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第三話 秋の膳 持ち寄りを煮つめるかまど(8)

 ロナは、火の縁から皿へ移す手を急がなかった。

 香りは、皿の前で細く立っていた。


 ロナは最初に出す皿を三つ、作業台へ並べた。


 林檎の小椀は、男の皿の端で蜂蜜だけを受ける。

 香草塩は商人の皿に載せず、小さな皿で青く残した。

 子どもの皿には、焦げた栗粉パンを手で割って添えた。


 どの皿も、さっき残された皿への返事だった。

 香りは皿の縁に寄り、脂の光はそれぞれ別の端へ分かれた。


 ロナは壺へ手を戻さなかった。

 客の前へ運ぶ前に、具材の間に白い皿が見えるか、もう一度見た。


 火の明かりは、三つの皿の縁を細く照らした。

 壺は林檎の脇、束は塩皿の横、包みは棚、小皿は火の端にあった。


 蜂蜜屋は壺の布を握り、香草売りは束を塩皿の横へ置き直した。

 バルトは脂皿の縁から手を離した。

 湯気は、食堂の端で薄くなった。

 それでも、皿の縁で茸の焦げ目は消えなかった。


 ロナは、そこで初めて息を吐いた。

 まだ客席へは出さない。

 小椀の縁を盆の奥へ寄せ、香草塩の小皿だけ手前に残した。


 男へ出す皿だけ、もう一度火の縁へ寄せた。


 焦げ目が戻ったところで、ロナは皿を火から離した。

 蜂蜜も香草も干し茸も、皿の外で待っている。

 皿の真ん中には、裂いた茸だけを置いた。


 ロナは皿を持った。

 食堂では、匙を持つ手が皿の手前で止まっていた。

 さっき甘い茸を食べた男も、香草の強い汁に水を飲んだ商人も、まだ席にいる。

 蜂蜜屋の女も、香草売りも、バルトも、かまどのそばから動かなかった。


 ロナは、最初の皿を男の前に置いた。


「お待たせしました」


 男は皿を見た。


「今度は、蜂蜜は?」


「林檎だけです」


「香草はどうした」


「塩に混ぜました。つけるなら、少しだけ」


 男は、少し笑った。


「ずいぶん、はっきり言う」


 ロナは逃げずに答えた。


「私がかまど番ですから」


 ロナは一度だけ、かまどの口を見た。

 火は強くない。けれど、皿の縁を照らすには足りた。


 焼き茸からは、今年の山の匂いがした。

 去年より弱い。

 遠い席の客はまだ顔を上げない。


 それでも、皿の前の男は息を吸った。


 ロナはその皿を見て、かまどの口から目を離した。

 焼き茸の香りが、皿から細く立っている。


 甘い茸を食べた男は、皿を少し引き寄せた。

 子どもは隣で、今度は匙を置かずに覗き込んでいる。


 男は焼き茸を取った。

 塩にも林檎にも触れず、そのまま口へ入れる。

 裂いた茸の縁は茶色く縮んでいた。

 噛むと、水っぽさより先に焦げ目が来る。

 そのあと、山鳥の脂が少し遅れて舌に乗った。


 男は皿の端を親指で押さえた。


 もう一切れには、香草塩をほんの少しだけつけた。

 香草は鍋の中ではなく、茸の端でだけ香った。


 栗粉パンを割ると、焦げた縁がぱりっと割れ、皿の端に残った脂を吸った。


 林檎煮は、皿の熱が少し引いてから口へ運ばれた。

 蜂蜜は甘すぎず、口の中の脂を少し軽くした。


「先代の膳とは違うな」


 ロナの指が、盆の縁を強く押さえた。


「はい。今年の茸です」


 男は皿をもう一度見た。


「先代のは、匂いだけで腹が鳴った」


 ロナは男の手元を見ていた。


「これは、噛むと茸の味が残る」


 男は栗粉パンの欠片を取った。


「もう一皿、あるか」


 「もう一皿」と聞いて、子どもが顔を上げた。


「茸、まだ茸の味がするのか」


 男は笑った。


「する。甘いのは林檎の方だ」


 子どもは、さっき置いた匙をもう一度取った。

 ロナは、次の皿の前で木匙を止めた。


 怒られなかった皿より、もう一度匙を取ってもらえる皿の方が、ずっと重かった。

 盆の縁が、さっきより深く指に食い込んだ。


 ロナは、木匙を握り直してうなずいた。


「あります。今、焼きます」


 食堂で、いくつかの匙が皿へ戻った。

 さっき水を頼んだ商人が、最初に皿を引き寄せた。

 彼は空になりかけた水椀を置き、皿の端を指で叩いた。


「香草塩は、別にくれ」


 ロナの目は、鍋ではなく塩皿へ向いた。

 香草の葉を皿の外に置いたまま、客へ向き直った。


「別皿にします」


「林檎はどうする」


「小椀に分けます。蜂蜜は足しません」


 ロナが言い切ると、皿洗いの少年が空の皿を一枚差し出した。


 昼に下げた皿は、どれも重かった。

 甘い匂いがまとわり、香草の青さが先に立ち、脂の輪が縁に張っていた。


 戻ってきた皿には、茸の焦げ目が小さくつき、栗粉パンで拭った跡がある。

 林檎煮の小椀の底には、薄い艶が残った。


 少年は皿の底を見てから、皿を洗い桶へ入れた。

 水の中で、皿の端に残った焦げ目だけが少し浮いた。


 ロナは洗い桶の水から顔を戻し、次の茸へ指をかけた。


 宿の主人が、食堂の端から椀の数を指で示した。


 まだ食べる者がいる。

 朝の包み飯を頼む者もいる。

 馬小屋へ湯を運ぶ少年が、空の桶を抱えて待っている。


 ロナは小さくうなずき、茸籠を手前へ寄せた。

 今夜焼く茸だけを選ぶと、残りは火から遠い盆へ戻した。


 蜂蜜屋の女は、林檎煮の小鍋を見て布をかける。

 香草売りは、使わない葉を束ね直す。

 バルトは脂の皿を火から少し遠ざけた。


 蜂蜜屋の女は布の端を結び、香草売りは束の紐を締めた。

 ロナの手前の盆は、かまどの熱を受けていた。


 昼には、甘い茸に眉を寄せていた男が、手を上げた。


「焼き茸をもう一皿。林檎は小椀で頼む」


「はい。林檎は別にします」


 ロナは皿を二つ並べ、片方の端に香草塩を置いた。

 もう片方の端は白く空けておく。

 茸はどちらも、同じ火の縁で焦げ目をつけた。


 かまどは鳴らない。

 客の注文が飛んでも、鍋の縁に泡は立たない。

 ロナが皿を火へ寄せると、火は少し明るくなる。


 皿洗いの少年が、戻ってきた皿を見て目を丸くした。

 皿の真ん中に、焼き茸の欠片はない。

 皿の端には、香草塩が少しと、栗粉パンの焦げた欠片だけが残っている。


「洗っていいですか」


 ロナは、戻ってきた皿を見た。

 もう取っておく必要はなかった。


「洗っていいよ」


 少年は嬉しそうに桶へ皿を入れた。

 水の中で、焦げ目が薄くほどけた。


 ロナが返事をしても、鍋の縁は動かなかった。

 炎の先が少し伸び、ロナの手元を照らした。


 食堂の端で、宿の主人が息を吐いた。

 宿の主人は宿帳の台へ戻らず、かまどの横に残っている。


 二皿目を頼んだ男は、空いた皿を少し脇へ寄せた。

 端に残った香草塩には手をつけない。

 目は、皿が出てくる台所の方へ向いていた。


 子どもは匙を握ったまま、林檎煮の小椀ではなく、焼き茸の皿だけを見ていた。

 小椀の縁には、まだ指をかけない。先に茸を待っている。


 ロナは二皿目の茸を裂いた。

 さっきより手つきが速い。

 裂け目の幅は、さっきより揃っていた。


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