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霧都ヴァル・ロンドリア探偵事件簿ー怪物に戸籍のある街で  作者: 虫松
裸の王様

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32/168

第1話 調査依頼

魔法は証明できる。殺意も証明できる。

だが偏見は、最も厄介な怪物だ。


霧と煤煙に包まれた。


魔導都市ヴァル・ロンドリア。


この街では吸血鬼も人狼も悪魔も合法市民だ。怪物には戸籍があり、議席があり、納税義務がある。


だが“法の下の平等”は、

必ずしも“心の平等”ではない。


霧都の外れ、崩れかけた旧天文塔の内部。

そこにあるのが星霧探偵事務所。

高い天井。ひび割れた星図。


中央の机で、アレクシス・グレイヴンは静かにチェスの駒を動かしていた。


白のクイーンが、黒のナイトを取る。


「追い詰められたキングは、逃げ道を失ったとき何を選ぶと思う?」


向かいで書類を整えていたミレイアが顔を上げる。


「降伏……ではないのですか」


「王は滅多に降伏しない」


その日の新聞は、どの売店でも完売していた。


一面いっぱいに刷られた大見出し。


国民的映画スター、劇場屋上より転落死

自殺と断定


霧都ヴァル・ロンドリアの誰もがその名を知っている。


レオナルド・アシュクロフト。


英雄役で知られ、慈善事業にも名を連ねる、時代の寵児。


その死は街全体の話題だった。


旧天文塔の最上階。

星霧探偵事務所。


アレクシス・グレイヴンは新聞を畳み、机に置く。


向かいでミレイア・ルーンベルが静かに紅茶を注いでいる。


そのとき、扉が叩かれた。


ためらいのある、しかし決意を含んだ音。


現れたのは喪服の女性だった。


「エレノア・アシュクロフトと申します」


ミレイアの手が止まる。


新聞の写真と同じ顔。


「夫の死を、調べていただきたいのです」


彼女は椅子に座る。


背筋は崩れない。


「警察は自殺と断定しました。精神的重圧による衝動だと」


アレクシスは淡々と問う。


「あなたは違うと?」


エレノアは頷く。


「あの人は確かに追い詰められていました。

若手俳優からの告発、

共演女優との不祥事、

監督との対立……」


指先がわずかに強く組まれる。


「ですが、あの人は死を選ぶ人ではありません」


「なぜそう言い切れますか」


「前夜、劇場の支配人から書状が届きました。“急ぎ、屋上で話がある”と」


「書状は?」


「燃やされていました。封蝋だけが灰に残っていました」


ミレイアが小さく息を呑む。


「争った形跡はなかったのですよね」


「ええ。ただ……手すりの外側に、夫の手袋が引っかかっていたと」


アレクシスはしばらく沈黙する。

「ご主人は、その晩、様子に変化は?」


「妙に落ち着いていました。不安というより……覚悟のような」


霧が窓を曇らせる。


アレクシスは静かに言う。


「自殺に見せかけることは、難しくありません」


視線をエレノアへ向ける。


「ですが、本当に自ら飛んだのかどうかは、別問題です」


エレノアの目に、初めて微かな光が宿る。


「……調べていただけますか」


「自殺か否か。それだけを確認します」


ミレイアは感じていた。


エレノアの奥にある、押し殺された感情。


悲しみではない。

恐れでもない。

もっと冷たい何か。


新聞が机の上で揺れる。


レオナルド・アシュクロフト。


英雄か。

犠牲者か。

それとも。


星霧探偵事務所による

ヴァル・ロンドリア探偵事件簿

『裸の王様』事件の幕が上がった。

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