第21話 濾過と顕微鏡
「おはよう、ってファイはまだ起きてないか」
時刻は午前五時。まだ大学に向かう支度を始めるにはだいぶ早い時間帯だ。
日曜日は土曜の疲労回復と大学の課題に溶け、今日からは平日。
「1週間が土日土日祝土日ならいいのに」
そんな怠惰な呟きをよそに、東の空が少しずつ青に染まる。
店舗兼自宅であるこの建物は、一番下の階のうち3分の2ほどが地下に埋まっており、いわゆる半地下に地上2階が乗っかっている形だ。
以前燐が、道路斜線制限が……などと言っていたので、きっと何か都合がいいのだろう。
理巧の部屋はその最上階、部屋の南に面した窓から空のグラデーションを眺める。
「朝ごはん食べるか」
半地下にある厨房兼キッチンに向かうと、棚から6枚切りの食パンを1枚取り出す。そこへ冷蔵庫から取り出したハムとスライスチーズを乗せてトースターに入れた。
パンが焼けるのを待っている間にコーヒーを淹れる。普段からお店、カフェOwletでも出している豆だ。
コーヒーの栽培適地は赤道付近、コーヒーベルトと呼ばれる緯度帯の地域。地球温暖化の影響で2050年問題と呼ばれるコーヒーの滅亡の危機もあったが、品種改良によってコーヒーの品質は100年前と変わらないのだ。そういう文章を理巧は中学校の社会科の教科で読んだ記憶がある。
朝飲むとコーヒーに含まれるカフェインによって脳が活性化し、日中の活動効率が上がると言う話もある。コーヒーを残してくれた先人たちに感謝だ。
ドリップコーヒーを淹れる作業は化学でいう濾過に似ている。ビーカーと漏斗の代わりにサーバーとドリッパーを用いるが、濾紙とペーパーフィルターは大して違わない。
焙煎してある豆を弾き、フィルターをセットしたドリッパーに粉を移す。沸騰の直前、95℃まで加熱した熱湯をケトルから粉に回しかけ、全体に水分を行き渡らせて少し待機。サーバーの下にはスケールと呼ばれる電子秤を置き、コーヒーの質量を管理。3回に分けて熱湯を注ぎ完璧なコーヒーを目指す。
なおガラス棒は使わないし、ドリッパーの先端はサーバーの内壁に接していないので濾過としては落第点だ。
サーバーからカップに注ぐと、チンっという音が鳴った。焼けたパンを平皿に移し、さらに冷蔵庫からミニトマトを3個にバナナを1本、ヨーグルトを1個取り出して朝食の準備完了だ。
理巧はそれらをトレイに載せて、窓際の客席に向かうと、座って朝食をとりに向かうのかと思ったらそうではない。小さめのカップ取り出すとサーバーに残ったコーヒーを注ぎ、キッチン奥の階段を登った。
1階にある居間に着くと、理巧はそのカップを”棚”に備える。蝋燭に火を灯し、線香に火をつけて香炉に刺した。
「父さん、コーヒー淹れるのだいぶ上手くなったでしょ」
今は亡き父の仏壇に、理巧は静かに手を合わせた。
「さてと、コーヒーが冷める前に朝食取ろっと」
こうして、今日も理巧の1日が始まるのだ。
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サークル部屋に来た陽斗と燐は採取した花粉の観察を行おうとしていた。
「顕微鏡使うの高2以来かもしれないな」
「でも使い方は覚えてるでしょ?」
「うーん多分ね」
シャーレから採取した花粉をプレパラートに移してカバーガラスを乗せる。それを試料台上にクリップで固定。10倍の接眼レンズを取り付けてから、レボルバーを回して40倍の対物レンズをセット。ステージ下の照明を調節し、あとは粗動ネジと微動ネジを使ってピントを合わせる。
「そういや高校の実験のとき、ピント合わせるの一番上手だったよな」
そう言って陽斗は燐にバトンタッチ。
「お、合ったわ。見て見て陽斗、これが多分スギ花粉ね」
「いや、燐が顕微鏡見てるから俺見れないけど」
「そこのモニターに映ってるでしょ」
燐が顔を上げ、黄色い丸が映し出されたモニターを指差す。
「何それ初耳なんだけど。いや、すごっ」
顕微鏡から伸びているケーブルは照明への電源供給だけではなく、映像も出力していたのだ。サークルの設備のハイテクさに陽斗が驚く。
映し出されているモニターをよく見るとパソコンのソフトウェアのようだ。
「これの大きさとか測れない?」
「ちょっとやってみる」
マウスを手に取りGUIを操作する。あったこの定規マークだ。左クリックで点を置き、ホールドして線分を描くと離した点までの距離を測ってくれるらしい。
「えっと、直径が30 μmだな」
「スギ花粉の大きさと同じ。形状も球に突起がついていて特徴が一致するわね。それに――」
「先輩、これ見てください」
そう呼ばれたのは、今2人以外にこの部屋にいるもう1人、那由多だ。
「おーそれがスギ花粉か。ん、何個か弾けてるやつがあるな」
色も相まって昔のアーケードゲームの人気キャラみたいな見た目だ。そして、
「この細かくなっているのも花粉です」
同じ色、ただし大きさは10分の1ほどだ。
「当日の気象状況、山本さんの証言、そして目の前にある物的証拠から、あの事件に雷雨喘息が絡んでるのは間違いないな。2人とも、見事だ」
仮説から立証までやってのけた2人を那由多は称賛する。
一方で謎も残る。
「とはいえ、UFOそのものを見たって人がいることと、雷雨喘息が原因の1つであるということが公にされていないことの説明ができませんね」
「病院が脅されてるだとか圧力が、みたいな話もあったしな」
燐の言葉に陽斗が続ける。
「病院の方はともかく、UFOの目撃についてはあれしかないな」
「あれってなんです?」
「過去の類似した事件を調べまくるんだよ」
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「やっほー」「おはよう」
3人に比べて遅れてやってきた2人が部屋に入る。
「おつかれさまです」
そう返したのは大量の本を抱えた燐だ。
「燐ちゃん、これは何してるところ?」
机の上にはそれまた大量の本。そこに燐がドンと置いて、また1つ山ができる。
「過去の資料を読み漁ってるところです」




