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第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(3)

 黒森の中へ入ると、炭窯の煙は見えなくなった。

 匂いだけが、針葉樹の間に残っていた。


 道は細く、左右から雪を載せた枝が張り出している。

 橇跡は枝を避け、何度も曲がった。


 薪番は足元の跡より先に、曲がり角の切り株を見た。

 炭焼きが使う道では、迷わないよう切り株へ短い炭線を引いてある。


 だが、橇跡が入った道の炭線は薄く、木の皮と一緒に剥がれかけていた。


「こっちは、もう使ってない道だ」


「使わないのか」


「どの炭窯からも遠い」


 それでも橇跡は、古い炭線の先を迷わず曲がっていく。

 道を知っている者が引いた跡だった。


 二人は古い炭焼き道を進んだ。


 途中に、半ば崩れた石の塔があった。

 上半分を失い、木の間へ灰色の壁だけを残している。細い窓の内側では、上階へ続いていた階段も落ちていた。


 橇跡は塔を避け、その裏へ回った。


 塔の向こうで、魚の煙が濃くなった。

 干魚の脂が温められる香りに、海老の殻の香ばしさと、塩を含んだ身が炙られる匂いが重なっている。


 黒森の冬には似合わない匂いだった。


 薪番が足を止めた。

 古道の先に、屋根の低い小屋がある。


 煙抜きも小さい。

 そこから出た細い煙は谷風に横へ押され、屋根の陰から森の奥へ流れていた。


 追ってきた橇跡は、小屋の前で終わっていた。

 橇は横木をこちらへ向けて止まり、荷台の隅には、束ねていない濡れ薪が二本残っている。


 横木には、白い木屑がいくつも食い込んでいた。


 薪番が木屑を指した。


「食堂の乾き薪を、ここで下ろした」


 リュカは小屋の煙抜きを見た。

 火を弱く保っているらしく、細い煙が途切れず続いている。それなのに、人の声はしない。


 小屋は、静かすぎた。


「戻るか」


 リュカが聞いた。


 薪番は横木の木屑から、小屋の煙へ目を移した。


「中の薪まで確かめる」


 薪番が扉へ近づく。

 リュカは止めようと、その肩へ手を伸ばしかけた。


 後ろで、雪を踏む音がした。


 振り返ると、崩れた塔の陰から男が一人出ていた。

 短い棍棒を下げたまま、二人が来た古道の真ん中へ立つ。


「そこで止まれ」


 同時に、小屋の扉が開いた。


 出てきた男が薪番の腕を取り、肩と肘を押さえた。

 地面へ倒しはしないが、扉から離れる余地も与えない。


 リュカの左には、短刀を抜いた男が回り込んだ。

 刃先を雪へ向けたまま、木々の間へ抜ける道を塞ぐ。


 古道の前後にも、人影が一つずつ増えた。

 五人。七人。小屋の中にも、まだいる。


 橇跡は隠されていなかった。

 古道の曲がりと崩れた塔の死角を見張り、小屋の扉と塔の陰から、跡を追ってきた者を挟むよう人を置いていた。


 リュカが一人なら、木の間へ抜ける手はあった。

 だが、薪番の腕はすでに押さえられている。


 リュカは両手を上げた。

 短刀の男が小屋を振り返る。


「お頭、この二人はどうする」


「二人とも、中へ入れ」


 扉の中から、低い声が返った。

 短刀の男が顎で小屋を示した。


 小屋の中は、外より煙が薄かった。

 壁際の燻し棚には、干魚、海老、イカ、蟹のほぐし身、蛸、シャコが、それぞれ浅い網に分けて載っている。


 火床の横には、食堂から盗まれた乾き薪が積まれていた。

 割った面は白く、水の染みもない。


 卓の向こうに、小柄な男が座っていた。

 顎の髭は短く刈られ、片手には小杯を持っている。もう一方の手で、水差しを卓の中央へ戻したところだった。


 卓の下には、火酒の瓶が三本並んでいた。

 その奥にも一本立っていたが、手前の瓶に隠れて、底しか見えなかった。


 お頭は捕らえた二人の顔より先に、薪番の靴を見た。

 雪と炭粉に混じり、食堂の火床からついた灰がこびりついている。


 それから、薪番が睨んでいる乾き薪へ目を向けた。


「食堂から、この薪を持ち出したのはおまえたちか」


 薪番が聞いた。


「代わりの薪を九束、置いてきた」


 お頭は小杯の縁を親指でなぞった。


「どれも濡れていた。あれでは火床の火が保たない」


「こっちには、乾いた薪が要った」


「干物を燻すためにか」


 薪番は燻し棚を見た。


 干し海老の殻は黒くなりかけ、干魚の端は火へ近すぎる。

 蟹のほぐし身にも、煙の匂いが濃くついていた。


 薪番の目が細くなった。


「これでは苦くなる」


 お頭が、そこで初めて薪番の顔を見た。


「分かるのか」


 薪番は火床へ近づこうとした。

 腕を押さえていた男が、肘を引き戻す。


「腕を離せ」


 お頭が言うと、男は薪番の腕を放した。


 薪番は火床の脇から火鋏を取り、白い煙を吐く薪を一本、火床の縁へ引き出した。

 火鋏で薪を返し、炎から遠かった割った面を上へ向ける。


 親指を当てて離すと、指の腹が黒く濡れていた。


「これも、濡れてる」


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