第47話 アップロード
「それにしても、あのときはよく夕日を利用しようと思ったよね」
パソコンで作業中の理巧に百華が尋ねる。
「あー昨日のこの部屋での話ですか?」
忍びの襲撃、錫木が人質に取られる中忍びの隙をついたのは、遠隔で杖から放たれた水の奔流だった。しかし、その隙を作ったのは我らがお天道様だ。
「そうそう、『眩しい!』ってなる直前まで気が付かないものかな」
「多分、頭を、目の周りを黒い布で覆っていたからですかね」
「なるほど、それってパンダみたいな話か」
パンダの目の周りが黒い理由は諸説あるが、黒い部分が光を吸収し、反射して目に入る光が少なく効果があるそうだ。
なぜそんな必要があるのかというと、野生のパンダが生息しているのは雪の降る地域だからである。スキー場で目を守るためにゴーグルをしていたら、ゴーグルをしていない部分が日に焼けて白黒反転パンダになった人もいるだろうが、雪はそれほど太陽光をよく反射する。
「野球選手が頬を黒く塗ったり、黒いシールを貼ったりするのも目への反射を抑えるのが目的みたいですね」
「それは知らなかったなー。次元くんって結構博識だよね」
「うーん、ただ単に人より知識欲が強いだけですよ」
理巧は百華に博識と言われるが、喜びも謙遜もなくそう言った。
「知識欲って、伝わるけどなんか硬い表現だね」
「確かにそうですね。でも知的好奇心とかだと、食欲や睡眠欲と並べられないですから」
「3大欲求!?」
生存に必要な原始的な欲求と並べられたことに百華は思わず声を上げる。
「まぁ同列で扱うには弱いですけどね」
「それって、知識欲大なり?」
「小なりです」
欲求の不等式を確認して百華が安心した。
「知識ってどんどん忘れちゃうじゃないですか? 管理が面倒で『気になったらその場で調べればいいや』って放置しているんですよね」
怠惰、傲慢、短気。悪印象のある三拍子だが、プログラマーの三大美徳なんて呼ばれ方もする。それぞれ、「後で面倒くさくないよう、楽するための努力を惜しまないこと」、「侮られないようプライドを持って仕事をすること」、「後でイラつかないよう、先回りして準備すること」という効率と質を向上させる考え方だ。
当然理巧もこの考え方を持っているが、現状知識は放置しても後々面倒なことにはならないので知識欲はただの怠惰に抑えられている形だ。
「そうなのかー。まぁ確かに、昨日みたいにケータイすらなくてもその場で画面とキーボード出せるんだもんね」
「これですか?」
「うーん他に次元くんが知らなさそうなことは……。あっじゃあさ、昔パンダはUMAだったって知ってる?」
「あー聞いたことあります。ゴリラとかも実際に生息が確認されるまではネッシーとかツチノコと同じような扱いだったんですよね?」
「私が言おうとしたこと先回りして言われたー」
オカルト周りで知見を披露しようとした百華だったが、補足まで付けて返された。
「パンダと言えば、本当はレッサーパンダが……」
「もういいよ!?」
「なんだ、かくれんぼでもしてるのか?」
理巧の溢れ出る雑学に百華がストップをかけた。そこに部屋のドアを開けて現れたのは那由多だ。
「冗談はさておき、もう公開の準備はできそうか?」
「まーだだよー」
「あとは陽斗と燐が本文のチェックを終えれば」
さておけていない百華に返事に続けて理巧が補足する。
「サーバーの構築も完璧だぞ」
そう言いながら画面から飛び出すようにファイが現れた。
「万が一忍びの奴らが改竄しようとしても大丈夫なように、ガチガチのセキュリティで固めてある」
「あわよくば逆探知できれば最高なんですけどね」
「この2人怖い」
理巧とファイの不敵な笑みに百華は若干引き気味だ。とはいえ調査に対してあれだけ干渉してきた以上、忍びが再び何かしてこないとは思えない。そしてそれは現実での物理的なものとも限らないのだ。
「実際今回の事件そのものが、記憶や認識の改竄みたいなものだったし、次元達の対策はやりすぎってことはないだろうな」
那由多の言葉に百華も納得した様子だ。
そこへ、
「確認終わったっすよ」
「図表番号も確認済みです」
陽斗と燐が作業の完了を知らせた。LaTeXで書かれたPDFファイルだ。
「そしたらアップロードは済ませてあるので公開しますね」
「うん、よろしく」
百華の返事で理巧がEnterキーを叩く。
超自然学サークル、6名になって最初の調査の報告書がインターネットに公開された。




