第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(4)
薪番が抜いた薪は、火床の前で白い煙を吐いていた。
お頭は煙の流れを見た。
「乾いた薪を入れたはずだ」
扉脇で見張っていた男が首を振った。
「下には乾き薪を入れた。橇に残ってた二本も、上へ足した」
「濡れ薪を混ぜたのか」
「二本くらいなら、乾き薪に混ぜても大丈夫だと思った」
薪番は火鋏で、もう一本を抜いた。
「燃えはする。だが、苦い煙が干物に残る」
短刀の男が火床の前へしゃがんだ。
抜かれた薪の割った面から黒い水気がにじむのを見て、燻し棚へ目をやる。
薪番は火鋏を置かなかった。
一度だけ咳をした。
お頭は燻し棚へ目を向けた。
棚には、黒くなりかけた海老、端が反った干魚、煙を吸いすぎた蟹が並んでいた。
「捨てるほどか」
「まだ捨てずに済む」
「まだ間に合うか」
薪番は網へ手を伸ばした。
押さえ役が一歩動いた。
お頭が指を上げると、押さえ役は止まった。
薪番は海老の網を上段へ移した。
干魚の網も一段上げ、火から離した。
蟹のほぐし身は浅く広げ、重なったところを指で離した。
薪番は干しイカの網を、棚の奥へ押し戻した。
「イカは、まだ遠火だ」
次に、干し蛸の厚い身へ火鋏の先を当てた。
「蛸は先に裂け。このままでは煙が中まで回らない」
木槌を持った男は、新しい釘が三本並ぶ扉板の横へ木槌を置いた。
それからシャコの網を両手で持ち、火床に近い下段へ載せようとした。
薪番は火鋏で燻し棚の上段を示した。
「シャコは上だ。殻より身が薄い」
木槌の男はシャコの網を燻し棚の上段へ載せた。
お頭は水差しの首を持ち、小杯へ水を少し注いだ。
中をすすぎ、火床から離れた桶へ捨てた。
「お前が、この谷の薪番か」
薪番はうなずいた。
「なら、そっちの旅人は何者だ」
「食堂の客だ。宿代の代わりに、濡れ薪を外へ運んだ」
リュカが答えると、お頭は二人を見比べた。
「宿の客が、なぜ森の奥まで入ってきた」
「燻し卵を半分だけ味見した。膳も寝床も、まだだ」
短刀の男が、わずかに首を傾けた。
「卵半分の借りで、ここまで来たのか」
「共同薪場までのつもりだった。橇跡が、その先へ続いてた」
お頭は、すすいだ小杯を卓へ伏せた。
「夜明け前に、ここを捨てる」
「俺たちに小屋を見られたからか」
リュカが聞いた。
「お前たちは橇跡だけでなく、煙の匂いまで辿ってきた。同じ小屋には残れない」
お頭は卓の下に並ぶ三本の瓶へ目を落とした。
見張り役は扉の外へ顔を向け、煙抜きから梢、雪の道へ目を走らせた。
「火は弱くしてた。森の外から煙は見えないはずだ」
「見えなくても、匂いは道を選ばない」
「移る時まで、二人を外へ出すな」
薪番の手が火鋏を握り直した。
「乾き薪は、今夜で使い切るのか。食堂へ返す分は残さないのか」
「今夜の火に使えば、残らない」
「なら、今ある分を返せ。濡れ薪だけでは、朝の火がもたない」
お頭は乾き薪の山を見た。
「返せば、こっちの火が消える」
「その火は、盗った薪で燃えてるんだろ」
お頭は薪番を見た。
「そうだ。それでも今夜は返せない」
小屋の外で枝が鳴った。
見張り役が扉へ寄り、隙間から道を見た。
「炭焼きが一人。谷へ戻っていく」
「こっちを見たか」
「いや。道を横切っただけだ」
「なら放っておけ。追えば、こっちの足跡が増える」
見張り役は扉から離れた。
お頭が薪番へ向き直ると、薪番は火鋏を握ったまま見返した。
「残りの干物は、お前が燻してくれ」
「命令か」
「条件だ」
お頭は小屋の奥を指した。
毛布が積んである。
「移るまで働けば、火のそばで休ませる。奥の毛布も使っていい。手足は縛らない」
薪番はリュカを見た。
リュカは火床と扉の見張りを見た。
十一人。
刃を人へ向ける者はいない。
だが、扉は塞がれている。
「決めるのは俺じゃない」
リュカは薪番を見た。
「受けるか」
「干物を捨てるくらいなら、引き受ける」
薪番は、火床の前に抜いてあった濡れ薪二本を、火鋏で火から離れた石床へ寄せた。
お頭はうなずき、押さえ役へ顎を動かした。
「扉を見張れ」
押さえ役は小屋の扉へ戻った。
リュカと薪番の手足は縛られなかった。
逃げ道だけがなくなった。
薪番は火床の前へ座った。
乾いた薪を一本、火の下へ入れた。
炎が木の割れ目へ入り、白い煙が消えた。
「最初に何を燻す」
お頭が聞いた。
薪番は干魚の網を取った。
「最初は干魚だ」
干魚の皮はすでに熱を帯び、薄く脂がにじんでいた。




