第1話 招かれたキャロライン
霧の夕暮れ。
街は灰色に沈み、
光はぼやけ、音さえ遠い。
その中で――
コツン。
ドアに当たる、乾いた音。
キャロラインは、ふと顔を上げた。
誰もいないはずの時間。
来客の予定もない。
それでも、もう一度。
コツン。
ゆっくりと扉を開ける。
外には誰もいない。
ただ、足元に。
一通の封筒。
古びている。
だが、妙に重い。
紙質は厚く、ざらつき、
まるで“長い時間”を吸い込んできた
ような質感。
キャロラインはそれを拾い上げる。
封蝋。
黒。
刻まれた紋章。
蜂。
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一瞬、胸がざわつく。
裏返す。
差出人の文字。
ベルヴェット家当主
アレクサンダー・ベルヴェット
「……ベルヴェット?」
聞いたことがある。
霧都でも有名な名家。
莫大な資産と、古い血筋の王家。
だが
自分とは無関係のはずの世界。
指先が、少しだけ震える。
ゆっくりと封を切る。
中の紙は、さらに重厚だった。
インクのにじみすら計算されたような筆跡。
「遺書を公開する」
「相続人を全員集める。」
淡々とした文面。
感情はない。
ただの“通達”。
だが。
最後の一行で。
世界が止まる。
「キャロラインへ
君にも“資格”がある」
沈黙。
「……え?」
声が出たのかも、わからない。
心臓の音だけが大きくなる。
資格?
何の?
なぜ自分が?
頭の奥に、古い記憶が浮かぶ。
揺れる馬車。
雨。
誰かの叫び声。
そして
崖。
・両親は事故で亡くなった
・馬車の転落事故
・原因は不明
大人たちは、皆同じことを言った。
「仕方のない事故だった」
でも。
“本当に?”
キャロラインの指が、手紙を強く握る。
紙がわずかに歪む。
「……怖い」
それは、遺産の話ではない。
もっと深い場所。
“触れてはいけない過去に触れる予感”
霧が、窓の外で濃くなる。
まるで何かが近づいてくるように。
星霧探偵事務所。
雑多な机。
書類の山。
冷めたコーヒー。
その中央で。
オズワルドはキャロラインの
手紙を読んでいた。
一度。
もう一度。
そして、鼻で笑う。
「なるほどな」
紙を軽く揺らす。
「遺産相続+全員招集」
顔を上げる。
「典型的に“揉めるやつ”だ」
軽い口調。
だが目は笑っていない。
キャロラインは向かいに座っている。
手を膝の上で組んだまま、動かない。
「……ねえ」
小さな声。
「これ……行かなきゃダメかな」
沈黙。
オズワルドは少しだけ彼女を見る。
いつもの明るさがない。
無理もない。
「相続人って書いてある以上」
肩をすくめる。
「行かないと“何かある”ぞ」
キャロライン、俯く。
「一人で行くの……無理」
ほんの一瞬の静寂。
オズワルドは椅子にもたれ、天井を見る。
そして。
ふっと笑う。
「しょうがないな」
視線を戻す。
「付き添い料は高いぞ?」
キャロラインの表情が、少しだけ緩む。
ほんのわずか。
「……お願い」
その言葉を聞いた瞬間。
オズワルドの目が変わる。
ほんの一瞬だけ。
鋭く。
まるで“獲物の気配”を感じた獣のように。
手紙をもう一度見る。
蜂の紋章。
黒い封蝋。
“資格”。
小さく呟く。
「遺産か」
わずかに間を置く。
「嫌な予感がする」
窓の外。
霧が、ゆっくりと街を飲み込んでいく。
まるで。
“何かが始まるのを待っている”ように。
ヴァル・ロンドリア探偵事件簿外伝
『女王蜂』事件の幕が上がる。




