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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第106話 冬休みの終わり

# 第106話 冬休みの終わり


## 冬休みの終わり


 朝の光が窓の隙間から差し込んでくる。


 セラはゆっくりと目を開けた。


 充実していたからこそ、もうすこし続けたかった感じがある。名残惜しさというやつだ。


 窓の外では王都がもう動き始めている。馬車の音、呼び売りの声、遠くで鐘が鳴っている。世界はセラの気持ちとは無関係に、きっちり動く。それが今日は少し冷たく感じる。


「あ、もう起きたの?」


 隣のベッドから、アリアが顔を覗き込んでくる。金髪が寝癖で跳ねていた。アンバー色の瞳がまだ眠そうで、若干充血している。


「うん……なんか、自然と目が覚めた」


「宿屋のベッド、そろそろお別れね」


 アリアが静かに言う。


「一週間、ここで過ごしたんだな」


 セラが部屋を見渡す。「森の恵み亭」の一室。木造の天井、素朴な家具、窓の外には王都の屋根が連なる。この部屋を拠点に、冬休みいっぱい過ごしてきた。


 (マウント・ベア討伐も、女装コンテストも、ミサトとの和解も、全部この一週間だった。我ながら、密度が高すぎる)


「あっという間だったわね」


 アリアがセラのベッドに腰掛ける。


「本当に。マウント・ベアを倒したのも、この冬休みだったね」


「ええ。セラがEランクに昇格して、初めてのクエスト」


「緊張したなぁ。あんなに大きいとは思わなかった」


「でも、二人で連携して倒した。セラのエアロ・ストーム、すごかったわよ」


「アリアの聖三角もすごかったよ。あれがなかったら勝てなかった」


 二人は微笑み合う。


 冬休みの出来事が次々と蘇ってくる。学園祭での女装コンテスト——あれは本当にやりたくなかった——ミサトとの和解、ペンダントをもらったこと、銀貨百二十枚の報酬。ギルドでの仲間との出会い。王都の夜。アリアと見た夕焼け。


 思い返すだけで手のひらが温かくなる感じがする。記憶に体温がある、というのは不思議だ。経験として積み上がっている。これは消えない。


「いろいろあったなぁ」


「ええ、本当に。セラ、学園に来たばかりの頃から比べると、本当に変わったわね」


「そうかな?」


「うん。最初は何もかもに驚いてたし、魔法もぎこちなかったし、エルフの耳を見るたびに固まってたじゃない」


「……それは言わないでくれよ」


「ふふ、でも可愛かったわよ」


 アリアがくすりと笑う。


「ちなみに、女装コンテストのことは記憶から消去したいんだが」


「ダメよ、大事な思い出だもの」


「なんで大事なんだよ!優勝した恥ずかしさが記憶に焼きついてるんだが!」


「でも、みんなが喜んでたじゃない。セラ、本当に綺麗だったんだから」


「……綺麗って言うのは一番傷つく」


「男の子として?」


「男の子として!!」


 アリアがまた笑う。今日の朝からテンションが高い。


「ねえ、セラ。ミサトさんのこと好きなんでしょ?」


 唐突な話題転換である。セラが思わず口に含んでいた水を噴き出しそうになった。


「えっ!?な、なんでそういう話に!?」


「だって、よくミサトさんのこと話すもの。ペンダントも大切にしてるし、冬休みにデートしたって言ってたし」


「そ、それは友達だし……ミサトは友達として大事なんであって……」


「友達以上でしょ?」


 アリアがにっこりと笑う。わかってて聞いてるやつだ。完全に遊んでいる。


「……もう、どうでもいい」


「ふふ、セラの可愛いところ」


 アリアが頭を撫でてくる。ペットみたいになってきた気がするが、心地よいのでまあいいか。エルフの耳が少し動いた気がする。聞かなかったことにしよう。


「優しいなあ、アリアは」


「当たり前よ。セラは私の幼馴染で、一番大切な人だから」


「……ありがとう」


 アリアがまたセラの頭を撫でた。セラは抵抗しなかった。するつもりもなかった。


 二人はしばらく静かに過ごした。部屋の中に差し込む朝の光が、少しずつ角度を変えていく。王都の朝は早い。外では馬車の音がしはじめ、商人たちの呼び込みが遠くに聞こえる。「森の恵み亭」の最後の朝。宿の屋根から鳥が飛び立つのが、窓から見えた。


「さて、荷物をまとめないと。今日はミサトさんと待ち合わせでしょう?」


「あ、そうだった!広場で正午に!」


 セラが慌ててベッドから飛び出す。


「何時だっけ?」


「正午よ。まだ時間はあるわ」


「ふぅ、よかった。寝坊するところだった」


 重要な約束の朝は必ず変な夢を見て寝坊しかけるのに、今日もまたそのパターンだ。体質というより、魂の癖だろう。エルフになっても直らないのだから、もう直らない。


 荷物をまとめよう、と二人は立ち上がった。


 衣類、魔法の道具、本。部屋の中に広がった生活感を一つ一つ鞄に詰めていく。一週間分の荷物はそれなりの量になっていた。


「あ、これ図書館から借りたやつだ」


 セラが魔法の本を手に取る。魔法陣の基礎理論を解説した本で、冬休みの暇な時間に読み込んでいたものだ。


「返さないと」


「そうだった。忘れてた」


「セラ、忘れ物ない?」


「大丈夫……たぶん」


「たぶんじゃ不安ね。確認しましょうよ」


 アリアが部屋を見渡す。衣類、道具、財布——全部ある。


「よし、完璧!」


「ふふ、セラらしい」


 魔法の触媒を忘れると死活問題になる。学習してる、と思いたい。思いたいだけで確信はないが。


「やっぱり名残惜しいわね」


 アリアが部屋を見渡して言う。一週間、ここが「家」だった。帰る必要があるとはわかっていても、慣れ親しんだ空間を離れるのは少し寂しい。


「ええ。でも、学園にも楽しみがあるな。新しい学期、新しい授業——魔陣工学、楽しみだな」


「新しい魔陣工学の授業?」


「それもあるけど。なんかこう……充実してる感じが、ここで終わっても続いてる気がして」


 セラが鞄の留め具を止めながら言う。うまく言葉にならないが、こういう感覚は珍しい。何かが始まった感じ、何かが積み重なってきた感じ——去年まではなかった。


「ふふ、セラらしいわ。良い意味で」


「良い意味でよかった」


「……まあ、一つだけ残念なのは」


「何?」


「クロワッサンが食べられなくなること」


「ああ!!そっちは俺も残念だ!!」


 アリアが笑う。セラも笑う。


「よーし、まず朝飯だ。最後だから少し贅沢しよう」


「賛成!クロワッサン食べたい」


「俺は肉料理が食べたい」


「セラ、食べるの好きね」


「成長期だし!」


「十六歳ね、確かに」


「……むしろ正確に言われると複雑だ」


「ふふ」


## ミサトとの約束


 広場に到着したのは、正午少し前だった。


 冬の広場。冷たい風が吹いているが、空は澄み渡っている。人々が行き交い、子供たちが笑い声を上げ、屋台では温かいスープが売られている。


「ミサトさん、どこかな」


 セラが広場を見渡す。


「あ、いたわ」


 アリアが指差す。


 広場の中央、噴水の近くにミサトが立っていた。ダークブラウンの髪が風に揺れ、鎧を身に着け、背筋を伸ばしている。凛とした姿だ。周りの人々の視線を集めながら、それを全く気にしていない様子がまた格好いい。


 噴水の水音と、広場の雑踏の中で、ミサトだけが静かに見えた。動かないのではなく、全てが揺れていてもミサトだけが軸にいる感じ、とでも言うのか。剣を持つ人はこういう立ち方をするのだ、と思う。


「ミサトさん!」


 セラが手を振る。


「あ、セラさん!アリアさん!」


 ミサトが笑顔で駆け寄ってくる。白い息が一瞬漏れるのが見えた。冬の空気の中で、笑顔の輝きだけが暖かい。


「待たせちゃってごめん」


「ううん、今来たところ。大丈夫よ」


「広場、寒いですわね」


「でも、冬らしいですよ」


 三人は並んで立った。噴水の周りでは子供たちが走り回っている。噴水から霧状の水が吹いていて、それが冬の日差しに当たって虹を作っていた。


「セラさん、冬休みどうだった?」


「楽しかったです。マウント・ベアを倒したし、Eランクにもなれたし」


「すごいわね!マウント・ベア!?Eランクに昇格してすぐのクエストで!?」


「ええ。二人で連携して」


「セラさんのエアロ・ストーム、すごかったんだって」


 アリアが嬉しそうに補足する。


「ふふ、ありがとうございます。アリアさんの聖三角もすごかったですよ。あれがなかったら絶対に勝てなかった」


 セラが照れながら言う。


「二人で協力するのが一番なのね」


「ええ。一人では無理だったと思います」


「ミサトさんは?冬休み、どうだった?」


「私?近衛騎士団の訓練に参加したの。朝から晩まで剣の訓練ばかり。体力作りに走り込みも毎日三十キロ」


「三十キロ!?毎日!?」


「近衛騎士団の基礎訓練よ。私の部隊は特に厳しいから」


 三十キロ。走り込みの記録として聞いたことすらない数字だ。毎日。ミサトさんとは文字通り住む世界が違う——いや、同じ世界にいるから「文字通り」は嘘か。ともかく、体の作りが根本から違うのだと思う。


「疲れなかった?」


「ええ、でも楽しかったわ。自分の成長を感じられたし——それに、セラさんと会えるのも楽しみにしてたから」


 ミサトが少し顔を赤らめる。


 (「楽しみにしてた」って言った?俺のことを? さらっと言うなよ)


「僕も、ミサトさんに会えるの楽しみにしてました」


 慌てて言う。本心だ。本心なのになぜか慌ててしまう自分が情けない。


「ふふ、セラさん、いつも可愛い」


「えっ!?可愛いって!」


「へへ、ミサトさんはセラをからかうのが楽しいのね」


 アリアが嬉しそうに笑う。


「二人で結託しないでよ!」


「ごめんなさい、ふふ」


 ミサトが謝りながら笑う。


 三人でしばらく笑い合った。冬の広場に三人の笑い声が響く。冷たい風が吹いているのに、なぜか心は温かい。


 屋台の呼び込みの声が遠くに聞こえた。子供が犬を追いかけている。どこかで笑い声が上がる。世界はいつも通り動いている。その中に、今日の自分たちもいる——それが何か不思議で、少し誇らしい。


「ねえ、セラさん。冬休み、他に何か印象に残ったことは?」


「うーん……学園祭の女装コンテスト、ですかね」


「女装コンテスト!?セラさんが!?」


「優勝しました」


「……優勝」


 ミサトが一瞬固まった。


「それは……その……」


「綺麗だったわよ、セラ」


「アリア!!」


「ふふ」


「「ふふ」じゃない!フォローをしてほしかったんだが!」


 ミサトが少し噴き出した。


「……ごめんなさい、笑っちゃって。でも、セラさん、それだけのポテンシャルがあるって、ある意味すごいじゃない。顔が整ってる証拠よ」


「フォローになってるようでなってない!!」


「ならば、騎士団でのウワサ話をしようか。先輩の宴会芸で——」


「やめよ!!お互い平和に過ごそう!!」


 三人はまた笑い合った。


 笑えている、というのは健全なことだ。ミサトさんとこうして笑えている——それが少し前まで想像できなかった。出会った頃は「近衛騎士団の超優等生」という壁を勝手に感じていた。でも今は、一緒に噴き出したりしている。それが嬉しい。


「ねえ、セラさん。約束してください」


 ミサトが突然、真剣な表情で言った。


「約束?」


「新学期も一緒に頑張るって。どんな困難があっても、助け合うって」


 ミサトがセラを真剣な目で見る。表情が変わった。さっきまでの笑顔ではなく、騎士としての、真剣な目だ。


「うん、約束する。ミサトさんとアリアと、三人で一緒に頑張る」


 セラが左手を差し出す。


「ええ、約束」


「私も。三人で助け合いましょう」


 アリアが二人の手に自分の手を重ねる。


 三つの手が重なった。


 噴水が静かに水を落としていた。子供たちが走り回る声が遠くに聞こえた。冬の空気が、三人の重ねた手のまわりで静止したように感じた。


 (青春、これが青春だ。卒業式の前みたいな誓い合い。学園に来て半年、こんなシーンが自分にも来るとは。——うん、来てよかった)


「約束、です」


「うん、約束」


「ミサトさん、ペンダント、まだ付けてますか?」


 アリアが気づいたように聞く。


「ええ、いつも付けてるわ。宝物だもの」


 ミサトが胸元のペンダントを見せる。銀の鎖にエルフ文字で「自由」と刻まれたペンダントが輝く。


「よかった。気に入ってくれると思って」


「とても気に入ってる。騎士としての誇りと、自由への誓い——どちらも大切にしてるから、その言葉が嬉しかった。朝も夜も付けてるわ」


「セラ、ミサトさんのプレゼント大切にしてね」


 アリアがからかうように言う。


「アリアさんも同じようなもの持ってるでしょ?セラさんからの」


「えっ!?なんでそれを!?」


「へへ、アリアさんも可愛い」


「もう二人で結託しないでよ!」


 今度はアリアが抗議する。


 三人はまた笑い合った。広場の風が、三人の笑い声を運んでいく。冬の日差しが三人を照らしている。


「また学園で会えるわよね?」


 ミサトが期待を込めて聞く。


「うん、もちろん。休み時間にでも話そう」


「楽しみにしてる。——セラさん、一つお願いがあるんですが」


「何?」


「新学期も、変わらずにいてほしいの。セラさんの、優しさも、強さも、全部」


 ミサトが真剣な目でセラを見る。


「ありがとう。僕も変わらないよ。セラ・ウィスパーウィンドとして、全力で生きる」


 言葉にしたら、逆に実感が来た。当たり前のことを当たり前に言えるようになった。最初の頃は「セラ・ウィスパーウィンドとして」という言葉に少し引っかかりがあった。でも今はない。自分の名前だ。


「ええ、それを聞きたかったわ」


## ギルドへの挨拶


 冒険者ギルドに到着したのは、午後二時頃だった。


 ギルドの中は賑やかだ。冒険者たちが酒を飲み、クエストの話をしている。武術の演武も行われていた。騒がしくて、お世辞にも清潔とは言えない。全員武装している分、迫力がある。怖い。怖いのに落ち着く——不思議な場所だ。


「あ、セラさん!アリアさん!」


 受付嬢のミサキが二人に気づいて手を振る。銀色のウェーブヘアに受付の制服。いつも笑顔が明るい。


「ミサキさん!クエスト、お疲れ様でした。マウント・ベア討伐、すごかったですね!」


「ありがとうございます。二人で協力したおかげです」


「二人の連携、素晴らしかったですよ。他の冒険者たちも見習うべきだと思います」


 新入りが突然「他の見本」と言われる感じ。嬉しいけど重い。——でも悪くない。重いならそれに見合う動きをすればいい。言葉に追いつく、という方向で考える。


「ありがとうございます」


「そういえば、セラさん。冬休み、終わっちゃうんですね」


 ミサキが少し寂しそうに言う。


「ええ。明日からまた学園です。でも、学園でも頑張りますから」


「ギルドにも来てくださいね。皆、楽しみにしてますから」


「もちろん。定期的に来ます」


 その時、ギルドマスターのガトーが二人に気づいた。


「お、セラ、アリア!よく来たな!」


 ガトーが酒場から大股で近づいてくる。体格がいい。熊みたいな人だ。


「ガトーさん!お世話になりました」


「こちらこそ!マウント・ベア討伐、すごかったぞ。Eランクに昇格して初クエスト、よくやった」


「ありがとうございます」


「いやいや、自分の実力だ。魔法の才能、戦術の判断力、全部素晴らしい。今後に期待してるよ。——そうだ、セラ、これ、渡したかったんだ」


 ガトーが懐から小さな袋を取り出す。


「えっ、これ?」


「マウント・ベア討伐のボーナスだ。報酬とは別に、ギルドから特別ボーナス」


「ボーナス!?」


 ボーナス。討伐成功でもらえるとは——手放しに嬉しい。袋がずっしりとしている。額を確かめる前に既に嬉しい、というのはいい気分だ。数えるのは後でいい。


「Eランクでマウント・ベアを倒したのは珍しいから。ギルドとしても、応援の気持ちを込めて」


「ありがとうございます、ガトーさん!!」


 袋を受け取った。中身を確認すると銀貨が詰まっていた。枚数は数えなかった。受け取った、という事実だけで十分だ。


「セラが喜んでる」


「セラにボーナスが出るとは」


「次はDランクだな。頑張ってくれよ」


「セラとアリア、最強のパーティだな!」


 冒険者たちが次々と声をかけてくる。


「ありがとうございます!!」


「……みんな、優しいな」


 セラがギルドを見渡す。騒がしくて、お世辞にも清潔とは言えない空間だが、ここに集まる人々のことが好きだ。


「ええ。ギルドのみんな、セラたちを応援してるわ」


「ここ、いい場所だな。冒険者たちが集まって、助け合って、戦う場所。ここが僕たちのホームグラウンドだ」


「セラと私の、出発点ね」


 アリアも頷く。


「また来ます。定期的にクエストも受けますから」


「ええ、待ってるよ。いつでも歓迎する」


 ガトーが豪快に笑う。


「みなさん、ありがとうございました!」


「いってらっしゃい!」


 冒険者たちが一斉に手を振る。


 二人はギルドを出た。外の光がまぶしい。冬の午後の光が石畳を照らしている。


「いい人ばかりだったな」


「ええ。ギルドのみんな、セラたちを応援してるわ」


「また来よう。定期的に」


「ええ。セラと一緒なら、どこへでも行くわ」


## 王都に来てからの振り返り


 王都から学園への道。夕暮れ時の道は、オレンジ色に染まっていた。


 西の空が燃えるように赤く、東の空には紺色が広がり始めている。冬の夕暮れは短い。でも、だからこそ美しい。


 街道の両端に木が並んでいた。葉のない枝が黄金色の空に伸びている。踏み固められた土の道が、遠くまで続いている。二人の足音だけが静かに響いていた。


「夕日、綺麗ね」


「冬の夕日は特別だ。澄んでて、遠くて——ほかの季節と空気が違う」


「……何か言いかけた?」


「いや!なんでもない!」


「また口が滑りかけた顔をしてる」


「してない!!」


 セラがぶんぶんと首を振る。アリアが苦笑している。危なかった。本当に危なかった。油断するとひょいっと出てくる——魂の癖というやつだ。


「ねえ、セラ。王都に来てからの半年、振り返ってみてどう?」


「どうだろう……いろいろあったな」


 セラが遠くを見る。


「学園に入って、ミサトさんとも仲良くなったし、カトレアさんとも出会った」


「ええ。魔法学園での生活、充実してたわね」


「魔法の勉強も進んだし、冒険者としても成長した。Eランクにもなったし」


 セラが自分の手を見る。エルフの細い指。でも、今は魔法を使える手だ。指一本一本が動く。握ると光が集まる気がする。


「この手で魔法が使える。不思議だよなぁ」


 (転生してから、まだ慣れてないところが正直ある。でも、こうして手を見るたびに——自分の人生だという実感が少しずつ積み上がってくる)


「ええ。セラの才能、本当にすごいわ」


「でも、アリアがいなかったら、ここまで強くなれなかった。二人の共鳴があってこそ」


「セラもすごいわよ。一人でも強いのに。私がいなくてもきっと……」


「アリアがいない、っていう前提が成り立たないんだよ。アリアはずっといてくれるから」


「……セラ」


 アリアが静かに言った。少し、目が潤んでいる気がした。


「二人で力を合わせてこそ、最強」


「そうね。二人が一番」


 誰かと一緒、ということがこんなにも力になると知ったのは、こっちに来てからだ。遅い気づきだが、必要な気づきだった。一人で全部抱えるのが強さだと思っていたあの頃の自分に、少し呆れる。そして少し、感謝もある。あのままではここに辿り着けなかったかもしれないから。


「この半年、学園編だったね。新しい友達、新しい勉強、新しい冒険……」


「ええ。でも、来学期も楽しみね」


「来学期……どんなことが待ってるんだろう」


「楽しみね。セラとなら、何だってできる」


「……ねえ、セラ。転生してよかった?」


 アリアが突然、真剣な顔で聞いた。


「えっ?」


「カズヤとしての人生を終えて、セラとして生きる。それを幸せに思ってる?」


 セラはしばらく沈黙した。


 転生のこと。前の自分として生きた年月。平凡な毎日、特に輝かしいこともなかった日々。残業が多くて、休日は家でゲームして、特段の夢もなく。仕事は真面目にやっていた。人に迷惑をかけることは少なかった。それが悪かったわけじゃない。ただ——こんなふうに誰かに「幸せか」と聞いてもらえたことは、一度もなかった。


 ただ……


「……うん、幸せだよ」


 セラが静かに答える。


 夕日が街道を赤く照らしていた。風が草を揺らした。遠くで鳥が鳴いた。


「前の自分の人生は、平凡だった。でも、セラとしての人生は、何もかもが新しかった。魔法が使えるし、冒険ができるし、大切な人たちとも出会えた。毎日何かが起きる。毎日誰かと話している。毎日、少しずつ強くなってる」


 セラがアリアを見つめる。


「……アリアと出会えたことは、最大の幸せだ」


「セラ……」


 アリアが目を潤ませる。


「ありがとう、セラ。私も、セラと出会えて本当によかったわ」


 アリアがセラに抱きついた。


 夕日が二人を包む。風が優しく吹いている。


「この半年、最高の思い出になった」


「ええ。来学期も最高にしましょう」


 アリアが言い切った。迷いがない。先の見えないことを怖れない——というより、先が見えなくても一緒にいる、という確信の方が強い。そういう人がそばにいる。


「来学期、何があるかわからないけど」


「セラとなら、何だってできる」


## 学園への帰還


 学園の寮に到着したのは、夜になっていた。


 門を入ると、学園の石造りの建物が灯りをつけていた。各窓に薄明かりが灯って、学園全体が静かに光っている。帰ってきた、という感覚が足元から来る。


「ただいま」


 セラが寮のドアを開ける。懐かしい匂い。木の匂い、本の匂い、生活の匂い。一週間離れただけで、こんなに懐かしく感じるのか、と少し驚く。


「あ、セラさん!お帰りなさい!」


 ルームメイトのライルが駆け寄ってくる。茶色の髪、緑の瞳、笑顔が眩しい。


「ライル!久しぶり!」


「冬休み、どうだった?詳しく聞かせてよ!」


「マウント・ベアを倒したんだ」


「まじで!?すごいな!Eランクのクエストだろ? しかも初クエストで!?」


「ええ。二人で連携して倒したのよ」


「二人で!? 学園一の美形コンビが最強コンビでもあると!? ずるい!!」


「ライルも一緒に来ればよかったじゃないか」


「実家に帰ってたんだもん……! でも正直羨ましすぎる。俺が実家で妹の相手をしてる間に、セラはマウント・ベアを倒してたとは……」


「ライルはライルの冬休みを楽しめた、ってことでいいじゃないか」


「それはそうだけど……」


 ライルがぶつぶつ言いながらも、セラの話を聞きたそうにしている。


「座ろう。詳しく話すから」


「待ってました!」


 三人は椅子を並べて座った。


 セラとアリアが交互に話す。マウント・ベアとの戦いの緊張感。エアロ・ストームと聖三角の連携。勝利したときの達成感。ガトーからのボーナス。


 ライルは目をどんどん丸くしながら聞いている。「えっ」「まじで」「すごい」を交互に言い続けている。話している方も楽しい——自分たちが経験したことを言葉にするたびに、記憶がもう一度鮮やかになる。


「ボーナスまでもらったの!? ギルドってそんな制度があるのか!」


「Eランクでマウント・ベアを倒したのが珍しいらしくて」


「すごいな、セラさん。本当に」


「でも、アリアがいたからこそだよ」


「ふふ、セラらしい」


「新学期、三人でどんどん強くなろうぜ。俺も負けてられない」


「うん!一緒に頑張ろう」


「そういえば、新学期から新しい授業があるらしいよ。魔法陣工学」


「古代エルフの遺産を研究するんだろ?面白そうだよな」


「セラは絶対に好きそう」


「好きだよ!すでに楽しみで仕方ない!」


「俺は……ちょっと怖い」


「大丈夫。わからないところがあったら一緒に考えよう」


「セラ、先生みたいだな」


「教師に向いてるって、誰かに言われたことある」


「誰に?」


「……まあ、色々」


 夜が更けていく。窓の外には星空が広がっていた。


「あ、もうこんな時間だ」


「明日は新学期の初日よ。早く寝ないと」


「じゃあ、また明日な」


「うん、おやすみ」


「おやすみなさい、セラさん。アリアさん」


 ライルが自分の部屋に戻る。


 二人は静かにベッドに横たわった。


「おやすみ、アリア」


「おやすみ、セラ」


 目を閉じると、冬休みの出来事が次々と流れてきた。笑い声、夕日、マウント・ベアの轟音、三つの手が重なった広場。ガトーの豪快な笑い、ミサキさんの心配そうな顔、アリアの詠唱の声。


 一つ一つが鮮やかだ。経験が積み重なるということは、こういうことなのだ、とわかる気がした。記憶は薄れると思っていたが、濃くなっている。


 こっちには、大切なものがある。アリアも、ミサトも、ギルドのみんなも。それだけで十分だ。それ以上は、要らない。


 セラは目を閉じた。明日から、また新しい物語が始まる。


 王都に来てからの半年——完。


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