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第八話 冬の膳 燻し魚で狼煙を上げる盗賊団(1)

 結論から言う。

 黒森で五年隠れた盗賊団は、燻し魚を旨くした夜に、隠れ方を忘れた。


 その日の昼すぎ、リュカが黒森へ入った時、谷あいの炭窯に火は見えなかった。

 斜面を流れる黒い煙だけが、窯の場所を教えている。


 冬の空は白く、煙は木の梢より低いところで枝へ絡んだ。


 道の雪は薄い。

 人と橇に踏まれたところだけ、黒い土が出ていた。

 炭を積んだ橇が通るたび、雪の上へ細かな粉が落ちる。


 谷の入口に、低い石造りの食堂があった。

 炭窯の太い煙に混じり、屋根の煙抜きから細い煙が立っている。

 屋根は黒く、煙抜きの縁にも煤が積もっている。

 扉の横には薪束。

 どの束も同じ太さに括られていた。


 リュカは扉を開けた。

 中は暖かかった。

 そして、暖かさより先に煙が来た。


 炭の匂いではない。

 濡れた木が火床で燻る、舌の奥へ残る苦い煙だった。


 客席には炭焼きが六人いた。

 黒い手で椀を持ち、茸と豆の汁を飲んでいる。

 誰も咳はしていないが、汁をすする時だけは、苦い煙を吸わないよう息を止めていた。


 火床の前では、細身の薪番が火鋏で薪を一本ずつ抜いていた。

 抜いた薪の割った面へ親指を当てる。

 濡れているものは入口へ。

 乾いているものは火床の脇へ。


 薪番は火鋏を火床の脇へ置き、卓の黒い椀へ手を伸ばしかけた。

 だが、その前に入口の薪束へ向き直り、一本の割った面へ親指を当てた。


「泊まれるか」


 リュカが聞くと、薪番は薪の割った面から指を離した。


「端の小部屋なら空いてる」


「食事も出るか」


 薪番は卓の黒い椀を見た。


「汁と黒パンならある」


「それでいい」


「宿代は払えるか」


「金は持ってない。代わりにできる仕事があるなら、引き受ける」


 薪番は入口の薪束を指した。


「なら、先にこの薪を運んでくれ」


 リュカは五つの束を見た。

 樹皮は乾いて見える。

 だが、割った面は黒く湿り、床まで細い水の筋が延びていた。


「この薪は、どこへ運ぶ」


「外の横木へ立て掛けてくれ」


「五束とも運ぶのか」


「そこにある五束、全部だ」


 薪番の声は小さい。

 言葉の終わりに、掠れが混じった。


「運べば、膳と小部屋か」


 薪番がうなずくと、リュカは食堂の奥を見た。


 食堂の奥から、丸い腹の主人が顔を出した。

 両手に椀を持っている。


「五束とも運んでくれるなら、小部屋と膳を出します。燻し卵もつけましょう」


 主人は椀を客の前へ置いた。


 リュカは上着の前を留め直した。

 扉の外は、谷へ入った時より冷えている。


「分かった。五束とも運ぶ」


 リュカは薪束を一つ持ち上げた。

 見た目より重い。

 乾いた薪の重さではない。


 リュカは扉を足で押し開け、外へ出た。

 客席の壁から離れたところに、低い横木が渡してあった。

 その下へ束を置いて縄をほどき、濡れた薪を一本ずつ横木へ立て掛けた。薪同士が重ならないよう、少しずつ間を空けた。


 割った木の内側から、冷たい水の匂いがした。


 残る四束も一つずつ外へ運び、縄をほどいて横木へ立て掛けた。


 薪番は火床の前へ戻り、乾いた薪を選び直していた。

 濡れ薪を一本抜くたび、薪番は次の薪を探る手を速めた。

 火鋏が火床の縁へ当たる音の間隔が、少しずつ短くなった。


 五束を出し終えると、薪番は火床の脇から乾いた薪を二本取った。

 一本を火の下へ入れ、もう一本を斜めに立てた。


 煙の流れが変わった。


 火床から客席へ流れていた灰色の筋は細くなり、煙の大半が煙抜きへ吸われていく。

 炭焼きの一人が椀を口元へ寄せ、今度は息を止めずに汁をすすった。


「さっきより煙が薄くなったな」


「まだ客席まで流れてる」


 薪番は火床を見たまま答えた。


 主人が燻し卵を半分、黒い小皿へ置いた。

 黄身の縁まで薄い茶色になっている。


「膳前の味見です。薪を運んだ分」


 リュカは半分の卵を一口で食べた。

 歯を入れると白身がぷつりと切れ、黄身は舌の上でほろりとほどけた。

 乾いた煙の香りが鼻へ抜け、濡れ薪の苦みはどこにもなかった。


「さっきの薪で燻したのか」


 薪番は首を横に振った。


「それは昨日、燻した」


「昨日、燻した時の薪は乾いていたのか」


 リュカは返事を待った。

 薪番は火鋏を止め、火床から入口、その向こうの五つの束へ目を移した。


 薪番の声が、さらに小さくなった。


「昨日は、乾いてた」


 主人が奥で鍋の蓋を持ち上げた。

 茸と豆の湯気が上がる。


 その時、扉の隙間から別の匂いが入った。


 炭ではない。

 濡れ薪でもない。


 魚の脂が火へ落ちた時に立つ、香ばしい煙の匂いだった。

 黒森の奥から一度だけ流れ、茸の湯気の上を通った。


 リュカは扉の方へ顔を上げた。


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