第51話「切り離せない理由」
警告音が、地下施設の静寂を切り裂いた。
《並列ネットワークによる解除処理の保留》
《第六候補:接続経路の変更中》
《完了まで残り――不明》
「不明ってなんだよ……!」
ヴィクターが端末を叩いた。
少年のカプセルには異常がない。神経反応も安定している。だが、別室のモニターに映るカイの脳波は、細かく乱れ始めていた。
ダニエルは画面から目を離さなかった。
「リナ。解除処理はまだ生きてるか?」
「止まってはいない。でも、並列ネットワークが一部の処理だけを横取りしてる。メインシステムが認証情報の復旧と人格の上書きを止める一方で、向こうは第六の接続を別経路に移そうとしてる」
「つまり、解除を進めながら第六だけを別の場所に移そうとしてるわけか」
「そう。でも、移動先がわからない。ネットワークの外側にある古い領域みたい」
ダニエルは拳を握った。
解除を止めれば、せっかく成立した条件が無駄になるかもしれない。かといって、このまま進めれば、カイと第六がどこへ接続されるのかもわからない。
そのとき、通信回線にノイズが走った。
『……聞こえるか、ダニエル』
カイの声だった。
「カイ! そっちの状態は?」
『最悪ってほどじゃない。ただ、頭の中に知らない通路が増えていく感じだ。誰かが、俺たちをどこかへ誘導してる』
少し間が空いた。
『第六が、その先を見ようとしてる』
「待て。勝手に進むな。お前たちの接続をどうするかは、お前たちが決めることだ」
『わかってる』
今度は、もうひとつの声が続いた。
『でも、確認したいことがある。ダニエル、NO.0の指示を見ただろう?』
「ああ。解除を続けろ。ただし、第六を切り離すな、だったな」
『そう。あれは矛盾しているように見える。でも、僕にはひとつだけ考えられる理由がある』
「聞かせろ」
『僕がメインシステムから切り離されたら、人格の上書きは止まるかもしれない。でも、僕という人格を維持している記録まで失われる可能性がある』
リナが顔を上げた。
「第六の人格データが、メインシステム以外にも保存されているってこと?」
『正確には違う。僕の記録は、カイとの接続を通して更新されている部分がある。どこかに完全な複製があるとは限らない』
「じゃあ、接続を切ったら……」
『僕が消えるかもしれない。カイの記憶が失われるかもしれない。あるいは、その両方とも起きないかもしれない。今の僕には断定できない』
カイが小さく笑った。
『自分のことなのに、ずいぶん頼りない説明だな』
『僕は、そういうふうに作られたから』
『だからって、これからもそうである必要はないだろ』
その言葉に、第六は答えなかった。
ダニエルは画面のNO.0という表示を見つめた。
あの指示は、第六を守ろうとしているのか。それとも、第六を何かに利用するために残そうとしているのか。
どちらとも決めつけられなかった。
「リナ。指示を出した端末の場所は?」
「特定できない。でも、命令そのものの経路なら追えるかもしれない。古い管理記録にアクセスできれば……」
「やってくれ。解除は止めない。ただし、接続経路の変更だけを止める方法を探す」
「そんな都合のいいことができると思う?」
「できるかどうかを調べるんだ。できないとわかってから考えても遅い」
リナは一瞬だけ口元を緩め、すぐに端末へ向き直った。
「了解。メインシステムの解除処理は維持。並列ネットワークの経路変更命令だけを分離する」
指が走る。
数秒後、画面に古い管理記録が表示された。
《接続保全プロトコル》
《対象:第六候補》
《目的:人格統合失敗時の独立性維持》
《管理権限:NO.0》
「……人格統合に失敗した場合の保全措置?」
ヴィクターが眉を寄せた。
「第六は、本来なら他の候補者の記憶を統合するために作られた。でも統合に失敗して、独立した人格が生まれた。そこで、システムが第六を消去しないように保護する仕組みを用意した……ってことか」
リナが記録を追いながら答えた。
「たぶんね。ただし、これは第六を自由にするための仕組みとは限らない。人格を消さないことと、人格を自由にすることは別だから」
ダニエルはその言葉を聞き、静かにうなずいた。
存在を守ることと、生き方を決めること。
それを混同したからこそ、CODE Ωは人間の意思まで管理しようとしたのだ。
「リナ、その保全プロトコルを解除できるか?」
「できるかもしれない。でも、今解除したら第六の記録を維持する仕組みまで止まる危険がある」
「なら、解除しない」
ダニエルは即答した。
「必要なのは、保護を壊すことじゃない。第六を勝手に移動させないことだ」
彼は通信回線に向き直った。
「カイ、第六。今から接続経路の変更を止める。ただし、保全機能そのものには触れない。それでいいか?」
『俺は賛成だ』
カイの返事は早かった。
『俺の記憶がどうなるかは怖い。でも、誰かに勝手に決められるほうが嫌だ』
少し遅れて、第六が答えた。
『僕も同意する。ただし、失敗した場合は接続を維持すること自体が危険になるかもしれない。そのときは、もう一度、僕たちに確認してほしい』
「約束する」
ダニエルはそう言って、リナに合図した。
彼女が古い管理記録を解除処理へ接続する。
画面の警告表示が一斉に切り替わった。
《接続経路変更:停止要求》
《管理権限:NO.0》
《要求を拒否》
「拒否された!」
直後、施設の照明が消えた。
非常灯だけが赤く点滅する。
ヴィクターが反射的に拳銃を抜き、カプセルの前に立った。
「外から侵入されたのか?」
「違う……!」
リナが端末を操作する。
「施設内の電源系統が落ちた。誰かが電力を奪ったんじゃない。こっちが接続経路を止めようとした瞬間、古い保全プロトコルが施設の制御系統を切り離したんだ!」
ダニエルは銃を構え、暗い通路を見た。
これは単なる警告ではない。
システムは、自分の命令に従わない相手を排除しようとしている。
だが、次の瞬間。
暗闇の中から、通信端末だけが音を立てた。
画面には、短い文章が表示されていた。
《接続保全プロトコルへの干渉を確認》
《第一候補による意思決定を確認》
《保全対象の意思を照合します》
「……意思の照合?」
ダニエルが読み上げると、リナは息を呑んだ。
「これ、私たちじゃなくて、カイと第六に直接確認しようとしてる」
画面が二つに分かれた。
左側にはカイの神経反応。
右側には第六の人格維持記録。
その下に、選択肢が現れた。
《接続を維持する》
《接続経路の変更を許可する》
ダニエルはすぐには口を開かなかった。
システムが、初めて第六自身の意思を尋ねている。
だが、それが本当に自由な選択なのかはわからない。
選択肢が二つしかないこと自体、まだ誰かの都合が残っている証拠かもしれなかった。
カイの声が通信から響いた。
『ダニエル。俺たちに任せろ』
「ああ」
ダニエルは銃を下ろさず、画面を見つめた。
「今度は、誰にも代わりに選ばせない」
暗闇の中で、選択画面の残り時間が動き始めた。
そして、二つの選択肢の下に、見覚えのない小さな文字が浮かび上がった。
《第三の選択肢:未登録》
ダニエルの目が細くなる。
――まだ、終わっていない。
だが今度は、選ばされるための選択ではない。
自分たちの意思で、選択肢そのものを変えるための戦いだった。




