第117話 集大成
# 第117話 集大成
## 振り返りの朝
早朝の寮は、静寂に包まれていた。
窓の外から、淡い朝の光が差し込んでいる。春の訪れと共に、学園の庭には新緑が芽吹き、鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。
俺はベッドから起き上がり、窓辺に立った。
(……春か)
朝霧が学園全体をぼんやりと包んでいた。演習場のシルエット、教室の輪郭、遠くに見える図書館の尖塔。見慣れた風景のはずなのに、今日は少し違って見えた。
「……ん、おはよう、セラくん」
隣のベッドからアリアの声がした。寝起きのアリアは、いつも若干声がかすれていて、それがまた人間っぽくて可愛い。いや、エルフだけど。
「おはよう、アリア。早起きだね」
「なんか目が覚めちゃって」
アリアもベッドから起き上がり、俺の隣に来た。二人で窓の外の景色を眺める。
「ねえ、セラくん」
「ん?」
「色々あったよね。ここ最近」
「……うん、本当にそうだね」
アリアの言葉に、俺はこれまでの出来事を順番に思い出してみた。どこから数えればいい。魔法学園の入学式から数えるのが一番わかりやすいかもしれない。入学した日のあの緊張感、知らない顔ばかりの教室の空気——それが今では別世界のように感じる。
冒険者ギルドに登録して、初めてのクエストに出たこと。緊張で手が震えて、アリアに「大丈夫?」と言われたこと。王都に来て、魔法学園に入学したこと。そして——女装コンテストか。あれは絶対に封印したい記憶だが、頭の片隅に居座って離れない。それからミサトとの出会いも。
ダンジョンの深層にも行った。ダーク・ナイトとの戦いで、力の限りを出し切って、それでもギリギリだった。あの時の緊張感は今でも覚えている。あの戦いで何かが変わった気がした。クラスメイトとのバーベキュー、ミサトとのデートの日——ひとつひとつが積み重なって、今の自分がある。
(思い返すだけで密度が濃い。学園に来たばかりの頃とは、何もかもが違う)
「冒険者デビューした時、緊張したね」
「えへへ、本当に。初めてモンスターと戦った時、手が震えそうだった」
「でも、セラくんはすぐに慣れたよ。魔法もどんどん強くなって」
「アリアも。僕の魔力を安定させてくれたおかげで、暴走しなくて済んだ」
アリアに感謝の眼差しを向けると、彼女は少し照れたように微笑んだ。
「えへへ、私ができること、ちょっとしかないけど……」
「そんなことないよ。アリアがいてくれたから、ここまで来られた」
「……えへへ」
二人は顔を見合わせた。窓の外では、朝の光がさらに明るくなっていた。
「王都に来た時、最初は不安だったな」
「知らない場所、知らない人たち。でも今ではこの学園が第二の家みたい」
「そうだね。クラスメイトたちも優しいし、先生たちも熱心だし……」
「そして何より、アリアと一緒にいられた」
アリアの顔が赤らんだ。
「……セラくん、そんな言い方すると恥ずかしいなあ」
「でも本当のことだよ」
俺はアリアの手を握った。二人の手のひらから、温かい体温が伝わってくる。
「ミサトとも、最初は犬猿だったのに」
「うん、あの頃は毎回言い合いになってたよ。でも今は良い関係になれたと思う」
「ミサトさん、セラくんのこと好きだもんね」
「……まあ、かな」
「セラくんの優しさ、気づかれるのは当然だよ」
(それ、俺が言ったら自惚れになるやつだから言えない。でもアリアが言うなら——まあ、嬉しくないといえば嘘になる)
「アリアは嫉妬しないの?」
「うーん、ちょっとは……でも、アリアにはセラくんの一番があるから」
「一番って?」
「幼馴染の私よ」
少し誇らしげに言うアリア。俺も笑った。
「……ありがとう、アリア。ずっと一緒にいてくれて」
「私こそ。セラくんがいてくれたから、私も頑張れた。これからも、ずっと一緒だよ」
「うん、ずっと一緒」
二人は静かに抱き合った。
窓の外で、朝の光がさらに明るくなっていた。春の空気が、冷たさの中に温かみを混じえている。静かな朝に、二人だけの時間が流れていた。
抱擁を解いて、二人は顔を見合わせた。朝の光の中で、アリアの顔が少し照れた色になっている。俺もたぶん同じだろう。頬が熱い。カッコよく決めたつもりだったのに、自分も照れているのは少し台無しだ。
「ね、セラくん。こういう朝って、昔もあった?」
「昔って?」
「もっと前の話。誰かと一緒に窓から外を眺めて、話せるような朝」
(痛いところを聞いてくる。答えは「ない」だ。以前の俺の朝は、一人で出発の準備をして、時間が来たら慌ただしく外に出るだけだった。隣に誰かがいる朝など、想像する余裕もなかった)
「……なかったな」
「そっか」
「でも今はある。それで十分だよ」
「えへへ、そう言ってくれると嬉しい」
アリアは微笑んだ。
窓の外で、鳥が一羽飛んでいった。朝霧の中を、まっすぐに。
「ご飯食べに行こうよ。今日もいい一日にしよう」
「うん、行こう」
二人は部屋を出た。廊下の窓から見える中庭には、朝の光が差し込み、木々の葉が輝いていた。朝食の匂いが遠くから漂ってくる。食堂はもう賑わい始めているらしい。
寮の廊下を歩きながら、俺は一つ思った。今日もきっと、何か楽しいことがある。確信がある理由は特にないが、それが今の自分には普通になっている。
## 成長の確認
昼の演習場は、練習に励む学生たちで賑わっていた。
セラとアリアは演習場の隅の練習エリアに来ていた。
「今日はどんな魔法を試す?」
「風魔法と火魔法の同時制御をやってみようかな」
「おっ、高度だね!」
「うん、頑張る」
俺は演習場の中央に立ち、深呼吸をした。
(右手に風魔法、左手に火魔法。これを同時に扱えるようになったのは、最近のことだ。最初は風だけ出そうとしたら火が暴発して、演習場の的を焦がして担当の先生に「気をつけなさいよ」と言われた。あの頃から確かに変わった。失敗して、試して、また失敗して、少しずつできるようになっていく——それが魔法の習得というものだと、今は実感している)
「……風よ、集まれ。火よ、燃え上がれ」
詠唱と共に、右手から風が巻き起こり、左手から炎が現れた。風と火が混ざり合い、烈火の渦となって演習場を駆け巡る。
「すごい……!」
アリアが目を輝かせて見ている。
さらに魔力を増幅させる。風と火が融合し、炎の竜巻が創り出された。
「これが……今の力」
俺が魔法を解くと、炎の竜巻は霧散し、熱気と風の余韻を残した。
「セラくん、最初の頃とは全然違う」
「うん。入学した時は初級魔法の火の玉を作るだけで精一杯だったよ。でも今は……」
炎の竜巻が実際に目の前で起きている。この事実が、何より正直に成長を示している。
「セラくん、なんかニヤけてる」
「ニヤけてない」
「してる。なんか嬉しいことでもあった?」
「……成長してるなって思って」
「えへへ、そうだよ! すごく!」
「セラくん、本当に強くなったね」
「アリアのおかげもあるよ。近くにいてくれたから、魔力が安定して練習に集中できた」
「えへへ、私が役に立てて嬉しい!」
「じゃあ今度はアリアも一緒にやろう。二人で同時魔法」
「いいよ! やる!」
二人は並んで立ち、同時に魔法を発動させた。俺が風魔法、アリアが水魔法。風と水が交わり、美しい水しぶきが舞い上がった。
「わぁ、綺麗……」
「二人でやると、魔力が共鳴してより強くなる」
「セラくんとの相性、抜群だね!」
(相性が良いというのは、共に過ごした時間の積み重ねでもある。ここまで共に経験してきたことが、魔力の共鳴という形で現れている)
俺は演習場で自分の成長を確認しながら、ここまでの日々を振り返った。
魔法の制御力は格段に向上した。初級魔法だったものが、今では中級以上を難なく扱える。無詠唱で風刃、フレイム・ウィンド、防護シールド——すべてが、この学園で身についた力だ。
それだけじゃない。魔法を使う「感覚」が変わった。最初は力を外に押し出すイメージでしか使えなかった。今は体の中を流れるものとして感じられる。流れを制御する、向きを変える、加速させる——そういうことが、考える前に手が動く。
成長している。数字ではなく、感覚で確かめられる。それが一番、信頼できる証拠だ。
「ねえ、セラくん。これから先では、どんな魔法を習得したい?」
「やっぱり四大元素全部をマスターして、組み合わせた魔法を使えるようになりたいな。あと回復魔法も上達させたい」
「私は防御魔法と補助魔法を極めたい。セラくんをサポートできるように」
「アリアが守ってくれるなら、安心して前で戦える」
「えへへ、任せてね!」
(二人でここまで話が決まってしまう。言葉にならないくらい強い信頼があるから、こういう会話が自然に成立する)
演習場での練習を終えて、二人は水を飲みながら息を整えた。
汗が出ていた。それが心地よかった。一生懸命やった後の疲れは、なんというか、清々しい。アリアも頬が赤くなっていて、でも笑顔だった。
「頑張ったね、セラくん」
「アリアもよ。最後の合わせ技、かなりきれいにできたよ」
「えへへ、そうかな」
「うん。水と風の融合、だいぶ安定してきた。最初の頃は形が崩れてたから」
「セラくんが魔力を安定させてくれるから、私もやりやすいんだよ」
互いの成長を確認し合いながら、二人は演習場を後にした。
## 人間関係の確認
午後の中庭は、春の陽気に包まれていた。
桜の花が咲き乱れ、風に乗って花びらが舞っている。俺とアリアはいつものベンチに座り、のんびりと過ごしていた。
「わぁ、桜綺麗だね」
「うん、本当に」
(桜がある世界に来たのは、なんというか、縁のようなものを感じる。花見というものが好きだった。今ここにも同じ春がある)
「この世界の桜も、いいな」
「えへへ、そうだね。毎年見てても飽きない」
「咲いている間は、景色が全然違って見える」
「うん。なんか特別な感じがする」
そこへ足音が近づいてきた。振り返ると——ミサトだ。
「……お疲れ様、セラ、アリアさん」
「お疲れ様、ミサト。一緒に座る?」
俺が隣を空けると、ミサトは少し躊躇してから座った。
「……最近ずっと忙しかったわ。落ち着いて桜を見るのも久しぶり」
「そうだね。ここで会うのも、しばらくぶりだ」
「あんたとは、ほんと最初から喧嘩ばっかりだったわね」
「フン。お互いに」
「フン、じゃない、私は全部あんたのせいだと思ってたわよ最初は」
「……ミサト」
「でも今は、あんたがいて良かったと思ってる。認めたくないけど」
「それ、十分だよ」
俺が笑うと、ミサトが少し赤くなった。
「笑うな。こっちは真剣なんだからな」
「分かってる。ありがとう、ミサト。俺も、君と出会えて良かった」
「……あんたね、そういうこと簡単に言うと、また訂正が大変になるわよ」
「なんで訂正が必要なんだ」
「うるさい」
アリアがくすくすと笑っていた。
「二人、仲いいね」
「「仲良くない」」
二人の声が重なる。アリアはさらに笑う。
(知り合いの一人一人との関係が、こんなに深い。本音があり、衝突もあり、ちゃんと感情が動く人間関係がある。それが何より大切だと、この学園生活で知った)
「ねえ、ミサト。これから先、また忙しくなる?」
「ええ、騎士団の仕事もあるし、学園のこともあるし。でも——」
ミサトは少し間を置いた。
「——あんたたちと会う時間は、作るつもり。それだけは言っておく」
「……ありがとう、ミサト」
「礼を言うな、照れるから」
「あんた、これから先また大きな試練があるわよ。きっと」
「そうだな」
「その時は——」
ミサトは少し言い淀んだ。
「——その時は、あんたを守るから。それがあんたへの私なりのけじめよ」
俺は少し驚いた。
「けじめ?」
「最初に散々口撃したことの、ね。言っておくけど、これは謝罪じゃない。約束よ」
「……ありがとう、ミサト」
「礼を言うな、と言ってる!」
アリアが小声で俺に耳打ちした。
「セラくん、ミサトさん、すごく素直になってるよ」
「聞こえてます、アリアさん!」
「あ、すみません」
(このやり取り、見ていて飽きない。本音がある。感情がある。それがここにある人間関係だ)
三人は春の中庭で、しばらく他愛もない話を続けた。
騎士団の仕事の話、学園の最近の出来事、次に食べたいもの——話題は軽やかに転がっていった。ミサトがたまに「フン」と言って、俺とアリアが笑う。それがいつものリズムだった。
桜の花びらが一枚、ミサトの肩に落ちた。彼女は気づかずにいたが、アリアが「ミサトさん、花びら」と指差した。ミサトは少し照れたように花びらを払って、「うるさい」と言った。それでも、口元が緩んでいた。
こういう瞬間が積み重なって、関係が出来上がっていく。言葉にするほどのことでもない。ただ、こういう時間が確かにある。
## クラスメイトとの別れ
午後遅く。教室に、クラスメイトたちが集まっていた。
この時期の最後の全体集合だ。窓から差し込む光は夕方に向かって傾き、教室全体を暖かな橙色に染めていた。こういう光の中の光景は、なぜか心に刻まれる。何かが終わる瞬間の空気というのは特別に澄んでいる。終業式の教室、卒業後の廊下——そういうものと同じ匂いがした。
「セラくん、アリアさん!」
「来た来た!」
みんなの顔に、笑顔と少しの寂しさが混ざっていた。
「もうすぐ、このクラスでの生活が変わるね」
「うん。また違う生活になる」
「クラスも変わるかもしれないよね」
「でも私たちの関係は変わらない」
「約束!」
「当然だろ」
クラスメイトたちが口々に言った。
(この気持ち、本物だ。全員の顔を見ればわかる。言葉の重みが違う。目が違う)
「セラ先生、勉強会ありがとうございました!」
「俺のことは先生じゃないよ」
「でも、ゴウタくんが最初に魔力感知できた時、教えてくれたのはセラくんだよね」
「……そうだな」
「おかげで試験も合格できた! ありがとう!」
「セラくん、本当にありがとう。クラスのみんなに優しくしてくれて」
クラスメイトたちから感謝の言葉が続いた。
俺は少し胸が熱くなるのを感じた。
(誰かの顔を見て「あなたのおかげで変われた」と言われた記憶が、以前にはなかった。今この瞬間、クラスメイトたちの言葉が、俺の胸の中で何かを満たしていく。ゆっくりと、確かに)
「こちらこそ、みんなと一緒にいられてよかった。これからもよろしく」
「もちろん!」
「いつでも!」
「また勉強会やろう!」
教室が笑いと声で満ちた。
「ねえ、たまには遊ぼうよ!」
「もちろん。約束だよ」
「クラス会もまたやろう!」
「バーベキュー、また食べたい!」
「セラくんの肉の焼き方、忘れられない!」
どこからか笑いが起きた。
「いつでも焼くよ」
「じゃあ月一でクラス会ね!」
「それは流石に多くない?」
「多い方がいい!」
(全員に自発性があるから、こういうことが続く)
「セラくん、一つだけ言っていい?」
クラスメイトのセアラが、少し真剣な顔をして言った。
「どうぞ」
「セラくん、最初このクラスに来た時、ちょっと馴染めてないように見えた」
「……そうだっけ?」
「うん。でも、すぐに変わったよ。勉強会とか、助け合いとか、セラくんが率先してやってくれたから、クラス全体が変わった気がする」
「それは……みんなが協力してくれたからだよ」
「違うよ。セラくんがそういう雰囲気を作ってくれたの。謙遜しないで」
(「空気を作る」という発想は、この学園に来るまで持っていなかった。気づかないうちに、そちら側に立っていたのか)
「ありがとう、セアラ。嬉しいよ」
「えへへ、照れてる」
「照れてない」
「照れてる!」
アリアまで言い出した。クラスメイトたちが笑う。
クラスメイトたちは次第に解散し、それぞれの夜へと戻っていった。去り際に「また明日!」「またね!」という声が教室に響いた。
一人、また一人と教室を出ていく。その度に、少し寂しくなる。でも同時に——また会えるという確信がある。それが今のこのクラスだ。
最後の一人が出ていく時、俺は教室をぐるりと見渡した。
誰もいない教室。夕日の橙色の光だけが残っている。
机の上に誰かが忘れた消しゴムが一つ。窓のそばに置きっぱなしの花瓶の花。こういう小さなものが、この教室の日常を作っていた。
(……いいクラスだった)
それだけ思って、俺も教室を後にした。
## 新しいステージへの準備
夜の寮の部屋。俺とアリアは荷物を整理しながら、明日からの準備をしていた。
「セラくん、荷物多い?」
「そうでもないけど。本は整理した」
「私は魔法道具が増えてた。この一年で揃えたものが多くて」
「確かに、冒険者装備も増えたよな」
俺は棚を整理しながら、積み上げてきたものを実感していた。
魔法の本、薬草の採取キット、ギルドのクエスト完了記録、クラスメイトからもらった手紙の束——ひとつひとつに思い出が詰まっている。
(この棚の中のものは全部、実際に使って得た経験だ。手に入れる前の自分では持てなかったものだ。ひとつひとつが、あの時の自分の判断でここにある)
「これから先、どんな魔法を習得する?」
「まだ具体的には。でも、もっと強くなるつもりだよ」
「うん。私も」
「一緒に頑張ろう」
「もちろん!」
アリアの瞳が輝いていた。
整理が進むにつれ、棚の上が少しずつすっきりしてきた。必要なものだけが残る。
「セラくん、これはどうする?」
アリアがクエスト依頼書の束を差し出した。
「ああ、それは残しておく。記録として」
「記念品みたいに?」
「うん、まあそういうことかな」
アリアはにっこり笑って、束を手渡してくれた。
「じゃあこっちも残しておこう。ギルドカードのホルダー、ガタガタだけど、最初に使ったやつだもん」
「俺も最初のギルドカード、別に保管してあるよ」
「セラくんも意外と大事にしてるね」
「記念品は捨てられない性分だよ」
二人でひとしきり笑った。
俺は荷物の整理を終え、ベッドに腰を下ろした。月明かりが窓から差し込んでいる。
「……よく頑張ったな」
自分自身にそう言える。それは、確かにやり遂げたことがあるからだ。
「得たもの全部、持って次へ行くよ」
「うん、セラくんと一緒なら、どんなことでも大丈夫」
「ありがとう、アリア」
「えへへ」
二人は微笑み合った。
月明かりの中で、俺はここまでのすべてに静かに感謝を捧げた。
「セラくん、これから先、荷物増えるかな」
「魔法道具はさらに増えるだろうな。冒険の規模も大きくなると思うし」
「重くなったら嫌だなあ」
「アリアは空間魔法も覚えたらどうだ。荷物が解決する」
「空間魔法、難しいんだよ! セラくん、習った?」
「まだ初歩的なやつだけ。小さなアイテムを格納するくらいしかできない」
「じゃあ一緒に練習しよう!」
「いいよ」
(こんなふうに、何気ない話をしながら未来の計画を立てられる。それが今の当たり前になっている)
「アリア、一つ聞いていい?」
「ん? なに?」
「俺、変わったと思う? この学園に来た頃と比べて」
アリアは少し考えた。
「……変わったね。最初の頃のセラくん、なんか、すごく頑張ってる感じがしてた。力んでる感じ。今は自然に頑張ってる」
「自然に?」
「うん。前は「失敗したらどうしよう」って顔をしてた。今は「やってみよう」って顔をしてる」
(……そうか。ここに来た頃の癖が、冒険者として戦い、仲間と笑い、時には失敗しながら、少しずつ薄れていったのかもしれない)
「アリア……よく見てるね」
「だって、ずっと見てたから」
アリアは少し照れたように俯いた。
「……えへへ、なんか恥ずかしいこと言っちゃった」
「全然恥ずかしくない。むしろありがとう」
「どういたしまして」
二人は笑い合った。
明日からまた新しいステージが始まる。でも今夜は——今夜だけは、この充実した日々の余韻の中に浸っていてもいいだろう。「やり切った感」が、今は確かにある。
(「いつか報われる日が来る」——あの頃の俺に言ってやりたい。信じなくていい。ちゃんと来る)
月明かりが静かだった。アリアのベッドから、寝返りを打つ音がした。
「セラくん」
「ん?」
「寝てた?」
「まだ」
「私も。……なんか、眠れないな」
「俺も。色々思い出しちゃって」
「うん、私も」
沈黙。でも心地よい沈黙だった。お互いに何かを思っていて、言葉にしなくてもわかる。そういう間柄になっていたのは、いつ頃からだろう。
「……ね、セラくん。これからも、一緒にいようね」
「ああ、一緒にいよう」
「約束よ」
「うん、約束だ」
また沈黙。でも今度はそのまま、眠りに近づいていく沈黙だった。
「おやすみなさい、アリア」
「おやすみなさい、セラくん」
俺は目を閉じた。学園での日々のすべての瞬間が、瞼の裏で光っていた。穏やかな光だった。
# 第117話 完




