第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(8)
灰枝団。
黒森の煙に紛れ、外では一度も名乗らなかった名だった。
団名の下へ、根城の場所も書いた。
黒森の旧炭焼き道、崩れ石塔の裏。
根城を紙へ残さない鉄則を、お頭は自分の手で破った。
「騎士隊へ」
お頭は次の行へ書いた。
「明け方、冬詰所前にて決する」
「何を決着させるつもりだ」
リュカが聞いた。
「黒森の支配だ」
「食堂の薪は返すのか」
「兵糧の徴発だ」
「徴発じゃない。食堂から黙って持ち出した薪だ」
「戦になれば呼び名が変わる」
「呼び名を変えても、盗った薪は戻らない」
薪番が言った。
お頭は筆を止めた。
「戦果に加える」
「加えるな」
しかし、お頭は書いた。
食堂の乾き薪、九束。
続けて、過去の荷を書き足した。
北街道の塩樽、四つ。
染め布、七巻。
冬油の小樽、六つ。
鉄釘、二袋。
短刀の男が横から口を挟んだ。
「塩樽は五つだ」
「一つは割れた」
「奪ったのは五つ」
短刀の男が数え直すのを見て、お頭は四を消し、五と書いた。
「油は七」
「一つは空だった」
「樽は七」
六を消し、七と書いた。
見つからないよう荷だけを抜き、仲買を挟み、跡を消してきた五年分だった。
騎士隊が灰枝団の仕業だと突き止められなかった盗みを、盗んだ本人たちが正しい数へ直していた。
リュカは紙を見た。
「それを渡すのか」
「戦果を知らぬ敵に、我らの格は分からない」
「分かるのは罪の数だ」
「軍師は細かい」
「軍師じゃない」
お頭は紙の末尾へ人数を書いた。
灰枝団、全軍十三名。
「十一だ」
リュカが言った。
「十二」
お頭はリュカを指した。
「軍師」
「捕虜だ」
次に、薪番を指した。
「火と兵糧」
「違う」
薪番が言った。
「燻し棚を整えた。火も扱える」
「薪番だ。軍には入らない」
「だから軍に要る」
お頭は十三の数字へ線を引かなかった。
「十一人で行け」
リュカが言った。
「軍師を置いていく軍はない」
「軍師じゃない」
「慎重なのは分かった」
見張り役が挑戦状を受け取った。
「その挑戦状を、冬詰所の道標へ挟め」
お頭が命じた。
「見張りに見つかる」
「見つけさせる」
お頭は栓をした黒瓶を掲げた。
扉割り役も足元の木槌を拾った。
「今夜から軍だ」
見張り役は足跡を消す枝を壁へ残したまま、扉を開けて外へ出た。
挑戦状を懐へ入れ、雪道へそのまま足跡を残していった。
お頭は小屋の外へ出ると、空を見上げた。
干物を燻していた煙は、まだ木の梢より低い。
「狼煙を上げろ」
薪番がお頭を見ると、お頭は小屋前の裸地を指した。
「森で狼煙を?」
「軍の位置を示す」
「森が燃える」
「広げるな」
「なら、火は一つ」
薪番は小屋前の裸地を選んだ。
雪を火鋏で払って土を出し、周囲の落ち葉も除けた。
盗まれた乾き薪を二本、交差させて置いた。
その下へ細い焚きつけを組んだ。
薪番は火床から炭を一つ火鋏で運び、焚きつけの下へ差し込んだ。
細枝から乾いた薪の割れ目へ炎が移り、赤く燃え始めた。
「煙をもっと高く」
お頭が言った。
薪番は、橇に残っていた濡れ薪を見た。
食堂へ数だけ合わせて戻された薪。
火床を苦い煙で満たした薪。
それを乾いた薪の上へ二本、横に載せた。
白い煙が立ち、初めは小屋の屋根まで、やがて木の枝まで昇った。
濡れた割れ目から水が蒸気になり、白煙を太くした。
干物を燻していた煙は、屋根の上で細くほどけていた。
濡れ薪から立つ白煙だけが太さを保ち、冬の森の上へまっすぐ伸びた。
薪番は火の周りの雪をもう一度踏んだ。
炎は裸地の中央だけに収まり、落ち葉へ燃え移っていなかった。
遠くからでも、ひと目で見つかる白煙だった。
お頭は白煙へ顎を上げた。
「梢を越えた」
扉割り役が、木槌を肩へ担いで言った。
「軍の煙だ」
お頭は答えた。
見張り役が戻ってきた。
手に挑戦状はない。
「道標の割れ目へ挟んだ」
「冬詰所の様子はどうだった」
「冬詰所に、灯りが三つ点いている」
お頭は白煙を背にした。
「全軍、支度」
五年、森の外から見えないよう弱く保った火を、自分から狼煙へ変えた。
薪番は火鋏を握ったまま、リュカの隣へ戻った。
「冬詰所からも見える」
リュカは白煙を見上げた。
「その方がいい」
盗賊団は、燻し魚を冬の兵糧だと言って袋へ詰め始めた。
お頭は黒瓶を、上着の内側の瓶差しへ入れた。
小屋の扉が開け放たれた。
「全軍、出立」
十一人の盗賊は二人の捕虜まで軍勢に数え、全軍十三名として白煙を背に森を出た。




