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第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(7)

 お頭は黒瓶の栓へ指をかけた。


 赤い紐が、瓶の首で揺れた。


「やめろ」


 リュカはもう一度言った。


「理由は聞いた」


「聞いたなら、栓を抜くな」


「一口で確かめる」


 お頭は栓を抜いた。


 小屋の中に、強い香りが立った。

 麦でも林檎でも香草でもない。

 嗅いだだけで、乾いた喉が熱を思い出すような匂いだった。


 薪番が火床から顔を上げた。


「その瓶を火床へ近づけるな」


 お頭は黒瓶と小杯を、火床からいちばん遠い卓端へ移した。


 表へ返した小杯を、八分目まで満たした。

 三本の味見で注いだ量より、明らかに多い。


「評のためだ」


 リュカには目を向けず、杯の底を見ながら言った。


 燻し棚からシャコを一つ取った。


 薪番が遠火で仕上げたもので、殻の節は煙を吸って薄い飴色になり、焦げはなかった。


 お頭が殻を噛むと、硬い節が乾いた音を立てて割れた。

 薄い身の甘みより先に、塩気と殻の香ばしさが出た。


 お頭は小杯を取り、火酒を一息に飲み干した。

 喉が一度、大きく動いた。

 杯を手にしたまま、燻しシャコから扉割り役の木槌へ目を移した。


「盾は薄い」


 扉割り役が、足元の木槌へ目を落とした。


「どこの盾だ」


 扉割り役が聞いた。


「敵のだ。薄すぎる」


 お頭の声が硬くなった。


「胸甲も、木槌を当てれば鳴る」


 扉割り役の手が、足元の木槌へ移った。


「それは酒の評ではない」


 リュカが言った。

 お頭はリュカを見返した。

 目はリュカへ向いていたが、焦点はその肩の向こうにあった。


 リュカは燻しシャコを指した。


「今、あんたが見てるのは、そのシャコが盾をへこませた時の記憶だ」


 扉割り役が皿のシャコを見た。


「こいつが盾を?」


「夏に、盾をへこませた。俺は見た」


 お頭は皿へ目を落とさず、黒瓶を持ち上げた。


「まだ、戦は終わっていない」


 空いた小杯へ、先ほどと同じ量の火酒を注いだ。


 短刀の男が燻し蟹のほぐし身を取った。


「蟹にも合わせるのか」


「合わせるな」


 リュカが言った。


 だが、お頭は小杯を男へ渡した。


「一口だ」


 短刀の男は蟹を噛み、竜の息吹を飲み干した。

 飲み下すとすぐ、自分の短刀へ目を落とした。


「網は切った」


 短刀の男は刃を抜くと、人ではなく、荷箱の蓋を締めていた荷縄へ向けた。


「綱も切った」


 刃を一度振ると荷縄が切れ、蓋がわずかに浮いた。


「鎖でなければ、船もいけた」


「船はここにない」


 リュカが言った。


 見張り役が戻ると、切れた荷縄と抜き身の短刀を見比べた。


 短刀の男が空の小杯を返すと、お頭はすすがず、先ほどと同じ量を注いで見張り役へ渡した。


 見張り役は燻しイカを噛み、竜の息吹を飲み干した。


「我ら墨横陣、一列にあらず」


 声が、夜の小屋には大きすぎた。


 お頭が手を上げた。


「声を落とせ。煙より先に見つかる」


 見張り役は声を落とした。


「第二列あり」


 リュカは思わず答えた。


「二列目もいた」


 見張り役がリュカへ顔を向けた。


「二列目の位置まで知っているのか」


「最初の墨の後ろだ」


 お頭は立ち上がった。


「戦を見て、敵の第二列まで覚えている。軍師」


「魚介の話だ」


「敵を魚介と呼ぶ策か」


「呼んだんじゃない。本当に魚介だった」


 お頭はしばらくリュカを見た。


「なら、魚介の陣まで読む軍師だ」


「軍師じゃない」


 見張り役から空の小杯が戻ると、お頭は同じ量を注ぎ、押さえ役へ渡した。

 押さえ役は燻し蛸を噛んで竜の息吹を飲み干した。

 それから、自分の両手を見た。


「兜は取った」


「誰のだ」


 扉割り役が聞いた。


「親方の兜だ」


「指揮官か」


「丸ごと取った」


 押さえ役は扉の脇に掛けてあった古い頭巾へ両手を伸ばし、布を傷めず、結び目だけを素早く外した。


「隊長の兜も取れる」


「取るのは兜だけにしろ。持ち主は傷つけるな」


「兜だけ」


 押さえ役はうなずいた。


 押さえ役は空の小杯と黒瓶を、隣の男へ渡した。

 お頭は止めなかった。


 残る盗賊も、空いた小杯へ同じ量を注ぎ、燻した干物を一片噛んでから、一杯ずつ飲み干した。

 小杯が盗賊たちの間を一周するうちに、盾は薄い、綱は切れる、墨には二列目がある、兜は取れると、ばらばらだった戦の記憶がつながった。


 最後の男から、小杯と黒瓶が戻った。

 黒瓶の酒は、半分ほどまで減っていた。

 水差しは卓の中央に残っていたが、誰も手を伸ばさなかった。


 お頭は小杯を卓へ置き、黒瓶に栓を押し込んだ。


 お頭は仲間十人を見回した。

 この小屋にいる盗賊は、自分を含めて十一人だった。

 短刀の男は切れた荷縄の前に立ち、見張り役は煙抜きと扉の外を見比べ、押さえ役は両手を開いている。

 扉割り役の足元には木槌があった。


「五年、我らは名も姿も隠した」


 お頭が言った。


「だから、騎士どもは我らを恐れた」


「見つからなかっただけだ」


 リュカが言った。


「見つけられぬ敵は恐ろしい」


「今も見つかってない」


「ならば、こちらから出る」


 お頭は卓の下の浅い荷箱から、紙と筆、墨壺を出した。


「軍なら、陣を示して名乗る」


 見張り役が息をのんだ。


「根城まで書くのか」


「根城ではない。陣だ」


 お頭は筆先を墨壺へ浸し、紙の最初に団名を大きく書いた。


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