第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(10)
夜明けは、雪の上から始まった。
空より先に、道が白くなった。
見張り役が足を止めた。
手には炭粉の袋を持ち、口は開いていた。
だが、墨横陣の声は出なかった。
見張り役は、指についた黒い粉を見た。
「この炭粉は、何に使うんだ」
その問いが、後ろの列も止めた。
柵へ向かっていた短刀の男は、腰の刃へ目を落とした。
「なぜ俺たちは、冬詰所へ向かってるんだ」
押さえ役は両手を開いた。
「取った兜は、どこにある」
「ここにはない」
リュカが答えた。
扉割り役も木槌を肩から下ろし、槌頭を見た。
「俺は、これで何を叩くつもりだった」
「騎士の盾だ。まだ何も叩いてない」
薪番が言うと、扉割り役は木槌と前方の騎士を見比べた。
お頭だけは歩き続けた。
三歩進み、四歩目で止まった。
上着の内側の瓶差しへ手をやる。
黒瓶は半分ほどに減り、赤い紐が襟元で朝の風に揺れていた。
「誰が、これを飲んだ」
「盗賊十一人、全員だ」
リュカが答えた。
前方では、街道の灯が横一列に並び、道を塞いでいた。
森側へ消えた灯も、今は彼らの後ろにある。騎士の外套が木の間を動き、黒森への帰り道を閉じていた。
酔っていた間は、二つに割れた灯が、敵が陣を割ったように見えていた。
今見えるのは、前後から彼らを挟む二隊だった。
「なぜ、冬詰所の前にいる」
「全軍、前へ。あんたがそう命じた」
リュカは前方の騎士隊を見た。
冬詰所の柵前に、騎士隊が並んでいる。
盾は構えず、槍先も下を向けていたが、道だけは空けていなかった。
「森へ戻る」
薪番が後ろを見た。
「狼煙を見た隊が、もう回ってる」
お頭も振り返った。
木の間の灯と騎士の靴。その足元には、燻し小屋へ向かう橇の跡が続いていた。
「あの煙は何だ」
「昨夜、上げろと命じた狼煙だ」
薪番が答えた。
「消せ」
「火は消せても、上がった煙は戻せない」
黒森の上には、薄くなった白煙がまだ一本残っていた。
お頭が前へ向き直る。
騎士隊の先頭には、隊長が立っていた。
その手には、道標から抜き取った挑戦状があった。
「あの紙は何だ」
「あんたが書いた挑戦状だ」
リュカが答えた。
「何を書いた」
「灰枝団の名、根城、五年分の盗み。それと、全軍十三名」
半分に減った黒瓶。
梢を越えた狼煙。
隊長の手にある挑戦状。
そして、目の前に並ぶ冬詰所の灯。
四つの決まりは、破られた形で一つずつ揃っていた。
「全部、俺がやったのか」
「止めた。聞かなかった」
声は、いつもの低さへ戻っていた。
隊長が、一歩だけ出た。
「灰枝団で間違いないか」
お頭は挑戦状を見た。
「灰枝団だ」
短刀の男は顔を伏せた。
見張り役は、挑戦状を挟んだ道標の方を見なかった。
「全軍十三名とある」
隊長は紙から目を上げた。
お頭は、自分を含めて仲間を数えた。
「盗賊は十一人だ」
隊長は、列の中央にいる二人を見た。
「残る二人は」
「捕虜だ」
リュカが言った。
「捕まった薪番だ」
薪番も言った。
隊長は笑わなかった。
挑戦状の十三名と、列の中央にいる二人を見比べる。
薪番が持つのは火鋏で、リュカは旅支度のままだった。
「捕らえられた二人を、先にこちらへ渡せ」
後ろの騎士隊が一歩進み、黒森へ戻る道を狭めた。
前の隊は動かなかった。
短刀の男が、腰の柄へ手を伸ばした。
「抜いても、出る道はない。置け」
リュカが言った。
お頭は、柄へ伸びた手から、前後を塞ぐ騎士、列の中央にいる捕虜二人へと目を移した。
ここで戦えば、五年避けてきた人死にが出る。
最後に、自分の腰の刃を見た。
「手を離せ。捕虜を先へ渡す」
短刀の男が柄から手を離した。
押さえ役も両手を見えるところへ下げた。
「まず火鋏を置け」
隊長が薪番へ言った。
薪番は黒くなった手で、火鋏を雪へ置いた。
鉄の重みで、雪が細く沈んだ。
薪番が騎士隊の側へ歩き、リュカも続いた。
隊長は二人を列の後ろへ送らず、盗賊が武器を置くところを見届けられる街道脇へ立たせた。
「次は武器だ」
短刀の男が、刃を抜かずに鞘ごと雪へ置いた。
押さえ役は刃を持っていなかった。手袋を外し、空の両手を見せた。
扉割り役が木槌を置くと、雪の下で地面が鈍く鳴った。
見張り役は炭粉の袋を置いた。
武器ではなかったが、もう軍の墨として持っている理由もなかった。
お頭を除く残りの者も、一人ずつ刃と棒と縄を雪へ置いた。
最後に、お頭が瓶差しから黒瓶を抜いた。
雪へは置かず、騎士の一人へ差し出した。
「竜の息吹だ。今年の魚介と合わせるな」
騎士は黒瓶を布で包み、荷袋へ収めた。
お頭も腰の刃を鞘ごと雪へ置いた。
「挑戦状に、過去に奪った荷まで書いてある」
隊長が紙を開いた。
「塩樽、五つ」
「合っている」
「冬油の小樽、七つ」
「一つは空だったが、樽は七つだ」
お頭は目を閉じた。
どちらも昨夜、自分たちで数え直した数字だった。
「ほかも、この紙の通りか」
「俺たちが奪った数と合っている」
後ろの別働隊から、騎士が一人進み出た。
「狼煙の下に燻し小屋を発見。荷箱、乾き薪、橇も確認した」
隊長はうなずいた。
「灰枝団十一名。これより全員を拘束する。抵抗しなければ、こちらも剣は抜かない」
挑戦状にあった全軍十三名は、その場で十一人の盗賊と二人の捕虜へ戻った。
盗賊十一人の手へ、順に縄が回った。
誰も剣を抜かなかった。
誰も盾を叩かなかった。
冬詰所の灯が消されるころ、四列で来た灰枝団は一列にまとめられていた。
軍の隊列ではない。
捕らえられた盗賊の列だった。




