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第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(5)

 薪番は干魚の網を火から少し離した。


 そこなら炎は届かず、薄い煙だけが皮へ触れる。

 透明な脂が皮に薄く浮き、縁で一滴になった。


 その一滴が落ち、火床の縁で短く鳴った。

 小屋へ魚の匂いが広がった。

 濡れ薪の苦い煙ではない。

 温まった皮と脂の香りが、塩気を帯びて薄い煙に乗った。


「裏返さないのか」


 木槌の男が聞いた。


「身まで火へ向ければ、固くなる。皮だけでいい」


 薪番は網の端へ薄い木片を挟み、皮側だけを少し火へ向けた。

 次は海老だった。

 薪番は網を一段下げ、薄い煙をひと当てすると、すぐ上へ戻した。


「もう上げるのか」


 木槌の男が聞いた。


 見張り役は鼻をひくつかせた。


「まだ、何も匂わない」


 薪番は殻を一つ指で押した。

 乾いた音がした。


「匂いが立ってからでは遅い。殻はすぐ苦くなる」


 短刀の男が海老へ手を伸ばしかけた。

 薪番は火鋏を、男の指先と海老の間に差し込んだ。


「冷めるまで待て」


 短刀の男は火鋏の先を見てから、手を膝へ戻した。


 薪番は干しイカを火から遠いところへ吊り、端を焦がさないよう薄い煙を長く当てた。

 イカの表面が少し柔らかくなった。

 薪番は端を裂き、一本だけお頭へ渡した。


 お頭はすぐには食べず、指で曲げて匂いを確かめてから、奥歯で噛んだ。


「煙が先だ。噛むと、あとから塩が戻る」


 お頭はもう一度噛んだ。

 水を一口飲み、空いた手を薪番へ差し出した。


「端を、もう一本くれ」


 薪番は干しイカの端をもう一本裂いて渡した。


 薪番は蟹のほぐし身を、固まりが残らないよう浅い網へ広げた。

 火から離したまま煙をひと巡りさせると、小鍋の茸と豆の汁へ少し落とした。

 汁の湯気に、蟹の甘い匂いと煙が混じった。


 押さえ役は小椀を二つ運び、汁を一匙ずつよそって、一つを薪番へ、もう一つをリュカへ渡した。


「二人とも、味を見ろ」


 お頭が言った。

 リュカは汁を一匙飲んだ。

 豆の甘みの奥から、茸の香りと蟹の塩気が重なった。

 煙は湯気の中に薄く残り、舌を苦くしなかった。


 薪番も一匙飲んだ。


「これなら食える」


「火酒にも合うか」


 お頭が聞いた。


「合う酒もある」


 お頭は小杯を持ったまま、卓の下へ目をやった。

 薪番は干し蛸を遠火で温め、厚いところを薄く裂いた。

 押さえ役も手袋を外して加わり、力任せに引かず、吸盤の列へ沿って裂いた。


「その幅で、残りも頼む」


 薪番が言うと、押さえ役は次の一片も吸盤の列へ沿って裂いた。


 薪番は上段のシャコを、殻が重ならないよう網へ並べ直した。

 木槌の男が一つを火へ寄せかけると、薪番は火鋏で元の位置へ押し戻した。


「上のままでいい」


 木槌の男は、今度は手を出さず、上段のシャコを見上げた。


 リュカは小椀を置いて荷箱のそばへ移り、箱の側面を確かめた。

 古い焼き印がある。

 塩風街道の宿場で見た荷印。

 その上に、横線が一本引かれている。

 隣には山側の仲買印。


 リュカは横線を指でなぞった。


「宿場から戻された荷か」


「山側の仲買から安く買った」


 箱の底には、赤い紐が落ちていた。

 前の宿場でも、干物箱の一つが赤い紐で括られていた。

 竜の息吹の黒瓶の首にも、同じ赤が結ばれていた。


 リュカは隣の干魚箱へ目を移した。

 そちらの焼き印には横線がない。


「横線があるのは、この箱だけだ。干物全部が売れ残ったわけじゃない」


「冬を越せれば、それでいい」


 リュカは火床の脇に積まれた乾き薪を見た。


「干物は買ったのに、薪は盗んだのか」


 お頭は答えず、卓の下から、麦色の火酒、淡い琥珀色の酒、緑がかった香草火酒を順に出した。

 最後に、細い黒瓶を置いた。

 首に赤い紐が結ばれている。

 リュカは、その紐を見た。


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