第109話 ミサトとのデート(再)
# 第109話 ミサトとのデート(再)
## 週末の誘い
週末の昼下がり。
セラは魔法学園の中庭で休憩していた。春の穏やかな日差しが肌に心地よく、そよ風が新緑の木々を揺らしている。
ベンチに座り、手に持った魔陣工学の参考書を開いていたが、あまり集中できていなかった。理由はわかっている。週末だからだ。
(クラス代表の仕事もあったし、授業の課題も多かったし……週末くらいは休みたいんだが、脳が「もっとインプットしろ」って言ってくる。性格の根っこって、変わらないもんだな)
「……セラくん」
声がかかり、セラが顔を上げる。
「ミサトさん!?」
驚く。
ミサト。ダークブラウンの短髪を整え、今日は私服を着ている。青いブラウスに白いスカート。普段の鎧姿とはまるで違う、柔らかい雰囲気だ。
(心臓がおかしくなるのはしょうがない。ギャップ効果が出ている。理性的に考えてもそういうことになる)
「ご無事?」
ミサトが微笑む。
「あ、ええ。ご無事です」
「近衛騎士団の仕事も忙しかったけど、週末は少し時間が取れて」
「また本読んでたの?」
「魔陣工学の参考書です。でも全然集中できてなかった」
「そう謙遜しないで。クラス代表にも選ばれたんでしょ?」
「えっ、そんなこと知ってるんですか?」
「学園の新聞で読んだよ。『一年A組のセラ・ウィスパーウィンド、クラス代表に就任』って」
(学園の新聞、ちゃんと読んでいるのか。騎士として情報収集が得意なのかもしれない。当然か)
「大袈裟に……」
「でも、すごいことだよ。みんなが信頼してる証拠だから」
「ありがとうございます」
二人の間に少しの沈黙が流れた。中庭では他の生徒が散策しており、遠くから笑い声が聞こえてくる。心地よい沈黙だ。無意味な話を続けなくていい——こういう静けさが、以前よりも怖くなくなった。
「ねえ、セラくん」
ミサトが少し照れたように言う。
「はい?」
「今日……時間、ある?」
「特に予定はないです」
「じゃあ、一緒に街に行かない?」
「街……王都のことですか?」
「そう。久しぶりに王都を散策したいなと思って。一人じゃちょっと寂しいし」
ミサトが少し恥ずかしそうに言う。耳がほんのり赤い。
(……デート。これはデートでは?対処方法がわからない。いや、わかる。承諾する。それだけだ)
「……喜んで」
「本当?」
ミサトの目が輝く。
「はい。ミサトさんと行くなら」
「よかった!じゃあすぐ出発しよう。天気もいいし」
「今からですか!?」
「もちろん。日が暮れる前に戻ればいいし」
「……わかりました。準備してきます」
数分後、セラは中庭に戻った。ミサトは花壇のそばで花を見ながら待っていた。春の風が彼女の髪を揺らし、微笑んだ顔が太陽の光に照らされていた。
「待たせてすみません」
「ううん、花を見てたから。ここのシルフルーム、綺麗ね」
「エルフの花です。魔力が宿ってるから、光に透けると虹色になるんです」
「あ、本当だ。綺麗……」
「では、行きましょう」
## 街で散策
王都の城門に着くと、衛兵たちが敬礼した。
「お疲れ様、ミサト隊長」
「お疲れ様。今日は休暇なの」
「了解。楽しんでください」
「隊長」と呼ばれるミサトを横目で見る。
(そうだ、ミサトさんは近衛騎士団の隊長だった。私服でいても、衛兵たちには敬礼される。そういう立場の人と、休日に並んで歩いている。なかなか普通じゃないことだ。椅子から落ちる案件だ)
「何を見に行きたい?」
「特に決めていません。ミサトさんのお勧めは?」
「じゃあ、まず中央広場から」
王都の通りは賑やかだ。商人、行商人、子供たち。春の陽光が石畳を照らし、どこからかパン屋の香りが漂ってくる。
「久しぶりね、王都」
「ええ。やはり賑やかです」
「ねえ、セラくん。学園生活、どう?」
「楽しいです。勉強も面白いし、友達もできたし」
「よかった。エルフが人間の学園に入るのは珍しいから、心配してたんだ」
「最初は少し心配でした。でも、みんな優しくて。アリアも一緒ですし」
「……アリアさんも、信頼してるのね」
「はい。アリアは幼馴染で、ずっと一緒にいました」
「……私も別に嫉妬してないし」
ミサトが早口に言う。
「ミサトさん」
「何?」
「僕も、ミサトさんのことを——」
言いかけて、止まる。
「……なの?」
ミサトが少し緊張した顔で尋ねる。
「……大切だと思っています」
「……バカ。そんなこと、真剣な顔で言わないでよ」
「ごめんなさい」
「……でも、嬉しい」
ミサトが小さな声で言った。そのまま、二人は並んで歩いていた。
ある曲がり角で、ミサトが急に足を止めた。
「……セラくん」
「はい?」
ミサトが手を差し出す。
「……ここ、人が多いから。迷子にならないように」
「……そういう理由ですか?」
「そういう理由よ。文句ある?」
「ありません」
二人は手を繋いで歩き出した。
(……手。手を繋いでいる。ミサトさんの手が、俺の手の中にある。心臓が認識している。確かに認識している)
心臓が早い。おかしい。
「セラくん、顔が赤い」
「え!?」
「ふふ、可愛いわ」
「だから可愛いって言わないで!」
「可愛いのに?」
「……うるさい」
ミサトが笑う。柔らかい笑い声だ。騎士の顔ではない。
王都の中央広場に着くと、噴水の周りに人々が集まっていた。子供たちが水に触れ、老人たちがベンチで話している。
「いいところね」
「ええ。こんな広場があるんですね」
「王都の名所よ。春になると花が咲き乱れて、もっと綺麗になる」
「今でも十分綺麗ですよ」
「ふふ、そう?」
## ショッピング
広場の周りには様々なショップが並んでいた。
「あ、あのお店、見てもいい?」
ミサトが指差す。アクセサリーを扱うショップだった。
「もちろんです」
店内に入ると、ショーケースに様々なアクセサリーが並んでいた。ブレスレット、ネックレス、リング。種族を問わず使えるデザインのものが多い。
(こういう店。縁のなかったカテゴリだ。でも今、ミサトさんと普通に入っている。転生、なかなかやるな)
「……可愛い」
ミサトが一つのブレスレットを手に取る。月光石が埋め込まれた、シンプルだが品のあるデザインだ。
「ミサトさん、似合いそうですね」
「そう?……じゃあ、セラくんにあげる」
「え!?」
「男性用のサイズもあるから。はい、試着して」
「……これ、ミサトさんが自分のために選んでたんじゃ」
「セラくんのために選んだのよ。文句ある?」
「ありません」
ブレスレットを腕に通した。月光石が春の光を受けてきらきらと輝く。
「似合う」
ミサトが満足そうに頷く。
「ありがとうございます。大切にします」
「ふふ、よかった」
「お代は——」
「私が払う。デートのプレゼントだから」
(デート、という言葉をミサトさんが自分で使った。本人が公認した。これは重要だ。脳に刻む。大事な記録だ)
「……ありがとうございます」
「お礼は次のデートで聞く」
「次……」
「おかしい?」
「おかしくないです。次も誘ってください」
「……うん」
ミサトが少し赤くなった。
## 夕食
夕方になると、ミサトが「お腹すいた」と言い出した。
「どこかで食べようか。お勧めの店がある」
「ミサトさんの行きつけですか?」
「騎士団の仲間とたまに来るの。でも、こうやって来るのは初めて」
「こうやって、というと?」
「二人きりで、よ。聞き返さないで」
「……はい」
(「二人きり」という言葉が出た。ミサトさんが自分でそう言った。俺はただ一緒にいるだけなのに、言質が次々と取れている)
連れて行ってもらったのは、王都の一角にある小さなレストランだった。ロウソクの光が落ち着いた雰囲気を作り出している。テーブルに花が飾られ、静かな音楽が流れていた。
「雰囲気があるな……」
「ここ、料理も美味しいんだよ」
二人は向かい合って席に着く。メニューを手渡された。
「何にする?」
「ミサトさんはいつも何を?」
「ローストチキン。骨付きのやつ」
(骨付きチキンをがっつり食べる姿——なんか妙に納得感がある。鎧も剣も、全部この人のものだ。食事もそうだ)
「同じものをお願いします」
「ふふ、いいよ」
料理が来るまでの間、二人は話した。
「セラくん、将来どうしたい?」
「将来……冒険者として経験を積んで、何か見つけたいと思ってます。あるいは、学園に残って教師になるかも」
「教師、か。似合いそうね」
「そうですか?」
「うん。丁寧に教えてくれるし、誰にでも優しいし。……でも、冒険者も似合うよ。あなた、戦ってる時に目が変わるから」
「目が変わる?」
「うん。普段は穏やかなんだけど、真剣な場面だと——なんか、ちゃんと「戦ってる人」の顔になる。そのギャップが……面白い」
「ミサトさんに観察されてたんですか」
「騎士なんで。人の観察は基本」
「なるほど」
(ミサトさんが俺を観察してくれてたというのは、素直に嬉しい。気配を消して隅っこにいるタイプだったのに、今は騎士に観察されてる。大出世だ。方向性は謎だが)
「まだまだです」
「謙虚ね。……でも、私はそういうセラくんが好きよ」
ミサトが言って、すぐに視線を逸らした。
「ミサトさん」
「……何?」
「今、「好き」って言いましたよね」
「言ったわ。問題ある?」
「ないです」
「……セラくんは?」
沈黙。
ロウソクの炎が揺れた。
「……僕も、ミサトさんが好きです」
また沈黙。
今度はもう少し長い沈黙。
「……言えた」
「言えました」
二人はしばらく顔を見合わせていた。それから同時に笑い出した。
「なんか、恥ずかしいわね」
「恥ずかしいです」
「でも、言えてよかった」
「……ええ、本当に」
(「好き」という言葉を、誰かに向けて言えた。これが現実なんだからしょうがない。今の俺が言えた。それだけでいい)
料理が届いた。骨付きチキンは確かに美味しかった。ミサトがばりばりと骨をつかんで食べる姿は、やはり納得感があった。
「美味しい」
「でしょ。また来よう」
「ぜひ。今度はセラが奢ります」
「いいよ。じゃあ次は私が連れてきてもらう立場だね」
「それは立場が逆では?」
「お店選びはあなたに任せる、ということよ」
「なるほど。ハードルが高いですが、頑張ります」
「楽しみにしてる」
## 帰り道
夜の帰り道。月が出ていて、道を明るく照らしていた。
二人はまた手を繋いで歩いていた。今度は「迷子にならないように」という言い訳もなしに。
「楽しかったわ、今日」
「ええ。最高の一日でした」
「デートって、こんなに楽しいんだね」
「……ミサトさんも初めてですか、こういうの」
「そうよ。近衛騎士団に入ってから、そういう機会がなくて。……セラくんは?」
「こちらに来てから——初めてです」
「……そう」
ミサトの声が少し柔らかくなる。
「……まあ、いいわ。こういう時間、また作りたいね」
「ぜひ誘ってください」
「……じゃあ、また来週も?」
「来週のどこかで。今度は俺が店を選びます」
「決まりね」
学園の門が見えてきた。夜の学園は静かだ。
「また明日、学園で」
「ええ。シルヴァんくん、今日はありがとう」
「こちらこそ。素敵な一日でした」
ミサトがセラの手をぎゅっと握って、それから放した。
「じゃあ、また」
「また、ミサトさん」
ミサトの姿が夜の道に消えていく。
セラは学園の門の前に立って、今日を振り返った。
(「好き」と言えた。ミサトさんも言ってくれた。手を繋いで歩いた。美味しいものを食べた。ブレスレットをもらった。月光石がきらきらしてる。……これが現実だ。ありがとう、転生)
月光石のブレスレットが、月の光を受けてきらきらと輝いていた。
## 寮に戻って
寮の廊下でアリアに会った。
「セラくん!遅かったね。どこ行ってたの?」
「……街に行ってました」
「え、一人で?」
「ミサトさんと」
アリアの目が丸くなる。
「えっ!ミサトさんと!?ふたりで!?デートじゃん!」
「デートとは言ってない」
「でもふたりで街に行ったんでしょ!?それ、デートだよ!あ、腕のそのブレスレット!新しいじゃん!ミサトさんに?」
「……はい」
「わあーっ!!」
(声が大きい。廊下に響いてる。夜だ。他の生徒が起きる。でもアリアを止めるのは無理だ)
「うれしい!セラくんが!ミサトさんに!おそろいにしてもらったとかじゃないの?」
「そうじゃなくて、もらっただけです」
「でもうれしいじゃん!ね!?ちゃんと楽しめた?」
「……楽しかったです」
「よかった!えへへ、セラくんの顔がいつもより赤い!」
「なってない」
「なってる!耳まで!」
耳まで赤いのは認める。でも認めない。
「おやすみなさい、アリア」
「えー!もっと聞かせてよー!」
「おやすみなさいっ!」
部屋に逃げ込んだ。ドアを閉めると、向こうから「えへへー」という声が聞こえた。
(アリア、聞き込みの才能がある。恐ろしい。でも——悪い気はしない。こういうことを共有できる相手が、ここにいる)
ライルはすでに眠っていた。
静かな部屋。月明かりが差し込む。
ブレスレットを眺めた。月光石が光っている。
(今日は色々あった。ミサトさんに誘われて。手を繋いで。「好き」と言い合って。デートって、こういうものか。今世の俺、ちゃんと生きてるな)
## 次の日の朝
翌朝。
セラが起きると、窓の外から鳥の声が聞こえた。春の朝だ。
机の上に昨日のブレスレットがある。夢じゃなかった。
「……よし」
気合いを入れて立ち上がる。
「セラ、起きてる?」
ライルが声をかける。
「起きてる」
「今日も学園だね。なんか機嫌がよさそう?」
「そうか?普通だよ」
「いや、顔が違う。昨日何かあったの?」
「別に」
「絶対あった。目の輝きが違う」
(ライルのこの観察力——かわすのが難しい)
「ミサトさんと街を歩いた。それだけ」
「えっ!ミサトさんって生徒会長の!?」
「近衛騎士団の隊長だよ」
「それ、両方違くない!?あの人ってそんなにセラと近しいの!?」
「まあ、知り合いだから」
「知り合いで一緒に街歩く!?デートじゃん!!」
(ライルも同じことを言う。アリアと言うことが同じだ。社会的コンセンサスが成立している。これは客観的事実として「デート」と認定されたということだ)
「うるさい、早く起きろ。朝食が冷める」
「えー待ってよ!もっと教えてよ!」
「食堂で話す。行くぞ」
廊下に出ると、アリアがにこにこして立っていた。
「おはよう!えへへ、昨日ちゃんと眠れた?」
「……いつにも増して意地悪な朝の挨拶だ」
「そんなことないよ?えへへ」
(このふたり、一晩でレベルアップしてる気がする。恐ろしい)
食堂に向かいながら、セラは昨日のことを改めて思い返した。
ミサトの笑顔。繋いだ手。「また来週も?」という言葉。
(来週のデート。俺がお店を選ぶ。ハードルが高い。でも——楽しみだ。それが正直なところだ)
「セラくん、また笑顔になってる」
「なってない」
「なってるよ!アリア、見て!」
「見てる!えへへ!」
「二人とも、食堂行くぞ」
そうやって、普通の朝が始まった。
昨日のデートの余韻と、来週への期待を胸に抱えながら。
食堂の席に着いて、朝食のトレーを受け取った。焼きたてのパン、温かいスープ、野菜の盛り合わせ。
「セラ、その腕のブレスレット、新しい?」
ライルが気づく。
「ミサトさんにもらった」
「えっ!ミサトさんに!?」
「昨日聞いただろ」
「あ、そうか。でも実物初めて見た。月光石、綺麗だな」
「でしょ。気に入ってる」
「ミサトさん、センスいいじゃないか」
アリアが頷く。
「ミサトさん、普段は鎧ばっかりだけど、こういうセンスもあるんだね」
「……知らなかった」
「えへへ、セラくんのために選んでくれたんだよ。嬉しいね」
(嬉しい。素直にそう思う。ありがとうと言えるし、大事にできる——それが、今の俺だ)
「来週もふたりで会うの?」
「今度は俺がお店を選ぶことになった」
「え!プレッシャーじゃん!」
「そうなんだよ。王都のいい店を調べておかないと」
「任せて!私、王都のレストラン、いくつか知ってる!アリアも知ってるよ!」
「本当に?助かる」
「えへへ、役に立てて嬉しい」
(仲間がいると、こういう時にも助けてもらえる。食事の場所選びまで相談に乗ってもらえる。当たり前の豊かさ、というものがある)
三人で朝食を食べながら、話は続いた。楽しい朝だった。昨日の夜の余韻と、今日の日常と、来週への期待が、ごちゃ混ぜになって心の中に広がっていた。
(これからも、こういう日常を大切にしながら進んでいこう)
朝の陽光が、食堂の窓から差し込んでいた。




