第9話 監視塔の赤い灯
大広間のざわめきは、やがて重たい沈黙へと変わった。
ガルム警部補の指示で、制服警官たちが前に出る。
レオナ・グレイフォードは抵抗しない。
尾は力なく垂れ、視線は床に落ちている。
怪物でも、悪魔でもなかった。
そこにいるのは
“普通の猫人間”。
ただそれだけだった。
アレクシスはゆっくりと中央に立つ。
チェス盤はまだ卓上にある。
倒れた黒のキング。
白の駒は静かに並んでいる。
「魔法は証明できる」
彼の声は穏やかだ。
「術式も、媒介も、痕跡も残る」
住人たちが耳を傾ける。
「殺意も証明できる」
「凶器、打点、動機。積み上げれば形になる」
一拍。
「だが偏見は証明しにくい」
視線が、住人たちへ向く。
半狼人。
影喰い。
堕天使。
悪魔。
人間。
「疑われやすい、というだけで疑われる」
「恐れられている、というだけで責められる」
静かな声。
だが刃のように鋭い。
「犯人は怪物でも悪魔でもなかった」
「恐怖と屈辱に追い詰められた“普通の猫人間”だ」
監視。
規則。
管理。
それらは正義の顔をしていた。
だが内側に潜んでいたのは―
支配への渇き。
安心という名の檻。
レオナが連行される。
足音が遠ざかる。
誰も歓声を上げない。
住民たちは互いを見ない。
疑われた記憶は、消えない。
天井の隅。
監視塔の赤い灯が、まだ点滅している。
消えてはいない。
ミレイアが小さく言う。
「終わったの?」
アレクシスは答えない。
窓辺へ歩き、運河を見下ろす。
霧の向こう。
対岸の塔。
橋の上の人影。
赤い灯が、点のように瞬く。
「……見てるな、まだ。」
誰が?
それは一人ではない。
都市そのもの。
誰もが誰かを見張り、
誰もが誰かに見張られている。
規制を規制せよ
規制したがるものは、どこにでもいる。
静かな夜風がカーテンを揺らす。
チェス盤の駒はそのまま。
王は倒れた。
だが盤面は、またいつでも並べ直される。
運河の水面に、監視塔の赤い光が揺れた。
ふたりは夜の川沿いを歩き出す。
赤いランプは、まるで虫の目玉のように、彼らの背中を見つめていた。
『寄生虫』事件 終幕。
続く




