プロローグ 弟子の留守番
霧都ヴァル・ロンドリア。
年中霧に包まれたこの街では、
人間と怪物が普通に暮らしている。
吸血鬼が銀行で働き、
ゴーレムが荷物を運び、
人狼が警察官をしている。
そして――
この街には
怪異を専門に扱う探偵がいる。
星霧探偵事務所。
数々の怪事件を解決してきた
名探偵アレクシスが率いる事務所だ。
……だが。
今。
その事務所は。
とても静かだった。
いや。
静かすぎた。
窓の外では霧がゆっくり流れている。
時計が
コチ
コチ
コチ
と鳴っている。
机の上には書類が山積み。
だが。
依頼は――
一件もない。
ソファーの上で男がだらけていた。
オズワルド・ハーゲン。
星霧探偵事務所のアレクシスの弟子である。
「はぁぁぁぁ……」
彼は天井を見上げて大きなため息をついた。
理由は簡単だ。
師匠がいない。
アレクシスとミレイアは
新婚旅行に出かけてしまった。
しかも――
三ヶ月。
「三ヶ月って長すぎない!?」
オズワルドは机に突っ伏す。
「探偵事務所を弟子に丸投げってどうなの師匠!」
机の上には手紙がある。
そこにはこう書いてあった。
『事務所は任せた』
それだけである。
オズワルドは頭を抱えた。
「任せたって……」
「依頼が来たらどうするんだよ……」
そして椅子をくるくる回す。
「いや」
「来ないな」
「全然来ない」
霧都の怪異は今日も平和らしい。
オズワルドは机のチェス盤を眺める。
これは師匠の癖だ。
事件をチェスで整理する。
「ふーん」
オズワルドは駒を動かしてみる。
♙チェックメイトだ!
「名探偵っぽいなこれ」
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
オズワルドは飛び上がる。
「依頼だ!」
椅子を蹴ってドアへ走る。
ガチャ。
扉を開けた。
そこに立っていたのは
巨大な男だった。
いや。
男というより。
人狼。
灰色の毛並み。
鋭い牙。
黄色い瞳。
警察のコートを着ている。
霧都警察。
新人警部補。
ブレイブ・ロケット。
彼は部屋を見回す。
古い事務所。
散らかった机。
そして。
オズワルド。
数秒の沈黙。
ブレイブは鼻で笑った。
フッ。
そして言う。
「ここが」
「星霧探偵事務所か」
オズワルドは胸を張る。
「はい!」
「弟子のオズワルド・ハーゲンです!」
人狼警部補は目を細める。
オズワルドを上から下まで見て
そして言った。
「お前が探偵?」
一拍。
鼻で笑う。
「冗談だろう」
オズワルド
「え?」
ブレイブ
「名探偵アレクシスの事務所だと聞いた」
「だが」
「ガキしかいない」
https://kakuyomu.jp/users/mushimatsu/news/2912051595635105642
オズワルドはむっとする。
「ガキじゃないです!」
「弟子です!」
ブレイブは肩をすくめる。
「同じだ」
そして背を向ける。
「まあいい」
「どうせすぐ事件で泣くだろう」
オズワルドは叫ぶ。
「泣きません!」
人狼は振り向かず言った。
「楽しみにしてる」
「探偵ごっこをな」
霧が流れる街。
星霧探偵事務所。
名探偵のいない三ヶ月。
そして。
弟子の物語が始まる。
オズワルドは拳を握った。
「……見てろよ」
「師匠!俺がやってやりますよ!」
霧都 ヴァル・ロンドリア。
新しい事件が今、動き始めていた。




