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Command Wand  作者: 赤茄子
第1章 Spread Spirits
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第46話 最尤の解釈

 原始魔法の発見は製薬のプロセスに似ていた。製薬の初期には何百万種もの化合物を標的となるタンパク質に試し、その効果を調べる総当たりの作業がある。原始魔法も同様、特定の現象を起こす情報波のパターンを何百万と試して作られたものだ。

 熵量器官に情報波を照射するドイツの研究は、単に周波数を変えて脳波への影響を調べるというものだった。複雑な感覚の押し付けはそんな単純ではないし、原始魔法の組み合わせじゃとても作れない。なら、そんな複雑な魔法を起こす情報波のパターンをどう探し出す。


「ましては被験者が必要な魔法だぞ」


 難しい顔をする那由多だったが、ファイが何か思いついたような様子で話し始める。


「なぁ理巧、ボクらが最初に立てた仮説はスレプル症候群だ。雷の影響で空気中の霊素が瘴気に変わった可能性なんて考えてたが」


「そっか、なにも瘴気なんて介さなくても」


 スレプル症候群――自己喪失性感情伝播共鳴症候群は、自己同一性の確保も担っていると考えられている生体結界、それを身体に張る張結界器官に異常があると発症するらしい。ではなぜ瘴気が張結界器官に悪影響を与えるのか。張結界器官で利用される魔法物質を酸化させてしまうからだ。それならば


「【念焼(パイロキネシス)】で直接酸化させればいい」


 【念焼(パイロキネシス)】は先の忍び襲撃でファイが使っていた炎属性念化型の原子魔法だ。その原理は酸化によって物質の化学エネルギーを取り出すことである。


 話を聞いていた百華は「なるほど!」と頷き、


「感覚の押し付けより周囲との共有なら魔法としても納得できるかも」


と続ける。


「あれ、もしかして僕が昨日受けた、唐突な疲労感とかダルさって忍びからの影響だったりします?」


 理巧が嫌な想像をするが、那由多が話を遮る。


「おい、待て。確かに筋は通っているが、生体結界の中にある張結界器官にどうやって情報波を届けるんだ? 生体結界でほとんどが反射するだろう」


「でも、ドイツの研究で熵量器官に情報波を照射してたはずじゃ」


「ええと、論文じゃインピーダンス整合で自然結界を無力化してるな」


 理巧の指摘にファイがすぐさま検索結果を伝えた。


「インピーダンス整合? インピーダンスって交流回路の電気抵抗だっけ」


「僕も知っているのはそのインピーダンスですね」


 聞いたことがあるような、ないような言葉に百華と理巧が首を傾げる。


「それじゃあ、私から」


 片耳に付けたイヤホンを外して燐が立ち上がる。


「まず、ここでいうインピーダンスは電気回路のものじゃなくて、情報インピーダンスだと思います。電気回路のインピーダンスは抵抗みたいなものって百華先輩は言いましたけど、同じように情報波にも物質ごとに進みやすさがありますよね」


「……屈折率か」


 少し考えて答えた理巧に「そうです」と答えて燐は続ける。


「2つの物質で屈折率の差が大きいと大きいだけその境界面で波が反射して損失になりますから、段階的に屈折率が変わるように別の物質を挟むと言った工夫が重要です」


「なるほどー、それがインピーダンス整合か」


「光だったら知ってたな。光ケーブルとか反射低減のモニターとかでその技術使われてるや」


 百華と理巧がそれぞれにそう反応した。


 燐は再び座って陽斗と聞き取りメモの確認に戻る。


「ちょっと、私の片耳返してよ」


「イヤホン両方使ったほうが聞き取りやすくて」


 そうして2人のいつものやり取りが始まった。


「黒鉄って詳しいの法律だけじゃなかったんだな」


「高校のときから物理も得意ですね。法律も物理も決まった規則の中での話って点で似てるらしいですよ」


 意外そうな顔をする那由多に理巧が説明しておくと、ソファーの方で燐が顔は向けずに頷いていた。


 さて、情報波の屈折率、物質中の情報波速はその物質の熵量によって決まる。熵量は空気中の粒子の数でも制御できるので


「理論上は【念風(エアロキネシス)】で熵量の勾配を作れば、そこを通して【念焼(パイロキネシス)】を透過させられるってことか」


「佐々木先輩の言ってたじわじわ包まれる感じは、自然結界は無効化できても生体結界でほとんどが反射されるからって考えると、時間をかけて魔術を使ったっていうことで説明もつきそうだね」


「なんか、こう、犯罪的だな」


 ファイと百華に続けて那由多がそう反応したが、一瞬、燐がギロっと視線を送った気がして那由多は凍りついた。

 それにしても、自分の体内で魔法が顕現させられるとしたら本当に恐ろしい話だ。魔法倫理学的にも看過できるものではない。


「うーん。そろそろ潮時かな」


 百華の一言に理巧とファイが、作業中の陽斗と燐も顔を向ける。


「それって調査を終えるのにちょうどいいってことですか?」


「そう。私たちは2週間かけて調査して、十分な成果が得られたと思う」


「でもこれでは実際に何が起きたのか、完全には……」


 解明しきれていないと主張する理巧に百華が答える。


「そうだね。だとしても、これ以上仮説を確かめる術を私たちは持っていない。身体の中で魔法を顕現させたくないしね」


「それはそうですけど」


「俺がこのサークルの目的を説明したの覚えてるか? 『科学を超えたと誤解された、超自然的(オカルト)現象を解明して、科学の範疇に収めること』だ。実際に何が起きたかなんて完全に確かめる方法なんてない。でも、事実に基づいてそれらしい解釈を与えることはできる。そういう意味じゃ十分、科学で説明つく現象まで落とし込めたんじゃないか。それにもし宇宙人が関わっていないんだって示したいとしても」


「それは、悪魔の証明ですね」


 理巧は少しずつ納得し始めた。確かに、証拠をいくら集めても事実にはならない。結果の原因は1つとは限らないのだ。でも、証拠と辻褄の合う仮説は立てることができた。それが事実とは限らないが、UFOが本当に出没したというより尤もらしい。それにその仮説が事実だと言い張るのなら、それこそ陰謀論というものだ。


「この仮説は私たちの考えうる最も尤もらしい解釈だと思う」


 ファイや陽斗、燐もプロセスはともかく各々納得した様子だ。百華はそれを確認して


「それじゃあ、最後のお仕事。大学生らしくレポートでも書きますか!」


と言い、サークルはUFO事件のまとめに入ったのだった。

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