」
アリアが少し黙った。
それから、笑った。
「うん、そうだね。でも——セラが自分で気づいたのは、すごいことだよ」
「気づかなかったら困るだろ」
「気づかない人、けっこういるよ。「勝ったから大丈夫」で終わらせる人」
(「勝ったからいい」……昔の俺はそれだった。今は違う)
「今日は基礎から、ちゃんとやりたい」
「分かった。全力で教える!」
## ◆アリアの指導
森の開けた場所。
いつもの練習場所に来ると、昨日の戦闘の緊張感が、まだわずかに残っているような気がした。でも今日は違う。昨日は生存戦闘。今日は訓練。
「まず、基礎の基礎から確認しよう」
アリアが言った。
「魔力の集め方。これ、実はまだ少し癖があると思うの」
「癖?」
「うん。セラの魔力の集め方、右肩に少し偏ってる。それが軌道の不安定さにつながってる」
(右肩に偏ってる。言われてみると……確かに右手で光弾を撃つ時、右肩に力が入る感覚があった。意識してなかったけど)
「どうすれば直る?」
「体の中心から、均等に集める練習から始めよう。腹の中心——ここ」
アリアが自分のお腹の真ん中を指差した。
「ここから魔力を集め始めて、それを腕に通して掌へ。右肩経由じゃなくて、中心から直接」
「やってみる」
目を閉じる。
腹の中心。そこを意識する。魔力が集まってくる。体の中心から、腕へ、掌へ——
(……あ。感覚が違う。右肩を経由しない感覚。これは確かに違う。安定してる気がする)
「できてる?」
「できてる……と思う。感覚が違う」
「そう! それが正しい集め方。その感覚を体に染み込ませるの」
練習を繰り返す。
腹の中心から、均等に。光よ、矢となれ——ライト・アロー。
光弾の軌道が、昨日より真っすぐになった気がする。
「上手い!」
「まだ癖が出てるときがある」
「うん。でも意識できてる。何度も繰り返して、無意識にできるようになったら完璧だよ」
(無意識にできるようになるまで。繰り返しの練習は退屈に思えるが、確実に積み上がっていく。体が覚えるまで、ただやり続けることだ)
## ◆新しい魔法へ
「それから——」
アリアが少し間を置いた。
「今日は新しい魔法も教えていいかな」
セラの目が少し輝いた。
「新しい魔法?」
「うん。「ウィンド・エッジ」っていう魔法。光弾が点の攻撃だとしたら、ウィンド・エッジは線の攻撃。風を刃にして切り裂く」
「面白そうだ」
「面白そうだけど——難しいよ。光弾より制御が繊細」
(難しい魔法。でも基礎の確認をした上で新しいことに挑戦する。順序が正しい気がする)
「ウィンド・エッジの詠唱は——風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ! 二段階になってる」
アリアが両手を顔の前で合わせる。
「最初の「風よ、刃となれ——」で魔力に風の性質を与え始めて、「ウィンド・エッジ!」で解放する」
「つまり準備と解放の二段階か」
「そう。慣れると短縮もできるけど、今は全部言って。「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」がフルの詠唱だよ」
(二段階詠唱。確かに光弾と違う、もっと繊細な制御が必要な感じがする)
「やってみる」
セラは両手を前に出した。
「風よ、刃となれ——」
何も起きなかった。
「最初はそう。魔力を風属性に変換するイメージが必要なの。今、少し風が吹いてるでしょ。その感覚を掌の魔力に重ねるの」
「風よ、刃となれ——」
今度は、掌で何かが揺れた気がした。でも形にならない。
「惜しい! 詠唱しながら、ずっと風のイメージを保ち続けないといけない」
(二つのことを同時に。得意じゃないが——できなかったら困る)
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
三回目の挑戦。
掌の周りの空気が、わずかに揺れた。透明な何か——見えないが、感じる何かが、掌から延びようとしている。
「そこ! そのまま! 解放して!」
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!!」
シュ、という音がした。
透明な刃が飛んだかどうか、よく分からなかった。でも前方の草が、数本、すっと倒れた。
「出た!?」
「出た! 小さいけど、出たよ!」
(出た。小さくても本物だ。草が倒れた。俺の風が刃になった)
「でも小さい……」
「最初はそれで十分! 光弾の時も最初は消えかけてたでしょ」
「それもそうだ」
## ◆守護隊のテイオ
昼近くになって、別の方角から人が来た。
深緑色の制服——守護隊の服だ。
「こんにちは。新しい子が練習してるって聞いたよ」
声をかけてきたのは、白髪の混じった年配のエルフだった。穏やかな顔立ち。肩幅が広く、長年鍛えてきた体だと分かる。
「俺はテイオ。守護隊に二十年いる」
「二十年!」
「長いよな。でもやりがいがある仕事だ」
セラはアリアと顔を見合わせた。
「ここで練習してると守護隊の人に会うんですね」
「このあたりは俺らの見回りルートに入ってるから。昨日の魔獣撃退、聞いてるよ。あんたが仕留めたんだろ?」
「ゴブリンリザード三匹を……アリアと一緒に」
「どんな感じだった? 怖かったか」
「怖かったです。でも頭が動いた」
「それが大事だ」
テイオが地面に腰を下ろす。セラとアリアも倣った。
「俺が初めて魔獣と戦ったとき、足がすくんで動けなかった。それで仲間に怪我をさせた」
「……仲間が怪我を?」
「俺の動けなかった分を、隣の奴が庇って。左腕に深い傷を受けた。今も痕が残ってる」
テイオが袖を少しめくった。白い線が、手首から肘の方へ伸びている。
「守護隊に入ってすぐだったな。俺は魔力は強かったが、実戦で身体が固まった。それが仲間を危険にさらした」
(……怪我した仲間の痕が、今も残ってる。二十年たっても)
セラは黙ってその傷を見た。
「お前さん、昨日動けたんだろ? それはすごいことだよ。魔力が強くても動けない奴は多い」
「……でも、アリアがいたから動けたんだと思う」
「それも大事だ。一人で動けないなら、二人で補い合う。そういうことができる奴が守護隊では長生きする」
テイオが立ち上がった。
「うまく教えてやれないが——守護隊の訓練が始まったら、自分だけが傷つくわけじゃないことを覚えておけ。仲間が危険になる。それが怖さだ」
そう言って、テイオは見回りに戻っていった。
(自分だけが傷つくわけじゃない。仲間が危険になる)
セラはしばらく、その言葉を噛み締めていた。
「セラ、顔が真剣になったね」
「……そうか?」
「うん。怖くなった?」
「怖く……なったのかもしれない。さっきとは違う怖さで」
アリアが少し黙った。
「私も、昨日セラが魔獣と戦うとき、怖かった。でもセラが守ってくれるって分かってたから」
「俺がアリアを守ってた、って意識は……正直そこまでなかった。ただ前に出た」
「それが守ることだよ」
セラは何も言えなかった。
## ◆守護隊訓練への参加
テイオが去ってから一時間もしないうちに、別の守護隊員が二人来た。
若い方——背が高く、赤銅色の髪をした男エルフ——がセラを見てにやりと笑った。
「テイオさんから聞いたよ。新しい子が練習してるって。俺、ダネル。守護隊三年目」
「セラです」
「見学でいいから、今日の自由訓練、一緒にやってみるか? いい経験になると思うけど」
アリアがセラの袖を軽く引いた。目が「大丈夫か?」と言っている。
「……やります」
断る理由が見当たらなかった。テイオの話が、まだ頭の中にある。実戦と訓練の差を、正面から知っておく必要がある、という気がした。
もう一人の守護隊員——こちらは年配の女エルフで、名前をウィナと言った——が、少し離れた木の前に立った。
「じゃあ魔力制御の基礎確認から。木を的にして、精度を見る。セラ、光弾を三発。的を外さず」
距離は十メートルほど。昨日より遠い。
「やってみます」
腹の中心から、均等に。アリアに習った通り。
「光よ、矢となれ——ライト・アロー!」
一発目——少し右にそれた。
(ちっ。的の中心じゃない。右肩の癖がまだ出てる)
「もう一回」
ウィナが淡々と言った。
「光よ、矢となれ——ライト・アロー!」
二発目——今度は左。
「集中できてない。魔力の流れを整えろ」
その声が、少し鋭かった。
(分かってる。分かってるけど——何か焦りがある。見られてる、というプレッシャー? 昨日は魔物しかいなかった。今日は訓練者がいる。それだけで違う)
「三発目」
「光よ、矢となれ——ライト・アロー!」
三発目——的の端に掠った。
外れ、ではない。でも「あたった」と胸を張れる命中でもない。
ウィナが何も言わなかった。
その沈黙が、何より重かった。
(ちゃんと命中できなかった。昨日の実戦より、ずっと狙いが甘い。緊張のせいか、制御のせいか、両方か)
「次」
ダネルが言った。声は明るかったが、目が「ちゃんと見てるよ」と言っていた。
「ウィンド・エッジ、出せるか? 昨日習ったんだろ?」
「……一応。でも安定してないです」
「じゃあ出してみて。精度は気にしない。威力だけ見る」
セラは両手を前に出した。
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
刃が飛んだ。
でも——狙いが大幅にそれた。
ドンッ、という音がした。
薄い青みがかった刃が、的の木ではなく、斜め左の細い木に当たって、そのまま——
「あっ!」
アリアの声。
刃が木に当たって弾けた衝撃で、木の破片が数本飛んだ。そのうちの一本が——アリアの腕に当たった。
スッ、と薄い赤い線が走った。
「——!」
セラの頭が、一瞬、真っ白になった。
## ◆挫折
「アリア——!」
「あ、大丈夫、大丈夫。ちょっと当たっただけ」
アリアが少し驚いた顔で自分の腕を見た。薄い赤い線——擦り傷程度だ。でも血が出ている。
「大丈夫じゃない。俺が——」
「セラ、落ち着いて。本当に軽傷だよ」
ウィナが素早く近づいて、アリアの腕を確認した。
「浅い傷だ。治癒魔法で十分」
ウィナが一言唱えると、アリアの腕の傷が薄れた。跡も残らない程度に。
「ね、ちゃんと直った! 全然大丈夫だよ」
アリアが笑って見せた。でもセラは、その笑顔を見ても——何も言えなかった。
拳を、強く握っていた。
(俺が……アリアを傷つけた。魔法の制御ミスで。練習の場で。戦闘じゃなく、訓練で。守るはずの人間を怪我させた)
ダネルが隣で腕を組んだ。
「よくある」
「……は?」
「守護隊の訓練で、最初の一年は仲間に当てることがある。それは事実だ。でも——」
ダネルが少し間を置いた。
「それで「よくある、しょうがない」で終わらせるのは違う。ちゃんと向き合え。今の表情は正しい」
ウィナが静かに言った。
「魔力が強いほど、制御ミスの被害が大きくなる。お前の魔力の強さは、刃になることも十分ある。昨日仕留めたゴブリンリザードへの一発と、今日の弾けた破片——根っこは同じ力だ」
(同じ力。魔物を倒せる力が、アリアを傷つけた。同じ力が、方向を誤れば)
「……分かりました」
声が、少し掠れた。
「今日はここまでにする。考えろ。悔やむのは構わないが——悔やんだ先に何をするか、そっちを考えろ」
ダネルとウィナが立ち去った。
静寂。
アリアがセラの隣に座った。
「セラ」
「……ごめん、アリア」
「大丈夫って言ったのに」
「大丈夫じゃない。俺が怪我させた。それは事実だ」
アリアが少し黙った。
「……うん。でも——」
「慰めはいい」
少し強い言い方だった。アリアが一瞬だけ目を丸くした。
セラは、それにも気づいたが、言葉が続かなかった。
(慰められたくない。認めたい。俺は今日、アリアを傷つけた。制御できなかった。「才能がある」「魔力が強い」と言われてきたが——それだけじゃ何もできない。強い力は、制御できなければ凶器だ)
しばらく沈黙が続いた。
風が、草を揺らした。
「怒ってないよ」
アリアが言った。
「……知ってる」
「でも、セラが悔しいのも分かる」
「……うん」
「傷の痛みより、当てちゃったことの方がつらいよね」
それには何も言えなかった。
アリアが立ち上がった。
「帰ろう。今日は終わりにしよう」
「……うん」
## ◆成功の瞬間
その後、二人でまだ少しだけ練習を続けた。
アリアが「もう一回だけ、やってみよう」と言ったのだ。
セラは断れなかった。
何度も挑戦した。
五回。十回。十五回。
風よ、刃となれ——。風よ、刃となれ——。
今度は絶対に外さない。絶対にアリアの方向に飛ばさない。狙いを定めて。制御して。
「セラ、今日の練習、一番の集中力出てるよ」
「当たり前だ」
「テイオさんの話があったから? それとも——」
「どっちもだ」
(昨日、頬を掠めた爪の感触がまだ残っている。テイオの腕の傷が頭に浮かぶ。そして今日——アリアの腕を傷つけた瞬間が、ずっと消えない。それが今日の集中力になってる。成功じゃなく、失敗から来る集中力だ)
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
二十回目。
今度の刃は——見えた。
薄い、青みがかった透明の刃が、掌から飛び出した。空気を切る音。シュ、ではなく、ヒュ、という、もっとはっきりした音。
前方に立てておいた木の枝——アリアが練習用に置いた——に、刃が当たった。
パキッ。
枝が、切れた。
「でた!!」
「セラ!! すごい!!」
アリアが飛び跳ねた。本当に、文字通り、飛び跳ねた。金髪が揺れる。
「切れた! ちゃんと切れた! 初日でウィンド・エッジ発動なんて!!」
「……やった」
でもセラは、アリアほど喜べなかった。
(やった。本当にやった。でも——今日のこれは、本当の意味での成功なのか? 一度アリアを傷つけて、そこから修正して、ようやく出た刃。これを「成功」と呼んでいいのか)
「アリア、ありがとう。教えてくれて」
「私は教えただけ。発動したのセラだよ!」
「……うん」
「どうしたの? もっと喜んでいいよ?」
「喜んでる。ただ……今日のことは、簡単に忘れたくない」
アリアが少し目を細めた。
「今日の?」
「訓練で、アリアを傷つけたこと。覚えておきたい。成功より先に」
アリアが黙った。
しばらくして——
「うん」
それだけ言った。
「うん。それでいいと思う」
## ◆守護者の記念品
練習が終わって、片付けをした。
アリアが地面に立てた練習用の枝が、ウィンド・エッジで何本か切れていた。彼女が笑いながら回収する。
「セラ、ウィンド・エッジで切れた枝、持って帰っていい?」
「なんで?」
「記念。初めてウィンド・エッジを発動した日の証拠品」
(証拠品、か)
セラは少し考えた。
(「あの時がんばった」という証拠が手元にあると、次に苦しくなった時に支えになる。アリアは俺が言葉にしなくても、そういうことを自然にやってくれる。でも今日の俺にとって、その枝は——成功の記念じゃなくて、失敗の記念かもしれない)
「……いいよ。持ってっていい」
「やった!」
アリアがうれしそうに枝の切れ端を袋に入れた。
帰り道。夕方の森を歩いて、家に帰る。
足音が二つ。静かな森に、それだけが響く。
「ねえ、セラ」
「ん?」
「今日の訓練、ウィンド・エッジが出た時——あんまり嬉しそうじゃなかった」
「……そうか?」
「うん。喜んでたけど、いつもと違った。何か引っかかってることある?」
セラは少し黙った。
答えるべきか。でも——アリアは今日傷つけた相手だ。「大丈夫だった」と言われても、心の中で「大丈夫じゃない」と思ったままだ。
「今日、アリアを傷つけた」
「もう治ったよ」
「治った、じゃない。俺の制御ミスで、アリアが傷ついた。それが今も頭から離れない」
アリアが止まった。
セラも止まる。
夕暮れの光が、木々の間に差し込んでいる。アリアの金髪が橙色に染まって、目がセラをまっすぐ見ていた。
「……セラって、ずっとそういう人だったの?」
「どういう人?」
「自分が誰かを傷つけたことを、ちゃんと覚えてる人」
(どういう人、か。前世の俺はそうじゃなかったかもしれない。ミスを引きずって「落ち込んでる」ふりをしながら、実際には三日もすれば忘れていた。でも今は——忘れたくない、と思ってる。それは昔の俺とは違う)
「……昔は違ったかもしれない」
「変わった?」
「変わった。この世界に来てから」
アリアが少し笑った。
「良い変わり方だと思う。でも——あんまり引きずらないでね。次に活かすための反省はいい。でも引きずって、次の時に緊張したら、また同じことになるよ」
それは正論だ。分かってる。でも——
「分かった。引きずる、じゃなくて。覚えておく、に変える」
「どう違うの?」
「引きずるのは、過去の失敗に縛られること。覚えておくのは、次の選択肢に活かすこと」
アリアが少し目を丸くした。
「……セラって、たまにそういうこと言う」
「そうか?」
「うん。難しい言い方で、でもちゃんと意味がある言い方」
(難しい言い方、か。前世のビジネス用語の癖が出たかもしれない。でも内容は本当のことだ)
「そういう話し方が癖なんだ」
「好きだよ。なんか、セラらしい」
二人で歩き始める。家の明かりが近づいてきた。
## ◆夜の問い
家の前に着いた。
セラは空を見上げた。星が多い。エルフの森の夜空は、澄み切っていた。
「セラ」
アリアが家に入る前に、振り返った。
「今日、ウィンド・エッジを使った時に思ったことがある。言っていい?」
「聞く」
「セラの魔法って……すごく伸びてる。でもその分、制御が追いついてない。才能と制御のバランスが、今ちょうど一番危ない時期だと思う」
「……危ない時期?」
「うん。才能が先に走って、制御がまだついていけない時期。そこで事故が起きやすい。今日みたいに」
(才能が制御を追い越す危険な時期。アリアは俺のことをよく見てる)
「じゃあ、どうすれば?」
「制御の練習を、もっと意識する。魔力を出す量を、意図して少なくする練習。威力じゃなくて、精度を上げる練習」
「昨日は当てることで精一杯だった」
「そう。でも明日からは、「どこに」「どれだけ」当てるか。それを考えて」
(「どこに」「どれだけ」。より細かい制御。昨日は「出す」か「出さない」かだった。でも次のレベルは——出した後の精度だ)
「分かった。明日からそうする」
「うん。私が付き合う。一緒にやろう」
アリアが家に入った。
セラは一人で空を見ていた。
今日習得したウィンド・エッジを、小さく試してみた。
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ」
薄い刃が飛んで、前の木の葉を一枚切り落とした。
パラ、と葉が落ちる。
(できる。できた。でも今日、同じ力でアリアを傷つけた。制御できれば刃になる力が、制御を誤れば仲間を傷つける。それが俺の力だ)
テイオの腕の傷。二十年。消えない傷。
アリアの腕の、薄い赤い線。治癒魔法で消えた。でも起きた事実は消えない。
(俺が弱ければ——それは仲間の危険になる。でも俺が強くても、制御できなければ——仲間を傷つける。どっちにしても、中途半端は許されない)
そこまで考えて、ふと別のことが浮かんだ。
この訓練の場に、「楽しめ」という感覚は——なかった。
苦しかった。アリアを傷つけた時の感覚が、苦しかった。ウィンド・エッジが弾けて、アリアの腕に当たった瞬間の音が、まだ頭にある。
(でも、あの声は「楽しめ」と言った。この世界を楽しめ、と。今日みたいな失敗があっても、苦しくても——それでも「楽しめ」という声が言ったことの意味は何だ?)
答えのない問いが、また浮かんだ。
(「楽しめ」って声を聞いた。俺に言った声。あれは——誰だったんだ?)
長老ではない。アリアでもない。知らない声だった。でもどこか、懐かしい声だった。
(あの「楽しめ」の声、本当に誰の声だったんだ? 今日みたいな苦しい日に、あの声はなんと言うだろう)
星がまた一つ、瞬いた。
答えのない夜が、静かに深まっていった。
(第10話 おわり)




