第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(11)
昼を過ぎたころ、リュカと薪番は炭焼き食堂へ戻った。
二人の後ろには、騎士が一人、荷橇を引いて続いていた。
荷台には、燻し小屋で回収した乾き薪が、食堂の束縄で括られて載っていた。
盗まれた九束すべてが戻ったわけではない。
三束は干物を燻す火と、狼煙に使われていた。
荷橇で食堂へ戻されたのは、使われずに残った六束だった。
橇が止まりきると、薪番は真っ先に束縄をほどき、一本ずつ割った面を確かめた。
「食堂の薪だ」
騎士は、挑戦状にあった九束を被害欄へ、戻った六束を返却欄へ書き分けた。
食堂の主人が、扉の前で待っていた。
薪番とリュカを見てから、橇の六束へ目をやる。
「膳は温め直してあります。寝床も空けたままですよ」
「戻った」
リュカが言った。
「ええ。二人とも。入ってください」
主人は扉を広く開けた。
客席では、昨日と同じ炭焼きたちが、黒い椀と黒パンを前に座っていた。
主人は共同薪場から薪を運び入れるたびに割った面を確かめ、乾いたものだけを火床へ入れている。客席へ流れる煙は、昨日よりずっと少なかった。
薪番は返された六束を、食堂の壁際へ運んだ。
昨日まで、乾いた薪も濡れた薪も入口の同じ場所へ積んでいた。
共同薪場の食堂側には、炭箱を載せた低い棚が一つある。薪番は炭箱を床へ下ろすと、空いた棚を食堂の内壁へ寄せ、乾き薪専用の内棚にした。
戻った六束を、そこへ載せた。
昨日の濡れ薪は、客席から離れた外の横木へ立て掛けたままだった。
薪番は火床の脇から、短い消し炭を一本拾った。
内棚に置いた薪の割った面へ、一本ずつ短い線を引いていく。
「その線は何です」
主人が聞いた。
「食堂へ入れた時、乾いていた印だ」
主人は炭線を親指でこすった。
指先へ黒い粉がついたが、線は木目の溝に残った。
「あとで濡れていたら、どこへ移すんですか」
「内棚へ戻さない。外の横木へ出す」
客席の炭焼きが一人、椀を置いた。
「共同薪場の束にも、全部引けばいい」
薪番は首を横に振った。
「ここで使う分だけだ。みんなの束へ引けば、誰の薪かで揉める」
最後の一束へ線を引き、内棚へ戻した。
炭線は共同薪場の誰かを疑う印ではない。
乾いた薪が食堂の内棚へ入った時を残す印だった。
騎士は返却札を主人へ渡した。
「燻し小屋の干物は、仲買から買ったもののようです」
騎士は干物の売り札を返却札と重ねた。
「ただ、灰枝団の荷です。確認が済むまでは、冬詰所で預かります」
主人は返却札を二つ折りにし、奥の棚から、塩風街道の宿場印がついた箱を出した。
横線も、古い印を消した跡もない。いつもの道を通って届いた干魚だった。
主人は箱を薪番の前へ置いた。
続けて、同じ宿場印の札を結んだ小さな布袋を三つ、箱の隣へ並べた。
「今夜の膳には、こちらを使ってください。干魚も、海老も、蟹も、イカも、うちで仕入れたものです」
「林檎の火酒もあります」
「竜の息吹は置いてないのか」
リュカが聞いた。
「置いていません」
「それでいい」
「今は、私も心からそう思います」
騎士は返却札を渡し終えると、空の橇を引いて冬詰所へ戻った。
薪番は休まず火床の前へ立った。
干魚は浅い網へ載せ、皮側を長めに火へ向ける。海老の網は一段遠くし、干しイカは薄く裂いて、棚の奥で煙だけを当てた。
蟹のほぐし身は浅い皿へ広げ、短く煙を当てる。主人は茸と豆の汁を温め直し、燻した蟹を少し落とした。
火床に入れたのは、内棚から出した乾き薪だけだった。
火は静かに保たれ、細い煙は煙抜きへ吸われていく。
干魚の皮が温まり、小さな脂の粒が表面に浮いた。
海老の殻からは、塩と香ばしい匂いが立ち始めた。
炭焼きたちは椀を持ったまま、火床の方へ顔を向けた。
「魚だ」
「昨日、森から匂ってたのと同じか」
「魚介は同じでも、薪が違う」
薪番が答えた。
主人は海老の殻から立つ香りに気づき、網の柄へ手をかけた。
薪番はその手元を見て、うなずいた。
「もう上げていい」
主人が海老の網を火から外した。
夕方には、約束の膳が卓へ並んだ。
主人が茸と豆の汁をよそった黒い椀と、燻しものの皿をリュカの前へ置いた。
「昨日、お約束した膳です」
汁には燻し蟹が混じり、皿には燻し卵、燻し干魚、薄く裂いた燻しイカ、殻つきの燻し海老が載っていた。黒パンからは、温め直した麦の匂いがする。
リュカは黒パンを厚い汁へ浸した。
豆の甘みの中から茸の香りが立ち、噛むと蟹の塩気が加わった。飲み込んだあと、苦みのない煙が細く鼻へ抜けた。
主人は棚から小さな瓶を出した。
中の酒は淡い琥珀色で、瓶の首に赤い紐はない。
「林檎の火酒です」
小杯へ一指ぶんだけ注いだ。
主人は先に燻し海老を一つ噛んだ。
薄い殻が割れ、塩気が舌へ残る。そこへ林檎の火酒を一口含み、香りが鼻へ抜けるまで待った。
主人は小杯を置き、皿に残った海老を見た。
墨横陣も、綱も、兜も、盾も、誰の口からも出なかった。
主人は海老をもう一つ噛んだ。
「塩の角が取れますね」
リュカも燻し海老を取り、殻ごと噛んだ。
酒を飲まなくても、殻の香ばしさと身の塩気があった。
「三本目までは、あのお頭の言ったとおりだった」
リュカが言った。
「四本目は、どうした」
炭焼きの一人が聞いた。
「騎士隊が預かってる」
薪番が答えた。
「なら、あの黒い瓶はここへ来ないな」
「ええ。うちには林檎の一本で十分です」
主人は林檎の火酒を棚へ戻した。
小杯には林檎の香りが少し残り、燻し海老の塩気は丸くなった。
それ以上のものは、膳のあとへ残らなかった。
リュカは黒パンを食べ終えた。
薪番は火床から内棚、外の横木、薪の割った面に残る炭線へ順に目を移した。
昨日より長く息を吸った。
「今度は、ちゃんと旨い煙になった」
食堂の煙抜きから、細い煙が上がり、黒森の枝のあいだでほどけていった。
その下では、もう誰も、汁をすする時に息を止めなかった。




