第2話 霧の屋敷と女たち
霧が濃い。
街の輪郭は溶け、
音すら吸い込まれていく。
その奥に
それはあった。
巨大な鉄門。
黒。
重厚。
そして中央に刻まれているのは――
蜂の紋章⚜️
精巧すぎる彫刻。
羽の一本、針の先まで再現されている。
まるで“今にも動き出しそうな生き物”。
キャロラインが足を止める。
「……ここが」
オズワルドは門を見上げる。
「ベルヴェット家」
軽く笑う。
「趣味悪いな」
だが、その目は観察している。
門の錆び方。
鍵の構造。
足跡の有無。
「最近も使われてるな」
ギィ……
門が、ひとりでに開く。
キャロラインが息を呑む。
「勝手に……?」
オズワルド
「歓迎されてるか――」
少し間を置く。
「監視をされてるか、だな」
中へ。
広大な庭。
だが、手入れはされていない。
枯れた草。
絡みつく蔦。
崩れた彫像。
それでも中央にそびえる屋敷だけは
異様なほど“整っている”。
まるで。
“そこだけ生きている”みたいに。
扉が開く。
中は暗い。
だが奥に灯り。
そして。
人影。
五人の女たち。
全員がこちらを見ている。
キャロラインの背筋に、冷たいものが走る。
視線。
品定め。
拒絶。
最初に口を開いたのは、長女。
エリザベス。
「……来たのね」
静かな声。
落ち着いている。
だが、その視線は鋭い。
キャロラインを見ている。
“測る”ように。
ヴィオラが鼻で笑う。
「本当に来るとは思わなかったわ」
セルスは何も言わない。
ただ見ている。
マルグリットは肩をすくめる。
「面倒なのが増えたわね」
エルナは怯えたように視線を逸らす。
セルスとエルナは双子の姉妹。
キャロライン、小さく頭を下げる。
「……キャロラインです」
沈黙。
歓迎はない。
ただの“異物”。
そのとき。
エリザベスが一歩、前に出る。
「そんなに緊張しないで」
微笑む。
柔らかい。
優しい。
「あなたも“家族”なんだから」
キャロライン、少しだけ戸惑う。
「……家族?」
エリザベスは頷く。
「ええ」
「血は嘘をつかないもの」
その言葉。
どこか冷たい。
オズワルドが横から口を挟む。
「ずいぶん閉鎖的な家族だな」
軽い調子。
空気が一瞬、張り詰める。
ヴィオラが睨む。
「部外者は黙ってて」
オズワルド、笑う。
「怖い怖い」
だがその目は全員を見ている。
“敵かどうか”
奥から、ゆっくりと足音。
ヴァン・クロウ。
黒衣の男。
白い肌。
赤い瞳。
「お揃いですね」
低い声。
「遺書の公開は明日です」
「今夜は休息を」
その言葉で、場は一度解散する。
夜。
キャロラインの部屋。
広い。
だが、落ち着かない。
窓の外は霧。
何も見えない。
「……ねえ」
キャロラインが呟く。
「ここ、変だよね」
オズワルドは窓の外を見ている。
「当たり前だろ」
「遺産、閉鎖空間、血縁」
振り返る。
「揉めない理由がない」
そのとき。
バサッ
何かが窓にぶつかる。
キャロラインが振り向く。
バサバサバサッ!!
黒い影。
大量のコウモリ
窓の外を覆う。
壁にも、天井にも。
異様な数。
キャロラインが後ずさる。
「なに……これ……」
一匹。
窓の隙間から入り込む。
部屋の中を飛び回る。
影が揺れる。
羽音が響く。
オズワルドが静かにそれを見る。
「……演出か?」
だが。
違う。
何かが“多すぎる”。
コウモリの群れが、一斉に天井へ集まる。
そして。
“何かを見ている”
キャロラインの喉が鳴る。
「……ねえ」
小さく。
震える声。
「この家」
間。
「何かいる……」
霧の屋敷。
その夜。
まだ誰も知らない。
“女王蜂”が、すでに巣を張り巡らせていることを。




