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第六話 夏の膳 甲冑漁師の磯合戦(5)

 親方が手を上げ、鐘役が小鐘を鋭く鳴らした。


「貝の列が来る!」


 水面の向こうで、扇の形をした貝が横へ広がった。

 一枚一枚は小さい。

 魚と海老の乱れた波とは違い、端から端まで横一列に揃っている。

 それが一斉に水を噴きながら盾の下へ押し寄せた。


「盾を下げろ! 足元を空けるな!」


 盾列が低くなった。

 扇貝の隊列は、盾の下を押した。

 水が白く噴く。

 盾の縁が砂へ沈み、漁師の足首まで泡が上がった。


 その横から、巻き貝が寄せ波に転がされ、勢いよく入り込む。

 尖った殻が盾の下端に当たって跳ね、足首や脛当てへ次々にぶつかる。

 脛当てが続けて鳴り、足首を打たれた盾持ちが隣の盾へ肩を当てて踏みとどまる。


 リュカの靴先にも、一つ当たった。

 小石を蹴ったときより痛い。


 盾持ちは、盾を下げたまま半歩ずつ押す。

 貝の隊列は水を噴き、押し返す。


「右を低く構えろ!」


 右の盾が下がる。


「大桶を後ろへ引け!」


 リュカと桶番が大桶を引く。


「中央は待て!」


 中央の盾持ちは、その場を押さえる。


 貝の隊列は、少しずつ斜めへ向いた。

 その先では、網持ちと鎖番が、細い鎖で編んだ浅い網を砂へ伏せて待っていた。

 蟹の鋏に備えた、重い鎖網だった。

 先頭の一枚が鎖網の口へ滑り、後ろの貝も重なって入った。


 盾の角、砂のへこみ、鎖網の口が、一本の斜めの道になっていた。

 力ずくで止めるより、捕り込むまで時間がかかる。

 けれど、貝は割れない。

 押し潰されず、身も弱らず、鎖網の中でまだ水を吐いている。


 盾持ちの盾の角が、隣の漁師の足元で一度だけ止まった。

 隣の漁師の足は、砂へ深く沈んでいた。

 盾持ちは盾の角で水を切った。

 流れが少し変わり、隣の漁師が砂から足を抜いた。


「盾で流れを変えたのか」


「足を抜かせるためです。一人でも足を取られれば、盾列が崩れます」


 最後の扇貝が鎖網へ滑り込んだ。

 鎖網の縁には、殻の欠けた貝が一枚残っている。


「欠けたものはどうする」


「宿へ戻って、身を見て決めます」


 主人が言った。


 桶番は、鎖網の中から小さい貝と卵を抱えた貝を海側へ寄せた。

 殻の欠けた貝は、宿の主人が殻の割れ方だけを確かめ、持ち帰る貝の側へ移した。

 網持ちと鎖番が海側の端を下げると、戻す貝だけが浅い水へ滑り落ちた。


「これで終わりですね」


 若い漁師が言った。


「まだ言うな!」


 そのすぐ後ろから蟹が出た。

 蟹は鎖網へ鋏をかけた。

 かつ、と硬い音がした。

 切れない。

 網持ちと鎖番が両端を持ち上げると、蟹も貝の後ろへ転がり込んだ。


「言うなと言ったぞ!」


「はい!」


 若い漁師は口を閉じ、盾へ向き直った。

 桶番が大桶の蓋を開ける。

 網持ちと鎖番が反対側の端を持ち上げると、持ち帰る貝と蟹が大桶へ滑り込んだ。

 桶番が蓋を閉めた。


「全部食わないのか」


 リュカが聞くと、桶番は首を振った。


「まだ育ちきっていないものと、卵を抱えたものは戻します」


「敵でも戻すのか」


「来年も獲るためです」


 桶番は、空になった鎖網の底を親方へ見せた。

 親方はそれを見てから、岩場へ顎を向けた。


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