第103話 ミサトとの冬休み
# 第103話 ミサトとの冬休み
## 待ち合わせ
冬の広場は、賑やかだった。
雪こそ積もっていないが、空気は刺すように冷たい。セラはマフラーを首にぐるぐると巻き、噴水のそばで立っていた。隣にはアリアがいる。二人から白い息が出て、空中に消えていく。
「セラ、寒くない?」
「大丈夫。ミサトさん、もうすぐ来るよね」
「もうすぐ来ると思う。……ミサトさん、私服ってどんな感じかな」
「騎士団の制服しか見たことないな。どんな服着てるんだろう」
アリアが少し楽しそうな顔をした。ミサトの私服を想像しているらしい。セラも何となく想像してみたが、上手くイメージできなかった。
広場は週末ということもあって人が多かった。魔法で温めた飲み物を売る屋台、冬の商品を並べる商人、楽しそうに歩く家族連れ。冬の王都の風景だ。
「わあ、見てセラ。あそこの屋台、魔法で氷の像を作ってる」
アリアが指差した先では、氷魔法を使った職人が氷の彫刻を作っていた。みるみるうちに白熊の形が出来上がっていく。
「すごいね。魔法って、こんなことにも使えるんだ」
「実用的なものばかりじゃないのがいいよね。芸術にもなる」
「芸術か。前世に氷の彫刻師はいたよ。でも素手と工具でやってたから、時間がかかってた。魔法があれば効率が全然違うな」
「前の世界の話、もう少し聞いてみたいな」
「なんでも聞いていいよ」
「じゃあ……前の世界の冬は、どんな感じだった?」
「王都よりずっと人が多くて、街が明るかった。年末になると特に賑やかで、雪が降ると皆が「きれい」って言うけど、翌日には茶色い泥になってた」
「それは……少し残念だね」
「そうだね。だから今世のこの景色は、なんか新鮮だ」
「あ、来た!」
アリアの声に、セラは広場の向こう側を見た。
一人の女性が歩いてきていた。王宮近衛騎士団の制服ではない、私服姿のミサトだ。
淡い黄色のワンピース。その上に白いコート。首には赤いマフラー。足元はブーツ。いつもの凛とした騎士の顔ではなく、ほんのりとリラックスした顔。
普段から綺麗だけど、なんというか「人間らしい」感じがする。制服って人を鎧で包む効果があるんだなと実感した。鎧を脱いだミサトが、こんなに穏やかな表情をするとは。
「お待たせ」
「私たちもついさっき着いたよ」
アリアが笑って言うと、ミサトは少し安心した顔をした。
「そう。じゃあ、ぎりぎりね」
「その服、すごく似合ってますよ、ミサトさん。私服だとまた違う印象で」
セラが言うと、ミサトは目を少し丸くした。
「……え? そ、そうかな?」
「そうだよ。赤いマフラーも」
「うるさい! そんなこといちいち言わなくていいし!」
ミサトが勢いよく言ったが、耳の先が赤くなっているのはセラにも見えた。赤いマフラーと、赤い耳。不思議とよく似合っていた。
「で、今日はどこに行くの?」
「冬の市が開かれてるって聞いた。行ってみたくない?」
「冬の市?」
ミサトが説明してくれた。魔法の氷の装飾、温かい飲み物、冬の魔物の素材を使った工芸品。毎年この時期だけ開かれる王都の風物詩だという。
「行こう行こう!」
アリアがぱっと前に出た。セラも頷いた。ミサトが先頭に立って歩き出す。三人並んで、広場の向こうへと向かった。
## 冬のイベント
冬の市は、大通りに広がっていた。
魔法の氷の彫刻が道の両側に並び、雪の結晶を模したライトが頭上を漂っている。通り全体が青白い光に包まれて、異世界のお祭りという言葉がこれほどふさわしい場所もない。
「すごい……」
セラは思わず立ち止まった。アリアも「わあ」と声を出した。
「でしょ? 毎年来るたびに感動するわ」
ミサトが得意そうに言った。王都出身の地元愛、というやつだろう。いいものを誇りにしているのは清々しい。嬉しそうに案内する顔、こういうミサトはなかなか見られない。
「ミサトさん、よく知ってるね」
「当たり前でしょ。王都出身なんだから。子供の頃から毎年来てた」
「子供の頃のミサトさん……どんな感じだったんだろう」
「どんなってどういう意味よ! 今と同じよ!」
「いや、今よりもっとツンデレだったかなって」
「ツン……なんなの、その言葉!」
転生者語が出た。でもミサトも転生者だから、なんとなく通じてる気がする。不思議な連帯感だ。
屋台をひとつひとつ見ていく。最初に目を引いたのは、氷の花を売る店だった。一つ一つが魔法で成形された、精巧な氷の花。溶けないように保護されているという。
「これ、かわいい! ねえセラ、買っていい?」
「いいよ」
アリアは「雪蓮花」という、北方にしか咲かない花の形のものを選んだ。ミサトは棘のある凛とした形の花を選んだ。どちらも選んだ人の個性を反映している。
セラは並んでいる花を眺めた。星形の花弁を持つ、小さな花。
「これにする」
「王都の紋章の星に似てるね」
アリアが指摘した。言われてみれば確かにそうだ。
「セラ、無意識に王都に想いを寄せてるのかな?」
「そんなことはないと思う。ただ、形が好みなだけだ」
「ふーん、そうかしら」
アリアが笑った。ミサトが「あんたらしい選択ね」とひとこと言った。セラには意味がよく分からなかったが、悪い意味ではなさそうだったので良しとした。
次に三人が足を止めたのは、冬のモンスターの素材を使った工芸品の屋台だった。アイス・ウルフの毛皮で作ったマフラー、フロスト・バードの羽で作った装飾品、スノウ・ベアの爪で作ったナイフ。
「アイス・ウルフ! セラ、先日倒した子だよね」
「そうそう。冬のダンジョンで遭遇した」
「あんた、アイス・ウルフを倒したの?」
ミサトが驚いたように振り返った。
「うん、アリアと二人で。苦戦したけど」
「すごいじゃない。アイス・ウルフ、Eランク相当の魔物よ。Fランクのうちに倒すなんて」
「まあ、我々のことはFランクとは思わないでくれ」
「はいはい、強いのは知ってるわよ」
ミサトが少し笑った。素直に笑ってくれると、なんだか嬉しくなる。
三人はそれぞれ欲しいものを選んだ。アリアはフクロウのブローチ、ミサトは鋭いナイフ、セラは雪の結晶のペンダント。それなりに個性が出た買い物だった。
「すごいな、ミサトさんの手にナイフが似合いすぎてる」
「何が言いたいの」
「似合ってるって意味だよ」
「ならそう言えばいいでしょ。……あんた、回りくどいことを言うのね」
褒めてるのに怒られた。でもミサトのツンの裏に照れが見える。最初は本当に怒ってると思ってたのに、今は「照れてる」と読める——いつ頃からそう分かるようになったのだろう。観察力が上がったのか、ミサトのことを知るようになったのか。たぶん両方だ。
「アリアさん、そのブローチすごく可愛いわ」
ミサトが素直に言った。こういう時のミサトは、飾り気がなくていい。
「でしょ! フクロウって、知恵の象徴らしくて、なんか好きなんだよね」
「フクロウ……あんたに合ってるかも」
「セラ、ミサトさんも「アリアに合ってる」って言ってくれた!」
「うん、よかった」
「なんか他人事みたい」
「俺のは自分で選んで満足してるから」
三人は冬の市をぐるっと一周した。途中でホットチョコレートを飲み、温かいクレープのようなものを食べた。異世界のクリスマスマーケット、とでも呼べばいいのか——魔法が使われているぶん景色が派手で、こっちの方がずっと賑やかだった。
## ホットドリンク
雪が降り始めた頃、ミサトが「知ってるカフェがある」と言って案内してくれた。
裏路地にある、こぢんまりとした店。でも扉を開けると温かい空気が迎えてくれた。シナモンと甘い香りが混じっている。窓の外に降る雪が、ガラス越しにきれいだった。
「ここのホットドリンク、おすすめなの」
「ミサトさんよく来るんですか?」
「たまに。一人で来ることもある」
さらっと言ったが、「一人で来ることもある」という言葉には少し孤独の影があるように聞こえた。セラは聞き流したふりをしたが、胸に引っかかった。
いつも忙しそうで、強くて、ツンとしているミサトが、一人でこういうカフェに来る。……なんか、それが妙にリアルで、少し切ない。
メニューを見る。スパイス・ティー、ホットココア、ミルク・ティー、果実ジュース。「セラは?」とミサトが尋ねてきた。
「ホットココアにする」
「ここのは濃厚で美味しいわよ。一番のおすすめよ」
「じゃあそれにします」
注文して、窓際の席に座った。外では雪が降り始め、通りの人が傘を差している。ガラス一枚で隔てられた寒さが、店内の暖かさをより際立たせる。
飲み物が来た。セラはホットコアを一口飲んだ。濃い。甘い。体の芯が温まる感覚がした。
「うまい」
「でしょ」
ミサトが小さく自慢した。かわいいな、と思ったが言わなかった。言ったら何かが起きそうだ。
窓の外を眺めながら、ミサトがぽつりと言った。
「……なんか、不思議な感じ」
「何が?」
「こうやってあんたたちとカフェに座って、雪を見てるのが。……いつもはこんなの、やってる暇がないから」
自嘲気味な笑い方だった。セラは何も言わずに少し待った。次に出てくる言葉を、急かさずに待つ。
「甘いかな、こういうの」
「甘くないよ。ミサトさんも、たまにはゆっくりしないと」
「……あんた、優しいね」
「え?」
「なんでもない。忘れて」
ミサトはすぐに前を向いた。耳の先が赤かった。セラはそれを指摘しなかった。指摘したら爆発するやつだ。
転生の話になった。ミサトが「転生してよかったと思う?」と聞いてきた。
「うん、思う。アリアやミサトさんたちに出会えたから。今は楽しい」
「……私も、よかったと思ってる時もあれば、そうじゃない時もある」
「ミサトさん……」
「元の世界に残してきた家族や友人のことが、思い出す時がある。忘れてるわけじゃない。ちゃんと覚えてる。……あっちはあっちで、私がいなくなってどうしてるかな、って」
アリアがミサトの手を握った。セラも頷いた。
転生者同士にしか分からない重さが、ミサトの言葉にはある。前の世界を捨ててきた痛みは、消えない。
「でも……あんたたちに出会えて、よかったと思ってる。……ありがと」
聞こえるか聞こえないかくらいの声だった。アリアが「私たちもミサトさんに出会えてよかった」と言った。セラも同じ言葉を言った。ミサトの目に、一瞬だけ光が揺れた。
## 二人の時間
カフェを出ると、雪がさらに強くなっていた。
「そろそろ、アリアさんは帰る時間でしょ?」
ミサトが言い、アリアは「門限があるから」と頷いた。
「じゃあ先に帰るね。セラ、ミサトさん、楽しんで」
アリアは手を振って去っていった。行き際に、セラに向けてにっこりと笑った。その笑顔が言っていた。「ちゃんと話してきて」と。
アリアの目には、すべてが書いてある。怖い。でも頼もしい。
残されたセラとミサトは、しばらく無言だった。
「……公園でも行くか」
セラが言うと、ミサトは静かに頷いた。
公園は雪に覆われていた。木々が白い帽子をかぶって、ベンチも真っ白だ。人の姿はほとんどない。冬の公園は、静かだった。
二人の足音だけが、雪の上に残る。白い息が並んで上がっていく。
「……セラ」
「ん?」
「アリアさんのこと、大事にしてる?」
「もちろん。一番大切な人だ」
ミサトは少し黙った。唇を引き結ぶ。セラはその横顔を見た。夕暮れが近づいて、空が薄いオレンジ色に変わり始めていた。
「ミサトさん、俺のことどう思ってる?」
「っ……なに突然!」
「知りたいから」
ミサトは視線を地面に落とした。雪が踏まれてキュッと鳴く。しばらく沈黙が続いた。
「……あんたのことが、好き」
ほとんど聞こえないくらい小さかった。
「え?」
「聞こえなかったことにして」
「聞こえた」
「聞こえなかったことにして!」
ミサトが歩き出そうとしたので、セラは手を掴んだ。
「ミサトさん」
「手離して!」
「俺も、ミサトさんのことが好きだ」
ミサトが止まった。
「……初めて会った時は喧嘩ばかりしてたけど、一緒にいるのが楽しくなってきた。強さも優しさも、全部好きだ」
「……バカ」
「そうかもしれない」
「そうだよ」
「でも、本当のことだ」
ミサトはしばらく黙っていた。それから、やっとセラの方を見た。頬が赤い。
「……私も、あんたに出会えてよかったと思ってる」
「俺も」
二人は手を繋いで、雪の公園を歩いた。手の温もりが、冬の空気の中で際立つ。
ベンチに並んで座った。肩が触れ合う。ミサトが少しだけ頭を傾けて、セラの肩に預けた。その重さが、心地いい。
「……こうしてると、時間が経つの早いね」
「うん。もっとここにいたい」
「……私も」
雪が静かに降り続ける。世界が少しずつ白くなっていく。
## 別れ
夜の王都は、魔法のライトで彩られていた。
雪が光を反射してきらきらと輝く。昼間の冬市のにぎやかさとは違う、静かな美しさがある。人々はそれぞれの場所に急いでいた。それぞれの家が、それぞれの温かさで待っている。
「……別れるの、嫌だな」
ミサトが言った。珍しく、素直に。
「また会えるよ。冬休みはまだある」
「うん。……また会おうね」
「絶対に。ミサトさんといろんなところに行きたい。映画館はどうかな」
「映画館……行ったことあるわよ、一人で。楽しいわよ」
「一人で行くのか」
「何が悪いの」
「悪くないけど……次は一緒に行こう。アリアも連れてくるから、三人で」
ミサトが少し黙った。三人で、という言葉を受け取っている。
「……うん。三人で行こうね」
「計画立てるのは任せてくれ」
「はいはい、そうですよ、セラ様」
ミサトが冗談めかして言った。二人は笑い合った。街灯の下、二人が立っている。降り続ける雪が、二人の周りに積もっていく。
「……じゃあ、またね」
「うん。またね、ミサトさん」
ミサトは少し躊躇した。迷った。それからすっと前に出て、セラの頬に軽く口づけした。
「っ!?」
「なんでもない! 行くから!」
ミサトは真っ赤な顔で走っていった。雪を踏んで、曲がり角に消えた。
セラは頬に手を当てたまま、しばらく立ちつくした。
……何が起きた。状況の整理が追いついていない。頭が真っ白だ。それとも雪のせいか。いや、間違いなく頬の温度のせいだ。
「……ミサトさん」
呟いた声は、雪に吸われて消えた。でも頬の温かさは残っている。
「森の恵み亭」に帰ると、アリアが待っていた。
「おかえり。楽しかった?」
「うん」
「何かあった?」
セラはアリアの鋭さに観念した。
「……頬にキスされた」
「分かった。セラの顔、赤かったから」
「観察眼が鋭すぎる」
「セラのことを長く見てきたから」
アリアがにっこりと言った。反論の余地がない。
「ミサトさん、セラのこと好きだもんね」
「……うん、そう言ってもらった」
「良かったね。……私、応援してるよ。三人で幸せになろう」
アリアに抱きしめられた。温かかった。
こんなに朗らかに応援してくれる人が傍にいる。それがどれほどすごいことか、今のセラにはよく分かった。
「ありがとう、アリア」
「うん。明日も良い日になるよ、セラ」
布団に入って、天井を見た。今日の出来事が浮かんでは消えていく。ミサトの「好き」という声。雪の公園。手を繋いで歩いた道。別れ際の頬の温かさ。
……最高の日だった。
素直に、そう思った。雪の音が聞こえる夜に、セラは静かに目を閉じた。
一日の終わりに「最高だった」と思える日が、こっちに来てから増えた。アリアがいて、ミサトがいて、自分を見ていてくれる人たちがいる。それで十分だ。
雪の音が遠くで続いている。セラは目を閉じたまま、明日のことを少し考えた。次にミサトと会う時は、もっとちゃんと話そう。そう決めて、冬の夜に眠った。




