第七話 秋の膳 竜の息吹で磯合戦を語る酒飲み(8)
最後に残っていたのは、干しシャコだった。
シャコは皿の端で、他の干物より少し硬そうに見えた。
殻の節が残り、炙ったところが薄く赤い。
酒番は皿を置いても、すぐには手を離さなかった。
「これは、薄いエールで食べる方がいいです」
「全部そう言っている」
干しシャコを頼んだ男は、水を先に飲み、干しシャコを噛んだ。
それから小杯へ手を伸ばすと、酒番は黒瓶を持ったまま言った。
「一杯だけです」
「分かっている」
リュカが男の水の杯を指した。
「もう一口飲め」
男は水の杯の縁で口元を隠した。
それでも、水をもう一口飲んだ。
酒番が小杯へ竜の息吹を注ぎ、男はそれを飲んだ。
男は目を閉じた。
小杯を置く。
指先が卓の上で止まる。
「盾は薄すぎる」
男は目を閉じたまま言った。
「胸甲も鳴る」
酒番が水差しを持った。
「二打目を入れたかった」
男は座ったまま、拳をゆっくり握った。
「一打目で歪む」
年配の女が椅子を引いた。
「医者を呼ぶか」
「医者を呼ぶほどじゃない」
リュカは言った。
「それより、酒を下げろ」
酒番は小杯を下げた。
男の水の杯へ水を足し、干しシャコの皿を遠ざけた。
男は水を一口飲んだ。
しばらくして、拳から力が抜けた。
「……俺は、何を言った」
「盾が薄すぎると言っていました」
酒番が答えた。
「誰の盾の話だ」
「知らない方がいいです」
リュカは干しシャコの殻の節を見た。
夏に盾をへこませた硬さが、今の声にも残っていた。
「それ、何の干物なんだい」
年配の女が聞いた。
「干しシャコだ」
リュカは答えた。
「シャコはそんなことを考えるのかい」
「今年のは考える前に打つ」
男は水の杯を両手で持った。
さっきまで張っていた肩を、少しすぼめている。
「俺は、本当に二打目を入れたかったと言ったのか」
「確かに言った」
リュカは答えた。
「何を打つつもりだった」
「盾だ」
「俺は盾に恨みはない」
「お前にはない」
男はさらに小さくなった。
「……しばらく竜の息吹はやめる」
「やめておけ」
酒番はその言葉を聞いて、黒瓶を水差しの奥へ置いた。
黒瓶の赤い紐だけが、水差しの脇から見えていた。
「俺は、誰かを殴ろうとしたのか」
「していない」
リュカは答えた。
「拳を握っただけだ」
男は自分の手を見た。
指を開き、閉じる。
「覚えていない」
「それはそうだろうな」
「覚えていないのに、恥ずかしい」
年配の女は、水の杯の縁から指を離した。
「恥ずかしいなら、まだ人の側だよ」
「俺はまだ、シャコじゃないのか」
「あんたが二打目を入れなかったからね」
丸顔の男が、水の杯を掲げた。
「俺も墨は吐かなかった」
「張り合うな」
山側の女が言った。
丸顔の男が笑いながら水の杯を置くと、酒番がそこへ水を足した。
肩幅の広い男は、干しシャコの皿を見た。
「これは、食べてもいいのか」
「薄いエールで食べてください」
酒番が答えた。
「火酒も少しだけ頼めるか」
男は言い終えるなり、自分で首を振った。
「いや、今のは取り消す」
酒番は小杯を伏せた。




